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魔道戦記リリカルなのはANSUR~Last codE~

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Epos5八神家の日常~Pet Capriccio~


†††Sideヴィータ†††

最近始めたはやてとのお昼の散歩。あたしがはやての乗る車椅子を押して、あたしらの側には狼形態のザフィーラが歩いてる。今のザフィーラには首輪とリードっつう引き綱がある。リードを持ってるのははやてだ。これはもう完全に愛玩動物(ペット)扱い。ザフィーラを狼形態で外に出す時は、必ず首輪を付けてリードを繋げること。それを決めたのはルシルだ。

――大丈夫やってルシル君。ザフィーラは大人しいし――

――ダメだ。俺たち家族がそう思っていても、周りはそう思わないはずだ――

――ずっとあたしと離れんと居れば・・・――

――ダ~メ~だ。よく見てくれ。いくら大人しくてもこの図体、それに牙と爪。リードで繋いでおかないと通報ものだ。これだけは譲れない――

――ルシル君は心配性や――

――これくらいでちょうどいいんだ。あともう1つ。ザフィーラを伴って外出するときは、守護騎士の誰かを同行させること。車椅子のはやてと、はやてより大きなザフィーラの2人だけとなると、同じく通報ルートだ――

――そこまでせなアカンか?――

――うん♪――

という感じで決まっちまった。でもま、そのおかげかここ1週間くらいは妙な問題は起きなかった。あと、ザフィーラを連れてるのが車椅子に乗った子供(はやて)だって言うのが良かったのかも。
はやての言うことをなんでもキッチリと聴くザフィーラ。その忠義っぷりが、公園とかで会う老人とか大人とか子供に結構人気になったりしてさ。そんで今日も近所の公園まで出かけてたんだけど、「急に曇りだしたなぁ」はやてが空を見上げて言う。

「雨が降る前に帰らなアカンな。ヴィータ、ザフィーラ、急ごか」

「うんっ」『かしこまりました』

車椅子を押す速さを上げて、土手を駆ける。けど「あ、降って来た!」頭や腕にポツポツと雨が当たってきた。しかもどんどん雨足が強くなってきた。さらに最悪なことに傘も無けりゃ、雨宿りする場所――鉄道が走る鉄橋が在るけど結構遠い。まだ気温が温かいって言っても雨に打たれっ放し、それに家に帰るまで濡れっ放しってことになっちまったら風邪を引くかもしんねぇ。

(それだけは絶対にさせねぇ・・・!)

辺りを見回して人が居ないのを確認する。あたしは「ザフィーラ!」はやてをザフィーラの背の上に乗せた。

「え、ちょっ、ヴィータ!?」

「しっかり掴まってて! 行けっ、ザフィーラ!」

「応!」

魔法を使ったりすればもっと速く連れて行けるけど、人の目が今は無いからって油断すると変なことになりかねねぇ。だから「おりゃぁぁぁぁ!」ザフィーラにはやてを乗せて先に避難させて、あたしが車椅子を押して全力で追う。そんではやて達に遅れて土手を下りて鉄橋の下に到着。ザフィーラは人の姿に変身していて、はやては土手の坂に座って鉄橋の柱に背を預けてた。

「ヴィータ! ごめんな、びしょ濡れにさせて・・・」

「へへ♪ 大丈夫だよ、はやて。あたしって体が丈夫だから。車椅子、ここに置いておくよ」

頭をブンブン振って髪に付いた滴を振り払う。

「天気予報じゃ今日の降水確率は20%って言ってたのに。すげぇ降ってんなぁ」

今朝、ルシルと一緒に観てたテレビの天気予報コーナーを思い出す。晴れのち曇りだとは言ってたけど、「降るなら小雨だろ」降水確率20%でこんなドシャ降りになるわけねぇ。あたしの呟きに「20%やからって小雨とは限らへんよ」はやてがそう返してきて、20%でもドシャ降りになったり、100%でも小雨だったりするって教えてくれた。

「――あ、もしもし、シャマルか? うん・・うん、そうなんや、急に降られてしもてな。・・・うん、雨宿り中や。・・・え、そうなん?・・・うん、うん。場所は――」

はやては携帯電話を使って家に居るシャマルに連絡を取った。場所を教えてるから、シグナム辺りに傘を持って来させるのかも。携帯電話を切ったはやては「ルシル君が傘を持ってもう出たって」って嬉しそうに笑った。なんつうか、昔を思い出す。オーディンとエリーゼのことを。

「それじゃあルシル君が来てくれるまで待とか」

あたしもはやての隣に座って、雨足が弱まらない空を見る。と、そんな時、どこからか「しゅんっ」って変な音が聞こえた。はやてや、耳が抜群に良いザフィーラも聞こえたみたいで辺りをキョロキョロ見回す。あたしは立ち上って川原の草むらへ向かうと、「あ」音の原因を見つけることが出来た。両手を伸ばして抱き上げる。

「はやて、コイツ・・・」

「ヨークシャー・テリアや!」

あたしの持ってる犬の種類らしいものを言ったはやてが満面の笑顔を浮かべた。けどすぐに「震えとる。寒いんやろか」顔を曇らせた。確かに、コイツ震えてる。犬を胸に抱きかかえて頭や体に付いた滴を袖で拭い去ってやる。するとワンとひと泣きして、あたしの顔に付いた滴を舐めとった。

「ヴィータ。わたしにも抱かせてんか?」

あたしははやてに駆け寄って犬――ヨッシャーテリア?を手渡す。受け取ったはやては「よしよし、良え子や」撫でた。

「はやて。ソイツ、どうすんの?」

「野良――ってゆうか捨て、やろか? それとも・・・。とりあえずこのままにはしておけへん。連れて帰ろ」

ギュッと犬を抱きしめるはやて。犬はそれで安心したのか眠ったみてぇに大人しくなった。

「おーい!」

雨足が弱くなってきた頃、ルシルのヤツがようやくやって来た。真っ先に「はやて。その子は・・・?」犬に気付いて指差してそう訊いた。

「濡れて震えてたんよ。野良か捨てかは判らへんけど、放っておけへんから連れて帰ろうって思うたんやけど・・・」

「連れて帰るってそんな簡単に・・・」

渋るルシルに「ほっとけって言うのかよ」半眼を向ける。はやての言うことは絶対だ。あたしはもう、そう決めたんだ。

「ルシル君」

「ルシル」

「・・・ルシリオン。仕方あるまい」

「・・・・判った。連れて帰ろう」

あたしらに見詰められたルシルは嘆息。そしてあたしらに腕に提げてた3本の傘を差し出して「先に帰っていてくれ。その子用のペットフードを買ってくるよ」そう言って走り出した。はやてが「お金!」って呼び止めるけど「俺持ちでいいよ!」止まることはなかった。で、犬を家に連れて帰って来たわけだけど。

「きゃぁぁぁぁっ!」

シャマルの悲鳴が。

「んなっ!?」

シグナムの絶句する声が。

「むおっ!?」

ザフィーラの苦悶の声が。犬がこの家に来てたった10分でこれだ。犬は、最初は大人しかったけど、風呂に入れて毛を乾かした途端に暴走しだした。シャマルのお気に入りの服の上で用を足して、シグナムの湯飲みをひっくり返して割って、ザフィーラの揺れる尻尾に噛み付いた。

「ひーん。私のお洋服がおしっこ塗れに~(泣)」

「湯呑みが・・・私の・・・湯呑み」

「ぅく・・・」

「あちゃあ・・・大暴れさんやなぁ~・・・」

なんでかソファに座ってるあたしの所へ駆け寄って来た犬は前脚をあたしの脚に掛けてきた。しかもウルウルしてる目だから、なんつうか、こう、胸がキュンとなる。犬を抱き上げて膝の上に乗せる。するとワンワンって尻尾を振りながら鳴いた。

「ヴィータちゃん!」「ヴィータ!」

「そう目くじらを立てんなよ2人とも。犬のしたことだろ。ザフィーラを見ろよ。耐えてんじゃねぇか。シャマルのは洗えばいいし、シグナムのは買い直せばいいじゃねぇかよ。なあ、犬?」

偶然かもしんねぇけど返事するかのようにワンって1回鳴いた。尻尾をフリフリしてあたしの顔をペロペロ舐めてきて、「あはは。くすぐってぇって」引き離そうとするけど離れない。

「むぅ。はやてちゃん・・・(涙)」「主はやて・・・」

「堪忍したってな、シャマル、シグナム。犬やから」

「「はい・・・」」

はやての言葉に大人しくなった2人を犬がへっへっへっへっ、って息遣いで眺める。けどそれが2人にとって自分たちを馬鹿にする笑い声のように聞こえたみてぇでこめかみに血管を浮かべた。

「ヴィータちゃん」「ヴィータ」

形だけの笑顔を向けてくるシャマルとシグナム。戦略的撤退と即判断。ソファの背もたれを跳び越える。

「その子を寄越しなさい!」「ソイツを寄越せ!」

2人が追ってくる気配。だけど「よさないか、大人気ないぞ」ザフィーラがあたしらの間に割って入った。

「ただの息遣いになにを怒る。今のを笑い声として感じたのであればお前たち、器が小さいぞ」

「「っ!!」」

「ホンマにごめんな。また新しいのを買ってくるで」

「ま。そういうわけだから大人を見せてくれよ、シグナム、シャマル」

2人の側に寄って犬を掲げて見せる。犬はパタパタ尻尾を振ってワンワン鳴きながら2人を見詰める。と、シャマルが「か、可愛い・・・」あんだけ目の仇にしてたのにウットリし始めた。シグナムは相変わらず表情を変えない。そんでシャマルが撫でるためか犬に向かって手を伸ばす。けど、ガブッ☆と犬がシャマルの手に噛み付いた。少しの間の沈黙。

「いっっっったぁぁぁ~~~~いっっ!!」

「うぶっ!?」

シャマルが悲鳴を上げて慌てて手を振り払うと、運が悪いことにシグナムの顔面を裏ビンタで叩いちまった。よろけるシグナム。悲鳴と一緒に「ごめんなさいっ!」謝るシャマル。シグナムを「大丈夫か!?」心配するはやて。あたしは「大げさだなぁ。甘噛みだったろ?」噛まれたところをフーフーしてるシャマルを笑う。

「甘噛みなんてレベルじゃないわよぉ! 見てよコレ! 歯形がくっきり付いちゃってるじゃないのぉ~っ! ほら、ほらっ、ほら~~!」

「見えねぇ。グイグイ押さえつけられちゃ見えねぇっつうのっ!」

歯形が付いたっつう手の甲をあたしの頬に押し当てて来るシャマル。だから見えねぇよっ。

「シャマル。手当てするから傷口を洗ってきて。ザフィーラ。救急箱、持って来て」

「あぅぅ。お手数おかけします」

ザフィーラが持ってきた救急箱を使って、シャマルの手を手当てするはやて。確かに、シャマルの手の甲にはくっきりと歯形が付いてた。結構な力で噛まれた証拠だ。さすがにこれを見て笑っていられるほど、あたしは馬鹿じゃねぇ。犬を床に降ろして、ビシッと鼻っ面に人差し指を突き付けてやる。犬は不思議そうにあたしの人差し指を眺めて、ペロッとひと舐め。

「おいっ。いくら子犬だからって容赦はしねぇ。やって良いことと悪いことがあるって躾けてやる」

とりあえず「はやて、どうすりゃいい!?」躾け方が判らないから訊いてみる。

「ん~と。お手とかおかわりとか、チ――コホン。けどこれってご飯が無いとアカンかも・・・?」

「ご飯、か。そんじゃあルシル待ちかぁ・・・」

「きゃぁぁぁ! スカート引っ張っちゃダメぇぇ~~~!・・あいたっ? ひーん、足引っかけられた~(泣)」

「シャマルが襲われとる!?」

「何か懐かしいなこの光景。昔にも小さい子供のイタズラの標的になっていたな」

「うむ。よくスカートを捲られていたな」

「思い出に浸っていないで助け――ひゃんっ? ちょっ、やだっ、そんなところを舐めないでぇぇーーー!」

犬の標的にされたシャマルと、犬を引き剥がそうとするシグナムを横目に、『ルシル。お前いまどこだ?』犬のご飯を買いに行ったルシルに思念通話を通すと、アイツは『玄関前だけど。何かあったか?』そう答えた。遅れてガチャっと玄関扉を開けた音と、「ただいまー」そんな挨拶が聞こえてきた。ルシルが手ぶらでリビングに入って来た。

「おかえりー」

「おい、手ぶらじゃねぇか」

「俺ひとりじゃ持ち切れなかったからな・・・。我が手に携えしは確かなる幻想」

ルシルがそう詠唱すると、あたしらの前に色んな物がドサッと置かれ始めた。犬のイラストが描かれた袋が2つ、皿も何枚か、犬用の寝台みたいなヤツ、シャンプーとかブラシとか。あと柵だ。

「早速暴れているな。結構やんちゃ犬らしいからなぁ、ヨーキーは。・・・ほら、それくらいにしておいてあげてくれ」

這って逃げ回るシャマルの足の裏を舐めてた犬がルシルによって引き離された。

「はぁはぁはぁ・・・、あ、ありが、とう・・ルシル、君・・・」

息遣いの荒いシャマルから礼を言われたルシルは「っ!・・・いや、うん。いいんだ」判り辛いけど顔を赤くしてシャマルから目を逸らした。まぁ、今のシャマルは色っぽいよな。

「こんなに買ってきてくれたん? お金、払うわ。いくらやった?」

「いいよ。全部合わせても1万もしないし、いくつか俺の私物もあるし」

はやてとルシルのそんな会話を聞きながら、早速ご飯の袋からお菓子みてぇなコロコロしたヤツを皿の中に移す。犬ががっつくようにさらに顔を突っ込もうとした。

――ディフェンサー――

「はい、ストップだ」

ご飯の皿に半球状のバリアが張られて、犬がキャン!?って衝突してズリズリと床に伏した。あたしは「何すんだ!?」ルシルを問い質す。ルシルは自分に吠えまくる犬の前で片膝立ちして「躾けが必要だろう。食事の前には、待て、だ。食事前の基本的な躾けだ」そう言って、ルシルはあたしに犬の躾け方をいろいろ話した。なんであたしなんだろ、って思ってたけど・・・。

「待て、犬」

ルシルがやっても言うことを聴かなかった犬だったのにあたしがやったら大人しくなった。ルシルが言うには犬を助けたのがあたしだったから、らしい。その思いをルシルが犬から感じ取ったってことだ。

「――でも、はやてちゃん。このままその子、飼うわけじゃないですよね?」

昼ご飯を食ってる中、シャマルが犬を警戒しながらはやてにそんなことを訊いた。真っ先に「おい、外に放り出せってのか?」あたしがシャマルに噛み付く。

「だってだってぇ。その子、私のことばっかり・・・うぅ」

「ごめんな、シャマル。飼うこと事態は構わへんのやけど・・・。ルシル君」

はやては犬を飼っても良いって言ってくれたけど、何か思うことがあるのかルシルに目を向けた。あたしもルシルへ目を移す。

「・・・たぶんだけど、その子は飼い犬だと思う。野良にしては毛並みが良い。捨て犬にしては人間に恐怖や恨みを持たず。躾けの方も初めて受けるという感じでもない。そのことから――・・・」

「どこかの家に飼われていたが何らかの理由で迷子になった、と思うわけか・・・」

「そういうこと。帰巣本能が有るものだけど、環境によっては弱まる場合もある。その子がそうかもしれない。・・・とにかく、だ。飼い犬の可能性が高い以上、俺は餌のサイズを一番小さい物にした。この意味解るよな? ヴィータ」

ルシルが犬を一度見てからあたしを見た。はやて達もあたしを見てくる。あたしは「犬は飼えない、ってことだろ・・・」足元でご飯を食ってる犬を見下ろす。と、ワンって鳴いた。

「けど、もし飼い犬じゃなかったら・・・。はやて、その・・・」

「そん時は飼おか。ヴィータにすごい懐いとるし。今さら捨てるわけにもいかへんし。シャマルにはホンマにごめんやけど・・・」

「はやてちゃんが買うことに賛成なら、私からは何もない・・・です・・・」

「大丈夫やよ、シャマル。もし飼うことになったらヴィータ、もちろんわたしも一緒に躾けるからな♪」

シャマルは「あぅぅ。その時はお願いしますぅ~」はやてに撫でられながらもちょっと泣いた。シャマルってなんでか小さい奴にイタズラされるよなぁ。なんでだろ。とにかく。そんなこんなで犬の飼い主が見つかる(本当に居れば話だけどな)までの間、あたしが面倒を見ることになった。

「そう言えばお名前は、犬、のままなの?」

「・・・。なぁ、名前付けていいのか?」

「まだこの家で飼うことが確定していない以上、下手に名を付けるとあとで別れが辛くなるぞ」

つうことで犬は犬のままだ。犬でも十分反応してくれるからそのままでいいや。飼うことになったらそんな時にはやてと一緒に考えよう。そんで午後はずっと犬と一緒に庭で遊んだ。待てや伏せ、お手とかの芸もルシルに教わることでさせることが出来たしな。その間、視界にシャマルが入ると犬は突進していって、「なんでぇぇぇぇ!?」何度もスカートに噛み付いてさんざん弄んだけど。

「ヴィータ。迷い犬のチラシを作るからな」

「・・・ああ」

ルシルはカメラで犬を撮って、パソコンやプリンターっていうデバイスを使って撮った写真をプリント。

「――迷い犬。飼い主を捜しています、と。はやて。連絡先はこの家の住所と電話番号を使わせてもらいたいんだけど」

「構わへんよ」

「イタズラ電話が来たら、魔法で即逆探知して相応の罰を与えるから安心してくれ」

「・・・・ほどほどにな、ルシル君」

そんな感じで出来上がったチラシを街中に張りに出かけたルシル。正直言えばあんましやってほしくなかったけど、それは我が儘だから言わなかった。
日も暮れて夕ご飯。あたしが用意したご飯を美味そうに食う犬は、何度もあたしを見て尻尾を振っては嬉しそうに鳴いた。夕ご飯の後は、風呂だ。あたしはいつもはやてと一緒に一番風呂で入るけど、今日は犬と一緒だ。風呂に入るのが最後のルシルが出るのを、犬をブラッシングしながら待つ。

「風呂、空いたぞ、ヴィータ」

パジャマを抱えて「おう。行くぞ、犬っ」って呼ぶと、犬はひと鳴きしてあたしの後をついて来た。と、「そうだ。シャンプーの仕方とかあるけど、教えた方が良いか?」ルシルがそんなことを言ってきた。あたしはリビングの入り口で立ち止まって・・・「頼む」ボソッと返す。帰ってきたばかりの時はお湯だけだったしな。
ルシルも一緒に風呂場にまでついて来てもらって、「あたしらが浴室に入るまで脱衣所に入んなよ。覗いたら、許さねぇかんな!」忠告しながら洗面所と脱衣所を隔てるためのカーテンを閉めて服を脱ぐ。

「判ってるよ。別に君を覗くような真似はしないから、安心してくれ」

廊下に居るルシルが呆れかえるような声色でそう返してきた。なんでか「あたしは覗く価値が無ぇってわけか!?」イラッときちまった。そりゃまぁ、シグナムやシャマルに比べりゃガキだけどさ。

「は? なんで怒鳴られるんだ? いいから早く入れ。そうでないと、本当に覗くぞ?」

ガチャっと扉が開いた音が聞こえて「のわっ!?」あたしの服の匂いを嗅いでる犬を抱えて、慌てて浴室に入る。そんで「馬鹿っ! 本気で覗く奴があるか!!」すりガラスの扉越しに居るはずのルシルに怒鳴る。けどルシルの影が見えない。まさか、と思っていたらまたガチャっと扉が開く音がして、「やっと入ったか」って遅れて声が聞こえた。

「てめ・・・!」

廊下に居たまんまだったルシル。さっきの扉を開けた音はフェイクだった。

「準備が出来たら言ってくれ。その都度、仕方を教える」

「む・・・」

問い詰めんのはやめにして、「いつでもいい。教えてくれ」タオルを体に巻いてから風呂椅子に座って、犬用のシャンプーとかスタンバイ。まずは「シャワーの温度は温く、水圧は弱く」ルシルの言う通りにシャワーを調整する。犬がちょっと嫌がる仕草をして鳴いた。

「嫌がる素振りを見せたら、直に当てずに自分の手の甲に当てるなどしてワンクッションを置いてかけるんだ」

なるほど。言う通りにすると確かに嫌がる仕草をやめた。「次は?」って訊くと、「シャンプーをかけて、マッサージするように軽くもみ洗いしてくれ」ってことらしい。ふむふむ。痛がらせないように気を付けながら最大限の手加減をして体を洗ってやる。気持ち良いのか大人しくなってあたしに完全に身を委ねた。

「足は汚れやすいから少し多めで。指の隙間も洗うんだ。顔はすぐにシャンプーが落ちるように少なめで」

「あいよ」

「濯ぐときは念入りに。シャンプーが残っていると皮膚トラブルを起こすかもしれないから。顔を濯ぐときは、スポンジに湯を含ませて、ゆっくりしっかりと」

アワアワな犬をシャワーで洗い落として、スポンジを洗面器に溜めた湯に濡らして犬の顔に付いたシャンプーを拭い去る。んで、水気を手で拭って、リンスや保湿剤を馴染ませる、と。ルシルに教えられたことをこなしていく。
湯船の蓋の上に置いておいたタオル数枚でしっかり犬の濡れた体を拭く。そんで浴室でやれることは終わって、「どうすりゃいい、これからは?」あたしは湯船に浸かって、開けてないもう1枚の蓋の上に乗せた犬を撫でる。

「ドライヤーで乾かすんだけど・・・。いま受け取ろうか?」

「馬鹿か! 覗くなっつったろうが!」

「扉の隙間から出せばいいじゃないか。すぐに俺を覗き魔にするの、やめてくれ」

しょうがねぇ。今ルシルの居る洗面所と脱衣所を隔てるカーテンがシャッと開いたのを音と、浴室と脱衣所を隔てるガラス扉越しに見た。湯船から出て体にタオルを巻く。犬を持ち上げて浴室の入り口へ向かって、ガラス扉をちょこっとだけ開ける。
そんで「ほら、行け」って犬をその隙間から出そうとすんだけど、タイル床で踏ん張って出て行こうとしない。なら直接扉の外に出して、ルシルに手渡す方法だ。まず「絶対見んなよ!」念を押して、犬を片手で持って扉の外へ持って行こうとした時。

「のわっ!?」

急に犬が暴れ出した所為で腕がガラス扉に当たって、最悪なことにガラッとスライドした。

「「あ・・・」」

ルシルと目が合う。いや、まだだ。あたしは今タオルを巻いてる。だから何とか耐えられる。けど、ワンって鳴き声と一緒に犬があたしのタオルに噛み付いた。するとどうなるか。ハラリとタオルが落ちた。今のあたしは、体を何も隠していない全裸、素っ裸、すっぽんぽん。そんなあたしの目の前にはルシル。犬は足元であたしの脚にすり寄っている。

「まぁなんだ。犬のしたことだ。俺はヴィータの裸を見たくらいじゃどうとも思わないから。気にす――」

「~~~~~~~~~~~~~~~~っっっ!!」

もう何を言う間もなくルシルの鳩尾に「げふっ!!?」ボディーブローを打ち込んだ。ヨロヨロとしゃがみ込んだルシルを「変態っ、馬鹿、死ねっ!」踏みつける。ふと、気付く。そういやあたしが脱いだ服(あと下着)、慌ててたから洗濯籠に入れてなかったはずなのに床のどこにもねぇ。

「(まさか・・・)おい、ルシル。あたしの脱いだ服、どこにやった?」

「げふっ、げほっ。それなら洗濯機の中に入れ――」

「てんめぇぇぇぇーーーーーーっっ!」

「がはぁぁぁぁっ!?」

フラフラ立ち上がったばかりのルシルの鳩尾に今度はストレートパンチを打ち込んだ。

「ヴィータ、何かあったんか!?」

「すごい声だったけど何か――」

「何でもない! 何でもないから!」

廊下からはやてとシャマルの声が聞こえてきたから慌ててそう返す。2人の気配が遠ざかって行くのを確認。完全に気を失ったルシルを放って、パジャマに着替える。最後にもう1発ルシルの頭を足蹴にしてから、ドライヤーで犬を乾かす。
少し嫌がるから「大人しくしていろ」あたしに最大限の恥をかかせてくれやがったことも含めてギラリと睨む。と、犬は大人しくなった。犬も乾かし終えて、リビングに戻った。そこにははやてとシャマルが居て、「ホンマにソファで寝るん?」はやてがもう一度確認してきてくれた。

「うん。犬と一緒に寝ようかなって」

「それじゃあ今日は私がはやてちゃんと一緒に寝ますね♪」

「そっか。うん、じゃあヴィータ。おやすみな」

「うん。おやすみ、はやて。あとシャマル」

2人がはやての部屋に入って行くのを見送って、あたしはソファに寝転がって用意しておいた布団を被った。床に伏せてた犬を「来い」って呼ぶと、犬は軽やかにソファの上に飛び乗って布団の中に入って来た。超ぬくぬくだ。寒い日ならちょうどいいかもな。

「ん、あ・・・?」

頬に何か当たってるってぇのが判って目を覚ました。目の前いっぱいに犬の顔。犬があたしの頬をペロペロ舐めてた。

「おはよう、犬。・・・はやてとルシルはまだ起きてねぇのか」

時計を見ると、あだ6時だった。はやてやルシルが起きるまであと30分。ふと思い出す。そういやルシル、あの後ちゃんと寝たのか? ソファから起き上がって、脱衣所へ向かう。そこにはまだルシルがぶっ倒れてた。なんつうか「すまねぇ・・・」謝っとこ。

「せっかく早起きしたんだ。散歩行こうぜ、犬♪」

まずは着替えて、犬の散歩に行ってきますってメモを残してから犬を連れて家を出る。いつもはやてと通る散歩コースだ。同じように犬の散歩やジョギングしてる人と「おはよーございます!」って挨拶すると、「はい、おはよう」ちゃんと返してくれて。あたしはこの世界で生きてる、って思えて嬉しいんだ。
犬は首輪やリードが無くてもちゃんとあたしの後を追ってくる。走ってみると、犬も走って追いかけて来る。やっぱ飼いたいなぁコイツ。

「犬っ。このままあたしと一緒に暮らさないか?」

理解できるわけもねぇって思いながらもそんなことを訊くと、あたしの隣を走る犬がワンワンって鳴いた。それは応なのか否なのか判んねぇなぁ。

「・・・ここでお前を拾ったんだよな」

昨日、犬を拾った土手に来た。土手を歩いていると、土手下の川原にお爺さんとお婆さんが居て、何かを捜すかのように草むらを掻き分けてた。お爺さんは「チヨー!」、お婆さんは「チヨちゃーん!」って名前らしきものを呼びながら犬を見つけた鉄橋下の草むらへ向かってく。犬を見れば耳を動かして辺りを見回してる。あぁ、あの人たちが犬の飼い主なんだ。ここで犬を連れて帰れば・・・。

(って馬鹿かあたしはっ。あの人たちの家族を奪っていいわけあるかよっ)

家族の大切ははよく判ってるつもりだ。だから「犬。ご主人様のところに帰る時間だ」犬を抱き上げて土手を下りる。お爺さん達に近づくにつれ犬が鳴き始める。するとお爺さん達がこっちに振り返って「チヨ!」表情を輝かせた。

「ほら、行け」

犬を地面に降ろすと犬は一直線にお爺さん達の方へ向かって走って行った。あたしは踵を返してこのまま帰ろうとした。だけど「お嬢ちゃん!」呼び止められたから立ち止まる。

「お嬢ちゃんがチヨを助けてくれたのかい?」

「えっと、うん、まぁ、そうです」

お婆さんに抱かれて嬉しそうにしてる犬。これで良かったんだよな。

「ありがとうね、お嬢ちゃん。チヨはどうもやんちゃ過ぎるようでね。よく迷子になってしまうんだよ」

「そうなんですか。・・・もう迷子になるんじゃねぇぞ」

迷い癖なんて厄介なもんを持ってたんだなお前。犬を拾ったことに対してのお礼を、とか言われたけどあたしは丁重に断った。ルシルに金を使わせたことはちょっと悪ぃかなって思うけど。

「それじゃああたしはこれで」

お爺さん達に小さくお辞儀してから「元気でな、チヨ」犬の本当の名前を呼んで別れを告げた。背中に何度もお礼を受けて、あたしはトボトボと土手を歩いてはやての家に目指す。ほんのちょっと前まで1人じゃなかったのに、今は1人だ。

「・・・なぁに。あたしは家族の元にチヨを戻してやれたんだ。胸を張ったって・・・いいんだ・・・」

あたしはルシルに思念通話を繋げて犬を飼い主のところへ戻したことを報告して、飼い主捜しのチラシの回収も頼んだ。するとルシルが『偉いぞ、ヴィータ。よく頑張ったな』なんて優しい声でそんなことを言ってきた。
なんでか鼻がツンとして胸がキュッと痛んだ。しかも「うえっ? あたし何で泣いてんだ・・・!?」涙が出て来るし、意味が解んねぇ。たった1日だけじゃねぇかよ、犬と過ごしたの。たったこんだけであたし、泣いちまってんのか?

『ゆっくりと帰ってくるといいよ。美味しい朝ご飯、はやてと一緒に作って待ってるから』

ルシルはそれだけ言って思念通話を切った。んだよ、礼くらい言わせろよな。あたしは泣いたことをルシルにはもちろん、はやて達にも知られたくないから・・・。

「もうちょっとだけ・・・寄り道してこ」

遠回りをして帰ることにした。

 
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