IS<インフィニット・ストラトス> ―偽りの空―
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Introduction
第六話 学園最強
まっすぐに楯無に向かってくる紫苑に対して放たれた蒼流旋はしかし、そのまま紫苑の体をすり抜けたように誰の目にも映った。いや、楯無と千冬だけは紫苑が何をしたのか見えていた。
変幻加速と、後に楯無によって(半ば勝手に)名付けられたこの加速は、瞬時に最高速に達することを目的としたため、直線的な行動しかできないイグニッション・ブーストとは異なり、体中に備え付けられたブースターにより加速中も細かい制御が可能となる。
その一端は先ほど紫苑がフォルテ戦で見せたが、今回はそれを連続使用した。
当たる直前に最小限のブーストを複数かけてギリギリで回避し、そのまま逆方向から再びブーストをかけて元の軌道に体を立て直した。超高速化で行われた最小限の回避行動が、周りから見たらまるですり抜けたように見えたのだ。
言葉にすれば簡単だが、複数のブースターそれぞれの加速量を調整し、最適な配分にしなければ体勢を崩すか、下手すればそのままどこかに吹っ飛びかねない繊細なもので、操縦者にかかる負担も尋常ではない。
しかし、その奥の手すらも楯無は上回る。紫苑の渾身の一撃は、楯無が作り上げた水のフェイクを斬るにとどまり、楯無自身は既にその場に罠を張り離脱していた。
『これでお終いよ』
楯無の言葉の直後、紫苑の周辺に爆発が巻き起こる。
ミステリアス・レイディが形成する水のヴェールを霧状に充満させ、それを一斉に熱に転換することで爆破する清き熱情。本来であれば密閉空間で使用することで対象をことごとく爆破するのだが、アリーナのような場所では威力が満足に出せない一方で、シールドエネルギーのみを削りきるくらいは可能だ。逆に模擬戦には丁度よかっただろう、元の威力であれば怪我で済まない可能性もある。
観ているものは全員、楯無でさえもこの瞬間に勝負が終わったとそう確信した。
しかし……。
次に見た光景は、楯無の前に僅かばかりのシールドエネルギーを残した状態で現れ、ネームレスを振りかぶる紫苑の姿だった。
『なっ!』
先ほどのクリア・パッションで水は使い果たしておりフェイクで逃げることなんて出来ない楯無はなんとかダメージを最小限にしようと身構える。
だが、その後に来るであろうと予測した一撃は訪れることなく、代わりに紫苑の体がそのまま楯無に覆いかぶさるように崩れ落ちてきた。
『え、ちょ、ちょっと紫音ちゃん!?』
楯無が呼びかけるが返事が無い。どうやら完全に気を失っているようだ。
『そこまでだ! 更識の勝利とする。更識はそのまま西園寺を運んでこい』
千冬の言葉が届くや否や、楯無はそのまま紫苑を抱えてピットに向かった。
突然の結末に、アリーナは騒然になるがすぐに千冬から、モニター上怪我などは負っていないことが告げられるとこれまでの戦闘に対する話題で再び盛り上がりを見せた。
「だから無理をするなと言ったのだ……馬鹿者が」
そう独りごちる千冬に、周りはついていけず茫然としている。
「……狙ったのかわからんが、最も爆発規模の少ないところに向かってフルブーストを行い、その後の爆発すらも推進力にして抜け出している。一瞬で楯無の前に現れたのもそういうことだ。シールドエネルギーが残ったのもたまたまだろう。とはいえ、装甲やモニター上のデータを見る限り怪我はなさそうだ。奴が気を失ったのは……無理をしたツケだろう」
「無理な加速の反動、ということでしょうか?」
「……そういうことだ」
一通りの推測を語り、ひとまず大事はないだろうということを周りに伝え安心させた千冬だが彼女自身がその推測に納得していなかった。
(だが加速の反動というなら少なからず身体への異常が検知できるものだがそれが無い。にもかかわらず気を失ったのは慣れない実戦のプレッシャーや加速に精神が耐えられなかったのか、あるいは別の何かが……)
そこまで考えて千冬は思考を中断する。
少ないデータで憶測を繰り返すのは無意味であり逆に愚かな固定観念に囚われてしまうかもしれない。ましてやその対象は自分の生徒である。確かに気を失うほどの事象の原因は気になるが、まずは本人に確認してからだ、と千冬は思い至った。
「はぁ……しかし誰がクラス代表になるにしろ、これを観た他クラスの生徒は戦々恐々となるでしょうねぇ」
なんの気なしに口から洩れた真耶の言葉だが、正鵠を射ているといえる。どういう意図かはわからないが、主席2名と1学年の全てにあたる専用機持ち3名が集中した1組。もとより他のクラスに比べて格段に優遇されているといえる。優秀な生徒を優秀な教師――この場合は言うまでもなく千冬のことだが――によって集中的に育成しようという意図ならわからなくもないが、他のクラスには成績上位の各国代表候補生も散りばめられておりその限りではない。
やはり、初日に紫苑が考えたようにIS学園にとって扱いが難しい生徒を一カ所にまとめて管理をしようとしている、と考えるのが妥当であろう。
そんな訳で、学園からしてみれば端から公平性など皆無ではあるのだが対抗戦が行われる前にそれが大々的に露見してしまうのは些か問題があるとも言える。
「他クラスの立ち入りを許可したのは学園側とはいえ一悶着あるかもしれないな」
これから起こりうる問題を思い浮かべたのか、千冬は顔を顰めながら運び込まれた紫苑の容体の確認に向かった。
◇
「……ん」
先ほどまでアリーナで模擬戦をしていたはずなのに、気付けばどこかの室内にいた。どうやら気を失っていたようだ……。ということは、僕は負けたのか。
頭がまだフラフラして記憶が曖昧だけど、確か最後に楯無さんのクリア・パッションを受けて……、ん~思い出せない。やっぱりそこで気を失ったのかな。
「あ、よかった。気が付いたみたいね」
声のする方に意識を向けると、いつも通りの……いや、もしかしたら少し心配してくれるのかな、ちょっと表情が読み取れない楯無さんがそこにはいた。
「楯無さん……?」
「もう、本当に無茶するわね! まぁ、させたのは私だから強くは言えないんだけど……でも大きな怪我がなくてよかったわ」
どうやら本当に心配してくれていたようだ。あまり他人に心配されたという経験がないため、なんとなくむず痒い。
「ごめんなさい、ご心配おかけしました。まだ少し頭がフラフラしますが大丈夫そうです」
そう言ってベッドから出ようとした僕は、すぐに楯無さんに肩を掴まれ押し戻されてしまった。予期せぬ急接近に自分の心拍数が跳ね上がるのがわかる。
「だから無理しないの、しばらく寝てなさい。遅くなるようなら私がちゃんと部屋まで運んであげるわよ……ふふ、お姫様抱っこで」
「そ、それは遠慮しておきます……でもわかりました。少しだけ……休ませてもらいます」
お姫様抱っこなんてされたら僕の男としてのプライドが……。それにこのまま肩を抑えられたまま近くにいられると僕が動揺しているのが伝わってしまうかもしれないし、大人しく従っておこう。
「そう? それは残念ね。ま、時間になったら起こすからゆっくり寝てなさい」
「ありがとうございます」
楯無さんが離れたのを見て、僕はそのまま目を閉じて再び意識を手放した。
どれだけ眠っていたのだろう、次に目を覚ましたときにそこにいたのは楯無さんではなく千冬さんだった。
「起きたか」
「ちふ……織斑先生」
「ふ。もう就業時間は終わっている。ちなみにここは盗聴、盗撮などの類は一切ないから安心しろ、紫苑」
そう、僕の本当の名前を千冬さんは言ってくれた。久しくその名前を聞いていなかった気がする。……束さんはあんなだし。そしてその名前を出したということは教師と生徒ではなくプライベートで話したいということなんだろう。
「うん。……ごめんなさい、千冬さん。ちょっと無理しちゃったみたい」
「まったくだ、馬鹿者が。教師の言葉を数分後に無視する主席がどこにいる。……それで、意識を失ったのはどういう訳なんだ?」
「……よくわからない。少なくとも直前の加速による反動や楯無さんの攻撃によるものだけではないと思う。前後の記憶が混濁してるから確かではないんだけど、爆発の直前にはもう意識はなかった」
隠しても仕方ないのでありのままを千冬さんに説明すると、途中から彼女が少し驚いた表情になった。
「爆発の直前……? そのあとに抜け出して反撃に至ったのは覚えていないのか?」
「抜け出して? 僕はそのまま爆発に巻き込まれて負けたと思ったんだけど」
千冬さんの言葉は僕にとっても意外なものだった。どうやら爆発自体は回避して、そのまま反撃をしようとした直前に倒れたらしい。単に記憶に残っていないだけなのか、無意識に動いていたのか……。
「……まぁ、お前に自覚がないのなら尚のことだ。月読はまだ不明な点が多すぎる。もう一度言うが、無理はするな」
「うん、ごめんね」
一回目の忠告と違い、今回は笑顔だったが心配してくれているのが伝わってきた。
彼女に余計な心配をかけてしまったことに罪悪感を感じてしまい、できる限り彼女に負担をかけないようにしようと改めて誓った。……いや僕の存在自体が彼女の心労を増やしているのは間違いないんだけどね!
「よく考えてみればお前が入学してからは、こうしてゆっくり話す機会がなかったな。どうだ、もう慣れたか?」
「いや、この環境に慣れたら慣れたでいろいろ終わりな気がするんだけど……」
うん、女子校に女装男子一人の環境に慣れたら男として終わりだよ……。
「そうか? もうすっかり溶け込んでいるように思ったが。というか私自身も最近お前が男だってことを忘れていたぞ」
「そんな……千冬さん酷い」
男であることを忘れるってどういうこと!? いや、それだけバレる可能性が少なくなってるっていうことなら歓迎するべきなのか……、いやでも。
「そういう仕草をするからだ。まるで拗ねた乙女だぞ、今のお前の顔は」
え、今僕はそんな顔してるの!? 全然意識してなかったよ、ちょっと待って。これ僕が卒業した後ちゃんと男に戻れるのかな! 大丈夫だよね!?
「ふふ、冗談だ。まぁ、溶け込めているのは本当だがな。とはいえ油断はするなよ」
「千冬さん!? 本気で自我が崩壊しかけましたよ、今!」
「たまには崩壊させた方がいいだろう。……そうしないと女生徒に囲まれて如何わしい妄想が暴走しかねんしな」
「そんなことしないよ!」
なんてことを言い出すんだこの人は。というかこういうキャラだった? 最近、教師としての千冬さんばかり見ていたからギャップが……。というかストレス溜まってるのは千冬さんなんじゃないか。
「ん? なんだ、健全な男子が女子に囲まれてなにも感じないとは……まさかお前はそっちの気があるのか?」
「なんでそうなるの! 僕だって耐えるのが大変……いや、そうじゃなくて!」
「くくく、お前の焦った顔というのもなかなか珍しいな。すまん、少しからかい過ぎた……、だがたまには力を抜いたほうがいい」
そう言って千冬さんは僕の頭に手を置いた。……でも焦った顔は楯無さんにはよく見せてしまっているかもしれない。どうやら千冬さんは僕のことを元気づけてくれた……んだと思う。半分以上面白がってたのと自分のストレス発散だったような気がするけど。
「はぁ、ありがとうございます……?」
「素直でよろしい。まぁ、頼れと言った以上、面倒は見る。だから一人で抱え込むなよ、西園寺」
呼び方を戻したことはプライベート終了の合図と取り、そのあとは教師と生徒の会話をそこそこに千冬さんと別れて部屋に戻った。
部屋には既に楯無さんがいた。
「あ、ちゃんと起きれたみたいね。気分はどう?」
「ええ、おかげ様ですっかりよくなりまし……た」
どうやら楯無さんは先にシャワーを浴びていたようで、濡れた髪のまま首からタオルをかけてショーツ一枚の姿で……って!?
「た、楯無さん! なんて恰好で……」
「あぁ、ごめんね。起こしに行くまで寝てるもんだと思ったから。まぁ、女同士だし気にするもんでもないでしょ」
楯無さんは隠す素振りすら見せない。いや、確かに彼女の言う通りなんだけど僕は実際は男だし……でもここで動揺したらいらぬ疑いをかけられるかもしれない。
「ん、どうしたの? 顔赤いわよ……、やっぱりまだ体調よくないんじゃ」
そう言いながら近づいてきた楯無さんは顔を近づけ、額同士をくっつけてきた。こ、この人は……わかっててやってるんじゃないだろうか。
「あ、あの……楯無さん?」
「やっぱり少し熱があるわよ、今日はそのまま寝ちゃいなさい」
それはあなたのせいですから! とも言えずに僕は大人しく従うことにした。
ベッドに入ると、先ほどまで寝てたにも関わらずあっさりと眠りに落ちていった。
「ということで、1組のクラス代表は西園寺に決定した」
クラス中の拍手喝采の中、僕は今の状況が理解できなかった。
朝目が覚めて、今まで通り楯無さんと朝食を取りに食堂に行ったのだけど今まで以上の視線とざわめきを感じた。昨日の模擬戦が原因なのは間違いないが、正直予想以上だった。知らない人にも挨拶されたり、声をかけられたりもした。今まで以上に上級生も多かったように感じる。
楯無さんはさすがというか、そういうのに慣れているようで上手に捌いていくのだけど、僕はどうしても適当にあしらうことができずに囲まれてしまった。おかげで遅刻しそうになった。
ようやく教室にたどり着き、SHRが始まってみれば千冬さんがクラス代表の発表をする段になり今に至る。つまりは僕がクラス代表になってしまったということだ。……なんで?
「えっと……模擬戦の結果から代表は更識さんではないのですか?」
「それは私が辞退したからよ」
当然の疑問をぶつけてみたら楯無さんからあっさりと答えを聞かされた。
「そういうことだ。……あの模擬戦終了後に更識と現生徒会長の模擬戦が実施された。これは学園としても生徒会長の座をかけた決闘として認めており、結果勝利した更識が次期生徒会長ということになる。数日後には任命式も行われる。つまり、クラス代表との兼任を避けての辞退だ」
……相変わらず滅茶苦茶な人だな。僕らと戦ったあとに生徒会長と戦うなんて。
というか全て仕組まれていたんじゃないだろうか。それにこの制度ってどうなの? 学園最強=生徒会長を徹底するならわからなくもないけど……。わかってたけどこの学園はやっぱりどこかおかしいよね……。
「ふふ、この時期に生徒会長と戦うのは異例だからね。1年生の専用機持ち二人に勝ったら、という条件付きで許可させたのよ。アリーナの使用申請も面倒だから当日に一気にやっちゃおうって算段だったの。……予想以上に紫音ちゃんに苦戦したから危なかったんだけど……」
悪びれずにそう言い放つ楯無さん。どうやら本当に全てが彼女の掌の上だったようだ。これで名実ともに彼女が学園最強、か。……でもまぁ目指すべき目標が最強というのは面白いかな。やっぱり模擬戦は負けて悔しかったしね。
「ということで、1勝1敗だった西園寺が繰り上がりでクラス代表ということになる。まぁ、あの戦いぶりなら異論は出まい。頼んだぞ」
「はい……ご期待に沿えるよう頑張ります」
僕の承認の言葉と同時に、拍手の勢いが増した。
「西園寺さんなら大丈夫だよ!」
「格好良かったですよ」
「クラス対抗戦、絶対優勝ですね!」
クラスメートが口々に言葉をかけてくれた。正直照れ臭いけど自分にできることはやってみよう。
昼休みになると黛さんがやってきて、フォルテさんと楯無さんも交えて四人で食堂に向かうことになった。
「まずは紫音ちゃん、クラス代表就任おめでとう! にしても三人共とんでもないわね……。正直誰が相手でも勝てる気がしないわ」
彼女はクラス代表就任を聞きつけて駆けつけてくれたようだ。
「ありがとうございます。でも実際に勝負しないと何があるかわかりませんよ」
「う~、ウチもそう思ってたんスけど紫音と楯無の戦い見てたら自信なくしたッス……」
何やら今日はフォルテさんが大人しいと思ったらどうやら落ち込んでいたらしい……。昨日は最初に二連戦を行ったフォルテさんは控室に戻らずにそのまま千冬さん達と試合を観戦していたとのことだ。
「事前に私はお二人の癖や機体性能も調べてましたからね。もう一度戦えばわかりませんよ」
まぁ、言い方は違えどあのシミュレーションを使った以上ほとんど事実だよね。ちょっとズルいと言われれば否定できないし。フォルテさんはその言葉に多少は納得したようでちょっとだけ元気が戻ってた。
「そういえば薫子さんの2組はさておき、他のクラスの代表ってどうなってるんでしょうか?」
「やっぱり、各国代表候補生がクラス代表になってるみたいよ。まぁ、うちのクラスは代表候補生がいなかったから何故か私なんだけどね……。他のクラスで一番手ごわそうなのは4組のクラス代表になったイギリス代表候補生サラ・ウェルキンさんかしら」
その後、各クラス代表の話題になった。……というより薫子さんは一応敵である僕らのクラスにこんなに情報提供していいのだろうか。疑問に思って聞いてみると。
「あはは、いいのいいの。私は直接戦闘じゃなくて情報戦が本来のスタイルだから。ガチでやっても勝てる見込みは皆無だから、どうせならこの機会にいろいろ情報収集を、ね。あなた達からもいろいろ教えてもらってるし、ギブアンドテイクよ」
ということらしい。
その後しばらく別の話題で雑談を交わしたあと、部活の話になる。
「そういえば、みんなは部活どうするの? 私はもう新聞部に入部したんだけど」
「あ~、部活とか面倒ッスね。でも帰宅部とかないんスかね」
「寮生活なのに帰宅部ってどうなのよ……ちなみにどこかしらに入部はほぼ必須みたいよ」
「あ、私と紫音ちゃんとフォルテちゃんは生徒会よ」
ここにきて爆弾発言である。
「え、どういうことですか??」
「どど、どういうことッスか!?」
フォルテさんと言葉が重なるけど当然だよね、というか聞いてない。
「ほら、私がもうすぐ会長になるじゃない? そうしたら邪魔な現役員は全員解雇するの。あとは私が決めた人を任命して新生徒会の完成ね」
全員解雇とかどこの独裁者ですかこの人は。まぁ、会長との決闘で政権交代するような制度ならそういうのもありなのだろうか……。
「それが私たちなんですか?」
「ん~、正確には私とあと二年生が一人は確定。私たち二人じゃ厳しいからあとは紫音ちゃんに入ってほしいのよね。この三人なら今の生徒会より全然優秀になるわ。あ、フォルテちゃんはマスコットね」
「あ~、わかってたッスよ。もうどうにでもしてほしいッス」
あ、またフォルテさんがやさぐれモードに。せっかく少し元気戻ってたのに……!
「ということで、紫音ちゃんは副会長よろしくね」
あ~、僕ももうどうにでもしてください。
昼休みは時間も無かったのでその場で返事はせずにそのまま解散となった。薫子さんが『特ダネだわ!』とか言いながら別れたので生徒会入りはなんかもう既成事実になりそうな気がする。というか楯無さんがああ言い出したってことはもう逃れられない気もするけど、ね。
そして放課後、改めて三人で話をすることになった。
「まぁ、いきなりで申し訳ないんだけどね。どうしても二人の力を借りたかったの」
昼休みとは打って変わって真面目な表情だ。その言葉からも真摯さが感じられる。
「一緒に入る二年の子は昔から私の……更識の家に仕えてくれる子で信用はできる。でも今の時点で、本当に信用できる人は後はもうあなた達くらいしかいないのよ」
正直、意外だったけどもやはり暗部として生きる彼女は常に人と距離を置いているのかもしれない。……僕も似たようなものか。
とはいえフォルテさんはともかくとして、この短い時間でどうして楯無さんは僕を信用してくれたんだろうか。実際には彼女を騙していることに違いはない。彼女に信用されればされるほど僕の中の罪悪感がどうしようもなく大きくなっていく。
……全てさらけ出してしまいたい。何もかも話してしまいたい。僕が男だと知ったら彼女はどんな反応をするだろうか。変態だと罵り、警察に突き出されるのだろうか。もしかしたらその場で殺されるかもしれない……。それでもいいか、と思うと同時にその自己満足のあとに楯無さんが負うであろう心の傷に思い至る。
馬鹿げている。だったらひっそり消えて勝手に自殺でもすればいい。バレたならともかくわざわざ自分から真実を告げるなんて免罪符にもならない。ならばこのまま偽り続けるしかない。
そう決意したとき、不意に楯無さんが顔を近づけて僕の耳元でフォルテさんに聞こえない声で囁いた。
そしてその一言で
「そんなに思い悩まないで。あなたの全てを知った上で信用する、と言ってるのよ、紫苑君」
僕の頭は真っ白になった。
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