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誰が為に球は飛ぶ

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焦がれる夏
  弐拾壱 旋風

第二十一話


「えーと、じゃあインタビュー始めようか。よろしくお願いします。」

「よろしくお願いします。」

「うん、しかしまあ、何から聞けば良いか分からないな(笑)俺、君らが1年の時からちょくちょくヤシイチに取材来てるけど、うん、とりあえず高校野球お疲れ様、だな」

「宇部さん、それは言い方にトゲがあります(笑)いやー随分早く終わっちゃいました。」

「本当に残念だったよ。俺、君らが春夏連続出場した時用の記事も既に作ってたのに(笑)」

「いや、僕もまさか高校生活で夏休み丸ごと堪能できるなんて想定してませんでした。後輩らは大変でしょうね。この夏休みは地獄ですよ。僕らのせいなんですけど(笑)」

「あの試合、今振り返ってみたらどう?それとも、まだ振り返りたくないかな?」

「いやっ……僕は初戦で負けたのは実力だと思ってますよ。結局ヒットも3本だけでたまたま出たようなホームラン2本での2点だけでしょ?おまけにたまたまこっちが打てなくて、逃げ切られたっていうんじゃなくて、9回にミスも絡んで逆転されたんですし。」

「試合後、エースの御園君は立ち上がれないくらいに泣き崩れて、他のメンバーも同じような感じだったけど、君はケロッとしてたな。それは、実力で負けたと思ったから?」

「はい、そうですね。僕ファーストなんで、相手の応援、モロに聞こえるんですけど、9回裏、何だこの雰囲気、やべぇって思ったんですよ。何で俺県の初戦でビビってんだろって、まぁそれが実力が無いって事なんじゃないかなって思ってます。」

「冷静だね。2年半の苦しい練習が報われなかった高校生とは思えない自己分析。」

「いや、僕は主将も副将に任せられないまま1人で勝手にやってきたんで、何て言うか、泣く権利も無いんじゃないかって思うんです。まぁ1人だけ泣かなかったんで顰蹙も買ったんですけど、、、あ、こんなんだから主将も副将も任せられなかったんですかね?」

「(笑)でも、あの試合でも技ありのホームラン。一日に必ず一度見せ場を作るもんだから、さすがだなと思ったよ」

「まぁ僕は打たなきゃただのアホですからね(笑)いやー、でも、あれだけ打てる気しかしなかったのに、そんなに打てなかったのも初めてでした。あの相手投手、何て名前でしたっけ?」

「碇だね。まだ2年生だって。」

「あぁ、そうでした、そうでした。碇。あいつ、本当に"最強の凡P"でした。」


ーーーーーーーーーーーーーー


「律子ォ、まだデータの分析?」
「そうよ。あと少しで終わるけど。」

美里が律子の研究室に行くと、クーラーでキンキンに冷やされた空気が自分の身を包むのが感じられた。律子は眼鏡をかけ、ディスプレーに向き合っている。

美里は、机の上に乱雑に置かれたスポーツ新聞の一つを手にとった。見出しは「夏の甲子園埼玉大会、4強出揃う」だった。美里の目は、その紙面上に「夏の大会初出場で4強 吹き荒れるイチジク旋風」という題の小さなコラムを見つけた。ネルフ学園野球部を取り上げたものだ。主に野球部を創った日向のエピソードが語られている。

この夏の埼玉大会は、ネルフ学園が八潮第一に勝ったのを皮切りに、上位シード校が次々と敗退する波乱が続く大会となった。こういう大会全体の流れは、案外波及していくものだ。勝つ方が勇気を貰ったのか、負ける方が既視感に苛まれて自滅するのか、それは定かでは無いが。

その波乱続きの流れを作り出した張本人のネルフ学園は、その流れの恩恵を最も享受していた。そもそも、ネルフ学園が入ったブロック自体、八潮第一以外のシード校が弱く、「八潮第一の一人勝ちのブロック」と言われていたくらいである。なおかつその弱いシード校も早期敗退で消えていったりするので、初戦以降勢いに乗ったネルフはスイスイと4強まで勝ち上がったのである。

大会終盤に来て心配される投手の体力面も、真司と藤次が交互に先発する事で、疲労は最小限に抑えられていた。この大会、真司はさる事ながら、藤次の好投も目立つ。昨秋に15点取られた投手の面影が感じられないくらいだった。
そして何より、ネルフ学園には切り札がある。

酸素カプセルの無償供与。第三新東京市にあるスポーツ企業の研究室が、最新の酸素カプセルを提供してくれたのだ。ネルフ学園の快進撃が、学術新都・第三新東京市のアピールに繋がるという事もあるらしい。

子どものやる、たかが野球が、学校にとどまらず街をも巻き込んでいく。この状況に、美里はただ驚くばかりである。


ーーーーーーーーーーーーーーー


夏休みに入って、朝から晩まで練習できるようになった。といっても、大会期間中で、その大会も終盤ともなれば、体力に気を遣って軽い調整しかしない。


「真司君、肩や肘は大丈夫かい?」
「うん、それは大丈夫だよ。あの酸素カプセルも相当効いたし、体は軽いよ。」


ブルペンで軽い投球練習を終えたバッテリーに、グランドの外からカメラのレンズが向く。
ベスト8に入った頃から、グランドに記者の姿がチラホラ見えるようになった。
そして、学校の中での立ち位置も変わった。
校内ですれ違う、友達でもない生徒にも激励の言葉をかけられる事が増え、練習を覗いている生徒の姿も見えるようになった。
応援団の人数も増え続けているらしい。
新しく伝統も無い学校に通う生徒は、学校として一つにまとまる経験を欲していたのだろうか。


無駄に立派な部室の中では、健介が着替えの途中、半裸のままでスポーツ新聞をめくっていた。


「是礼に、川越成章に、武蔵野にウチか。こりゃまた、是礼以外は意外なメンツが揃ったなぁ」
「是礼はAシードだけど、川越成章と武蔵野はDシードだし、ウチはノーシードだもんね」


健介の呟きに相手しながら、敬太は体にシーブリーズを塗りたくっている。
汗臭いままでモノレールに乗るのは耐えられないらしい。この部室が綺麗な状態を保っているのも、敬太が毎朝掃除しているからであった。


「で、健介。武蔵野はどういうチームなんだ?」


多摩が仕上げの素振りを終えた格好で、部室に入ってくるなり尋ねる。初戦こそきりきり舞いだったが、それ以降は渋い活躍。活発な打線を底上げしている。


「まぁ、本当に公立校の野球ですよ。守備でリズムを作って〜っていう、典型的な。」
「夏のベスト4は16年ぶりらしいですよ。僕のおじいちゃんがOBですけど、凄く喜んでました。」


敬太が重ねて言うと、健介は渋い顔をした。


「そこなんだよなァ。伝統校で公立進学校で、高校野球で一番人気が出るタイプの学校なんだよなァ。OBも沢山来るだろうし、こりゃアウェイ間違いなしだよ。」


多摩はそれを聞くと、少し気後れした。
これまで、基本的には観客を味方につけてきた事は自覚していた。しかし、明日は違う。雰囲気に乗せられて、力以上のモノを発揮してきた自分達が、明日、逆風の中でどうなるか。


開いていた窓から、吹奏楽部が演奏する「桜カラー」が聞こえてくる。この曲は多摩が打席に立った時に演奏される曲である。


(そうだ。例え観客が相手についても、俺たちの応援席は俺たちの味方だからな。)

その音色を聞いて、多摩は少し安心する。
戦うのは自分達だけではない。
それだけで、何か安心できた。


ーーーーーーーーーーーーー


80人を越える部員が、ホームベース付近に並び、センター後方の古びたエキゾチックな校舎に向かって体を反らせて歌う。

「「「ここ武蔵野の御園生に
集える我らは はらからぞ
歴史に花の香をとめて
清き理想に勉めかし」」」


「軍艦マーチ」と同じ旋律の校歌を、練習終わりに斉唱するのは、創部100年を超えた野球部に伝わる伝統である。
古びたバックネットの後ろに作ってある観客席には、OBや地域の方の姿も見え、彼らも立ち上がって同じように歌う。


学校創立から120年。校訓は文武両道。
県立武蔵野高校。ネルフ学園の準決勝の相手である。


ーーーーーーーーーーーーーー


「小暮、明日の先発も任せたぞ」
「はい、頑張ります!」


練習後ミーティングの円陣の中で、いかにも気の強そうな顔をした、小柄な少年がピシッと返事をした。
彼の名前は小暮涼太。伝統の背番号1を受け継ぐ、武蔵野高校のエースだ。

監督は、まだ若く、二十代後半くらいである。やや面長で品の良い顔つきをしているこの監督は時田四郎。若くしてOB会の期待を背負い監督に就任した俊英で、自身も武蔵野野球部OBである。


「明日の相手は投手が良い。またタフな試合になるだろうが、耐えて粘ってはウチの十八番だ。受け継がれてきた武蔵野の野球だ。お前らと、今年から大会に出てきたチームじゃ年季が違うんだ。必ず勝てる。勝つぞ。」
「「「ハイ!!」」」

時田の言葉に、選手は力強く頷いた。


ーーーーーーーーーーーーー


「監督、エラく気合い入ってたなぁ」


レガースを磨きながら、円陣での時田の様子を笑うのは、小暮とバッテリーを組む捕手の梅本だ。同じ三年生と談笑している。


「あの人の母校愛スゲェからな。新しく出来たような学校相手には、期するモンがあるんだろ。」
「まぁな。でも、ここまで防御率0点台の碇に打率6割近い剣崎、エースと4番の質ではネルフの方が明らか上だわ」


梅本の言葉に、部室の隅でストレッチしていた小暮の目つきがキッと鋭くなる。その視線に気づいた梅本は、わざとらしくおどけた。


「おお、怖い怖い。ウチのエース様は短気ですなあ。触らぬ小暮に祟りなし、か」


カチンときた小暮は、梅本に手元にあった布巾を投げつける。梅本はそれを難なくキャッチした。


「例え相手の方が上でも、勝ちゃあ良いんだ」
「そうムキになるなって小暮。分かってるってそのくらい。そもそも俺たち、個人の力でここまで来たんじゃないし。」


梅本は小暮が投げつけてきた布巾を使って、口笛を吹きながらミットを拭き始める。小暮は呆れた顔をして、部室から出て行った。


ーーーーーーーーーーーーー


「お守り?」
「ええ。外の袋は、私が縫ったわ」

学校からの帰りのモノレールの中で、真司は玲からお守りを手渡された。イチジクの葉のロゴと、必勝の文字が刺繍された袋に入っている。
手の込んだモノだった。

「……準決勝に来てお守りかぁ」
「ごめんなさい。遅くなってしまって……」


視線を落とす玲に、真司は笑いかけた。


「いや、これであと二つ頑張れるよ。ありがとう。」


カバンを開け、自分のグラブ袋に括り付けた。
玲は少し安心したような顔になる。


「……最後まで」
「ん?」


ボソッと言った玲の言葉を、真司は聞き返した。


「最後まで、自分らしく、ね」
「あっ……うん」


真司は深く頷いた。
自分らしさ。
勝ち上がって、周りはどんどん盛り上がっていくし、相手も変わっていくけど、自分を変えずに。
野球をしているのは自分であって、野球の為に自分があるのでは無いのだから。
玲の短い言葉で、真司はそこまで考えた。
玲を分かるという事は、自分を分かるという事だった。



甲子園まで、あと二つ。



 
 

 
後書き
ネルフ学園のメンバーの応援曲は

青葉 スパニッシュフィーバー
健介 奇跡の戦士エヴァンゲリオン
日向 ゲキテイ
剣崎 Brave Sword Bravor Seoul
藤次 祭男爵
薫 コバカパーナ
多摩 桜カラー
真司 女々しくて
敬太 レーザービーム
チャンステーマ 5,6,7,8
という風にイメージしてます。
新設らしく、J-POP多めで。
定番は外してます。 
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