さんねんななくみ当番日誌
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07/19 山田真彩
「…は?」
非常に間抜けな声だったと思う。
裏返らなかっただけまだマシ。
多分アタシの顔は今、今日一番に歪んでる。
「だからぁ、龍ってイケてんねっていっとんの」
隣に並んだ理沙は、あたしの耳から片方イヤホンを抜き取ると、自分の耳にそれを押し込んだ。
よかったここがベランダで。
よかった隣に並んでてくれて。
よかったこの歪んだ顔を理沙に見られなくて。
西野カナにせん?ウチ、aikoあんま好きやないんねん。
真っ白い光に一緒になりたい、と音楽プレーヤーの中で歌う声が理沙の手によって途切れた。
aikoってなんでこんなに可愛い声なんやろ。
アタシがこんな声になったらみんなどんな反応するのかな。
やめよ、アタシらしくない。
「んでどーなん?」
「あつくてこっちはそれどころじゃないんねーん」
「とか言って、最近真彩が龍と仲いいん、知っとるんやで」
ニヤリ、と音がなりそうな張り付いた笑みを浮かべつつ理沙は言う。
そんなこと言われてもなあ。
最近よく話す隣の席のヤツの顔を思い浮かべながら、
(といってもそんなに見てるわけではないのでぼんやりとしか浮かばないが)理沙の風になびく髪を見ていた。
確かに、クラスでは派手なグループの部類には入るよな、とか
でも顔はカワイイ系だし理沙には合わないなあ、とか
女装は似合わなそうだけど、とか
うっすらぼんやり考えるけど、めんどくさくなってやめる。
「アタシは別にきょーみない」
「え、そうなん?じゃあウチ、龍狙おっかな」
文字通り可愛く、といったかんじで理沙は笑う。
理沙は可愛い。恐らく、クラスで2.3番くらいには。
細く整えられた眉も、茶色いショートの髪も、短いスカートも、ベージュのカーディガンも、
可愛いから似合う、理沙だから似合う。
私は全部ダメだ。
岡島龍。オカジマリュウ。
隣の席の、うるさいヤツ。
多分理沙とは釣り合わない。
こんなバカっぽい、(実際にバカ)ヤツ。
理沙が一週間前付き合ってたのは高校生だ。
アタシとは住む世界が違うな、とも思うし、
こんなド田舎でよくぞ、とも思う。
アタシからしたらコウコウセーなんて、雲の上だ。
第一、歳上に知り合いなんて居ない。
でも理沙は違う。理沙は先輩に知り合いがいる。
それもたくさんだ。
予鈴がなった。
理沙はイヤホンを耳から外すと、アタシに渡してニコッと笑い、あんがと、と言った。
この笑顔は可愛いかも、なんて思った。
まあ理沙は可愛いんだけど。少なくとも私よりは。
なんで理沙みたいなんがこんな田舎におるんやろ。
理沙だけじゃなくて、美希ちゃんとか、奈々ちゃんとか。
神様は不公平だ。
イヤホンをしまいながら関係のない神様にあたってみたりする。
「んじゃ、五限目終わったあとね」
理沙は『保険』をかけて、目だけで三ミリくらい笑った。
今の笑顔は、正直あまり好きじゃない。
理沙は『一人になりたくない系女子』だ。
同じグループだった美希ちゃんちにはじかれた時も、
一人になりたくないんだろう。アタシのところに来た。
田舎は田舎でもそりゃそんくらいの人間関係とかはある。
アタシは元々女子より男子と仲良くなるのが上手いので、
言い換えれば女子と仲良くなるのは下手なので、
理沙が五月くらいにアタシのところに来てくれてよかったと思う。
アタシだって『一人になりたくない系女子』なのだ。
膝ちょい下くらいのスカートを掴んで、
ベランダから教室の中に入った。
青い空に入道雲が浮かぶような、暑い夏のことだった。
目が、慣れていない。
教室がやけにみどりばんで見えたが、それも一瞬のことだった。
窓側後ろから二番目という夏の特等席に、理科の教科書を乱暴におく。
ド田舎中学。ジュケンセーだというのにエアコンなんてものはない。
夏は窓からふく風のみが、オアシス。
だから席の場所自体はいいんやけどな、なんて思う。
起立、というななちゃんの澄んだ可愛い声が通る。
だからなんでそんなにかわいい声が出るん。
出しかた教えて欲しいわ。
あ、でもああゆう声って自然に出るモンなんかなぁ。
出したことないもん、わからん。
ななちゃんの口をみながらくだらないことをかんがえていたその時。
バタバタというスリッパの音。
あと、なんかでかい笑い声と、ボールの音。
「遅れてサーせぇん」
唐突なハスキーボイス。
声の主、山田空斗。ヤマダタカトとその連れ三人が教室のドアを乱暴に開けて入って来た。
サーせぇんって、なんやねん。すいませんも言えへんのーなんて、ミキちゃんが笑っている。
空斗は、げぇー次理科じゃんなんて言いながら、
教科書も持たずに一番前の席につく。
(なお一番前になったのは先生の希望である)
理科の先生はコクコクと頷くと、黒板に文字を書き始めた。
このハゲは不良にびびっちゃって、されるがままだ。
他の三人も何がおもしろいのか笑いながら席についた。
そのうちの一人は、私の右側に。
理沙のこともあって、いつもは見ないその横顔に目をやる。
空斗と違いちゃんと着てある制服。
白いシャツは限界までまくられていて、
学ランのズボンもひざのあたりまでまくってあって、
体育館で遊んでいたからだろう、暑いのかどっかの野球チームの下敷きであおいでいる。
あ、ずっと前にハンシンが好きとか言ってたな。
じゃあこの下敷きはハンシンのかな。
眉毛は、ある。整えてないと思う。
目は大きくて、歯並びがいい。
坊主までいかない、野球部らしい髪型。
ぶっちゃけかっこよくねー、どこがいいんやろう。
思わずまた顔を歪めそうだったので、教科書に目を戻した。
「教科書58ページぃ」
語尾が伸びる独特の口調で、理科の先生は言う。
300ページくらいある教科書の6分の1くらいはもう
終わってしまったわけだ。
受験、なんて言葉はいまのアタシ達には関係ない。
そりゃあ中学三年生ですけど。
学年TOPの、その、根本的にアタシとは頭の構造が違うような、
そんな人達は今のうちからやれ塾だやれ講習だって
言われてるのかもしれませんけど。
それなりに勉強やって、そこそこの順位をキープしてるアタシには関係のない話。
それはこのクラスの大半に対して同じことが言えると思う。
七クラスあるこの学年で最後のクラスであるだけ、
なんとなく寄せ集めみたいなものが集まって出来たこのクラス。
TOP20に入る人が2人いる程度。中間ぼちぼち、その他はほとんど半分以下。
実際にテストを見たわけではないけど、なんとなくそんなかんじがする。
とりあえず三ヶ月たったけど、クラスの中のグループみたいなものはある程度固定されてきて。
でもまだなんとなく、ぎこちない。
お互いを探り合うようは異様な空気。
ななちゃんの柔らかく編んだ三つ編みの数。
理沙の作った笑顔。
理科の先生の語尾を伸ばす口調。
とか。あ、なんかむしゃくしゃする。
空斗とかだったらこういう時は非常にわかりやすく、態度に示すけど、
アタシはその気持ちを押し殺して、冷静さを装いノートを開く。
真彩の字、可愛いよなー。羨ましい。
ななちゃんが呟いた言葉を思い出す。
そんな可愛い声でゆわれてもなぁ。と思いつつありがと、と言った覚えがある。
黒板に書かれた無難な文字列を書き写すため
ペンを出したその時だった。
「っあーやべ、」
べ、を短く切り呟いたのは。隣の席の岡島龍。
反射的にペンを出す手をとめ、右を向くと、
岡島龍は笑いながら両手をあわせてニカッと笑いかけてきた。
うん、久々に顔みたけど、野球部や。
「教科書忘れました」
「またかいな」
小声で会話。もう4日くらいこの調子だ。
「だぁから謝っとるやろが、見せたって」
「明日は持ってくるって言ったの誰やったっけ?」
「知らんそれ俺やない」
「あほか」
「お願い!山田!」
机をくっつけながら岡島龍は笑う。可愛い笑顔だ。
くっつけられた机の真ん中に教科書を置くと、さんきゅーと小声で言った。
ハンシンの下敷きが太陽の光を浴びて反射する。
対して授業も聞いてないくせにノートだけは取るものだ。
彼は真面目に黒板を凝視している。
アタシもそんな彼には興味を持たずに黒板を見る。
岡島龍は、理沙の気になる人、だ。
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