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親子

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第五章

 彼は両親と自分の顔をよく見比べる様になった、見れば父とは幾分か似ている。だが。
 母には似ていない、それも全くだ。
 そしてその父にも何かが違うものがあった、それでだった。
 ある日店に古くからいて長老の様になっている番頭の小平、小柄で背が少し曲がった髪の毛が一本もない老人にだ、二人きりになったところで尋ねたのである。
「番頭さん、聞きたいことがあるんだけれど」
「何ですか?」
「ひょっとして父っちゃんに弟か誰かいたかな」
「その話を何処で」
 すぐにだ、小平は慎太郎のその言葉に皺だらけの顔を怪訝なものにさせて返した。
「聞いたのですか?」
「いや、たまたまだけれど」
「その話は内緒にしてたんですが」
 店の中でだ、絶対にだというのだ。
「古くからこの店にいる人間の間では」
「それはどうしてなんだい?」
「ここでは何ですから」 
 今二人は店の中にいる、それでだった。
 小平は話を聞かれることを恐れてだ、こう言ったのである。
「別の場所で」
「聞かれてはいけない話だね」
「そうなりますね」
 小平もこのことを否定しなかった。
「ですから坊ちゃんのお部屋か私のお部屋で」
「じゃあ僕の部屋に行こうか」
 慎太郎の方から場所を提供した。
「そうしようか」
「はい、それでは」
 こうして二人は慎太郎の部屋い入った、畳の部屋の端にはまだ季節ではないので使われていない火鉢があり座布団と机の傍には本が何十冊も段々に積まれている。大学生の部屋らしいと言えば言えるだろうか。 
 二人はその部屋の真ん中に向かい合って座った、それでだった。
 小平は慎太郎が出してくれた座布団の上に彼に礼の言葉を述べながら座ってそのうえで話をはじめたのだった、その話はというと。
「旦那様には弟さんがおられまして」
「その名前が慎二郎というのかな」
「そのお話も聞かれたんですね」
「うん、そうなんだ。ただ」
「ただ?」
「まさかとは思ったよ」
 浄瑠璃の帰りの老人との話を思い出しながらの言葉だ。
「その慎二郎さんって人がこの店の生まれだとはね」
「そこまでは聞かれてないんですね」
「そうだったんだ」 
 こう話す慎太郎だった。
「けれどその慎二郎さんがだね」
「はい、旦那様の弟さんでした」
「その人は店を出たのかな」
「そうです、大学を卒業されて別の店の娘さんとの縁談の話が出ていたのですが」
 それがだというのだ。
「店の若い娘と恋仲になり先代様と旦那様にその結婚を反対されまして」
「それで駆け落ちしたんだね」
「そうでした、噂では九州の方に行かれて」
「二十年位前の話になるかな」
「丁度それ位ですね」
 年代も一致していた、老人から聞いた話と。
 だが慎太郎は今はそのことを言わずに小平の話を聞いて言った。
「そうだったんだ」
「それでなんです、そこで駆け落ちの相手の娘は子供を産んだのですが」
「若しかしてその子供が」
「お気付きですか」
「僕だね」
「はい」
 その通りだとだ、小平は慎太郎に小さな声で答えた。 
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