真剣で清楚に恋しなさい!
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一部 高校一年
川神一子の師範代ロード
7話 勇往邁進
前書き
実は2話分を一話分にまとめて投稿していたのですが、すごいあっさり感が……今更か
―河原―
アタシは、修行の前にたっちゃんに会っていた。
「一子・・・」
たっちゃんはあの後あたしを探して走り回ってくれたんだろう。汗びっしょりだ。
「ごめんね、心配かけて。もう大丈夫だから」
「無理すんな・・・俺がついてる」
たっちゃんはそう言って私の頭を撫でてくれた。たっちゃんといると、いつも温かい気持ちになる。いつだってあたしを支えてくれる。そんなたっちゃんとの関係が崩れるのが怖くて、気づかないようにしていた気持ちがあった。でもアタシはあの日、たっちゃんがアタシの不安を消し飛ばしてくれたあの瞬間に気づいた。あたしたちはそんなに簡単に崩れる関係なんかじゃないと。だから、今、アタシは言う。ずっと気づかないふりをしていたこの気持ちを。
「一子、こんな時に言う言葉じゃねーかもしれねえ。でも、言わせてくれ。俺はお前のことが好きだ」
・・・・・・え?
「い、今? なんて?」
「俺は昔からお前のことが好きだ・・・・別に答えが欲しくて言ったんじゃねえ。ただ、今お前に言っておきたかった。それだけだ」
気がついたら、涙を流していた。夢を断たれた時でさえ、出なかったそれは私の目から零れ落ちた。
「一子?」
忠勝は心配そうに覗き込む。
「たっちゃん!!」
ワン子が忠勝に抱きついた。
「なっ!!」
「アタシも好き。小さい頃から、ずっとアタシを支えてきてくれたたっちゃんが大好き」
「一子」
「だから、少しだけ待ってて。アタシはたっちゃんに見せたい姿がある、そのために夏休みを使って修行してくる。だから、二学期まで会えないの。二学期にアタシの今まで、川神院に引き取られ、お姉様に憧れ、ルー師範代に習い、そして、たっちゃんに支えられてきた私の中の時間と努力が無駄じゃなかったって証明してみせるわ。だから、その時にもう一度今の答えを言わせて」
「一子・・・・、あぁ、分かった。行ってこい」
忠勝は静かに微笑んだ。
「うん、行ってくるわ!!」
そう言って走り出したワン子の背中は少し大きく見えた。
―川神院―
「モモ先輩、お話があります。」
龍斗は忠勝以外のメンバーにワン子のことを話すためにまずは川神院に来ていた。
「・・・龍斗か、今は人と話す気分じゃないんだ。あとにしてくれないか?」
「ワン子のことです。」
「!!?」
「今から夏休みの間、ワン子を預からせてもらいます。」
「何だと? どういうつもりだ」
百代が不審そうな顔をする。
「今のワン子は心も体もぼろぼろです。師範代の道を絶たれてもなお諦めきれず、その事がさらにワン子の心を蝕んでいる。なので、少し世界を連れてまわろうと思います。」
龍斗は少しだけ嘘を混ぜて話す。
「・・・・・。分かった、今のワン子にはそれも必要だろう。それに、私はどう接してやればいいか分からない。」
百代は悔しそうに拳を握り締める。
「モモ先輩は何も悪くありません。辛い決断だったはずです。あまり自分を責めないように。 それじゃあ、また二学期に」
「・・・ああ、ワン子を頼んだぞ」
―秘密基地―
「珍しいな、龍斗がみんなを招集するなんて」
「悪いな、急に集まってもらって。実はみんなに話があるんだ。」
急な招集だったが、みんな丁度こっちに戻ってきていたのですぐに集まってくれた。
龍斗は事情を知らない皆に今回のワンコの試合の意味や、その結果などを話した。
「・・・・まじかよ・・・。」
ガクトを始めとして京以外の全員が唖然としている。
「そんな、ワン子はずっと努力してきたじゃない!なんでダメなのさ! そうだ、みんなでモモ先輩のところにお願いしに行こうよ」
「やめろ、モロ。モモ先輩がどんな気持ちでその判断を下したと思ってるんだ。最愛の妹が自分みたいになりたくて、ずっと努力してきた夢を自分が、誰よりも受かって欲しいと願っていた自分が絶たなきゃいけない。それがどんなに辛いか、お前ならわかるだろ?」
「・・・どうしようもないのか?」
大和が静かに聞いた。
「どうしようもないかはこれから決まる。ワンコはまだ諦めていない。いや、諦めることが出来ない。どんな現実を突きつけられても、折ることのできない夢がある。その夢のために、俺はあいつに夏休みの間、修行をつけることにした。その間は一切会えない。」
「龍斗が? 川神院ですらダメだったのに?」
大和が思った疑問を口にした。
「ああ、俺に考えがあるんだ。それに俺にも諦めることなんて絶対できない目標があるからな。」
「そのことをゲンさんや、姉さんには?」
「ゲンさんにはワン子が直接行った。モモ先輩には夏休みの間は預かるとだけ言った。モモ先輩には悪いけど修行のことは言わない。妹にこれ以上辛い思いをさせたくないと止めるだろうし、何より天才のモモ先輩には今のワン子の気持ちは分かりにくいだろう。それに、驚かせたいしな」
龍斗は少しだけ悪戯っぽい笑顔を見せた。
「そんなわけで、しばらく会えないんだ。また二学期にな」
「おう、みんなを代表してこの俺が言うぜ、ワン子を頼んだぞ」
そう言ってキャップは拳を差し出した。
「任せろ」
龍斗もそれにならい拳を合わせた。
「さて、ワン子修行をはじめるぞ」
「オッス!!」
龍斗たちはまたあの滝の前にいた。
「まず、修行の内容について話す。今回、お前には新技も授けないし、身体能力をアップさせるための修行もしない」
「どういうこと?」
ワン子は不思議そうだ。
「俺が見つけたお前の才能、それは勘だ」
「勘!?」
ワン子はさらによく分からないという顔をしている。
「そう、勘だ。お前は攻撃するとき感覚的にどこを攻撃するかや、攻撃を躱すとき感覚で避けてるだろ?」
「うん。なんとなくここを攻撃すればいい気がするって思ったところを攻撃するし、嫌な予感がしたら避けるわ」
「それだ、その感覚がお前の天性の才能だ」
「でも、そんな才能があるならもっと強くなってるんじゃないの?」
「お前の勘は鋭いが、その場所に攻撃を打つことに体が追いついていないせいで、若干のズレが出ている。こういう類の攻撃はほんの少しのズレで意味がなくなってしまう。避けに関しても、攻撃を感じ取れるがどう避ければいいかが分かっていない。そんなお前に必要なものは」
「必要なものは?」
「実戦だ。今から夏休みが明けるまでの十ヶ月間、俺とひたすら戦ってもらう。」
「十ヶ月? 夏休みはそんなにないわよ?」
ワン子はも唖然としている。
「俺が、お前の修行期間中に西に行ってくるって話ししたよな」
「うん」
「俺は松永久伸さんって人のところに行ってたんだ。その人は発明家でな、俺が旅をしてた頃に一時期共同開発で作ってた物の内の二つが完成したって話を聞いたからなんだ。それがこれだ。」
そう言って龍斗が少し大きめの黒い箱のようなものを見せた。
「なにこれ?」
「これはな、空間を歪めて亜空間を作る装置だ、これを使うと大体半径二十メートルくらいの範囲で時間の進みが十分の一程度になる。」
「・・・・」
ワン子は説明についていけず頭がオーバーヒートしていた。
「まあ、わかりやすく言うと、これを使えば一ヶ月で十ヶ月分の修行ができるってわけだ」
「なるほど、分かったわ」
「ただ、欠点がいくつかあって、まず一つが気で動くんだが、一回作動させると中の気が尽きるまで止まらない。もう一つは一回起動させるには壁を越えた者並の気が十人分位の量の気が必要なんだ。」
「十人!? そんなの起動するわけないじゃない」
「そこでさっき言ってた、二つのうちのもう一つの発明品の出番だ。」
そう言って龍斗は右腕の袖をまくった。そこには黒いバンクルのようなものがつけられていた。
「これは、もともとは付けたもの自身の気を貯めるための物なんだが、一時的になら他者の気も貯めることができる。まぁ、気弾とかを貯めるのは無理だけどな。繊細な受け渡しが必要だし。これを使って、俺が旅の時に全国で知り合った達人の方々に頭を下げて気を分けてもらった。これを使って起動させるぞ」
「そんなにたくさん知り合いがいるの?」
ワン子はとても驚いているようだ。
「ああ、黒鉄家人たちに、橘さん達、黛剣聖とその娘さん、他にも天神館の鍋島さん、相模おばさん、色々な人に協力してもらった。」
「どうしてあたしにそこまでしてくれるの?」
「言ったろ、俺にも夢があるからだ。だから、お前の気持ちもわかるし、協力しようと思ったんだ。さて、修行をはじめるぞ!! 覚悟はいいか?」
「もちろんよ、望むところだわ!!」
―こうして、ワン子と龍斗の長い一ヶ月が過ぎていった。
そして
―九月一日―
「・・・ふぅ。さて、行くか?」
「うん」
―川神学園F組教室―
「ワン子達、今日までに戻るって言ってたけど」
「間に合わなかったのかな」
始業式も終わり、もう帰っている者もいる。忠勝ももういなかった。だが、ワンコ達はまだ姿を見せていなかった。
「姉さん、あれからずっと元気ないよな。金曜集会でさえあんまり来ないし。あんな弱気な姉さん初めてだ。」
「それだけワン子のことが心配なんだね」
「あれ? 校庭にいるのワン子とモモ先輩じゃねーか!」
キャップが窓の外を見て驚いたように叫び、慌ててみんな窓の方に駆け寄った。
「本当だ。でもなんか空気が張り詰めてるな。もしかして、」
「ああ、ワン子とモモ先輩の決闘だ」
「「「「「龍!・・・斗?」」」」」
皆が戸惑ったのも無理はない。教室のドアのところに立っていた龍斗は少し風貌が変わっていた。短かった銀髪は肩まで伸び、後ろでひとつに結んであり、背も少し伸びたようだ。
「お前、一ヶ月で変わりすぎじゃねえか?」
ガクトが思ったことをそのまま口に出した。
「詳しい話はあとだ。早く下に行くぞ!!」
「ゲンさんに知らせないと!!」
「ゲンさんはもう下にいるよ。誰よりも早く来たよ、そのあとにモモ先輩が気配探知で飛んできたんだから驚きだよ」
「姉さんよりも早いとは、そんなことがあるんだな」
「とにかく下に行くぞ!!」
―川神学園校庭―
「ワン子、どういうつもりだ?」
「言葉通りの意味よ、お姉様に決闘を申し込むわ!!」
ワン子は百代の前にワッペンを叩きつけた。百代はそれを聞いて困惑していた。それもそのはず、百代はワン子が違う道を探すため、視野を広げるために龍斗と旅に出たと思っていたのだ。それが、帰ってきていきなり才能がないと絶望を突きつけられた武術で、あろうことかその道の頂点といっていい自分に挑んできたのだ。
「一子よ、本気で言っておるのか?」
審判として呼ばれた鉄心も驚いた様子だった。彼は龍斗に呼ばれたので、てっきり試合をするのは龍斗と百代だと思ったのだ。
「はい!! お姉様、いえ、川神百代!! 一人の武術家として決闘を挑むわ!!」
「・・・分かった。ワン子、お前がどういうつもりで決闘を申し込んだのかは悪いが、私には分からない。だが、一人の武術家として戦いを挑まれた以上、姉妹なんて関係ない。全力で行くぞ!!」
「望むところよ!!」
「それでは、これより決闘を行う。 東方 川神一子!!」
「はい!!」
「西方 川神百代!!」
「ああ!」
「両者、いざ尋常に はじめ!!」
「川神流無双正拳突き!!!」
あまたの挑戦者たちを一撃で葬ってきた突きがワン子めがけて放たれた。だが、当たったのはワン子の拳だった。
「くっ、なに!!」
ワン子は百代の無双正拳突きに対しカウンターを決めたのだ。これには百代も驚き、もろにダメージを喰らい、体勢が崩れた。そこにワン子が猛追をかける。百代はこれを避けようとするが、何故か体が反応せず、またしてももろにくらってしまう。
「ワン子、お前いったい・・・」
百代が瞬間回復をしながら体勢を立て直す。この瞬間回復こそ武神たる所以にして、未だ崩されたことのない最強の防御であり、弱点ともいえる。
「本気で来て!!・・・アタシの今までの努力は無駄じゃなかったってことを証明してみせるわ!!!」
ワン子の言葉が届いたからか、ワン子を強者と認めたのか、今までずっと厳しい表情だった百代の顔が戦いを楽しんでいる時の表情に変わっていく。そしてそれに呼応して気も膨れ上がっていく。
「・・・・・・どうなっておるんじゃ、これは」
つい、一ヶ月前に才能がないと自分が宣言した者がたった一ヶ月で武神に攻撃を二度も当てた。この事実に鉄心も驚きを隠せなかった。
「すまないな、ワン子。お前を見くびっていたようだ。行くぞ!!」
さっきよりもずっと速く、鋭い突きが放たれた。カウンターを打つ余裕はなくなったがワン子はそれさえ避けた。
「ほう、今のも避けるか。ならこれはどうだ!!」
百代は今度は拳を機関銃のように連射してきた。一子はそれを両手を使い、いなしながら避けていく。だが、
「っくぅっ!!」
流石に避けきれず一撃を喰らってしまった。
「当たる瞬間に背後に飛んで衝撃を逃がしたか。やるな」
「まだまだ、これからよ!!」
今まで避けてばかりだった一子が初めて攻撃に出た。ワン子は左右に流れるように移動しながら、百代に近づきケリを放つ。
「くっ!!」
百夜はかろうじて防御するが、少しくらってしまう。
「ワン子のやつ、めちゃくちゃ強くなってるじゃねーか」
みんな目の前で起こっている現状に、信じられないという表情をしている。まあ、あのモモ先輩とワン子が対等な勝負をしているように見えるんだ。当たり前か
「どうなってるの? ワン子の攻撃はそこまで速くないのにモモ先輩がガードし損ねてる」
京が疑問を口にする。
「あれが、開花したワン子の才能だよ。避けようとしても体が動かない。そんな人体の死角に攻撃を放ってるんだ。あいつは元々感覚が凄まじく鋭かった。だから無意識のうちに相手の避けられない攻撃が分かっっていたし、いち早く危険を察知する事ができた。ただ、問題だったのが、あいつは基礎に重きを置いてきたため、戦闘経験が足りなかったことだ。避けられないであろう場所が無意識で分かっても、そこを狙うのに最適な攻撃手段や察知した危険に対する最適な回避方法が分かっていない。
だから、この修行で組手だけをひたすらした。元々、ルー師範代の修行で身体能力は格段に上がっていたから無駄をなくしてやればワン子のパフォーマンスは限りなく上昇するしな」
「よく、そんなことがわかったね。」
「俺だって気づいたのは球技会の時だよ。それに才能があってもこの修行を乗り越えるだけの体力が普通ないからな。今までずっと努力し続けてきたワン子だからこそだよ」
「それにしても、ワン子の方が今んとこ押してないか?」
「今の所はな、そろそろ・・・」
「うぁっ!!」
ワン子が百代の攻撃をくらって吹っ飛ばされた。
「なかなか面白い攻撃だったが、もう私には効かないぞ。どうする、ワン子」
「はぁ、はぁ、まだ、はぁ、よ」
徐々に、攻撃に慣れてきた百代に一子が押され始めた。
「うん、安定の化物具合だな。普通慣れることなんてないのに、あの身体能力で無理やり体の別の筋肉を動かして避けてやがる。しかも、ワン子の危機察知能力を逆手にとった気のフェイントでワン子を自分から拳に飛び込ませやがった。」
「そんな、ワン子の技がそんなにあっさり破れちゃったらマズイじゃない!!」
「落ち着け、モロ。ここまでは予想通りだ。こっからモモ先輩にもう一泡吹いてもらう。」
ここでワン子はそばに置いてあった薙刀を拾い構えた。
「ほう、薙刀を使うか。だがな、それは悪手だぞ!」
モモ先輩は再び拳の連打を放つ。ワン子も懸命に薙刀でいなしていくが、さっきよりも早い段階でいなし損ね、薙刀が後ろに飛んでしまう。その衝撃で辺りに砂埃が舞う。
「くあっ!!」
ワン子はそのまま強烈な一撃をくらい崩れ落ちそうになる。
「・・・・・・・・・まだよ、まだ・・・やれるわ」
ワン子は意識が飛びそうになりながらもまだ構えを崩さない。
「ワン子、これで終わりだ。行くぞ!!」
百代は止めを差しに一気に距離を詰めようとするが、ワン子も同時にバックステップをし、砂埃の中に身を隠した。
「そんな目くらましは効かないぞ!!」
百代は自身の気配を絶ちながら、気配探知でワン子の場所を探り当て接近する。だが、そこにはこちらに対して狙いを定め薙刀を構えたワン子がいた。
「なに!!」
「川神流奥義 顎・真!!!」
通常二つの斬撃が上下からくるのが顎という技だ。だがこれは、四つの斬撃がそれぞれ百代の人体的死角に対して放たれていた。
「くっ!!」
百代はなんとか三つを避けたが、最後の一つを避け損ね、体制が崩れる。そこに、
「はぁ、はぁ・・・川、神・・・流 蠍撃ち!!!」
「ぐはっ!!!」
ワンコの渾身の一撃が入り、
「嘘だろ、あのモモ先輩が膝をついたぞ!!」
「初めて見た、姉さんが膝をつくとこなんて・・・」
「・・・・やった、わ・・・」
バタッ!!
ワンコはそのまま前のめりに崩れ落ちていった
「一子!!」
そこを忠勝がなんとか受け止める。後ろから大和たちも駆け寄ってくる。
「勝者 川神百代!!」
そう宣言すると、鉄心と百夜もワンコのもとへ走った。
「・・・・う、うん? あれ、たっちゃんにお姉様、じいちゃんも。それに、みんな」
「ワン子、久しぶりに強者と戦えて楽しかったぞ。またやろうな。」
「お姉様、・・・」
ずっと憧れていた言葉が自分にかけられた。それだけで心がいっぱいになって涙がこぼれ落ちる。
「それからな、師範代の件。私たちはお前の才能を見いだせず、間違った判断を下していたようだ。すまない。お前にはそれを目指す権利が十分にある。それから、・・・それから・・・・・・本当に・・よく頑張ったな。うぅ、ぅぅ」
モモ先輩は堪えきれなくなり泣きながらワンコを抱きしめた。
「すまなかったのう、一子。辛かったろう、夢を断たれて。それでもお前は努力した。わしらの間違った判断を自ら覆した。ほんとうに、ようやったのう。」
「一子、おめでとウ。本当に、本当によく頑張ったネ」
ルー師範代と鉄心も若干声が震えている。それだけワン子のことを気にかけていたのだろう。
「俺、モモ先輩が泣いてるとこ、初めて見た」
「それだけモモ先輩にとっての大きな悩みだったんだろう。当たり前か、家族だもんな」
龍斗は少しだけ寂しそうにそう呟いた。
モモ先輩はしばらく泣き続けたあといつもの調子に戻り、キャップが秘密基地でワン子の祝勝会を開くと言い出したので、ワン子の付き添いのゲンさんと本人以外はパーティーの準備をしていた。
そして夜、基地にはキャップがバイト先から仕入れてきたご馳走や、飲み物が山のようにある。
「それじゃ、まずはワン子の師範代試験一時通過を祝して、カンパーイ!!」
「「「「「「おめでとう!! ワン子(一子)!!」」」」」」」
「ありがとう!! みんな!! これからも、師範代目指して勇往邁進するわ!!」
しばらく盛り上がっていると、キャップが花火をすると言い張り、ジャンケンで負けた龍斗と百代が買いに行くことになった。その帰り道の途中、急に百代が話があると言い、二人は河原の前で立ち止まった。
「どうしたんですか? モモ先輩、急に話だなんて。」
「いや、お前がワン子に修行をつけてくれたんだろ。どんな修行したらお前の髪はそんなに伸びるのかと思ってな」
「それは企業秘密です」
「まぁ、それはいい。今回のワン子のことで川神院を代表して、いや、私個人としても礼が言いたくてな。私が未熟なばっかりにワンコの夢を潰すところだった。 本当にありがとう」
「そのことですか。自己満足かもしれなかったので、お礼を言われるようなことをしたつもりはないんですが、まぁ、その言葉はありがたく受け取っておきます。俺は才能を見つけて、もったいないと思ったのも事実です。でも、俺が協力したのは絶望に打ちのめされてなお、折ることのできない夢があいつにもあったからです。同じ夢を持つものとして夢が潰えるところを見たくなかったんです。そして、あいつは夢を叶えた。そんなワン子を見て、俺もそろそろ自分の夢にケリをつけようという決心がつきました。来年の夏までに絶対に先輩を倒しますんで」
「そうか。お前との戦い、楽しみにしているぞ」
百代が嬉しそうにニヤリと笑う。
「何で俺が打倒モモ先輩を掲げてるか、それを言ってませんでしたよね」
「ああ、そういえばそうだな。私は挑んでくる理由なんて気にしないからな。」
「はは、モモ先輩らしいですね。・・・・・・小さい頃の約束なんです。俺が弱いばっかりに傷つけてしまった女の子との。『誰よりも強くなって、また会いに行く』その約束のために俺は今日まで強くなりました。でも正直不安だったんです。強くなることがじゃありません、本当にその子は約束を覚えていて会えるのかが不安だったんです。情けない話ですがね。でも、ワンコを見ていたらそんな不安は吹っ飛びました。俺は俺の今できることをすればいいんだ、今はそれだけを考えようって思えました。だから、俺はモモ先輩を倒します。今度こそ、必ず」
「覚悟のきまったいい表情だ。だが、私も負ける気はしないがな」
百代は挑発的な表情でそう言うと、先に歩き出した。
「遅いぞ!!」
「悪かったな、キャップ。さぁ、やろうか」
「よっしゃー!! 打ち上げるぜ!!」
さっそくガクトとキャップは打ち上げ花火の用意に取り掛かった。モロや大和、京などは普通の花火をやっており、百代と龍斗はねずみ花火を投げ合うという危険な遊びを興じていた。
そんな中、ワン子と忠勝は自然と二人きりになっていた。
「ねえ、たっちゃん」
「なんだ?」
「ありがとね、夢を叶えさせてくれて」
「何言ってんだ、お前が叶えた夢だろうが」
「ううん、たっちゃんがいなかったらあたしは諦めてたかもしれない、努力できなかったかもしれない。だから言わせて、いつも支えてくれてありがとう。おかげであたしはたっちゃんにあたしの見せたかった姿が見せれた。今度は、あたしから言うわね」
「たっちゃん、大好き!!」
「ああ、俺もだ」
抱き合う二人の上で打ち上げ花火が空にはじけた。
後書き
あと一話
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