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Two Kids Blues

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第四章


第四章

 けれどそれが仇になった。その頭がいかれた奴はナイフを振り回してそれが。あいつの胸を刺しちまった。赤い血がこれでもかっていう程噴き出てあいつのジャケットを赤く染めて。あいつはアスファルトの上に倒れちまった。
「お、おい!」
 俺は慌てて声をかけた。けれど空しくサイレンの音だけが聞こえてきて。あいつは病院に担ぎ込まれた。折角今から街を出ようとしていたのに。
 細かい話は聞いた。あの頭がいかれた奴が何だったのか。俺は個室のベッドに仰向けに横たわるあいつの枕元に座って。そこであいつに話をした。
「ヤクだったのかよ」
「ああ、それでいかれちまったらしい」
 そうだった。それで禁断症状で暴れて。本当にたまたまだった。
「自業自得だよな」
 あいつはそこまで聞いてこう呟いた。自嘲の笑みと一緒に。
「ヤクで儲けてきたんだからな。それで」
「自業自得かよ」
「そうさ、あいつもひょっとしたら俺のヤクでそうなったのかもな」
 こう言うのだった。確かにその可能性はある。
「だったらそれが俺に返って来た。それだけさ」
「それでいいのかよ」
 俺は聞いてやった。こいつに顔を向けて。
「それで。折角街を出て真面目にやろうっていうのに」
「仕方ないさ。こうなるようになっていたんだ」
 それでもそれを受け入れて。言ってきた。
「俺はな」
「そうか」
「けれどな」
 だがここであいつは言った。また言ってきた。
「御前は出ればいいさ」
「出ていいんだな」
「というか頼む」
 俺に頼んできた。
「俺の代わりに街を出て。幸せにやってくれ」
「幸せにか」
「二人で出る筈だったんだけれどね」
 白い天井を見たまま。寂しく笑っての言葉だった。
「悪いな、御前だけで」
「いいさ、仕方ないしな」
「仕方ないか」
「こうなっちまったらよ。どうしようもないだろ」
 俺はまたこいつに声をかけた。
「だからだよ。もうこれでな」
「そうだよな。ただな」
「何だ?」
「頼みがあるんだ」
 俺にこう言ってきた。相変わらず天井を見たまま。
「ジャケットとギターあるだろ」
「ああ、御前のジャケットと俺のギターか」
「どっちも頼む」
 そいつの最後の願いだった。本当に最後の。
「ジャケットはやるさ。ギターは暇があったら弾いてくれ」
「御前の代わりにだな」
「それだけ頼む。それだけな」
「わかったぜ。じゃあ引き受けたからな」
「ああ。俺が頼むのはそれだけだ」
「それだけだな」
「それだけでいいんだ。俺は」
 こう言ってあいつは死んだ。後に残ったのはそのジャケットとギター。あいつの形見だった。
 ヤクの売人がくたばった。それで喜んでいる奴もいた。実際に俺が病院を出る時にあいつのジャケットを見て笑ってるナースもいた。そんなのを持ってどうするんだって顔で。
 けれど俺はそれに構わなかった。その足で駅に向かった。街を出る為に。
「あばよ」
 病院を出た時に振り返ってこう告げた。これでさよならだった。アパートに戻ってそれだけが残ってたギター。丁度これだけは持って行こうと思って残していた。その時に二人でこの部屋で最後に飲むつもりだった。けれどそれができなくなって。俺は一人でまずいビールにつまみを胃の中に押し込んでから部屋を出た。もうこれでお別れだ。
 駅に着くとすぐに電車が来てそれに乗った。乗って暫くしてギターを手に取って奏でる。ビールで酔ってる筈なのに上手く動いた。奏でるのはブルース。古い懐かしいブルースだった。 
 俺とあいつの為のブルース。いなくなった、ここにいる筈だったあいつの為のブルース。俺はそれを奏でながら街を出て新しい場所に向かった。あいつの分まで真面目に生きる為に。たった一人で。


Two Kids Blues   完


 
                  2008・5・17
 
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