皇太子殿下はご機嫌ななめ
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第45話 「権威と権力」
前書き
さてと、わたしは戦争が好きだー。
とか、言いそうにもない皇太子様です。
第45話 「幸せな時間」
「香辛料をよこせ!
さもなくば核だ!!」
「……キルヒアイス。何を言ってるんだ?」
ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムだ。
徳、名誉、恐怖。
この三つを並べた事からある事に気づく者もいると思う。
さて、専制主義に必要不可欠な恐怖であるところの、劣悪遺伝子排除法を廃法にしたわけだが、恐怖というものを捨て去る気はない。
やはり家の中には、怖い存在が必要だろう。
地震、雷、火事、親父とは至言だ。
銀河帝国の場合、皇帝こそが怖い親父役にならねばならぬ。
俺の場合は、強権という形で、それを発している。
だからといって、毎回毎回、強権を発してばかりだと意味が薄れる。
伝家の宝刀はここぞと言うときに抜くものだ。
力がある事を知らせても、そうそう振るうものではない。
統治者は狂犬ではないのだ。
■宇宙艦隊司令部 ヘルムート・レンネンカンプ■
宇宙艦隊において、自分を含む五名はミュッケンベルガー元帥に見出され、ウォルフガング・ミッターマイヤー達は、宰相閣下に見出されたと言われている。
だからといって元帥閣下が、扱いを変えているという訳ではない。
ただ、宰相閣下に見出された者たちと自分達は、明らかに毛色が違うと思われているだけだ。
向こうは才能と実力はあるが、癖のある連中。
自分達の方は、よく言えば堅実。悪く言えば、融通の利かない無骨者揃いだ。
宰相閣下と元帥閣下の違いと言うべきだろうか?
しかし両者に共通しているのは、その意志の強さだと思う。
宰相閣下の鋼鉄の意志は、自分ですらたじろぐほどで、次期皇帝陛下ともなれば、ああでなければならないのだ。
そう考えると、平民に生まれて良かったとつくづく思う。
「し、少将閣下」
若い女性の声と共に、くいくいと袖を引かれた。
私は振り向く前に、小さくため息を吐いた。宇宙艦隊司令部の敷地内において、この様な真似をするような女性は一人しかいない。
いや、それには少し訂正が必要かもしれない。
訂正しよう。
私にこの様な真似をする女性は、ただ一人だ。
クラリッサ・フォン・ベルヴァルト中尉。明るめのブラウンの髪を短くそろえた。まだ幼さが残っている顔つきの中尉だ。中尉に昇進してもう二年になろうとするのに、まだまだ新米少尉と言った印象を受ける。
「ベルヴァルト中尉」
振り返りつつ声を掛けると、うれしそうにはにかんでくる。
何がそんなに嬉しいのか?
女性というものは分からないものだ。
「何用かね?」
「宰相閣下のお使いで、司令部まで来たもので……」
なるほど、私を見かけたから声を掛けたと、いうことか。
中尉とは、宰相閣下のご趣味であるMSに乗せろという我が侭を聞いて、オーディン上空まで護衛したさいに知り合った。
その時以来、妙に懐かれてしまったらしく、見かける度に声を掛けてくるようになった。
「宰相閣下のご様子は如何かね」
「も~あいかわらずですよー。毎日忙しそうで、俺様ぶりも健在です」
俺様ぶり、か……。
ここの所、お会いする機会もないが、強気なところは健在というわけだ。
しばらく話していると、通り掛かったワーレンが、こんなところで立ち話もなんだろう、カフェにでも連れて行ったほうが良い。と言ってきた。
いかんな、私はこういう所が気が利かないようだ。
「中尉、行こうか」
「はいっ」
■宰相府 マルガレータ・フォン・ヴァルテンブルグ■
うむむ。ここはどう書くべきでしょうか?
貴公子のような風貌ってよく言うけどさ~。皇太子って本物の貴公子だしね~。古の彫像を思わせる均整の取れた肢体とか、高貴さなんて、元々高貴なお方だし、体つきもバランスが取れてるしねー。こー皇太子を表現するような良い語彙はないものだろうか……。う~む、悩んじゃうな~。
いやいや、ここは皇太子殿下の持つ野性味を押し出した方が良いのかも……。
“高貴さと野性を兼ね備えた皇太子の瞳が、鋭い光を帯びた。琥珀色の視線の先には○○(お好きな人物の名をお入れ下さい)がいる。軽く手招きした皇太子に向かい、おずおずとした足取りで、近づいていく。
強引に腕を引かれ、倒れこむように皇太子の胸元に飛び込んだ”
「あんた、何書いてんの? どれどれ」
「あ、ダメだってっ!!」
宰相府の休み時間を利用して、趣味の小説を書いていたというのに、エリザベートに奪われてしまったぁー。
じーざーす。
「あんたねぇ~」
呆れたような口調で、エリザベートが小説を返してきた。
眉が顰められている。はぁ~っと、ため息まで吐かれた。
なんだいなんだい、そのたいどはぁ~。ちょーむかつくー。その上、無言のまま、わたしに数枚の紙を突きつけてくる。
なになに?
“皇太子は夜な夜な、飾り窓を蹴破る勢いで店に入ると、居並ぶ美女を荒々しく抱き寄せ押し倒す。その勢いたるや、まるで重戦車を思わせた”
「あんただって、書いてんじゃん!!」
「あたしはノーマルだもん。あんたみたいにホモじゃないからね!!」
「恋愛物と言えー!! あんたのはエロ小説じゃん。これぇ~」
「どこがよー。皇太子殿下ならこれぐらいする。ぜ~~~~ったい、そうに決まってる!!」
「しねえよ」
その声に振り返ると、皇太子殿下が立っていた。
うわっ、むっちゃ呆れたような目だ。
「あわわわわ」
「あ、ああああ、こ、これは違うの、違うんですぅぅぅぅ」
慌てふためいて、小説を背中に隠す。
はあっというため息が、皇太子殿下の口から漏れた。
「あのな~書くなとは言わんが、大声で喚くな。この手の奴は、隠れてやってろ」
「は、はいっ」
「はいっ」
そう言って皇太子殿下はご自分の席に戻られた。
ふう~っ、やばいやばい。
あやうく絞め殺されても、誰も庇ってくれない状況になるところだった。
しかし改めて皇太子殿下に目を向けると、う~ん、やはり絵になるお方だと思う。
強気な俺様キャラだし、絶対攻めに決まっている。
創作意欲とネタが湯水のように湧いてくる。いける。もう何も怖くない。
あ~いけないいけない。自戒しなければ……。
「腐女子はこれだから……」
ぼそっと皇太子殿下がなにやら呟かれた。
眼を瞑って目頭を指で押さえている。
■ノイエ・サンスーシ内庭園 アンネローゼ・フォン・ミューゼル■
腐女子で貴腐人な寵姫たちの所為で、違う意味で疲れてしまったらしい皇太子殿下が、心を癒すべく宰相府を出て、庭園までやってきた。
わたしも一緒についていく。
大きな木の根元に横たわった皇太子殿下が軽く眼を瞑る。
軽やかな風が心地良い。
皇太子殿下の髪を風がゆるやかに流れていく。
わたしはそっと髪を撫でる。さらさらとした髪が指の間をすり抜け、形をかえた。
口元に笑みが浮かんでしまう。鼻筋から唇を指でなぞる。意外と線が細いのかもしれない。
ふと以前見た、白い虎の映像を思い出す。
飢えと孤独が、虎を森林の王にする。お腹が満たされれば、小動物ですら敵ではないように眠りに入り、瞳に宿る光だけが王者の余韻を残す。
このお方はどこか、孤独な影を引きずっている。多くの人に囲まれていても、孤独な印象を受けてしまう。孤高の王。銀河帝国の皇太子とはこういう風にしか、生きられないのだろうか?
やりたい事とできる事、やるべき事が違う。人は誰しもそんなもんだ。
そう自嘲気味に嘯く。
それが哀しい。
「わたしはずっとお傍にいます。だから貴方は一人ではないんですよ。それを忘れないで」
そっと囁く。
髪を撫でていると、くすぐったそうに身じろぎする。
寝顔だけはまるでこどものよう。笑みが浮かんでくる。
陽は暖かく、風も心地良い。隣には皇太子殿下がおられる。幸せだと思う。
こんな時間がずっと続けば良いのに……。
足音が聞こえてきた。
そっとため息を吐く。
静寂が途切れ、いつものような喧騒が始まる。
皇太子殿下の目が開かれていく。眠りに落ちていた獣が目を覚ます。
立ち上がり髪をかき上げたときには、いつもの皇太子殿下だ。
銀河帝国皇太子・帝国宰相ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム。
「おお、ここにおられましたか」
「どうした?」
やってきたリヒテンラーデ候にむかい声を掛ける。
強気な態度も鋭い目もいつもと同じ。
そうして歩き出す。傲然とふてぶてしさすら感じさせる気配を漂わせて。
さてっと、私も立ち上がって歩き出しましょう。そうでないとあの方を見失ってしまいます。ずっと傍にいると決めたのですからね。
■軍務省 帝国軍統帥本部長シュタインホフ元帥■
軍務尚書エーレンベルク元帥と私そして、宇宙艦隊総司令長官ミュッケンベルガー元帥の三名は、顔を付き合わせていた。
「宰相閣下から、増援艦隊は八個艦隊との命が下った」
私がそう切り出すと、他の二人が渋い表情になった。
「八個か、多いな」
「よほど警戒なされているのだろう」
ミュッケンベルガーが渋い表情のまま呟き、エーレンベルクが取り成すように話した。
うむ。ミュッケンベルガーの懸念も分からなくない。数が多ければ良いというものではないのだ。多ければ多いほど、統制が難しくなるし、指揮官の質、というか人となりが問われてくる。
「だが叛徒どもは六個艦隊らしい」
それを上回るだけの戦力をご用意していただいた。
本気でやるなら、質、量とも圧倒せよ、か……。
宰相閣下のご英断だ。
「うむ。こちらとしては例の者達が中将に昇進しているからな。連中に一個艦隊を指揮させるつもりだ」
「やれるのか?」
エーレンベルクはどことなく不安そうだな。
「大丈夫だ。有能だよ、連中は。一個艦隊どころかもっと多くても指揮できるだろう」
ミュッケンベルガーが自信を持って言い切った。
こちらは不安などないといった表情だ。
「そうかでは、
ウォルフガング・ミッターマイヤー。
オスカー・フォン・ロイエンタール。
アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト。
エルネスト・メックリンガー。
アウグスト・ザムエル・ワーレン。
フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト。
ヘルムート・レンネンカンプの7名に、ミュッケンベルガー元帥の直属艦隊を含めた、計八個艦隊ということだな」
「うむ。そうなるな」
私が確認するように問うと、ミュッケンベルガーは頷いた。
指揮官は揃った。
後はどのような作戦を採るかだな。
■宰相府 ウルリッヒ・ケスラー■
いつも不思議に思うのだが、宰相閣下というお方は、軍に対してあまり横槍を入れないといおうか、援軍の規模、時期は指定するが、作戦内容までは一々口出しをされない。
ただ口を出されるときは、軍の様相を一変されてしまう。
今回の指揮官達もそうだ。強権を振るわれた。だがそれ以後は強権を振るっていない。
普通といって良いのか分からないが、あえて普通は強権を振るい、変えたのだから、その後は全てご自分の思うとおりにしたがるものなのに、為されない。
不思議なお方だ。
確かに宰相閣下は軍や政府の上位に位置されている。
いかに実働部隊を掌握していても、いさとなれば将官たちの命よりも、兵士達は宰相閣下のご命令に従うだろう。
これが皇太子という権威、ご威光なのだろうか?
全てに対して自らの御意志を通す事ができる。権威と権力どちらがより、高位に位置するのか、私如きにはよく分からないのだが……。
「けっ、条件が気にいらねえっていうんならよぉ~。フェザーンの高等弁務官を通じて、交渉に入れば良いのによぉ~。即軍事行動に入るっていうのが気にいらねえ。あいつら何考えてんだっ!!」
フェザーンから知らされた情報を知った際の、宰相閣下の反応だ。
確かにその通りだろう。
仮にもイゼルローンで交渉が行われたのだ。
二度とできないという訳ではあるまい。
打診ぐらいはできたはずだ。それを帝国が蹴ったというなら話は分かるが、打診すらしていない。愚かとしか言いようがないな。
交渉能力がないのか? それとも交渉しようという事すら思いつかなかったのだろうか?
まさか、こちら側が全ての段取りをつけてやらねば、同盟側は交渉できない、という事か? まるで子どもを相手にしている気分に陥る。
頭の痛いことだ。
「軍に伝えろ。向こうがやる気というなら潰して来いと、な。増援艦隊は八個だ。今回は容赦してやらねえ」
「ハッ!」
「俺は手を差し伸べた。窓口も作った。だが手を振り払ったのは同盟で、窓口を閉ざしたのも同盟だ」
宰相閣下の声が低くなった。
怒りを押し殺しているかのようだ。よほどお怒りのご様子。
宰相閣下が自ら軍を動かされるのだ。
報復は苛烈なものになるだろう。
思わず身が震えそうになった。
■宰相府 ラインハルト・フォン・ミューゼル■
宰相府の大画面に皇太子の姿が映っている。
出征する軍を前にして、檄を飛ばしているのだ。
「帝国は自由惑星同盟に対して、この戦争を止めるための手を差し伸べた。交渉の窓口も作った!! だが、手は振り払われ、窓口は閉ざされた。交渉など無用という事かっ!!」
語りかけるように静かに話し始められた声が、だんだん大きくなっていく。
兵士達が皇太子を固唾を飲んで、見つめている。
怒りが画面越しにも伝わってきそうだ。直接相対している兵士は、それをより強く感じているだろう。
「連中がどうしても、戦争がしたいというならば、座して攻められるのを待っている帝国ではない。そうだろう!! 連中に我々の怒りと失望を思い知らせてやれ。平和の到来を希求する帝国人の心を踏み躙った事を、後悔させてやれ。あの戦争狂どもをぶちのめして来いっ!!」
最後には張り上げられた言葉が、兵士達に乗り移ったように感じられる。
怖い男だ。
平和を希求するのは帝国。戦争に邁進するのは同盟。という構図を作り出した。
事実、皇太子の言うとおり、条件が気に入らなければ、フェザーンを通じて交渉をまずすべきだった。
手間を惜しんだのか、それとも同盟の中での権力争いが原因だったのか、そこまでは分からない。
ただ同盟は下手を打った。
茶番でも交渉の真似事ぐらいはするべきだったのだ。皇太子のように……。
茶番と分かっていながらも、皇太子はフェザーンを通じて、同盟側に打診をしている。
返事はまだ返ってこない。同盟は一つにまとまっていないのだろう。
纏める奴がいないのか?
「キルヒアイス」
「はい。ラインハルト様」
「俺は連中のような愚か者にはなりたくない」
「その為には宰相閣下のように、よく見て、よく考えて、よく学ばなければなりませんね」
「そうだな。その通りだ」
軍の戦力をぶつけ合うだけが戦争ではない。
その点では、俺も同盟と同じような考え違いをしていたようだ。自戒しなければならないな。
俺は画面を見ながら、そんな事を考えていた……。
後書き
姪っ子たちにお年玉をせびられたー。
ひどいわ……。
よよと泣き崩れるわたし。
執筆中のBGMとしてニコニコ動画をよく聞くのですが、
最近のお気に入りは【鏡音レンオリジナル】ヘタレないでよ!【もうしません】です。
これを聞きながら、妄想を膨らませてます。
後はラインハルトの、月刊 お姉ちゃんといっしょ。
とか、変なネタばかり浮かんで、本編が進まなーい。
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