チャイナ=タウン
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第三章
第三章
「何かあったの?」
「横浜ファンだからね」
これだけで充分だと思った。話していると彼女は日本の野球に詳しい。それならこれだけで話が通ると思ったからだ。
「ああ、そうだったの」
彼女は事情がわかったようだ。
「けれどいいじゃない。この前日本一になったんだし」
「まあね」
もう何年も前の話だ。本当に遠い過去の様にも思える。
「私のチームなんてもう凄く長い間日本一になっていないんだから」
「贔屓の球団は何処?」
「ドラゴンズよ」
彼女はそう答えた。
「中日かい」
「ええ。ほら、台湾の助っ人がいたでしょ」
「ああ、あの人だね」
郭源治というピッチャーがいた。台湾出身で剛速球とマウンドでの派手な叫びで有名だった。横浜は何でも大洋時代にこのピッチャーにえらくやられたらしい。しかしその人柄は凄くよかったという。
「あの人がいたから。応援しているの」
「そうだったんだ」
「私とは違うけれどね」
「それはどういう意味?」
俺は最初その言葉の意味がわからなかった。
「あ、あの人高砂族なのよ」
「高砂族」
「ええ」
彼女は答えた。
「台湾の山の方に住んでいる人達なの。知らないのかしら」
「悪いけれど」
俺は台湾といえば中国人が住んでいるとばかり思っていた。だがどうやら違うようだ。
「彼はそこでその運動神経を見込まれてね。それでプロ野球選手になったのよ」
「そうだったんだ」
「凄かったでしょ、彼」
彼女はそう言って得意気に俺を見上げてきた。
「憎たらしい程ね」
俺は苦笑してそう答えた。
「俺の親父がそう言っていたよ」
「お父さんも野球が好きなのね」
「ああ。阪神ファンでな」
横浜にも阪神ファンはいるのだ。またこれが野球のことになると人が変わる。
阪神ファンというのは本当に特別な人種だとことあるごとに思わせられる。
「巨人の次位に嫌っていたよ」
「光栄ね」
「光栄か」
「ええ。敵にそんなに憎まれるなんて。嬉しいわ」
不敵な笑みを浮かべつつそう言う。
「貴方もそう思うでしょ」
「昔はね」
俺は憮然とした顔でそう返した。
「今はとてもそんなことは言えないさ」
「あら、どうして」
「ここのファンだからさ」
ここで横浜スタジアムを親指で指し示した。
「今年は本当によくやってくれたよ。どこまで負ければ気が済むのやら」
「あらあら」
笑っていた。本当に日本の野球に詳しい。
「まあ来年があるから」
「来年はもっと負けるかもな」
「そう言わずに」
野球の話をしながら進んだ。そして関内の商店街に来た。結構な距離だが案外短く感じた。やはり二人だったからであろうか。
二人で話をしながら商店街を進んだ。野球の話は終わり台湾の話に移っていた。
「何か日本とあまり変わらないな」
「そうでもないわよ」
話を聞くだけだと日本に似ているが違うらしい。
「細かいところはね。色々と」
「そうなんだ」
「例えば受験なんて凄いんだから」
「それは日本でも同じだよ」
俺もそれなりに受験勉強では苦労してきた経験がある。だからこそこう言えた。
「日本の比じゃないのよ」
「まさか」
「私だってね、凄く勉強したんだから。もう一日中よ」
「それで大学に受かったんだね」
「ええ。けれどこれで終わりじゃないわ」
「大学に入ったら終わりじゃないの!?」
これには少し驚いた。
「台湾では違うのよ」
「どう違うの?」
「大学院にも行かなくちゃいけないし。留学も大事なのよ」
「それで日本に来たんだ」
「そうよ」
得意気にそう語った。
「どう、だから日本語上手いでしょ」
「まあね」
本当を言うとまだかなりたどたどしいと思う。けれどそれは言わないことにした。
だがそれはすぐにばれてしまった。
「あ、今違うと思ってるでしょ」
「え、いや」
図星を衝かれて思わず焦った。
「違うよ」
「顔に書いてあるわよ」
彼女は俺の顔を見上げてそう言った。
「嘘が下手な人ね、貴方って」
「ううっ」
「けどいいわ」
しかしここでうっすらと微笑んだ。
「悪意はないから。親切で言ったんでしょ?」
「まあそうなるかな」
「日本人らしいわ。日本人ってそういう人が多いのよ」
「否定はしないよ」
実際そうだと思うからである。いいか悪いかは全く別問題として日本人は嘘をつくのが下手だと個人的に思っている。
「はっきり言わないところもあるわね」
「それも否定しないよ」
世界中から言われているような気がする言葉だ。何回聞いたかわからない。
「けれどそれがいいわ」
彼女はそう言ってにいっと笑った。
「日本人のそういったところも好きなのよ」
「本当に!?」
世界中から批判されていることなのでこれには正直驚いた。
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