銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~
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前途多難
全員素っ裸で表に叩きだし、凍死寸前で回収する。
一度シャワーを浴びさせて再び集合させれば、いまだ青い顔をした小隊の面々が静かに自己紹介をする。
酔いは程よく醒めたらしい。
全員の名前と顔を聞いてから、アレスも自己紹介をすませた。
用意された席に座れば、テーブルに用意された酒を注いだ。
「じゃ。さっきの宴会を続けてくれ。待たせたな」
言葉に全員が一瞬の戸惑いを持って、アレスを見る。
集中する視線。小隊の男達は誰一人として、グラスを持とうともしていない。
窺うような視線に、アレスが首をひねる。
「どうした?」
問う言葉に、視線の集中がずれた。
アレスから爺さん――ルーカス・カッセル軍曹へと。
視線が集中して、カッセルが朗らかにアレスに話しかけた。
「よろしいのですか。皆はあれで終わりかと思っていたのですが」
「酔いが醒めて自己紹介もすめば、別にやめさせる理由はない」
「と、のことだ。全員グラスを持て」
それまでの柔らかい言葉から一転しての野太い声に、全員がグラスを持った。
「さ、小隊長」
カッセルから促されれば、アレスは眉をひそめた。
しかし、すぐに気付き、自分もグラスを手にする。
「乾杯」
声が響き、一斉にグラスが打ち鳴らされた。
冷えた身体に酒が入れば、たちまち騒がしくなった。
置かれていたウィスキーのボトルが次々に空になる様子に、アレスは苦笑しながら、ウィスキーに口をつける。
懐かしい苦さが腹に落ちて、アレスは眉をしかめた。
酒を飲むのは前世以来だろうか。
飲み過ぎるとまずいな。
酒は一口ほどにして、テーブルにおけば、ツマミというには余りにも質素なチーズを口にする。テーブルに並ぶのは全てが乾物や加工食品であり、生鮮食品は並んでいない。
それでも嬉しそうに隊員達は頬張っている。
そんな様子に小さく微笑すれば、
「飲んでますかな?」
「ああ。いただいている、ただあまり飲み過ぎるとよくないんでね。過去の経験から……」
「おや。まだ若いですが、経験がおありそうですな。しかし、一杯くらい大丈夫でしょう?」
「それくらいならば」
自分の手元のウィスキーを空にして、カッセルからウィスキーを注がれる。
返杯をしようとウィスキーを手にすれば、カッセルは日本酒のようだ。
年季の入ったお猪口に、日本酒を注げば、うまそうに飲みほした。
「見事なものですな」
眉根を下げながら、しみじみと呟く姿に、アレスはクラッカーを口にしながら、疑問を浮かべる。
「普通の上官でしたら怒りに任せて怒鳴りつけるか、こちらに迎合したところでしょう。それをいきなり……」
思いだしたのかカッセルは小さく笑った。
「まさかこの年で素っ裸にされるとは思いませんでした」
「昔の経験上、騒ぐ奴らは一人一人を相手にするよりも、頭に命令した方が上手くいきますからね。それにどうせあなたがやらせたんでしょう」
「若いのに随分と人生経験が豊富なようですな」
「人の倍ほどはね」
渋い顔をしたアレスに、一瞬目を開いて、カッセルはお猪口を口にした。
上手いと朗らかに笑う様子に、アレスは苦笑する。
「それよりも、そちらこそ良いんですか」
「何がです」
「試していたなど、口にされて」
「よいでしょう。もう試す必要もない。少なくとも私はそう思いますな」
「理由を聞いても?」
アレスの問いに、日本酒を自分で注ぎながら、カッセルは再び口にする。
酒臭い息を吐けば、満足そうに微笑んだ。
「この席がその理由ではないですかな」
答えに対し、アレスは眉をしかめた。
周囲を見渡せば、誰もが嬉しそうに酒を頬張り、芸なども始まっているようだ。
思い思いに楽しむ様子を、カッセルは嬉しそうに見ていた。
「怒鳴りつけるか、迎合するか。それ以外の展開があったにしても私はこの宴会は、その時点で終わりだと思っていました。少なくとも楽しんでは飲めないだろうと……しかし、小隊長はこの辺境の惑星で宴会の席がどれほど貴重なものか理解してくださっていた」
「貴重な宴会なら、試そうと思わないで欲しいですけどね」
「自分の命を預ける上官なのです。貴重な宴会より重要なことですな」
「よく言いますね。命など預けるつもりもないくせに」
呟いた言葉に、カッセルは朗らかな顔を一変して、小さく目を開いた。
+ + +
「怒声をあげたら、新任にしては勇気がある。迎合すれば度量が大きい――理由をいろいろつけて、最後にはこういうのでしょう。小隊長になら命を預けられると」
グラスの中でウィスキーを回しながら、アレスは苦笑した。
「誰だって他とは違うと言われれば嬉しい。持ち上げてくれる部下を、死地に送りたいとは考えない。結局――あなた達は誰にも命など預けないでしょう」
カッセルを見もせずに呟く言葉に、カッセルが小さく唾を飲み込んだ。
手にした日本酒を見もせずに、じっとカッセルはアレスを見ている。
カッセルの言いたい言葉は良く分かった。
しかし、それを口に出せない。
だから、アレスはグラスで周囲を差した。
そこには思い思いに酒を飲んでいる隊員達がいる。
だが、各々の席では飲んでいても、誰一人アレスとカッセルに近づいてこようとはしない。
誰も移動をしようとしない。
何も知らない人間であれば、そういう席だと思うだろう。
だが、アレスは知っている。
通常の宴席というのがどういうものか。
「本来なら自分の命を預ける人間。例え軍曹が認めたからといって、自分の目でも少しは見たいと思うでしょう。でも、誰も近づいてこようとしない。あなたが持ちあげるまで近づくなとでも言ったのではないですか?」
違いますかとの問いかける視線を受けて、カッセルが目を開いた。
その表情はまさしく図星を指された様子で、否定の言葉も浮かばない。
「あっはっはっ!」
カッセルは笑った。
声に出して笑う言葉に、周囲の喧騒があっという間に引いた。
静かになった宴会の席で、響くのはカッセルの笑い声だけだ。
その笑い声に周囲が戸惑いとともに、ざわめき始めた。
「いや、はは。失礼――」
何でもないと周囲にカッセルが伝えれば、隊員たちも戸惑いがちではあるが、再び酒を飲み始めた。
それでも周囲の意識がアレス達の方に向いているのがわかる。
何を話しているのか。
先ほどまでのバカ騒ぎよりも、少し小さくなったざわめきの元で、カッセルは手ぬぐいで涙を拭いながら、日本酒をお猪口に注いだ。
飲み干す。
「その通りですな。確かに我々は死ぬ気などない」
続いた言葉に、アレスは黙って話を聞いていた。
周囲に聞かれぬように小さく呟いた言葉。
それは微かにアレスの耳に入ってくる。
「あなたならもうお分かりでしょう。この特務小隊は小隊長の赴任に伴って急遽作られた臨時の部隊。各部隊から選りすぐられた不適格者の集まる場所」
正直な言葉にアレスは特に驚かず、ウィスキーを口にする。
任務すら与えられていない部隊に、優秀なものが配属されるわけがない。
使えそうもないものを押しこんだ。
それが正解なのであろう。
「少尉。私はもう五十九になります。残すところ一年を切りました――もう死ぬよりも退役して孫を抱いてやりたい。そう思います、駄目ですかな」
「死にたくないというのは別に間違えてはいないでしょうね」
「ええ。他のものも同様です。私などよりも遥かに若いが、死ぬのが恐いもの。毎日繰り返される殺し合いにうんざりしたもの――上への不信感を持ったもの。理由は様々ですが、戦場では役には立たない。そう判断されたものが集められた」
しみじみと呟いて、カッセルは再び日本酒をあおる。
「そんな者たちに、小隊長は死ねと命令いたしますか?」
+ + +
タヌキ爺。
アレスはカッセルの言葉に答える言葉はなかった。
カッセルの言葉は事実。
だが、それを伝える事でこちらの士気を折りに来た。
アレスがいくら騒いだところで、すでに彼らの評価は地面すれすれで代わる事などない。
暖簾に腕押しであれば、さっさと別のところに転属したいと思うだろう。
そして、彼らもそれを望んでいる。
人生経験だけは無駄に豊富な様子に、カッセルを一目見れば、悪戯がばれた子供のような顔を浮かべた。
「小隊長。お注ぎします」
どうするかと考えたところ、前に立つ人間がいた。
短く刈りあげた頑健そうな青年。
年のころはアレスと同じか少し下であろう。
頬についた傷が青年が戦場に出ていた事を示している。
引き締まった筋肉がシャツの上から盛り上がって見えた。
それがウィスキーを持って、前に立っている。
カッセルを見れば、アレスの視線の意味がわかったように、頷いた。
「グレン・バセット伍長です」
「ああ。伍長、ありがとう――少しでいいよ」
そういって差し出した器には、なみなみとウィスキーが注がれる。
バセットを見れば、黙ってアレスを見ていた。
苦笑し、飲み干す。
熱い液体が身体に流れた。
そして、再び差し出されるウィスキーの瓶。
「いや。もういい……飲み過ぎると悪いからね」
「お注ぎします」
「いいといったはずだが?」
「卒業したての新任小隊長は、酒はあまりお得意ではありませんか?」
「苦手ではないが」
「なら……」
再び注がれる液体に、アレスは思案する。
一度ため息を吐いて、再びそれを飲みほした。
「少しは飲めるみたいですね、小隊長」
「ああ、少しはね。だからこれ以上は勘弁してもらいたいな」
代わりに返杯をしようとして、バセットは微笑を浮かべただけだった。
「結構です。私は仲間の酒しか注いでもらわない」
「伍長」
カッセルが厳しい視線を向ければ、アレスは頭をかいて苦笑する。
「酷い言葉だな。じゃ、注げるようにこれから頑張るさ」
「期待しておりますよ、小隊長」
呟いて戻る背中を見て、アレスはため息を吐いた。
平和な退職を望むタヌキ親父に、最初から喧嘩腰の伍長。
これが二つしかない分隊の、それぞれの分隊長であるというのだから。
「前途は多難だな」
ため息を吐いて、アレスは酒を口に含んだ。
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