I love you, SAYONARA
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第一章
第一章
I love you, SAYONARA
田舎から二人で出て来た時にはこんなことを言うなんて思いもしなかった。けれど俺はこう言うしかなかった。そうでなければ皆が不幸になるから。
俺が生まれたのは田舎町だった。何もない、のどかな街で俺は生まれ育った。物心つくとテレビから聴こえてくる音楽を聴いてばかりいた。
「俺大きくなったら歌手になるぜ」
ガキの頃よく言った言葉だ。今でもはっきりと覚えている。よく言った。
中学でギターを買って高校でもずっとギターばかり弾いていた。ロックだのバラードだのよく聴いていた。それだけで幸せだった。
そんな俺の側にはいつも御前がいてくれた。子供の頃からずっと。
「高校出たら東京に出るのね」
「ああ」
よく高校の帰り道にそれを話した。そしてデビューしてメジャーになる、それが俺の夢だった。
ギターがベースになってバンドにも入った。七人の大所帯のバンドだったが俺はその中で楽しくやっていた。あいつが側にいてくれて嬉しかったけれど考えるのは大抵バンドのことばかりだった。
片田舎でベースを弾くのはすぐに終わって俺達のグループは東京に出ることになった。その時にあいつにちらりと尋ねた。
「御前、東京に出ないか?」
「東京に?」
「ああ、東京にな」
一応付き合っていたし声をかけただけだった。そんなに真剣に考えてはいなかった。
「どうだい、それで」
「東京ね」
あいつはそれを聞いて考える顔になった。垢抜けていなくて見たままの田舎の女だった。俺も田舎者だったからそれは気にはしなかった。けれどこいつには合わないかもと思ってもいた。
「どうするんだ?俺はもうデビューも決まったしな」
「ええ、聞いてるわ」
それはこいつも聞いていた。俺達は地元のコンクールで賞を総ナメにして目出度く東京の事務所に声をかけられたのだ。そうして東京に行くことになった。目出度いことにだ。
「だからさ。御前も」
「東京で二人で」
「バンドは七人だけれどな」
俺は笑ってこう返した。
「どうだい、それで」
「わかったわ」
俺の提案に笑顔で応えてきた。
「じゃあそれでね。一緒に」
「行くんだな」
「ええ」
こくりと頷いてきた。
「それじゃあ」
「よし、じゃあ決まりだ」
俺は笑顔でそれに応えた。
「ボロボロのアパートからはじまるけれどそれでもいいよな」
「それでも東京よね」
そんなことはどうでもないといった感じで俺に言ってきた。
「東京だし」
「あまり関係ないと思うぜ。だって御前の家ってよ」
こいつの家は造り酒屋で贅沢なものだ。何処にでもあるような俺の家とは全然違う。それで貧乏暮らしは酷だろうと思って声をかけたがそれでもいいと言った。実はそれが嬉しかった。
「それでもいいんだな?」
「いいわ」
言葉は変わらなかった。決心も。
「二人で東京に行きましょう」
「ああ、じゃあ一緒にな」
こうして俺達は東京に出た。先行きは何もわからなかったけれど俺はそれでもよかった。楽しく東京に出た。少なくともそのつもりだった。
やっぱり最初は辛かった。誰も俺達のことは知らないし収入も全然なかった。
「俺印税入ったんだけれどよ」
ギターをやっているリーダーが言ってきた。作詞はリードヴォーカルで作曲はギターのこのリーダーやサブボーカルの色の白いの、リードヴォーカルの弟のサックスとドラムがやる。俺も時々やるってパターンだった。そのリーダーが俺達に話してきたのだ。
「幾らだと思う?」
「何万ってところか?」
もう一人のサブヴォーカルの髭が尋ねてきた。
「印税っていうと」
「馬鹿言え、六〇〇円だ」
リーダーは笑ってこう言ってきた。
「それだけだよ」
「えっ、何それ」
流石に皆これには驚いた。
「全然ねえじゃねえか」
「冗談かよ」
「冗談じゃねえんだよ、これが」
リーダーは俺達に言う。
「そんなものらしいぜ、売れないバンドってのはよ」
「辛いな、おい」
「それだけだなんてな」
俺達はそれを聞いて言い合った。
「生きていけるのかね」
「ヒモやるしかねえんじゃね?やっぱ」
「ヒモか」
俺はその言葉を聞いて思うところがあった。俺はあいつと二人でボロボロのアパートを借りて住んでいた。俺の稼ぎは全然ないんであいつが水商売やって稼いでいた。似合いもしない派手な服を着て夜のネオンの街に消えていく。それを見送るのはいつも俺だった。
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