誰が為に球は飛ぶ
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青い春
拾弐 脱皮
第十二話
足には自信あるぜ。50m走のタイムは中3で6秒1だ。これって結構良いセン行ってる方だよな?中学ん時には選抜で軟式の全日本にも出てさ、高校から野球推薦の話も無かった訳じゃない。5つくらいは誘いはあったさ。
ま、断ったんだけどね。俺の野球は上手い方ではあるけど、ダントツじゃないし。他にシニアやボーイズの連中も居るってのに、それでも俺がナンバーワンだなんて思っちまえるほどバカでもないんでね。
ネルフに行って、まあ適当に野球やってさ。そこそこに勉強して大学にも行って、爽やかスポーツマンとして企業に就職!どう、15歳にしちゃ、随分現実的なプラン立ててるだろ?
でも思ったよりもネルフの野球部、チームになってねえ訳じゃ無かったんだよな。場合によっちゃあ俺が、柄でもなくエースで4番にならなくっちゃいけねえか、まあそれも面白いだろと思ってたんだけどさ、エースと4番も居たんだよ、実際には。
中学の惰性で続けようかと思った高校野球だけどさ、案外面白くなりそうだぜ。
もっかい全国、行ってみようかな(笑)
ーーーーーーーーーーーーーーー
猛烈なライナーが飛ぶ。左中間を深々と破り、ランナーを迎え入れる。
「…まぁ、よし」
三塁ベース上で剣崎が納得したように1人頷く。
これで4安打、本日も大当たりである。
「ナイバッチ剣崎ー!」
「さすがー!」
追加点にベンチも盛り上がりを見せる。
光がホクホク顔でスコアブックを書き、指揮を執る日向は打った本人の剣崎以上にガッツポーズをして喜ぶ。隅に座っている加持は、グランドで躍動する教え子を目を細めて見守っていた。
季節は春。春季県大会のブロック予選である。
「よっしゃァー!」
「藤次クン、ナイスボールだ」
三振を取って藤次が大きくガッツポーズし、薫が軽快に球を内野に回す。藤次は冬の間にアーム投げを矯正し、変化球の球筋も安定した。薫は捕手を始めて半月ほどだが、ショートバウンドの変化球や高めに抜ける真っ直ぐも難なく捕球し、独特の感性を持つリードが冴えている。
(勝てる…勝てるんだ!)
レフトの守備位置で、真新しい外野用の大きなグラブを付けた日向が、自軍優勢の試合展開にむしろ緊張した表情を作っていた。
長かった…この一勝が長かったんだ…
1人空を見上げ感慨に浸る。
「日向!左打者だ!ライン際詰めろ!」
センターの剣崎の指摘に慌てて我に返り、守備位置を調節する。
「2アウトー!ランナー居ないよ守備慌てずにー!勝ち急ぐなー!」
ベンチで声を上げたのは真司。その左手には包帯が巻かれていた。
(…真司君、投げたかったろうに…僕も残念だ。せっかく君の女房役になったというのに)
ベンチを横目で見ながら、薫は思った。
しかしすぐにマウンドの藤次に向き合う。
「よーし!サード打たそうサード!」
敬太がサードのポジションで球を呼ぶ。
その隣、ショートのポジションには青葉。
ショートからサードに、コンバートされていた。
「ガキッ!」
インコースの直球に右打者が詰まる。
その打球はコロコロと三遊間へ。
(僕だ!)
敬太は反応し、打球を追う。打球は思いのほか手元に来るのが早く、差し出したグラブの先を抜けた。
(あっ!)
ヒット、と敬太が思った時には、その後ろ、深い位置で手を伸ばして追いついた青葉が身を翻してランニングスローを決めていた。
悪い体勢から投げられた山なりの送球は、しかしファーストの多摩のミットにしっかり飛び込んだ。
「アウトー!」
審判の手が上がると同時に、ネルフ学園のベンチからワッと選手が飛び出してきた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「よし、じゃあミーティング始めるぞ」
試合後、球場外にて円になって座ったネルフナイン。その輪の中心には日向。加持は輪の外で見ている。光からスコアブックを手渡され、日向がミーティングを始める。
「最終スコアは8-3、安打はウチが13、相手が7…うん、打撃はよくバットが振れていたな。春休みからの好調がそのまま出せた。ランナー貯めて剣崎、というパターンもよく作れていたな。守備は特にバッテリー、藤次と薫がよく落ち着いてやった。ショートの青葉も一年ながらよく元気出してやってた。ベンチもよく声が出てて、良い雰囲気の中で野球できたと思う…」
日向の言葉が急に途切れる。
周りも、日向の様子がおかしいのはすぐに気がついた。日向は泣いていたのだ。
メガネの奥に涙がポタポタと零れている。
「いやっ…そのっ…何だっ……まあ、みんなを信じて無かった訳じゃないんだがっ…かっ…勝てて嬉しいっ…ホッとしているっ…」
「日向さん…」
一年生達はブロック予選の初戦で勝ったくらいで泣く日向に首を傾げているが、真司には理由が少し分かった。去年の秋、自分を野球に誘った時、「大会で一度も勝った事が無い」と言っていたような気がする。日向にとってはそれが悲願だったんだ、と真司は思う。それに結局貢献できなかった自分は、結構情けない。
輪の外に居た加持が立ち上がり、パン、と手を叩いた。
「ま、初勝利おめでとうってトコだな。これからこの野球部かいくら勝ちを積み上げていこうと、初勝利、これはお前らのモンだ。初勝利は、今日この日のこの勝ちしかない。だが、これはスタートだ。ここから始まるんだ。これが終わりじゃない。それだけは皆が心に持っておいてくれ。」
「せやせや!ワイらこんな所で終わるよな奴らやないで!一気に甲子園やー!」
加持の言葉に、藤次が意気を上げる。
光は呆れた顔で「また調子に乗って」と突っ込む。日向がその様子を見て笑う。
剣崎も、口元に笑みを浮かべているようである。
「終わりは始まり、さ。」
薫がつぶやく。
まだまだ涼しい季節の話であった。
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