【IS】何もかも間違ってるかもしれないインフィニット・ストラトス
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役者は踊る
第六三幕 「覆水は盆に返らずとも」
前回のあらすじ:お酒は二十歳になってから
数日前までの自分は頭がパーだった。シャルはそう認めざるを得なかった。
こういった公の試合は何気に初めてだから舞い上がっていたのもあるかもしれないし、「時代錯誤だ」などとデュノア社のミサイル開発部を馬鹿にした連中を見返したいという気持ちもあったかもしれない。しかしだからと言って・・・あれは無い。自分で思い返してもなかった。
催眠術を使ってミサイル仲間を洗脳などと・・・馬鹿か。阿呆か。間抜けか。大体あの催眠術は本当に必要な時だけ使うなと念を押されたにもかかわらずこの有様。本をくれた友人にも申し訳が立たない。結局あの本は紆余曲折の後にクラースが預かることになった。しっかり反省しているとのことで特別に本の始末は免れたが、これから与えられた罰則をすべて終えるまでは手元に戻ってこない。
確かにミサイルは好きだし、それが使われない現状に不満はあった。ここいらでデュノア社の新製品を存分に使いまくって宣伝効果を得る気も最初からあった。しかしミサイルの力を如何にして見せつけるかのアイデアを煮詰めすぎた結果、全く周囲が見えなくなっていた。父親だって弱みは握っているが嫌いなわけではないのだ。ミサイル開発にも理解を示し、後押ししてくれた。その父親の顔に泥を塗ったと思うと更に気が重い。
・・・最悪の気分だ。武装をほぼミサイルオンリーにしたせいで勝てる試合を落としたし、鈴とユウにも多大なる迷惑をかけた。ユウには既に謝って、げんこつ一発で赦してもらえたが。問題は簪だ。大して面識もない人間にいきなり誘拐され、そのまま洗脳を掛けられて傀儡の如く扱われたのだから平気でいられるわけがない。鈴だって許してくれると決まったわけじゃないのだ。おまけに試合中はちょっとハイになったせいでおかしな事ばかり口走っていたような気がする。正直、それを同級生たちや会場の人間に聞かれたと思うと穴に潜って永眠したい気分になる。
しかしそういう訳にもいかない。僕にはまだ鈴と・・・簪への謝罪と言う特大の用事が残されているからだ。・・・とても気が重い。
「鬱だ死にたい」
ああ、気が付けばもう保健室が目の前だ。もう簪は目を覚ましているだろうか。覚ましてなければ先延ばし・・・もとい、後回しに出来るのに。
= = =
鼻腔をくすぐる病院独特の不思議な匂いと誰かの話し声につられ、簪は目を覚ました。
倦怠感のある体を起こし、声の方を見やると二人の生徒がいた。片方が一方的にしゃべっている風に見えるが、寝ぼけ眼の所為で顔まではっきり見えない。だが声には聞き覚えがあった。自分の親友であるユウの声だ。いつぞや自分に絡んできたときのように誰かに酔っ払いの様に絡んでいるようだ。
「分かる?イタリアじゃどうか知らないけどさぁ、日本何だよここはに・ほ・ん!お酒は二十歳になってからってのは小学生だって聞いたことがあるんだよ?」
「・・・・・・あの」
「そういやイタリアはお酒何歳からなの?」
「・・・16歳からですけど」
「という事はベルーナ君は母国ならあと1年で酒飲めるわけだ。それをあの阿呆兄貴は・・・信じられる?14歳の頃にはもう酒飲んでたんだよ!?飲んだくれかっつーの!!」
「他人のこと言えないでしょ、ヨッパライモドキ・・・」
(わっ・・・可愛い子・・・)
漸く眼のピントが合ってきた簪の目に飛び込んできたユウの話し相手は、線が細く清楚で可愛らしい銀髪の女の子だった(※勘違いです)。ジャージを着こみベッドに横になっている彼女の(※勘違いです)肌はとても白く、どことなく病弱な印象を持たせる。蝶の髪飾りが良く似合っているその子はユウを迷惑そうに見つめている。事実、ここで休んでいた彼女(※しつこいようですが勘違いです)にとって見境のない愚痴地獄は迷惑以外の何物でもないだろう。
・・・ベルーナは元々中性的な声と顔立ちをしているが、それでも服装のおかげか女性に間違われることは余り無い。が、髪飾を付けて保健室のベッドに横たわっていると印象が変わり、ぶっちゃけかなり女の子っぽく見えた。だから間違えた簪を攻めてはいけない。悪い人など誰もいない、不幸な間違いなのだから。
「・・・ん?あ、簪ちゃん!目が覚めたみたいだね。体におかしい所は無い?意識を失って保健室に運び込まれたんだけど・・・」
「・・・うん。大丈夫・・・」
「やっと解放された・・・疲れた、寝る」
ぱたりとベッドに倒れ、そのまま寝息を立て始めたベルーナ。いくらなんでも寝るのが早すぎではないだろうか。本当に眠ってしまった彼にそっと布団を掛け直そうとするユウだがギブスの所為で上手く動けない。そこまでして漸く彼が怪我をしていることに気付いた簪は慌てて駆け寄り、代わりに布団をかけ直し、ユウを支えてベッドに座らせた。
「その、怪我・・・」
「あ、これは無茶な操縦が祟ったみたいで・・・1週間もすれば治るらしいけど、しばらく体を鍛えられないなぁ」
「そういう問題じゃ、ない」
「ああ、先に言っておくけど」
「・・・わわっ!?」
先手を打つように簪にずいっと顔を近づけるユウ。吐息がかかりそうなほどの至近距離から瞳を覗きこまれた簪は気恥ずかしさから慌てて逃れようとするが、肩をがっちりつかまれている所為で逃げられない。仕方なしに前を見れば、そこには真剣そのものなユウの精悍な目がこちらを見つめていた。
「簪ちゃん。僕はこうするべきだと思って行動した。この肋骨のヒビはその勲章みたいなものだよ。確かに簪ちゃんを助けようとしたから無茶な行動をとったとも言えるけど、助けたいから無茶な選択を選んだのは他ならぬ僕自身の意思だ」
「・・・うん」
「だから簪ちゃんは必要以上にこの怪我を気にすることは無い。分かったね?」
「・・・分かった。分かったけど、その」
真剣なのは伝わるのだが、もうこのままキスされるんじゃないかと言う顔の近さはどうにかならないのか。当然ながら本人なりに大真面目なユウは簪の心中など気付いていない。
「ほら、ヒーローものだって洗脳された味方を助けるために傷つくのは定番だろ?そういうもんだと思えば・・・」
「あの、ユウ」
「何?」
「顔・・・近い。さすがに、恥ずかしい」
「・・・・・・・・・あ」
そこでようやく自分の紳士にあるまじき失態を悟ったユウは慌てて簪の肩を離した。いくら友達とはいえ女の子にこんな風に詰め寄っては変な勘繰りをされても文句が言えない。自分の行為を省みて羞恥心がこみ上げてきたユウは両掌を振りながら慌てて謝罪する。その姿が可笑しくて、簪の悪戯心が刺激されてしまう。
「ご、ごめん簪ちゃん!別にやましい気持ちがあったわけじゃないんだ!」
「・・・許さない」
「うええ!?そ、そんなぁ・・・」
「すけべ」
「違うってば!そんなつもりでしたわけじゃ・・・」
「突撃ばか」
「ここぞとばかりにひどいこと言うね・・・」
思わぬ口撃に肩を落とすユウに一通り満足した簪は、ふとそこで保健室を覗く視線に気付いた。腐っても更識、気配を消してはいるがそれに気付けない彼女ではない。
「・・・だれ?」
「あ・・・」
気付かれたことを悟ったその人物は一瞬逃げようかと身を翻しかけ、少しの間をおいて、ゆっくり保健室の中に入ってきた。そこにいたのは簪を強引にパートナーに仕立て上げたシャルロット・デュノア。今回の一件の首謀者であり、加害者とも言える人物。
シャルは直ぐに簪の隣にいたユウの顔色を伺う様におずおずと近づいてくるが、ユウの顔に不快感や怒りは無い。既に謝られているから、彼の中では終わったことなのだ。
「・・・・・・シャルロット、ううん、シャル」
「ぁ・・・・あの。・・・今更虫がいいと思うけど・・・ごめん、なさい」
ゆっくりと頭を下げたシャル。その表情は重力に従って垂れた前髪の所為で伺えないが、その姿は悪戯がばれて怒られる直前の子供の様に小さく見えた。
シャルが簪に何をしたのか、簪自身はまだよく知らない。自分の様子がおかしかったことやシャルに不信感があったことは分かっていても、具体的に何をどうされたのかは知らない。だけれども、真実がどうあれ簪の言う言葉は決まっていた。
「シャル」
「・・・ごめん」
「聴いて、シャル」
「・・・」
洗脳とは、その人の意思を、信念を、個が個たる所以である心を歪める最低の技術だ。それを分かっていて使った自分は二度と信用されなくてもおかしくは無い。いや、下手をすれば一生ものの遺恨を残してしまうかもしれない。そうなれば、自分はもう簪に二度と近づかないようにするくらいの覚悟はあった。
謝罪の言葉がそれ以上見つからず、無言のまま顔をあげたシャルの目の前には―――
「ヒーローは、罪を憎んで・・・人を憎まずが、基本」
無駄に誇らしげで妙な自信にあふれた、でも不思議と絵になる笑顔でサムズアップする簪の姿が映った。
over spilt milk、零れ落ちたミルクは二度と戻ってくることは無い。だが、盆にもう一度ミルクを注ぐことは出来る。一度零したからこそ、再び注いだミルクを大事に思う気持ちが芽生える。絶対に守られる友情など無いのだ。大親友と呼ばれる人間でも、そこに至るまでに何度も盆の中身を零してしまった筈だ。
シャルはこの日、次はこの笑顔を曇らすまいと居もしない神に誓った。
「そういえば・・・」
「ん?」
「名前」
「名前・・・?」
「呼び捨てにした」
「・・・あ、ああ。あの時は必死だったからね・・・次からはちゃんと気を付け・・・」
「ダメ」
「えっ・・・?」
「呼び捨てじゃなきゃ・・・ダメ。鈴だって、呼び捨てなのに・・・ズルイ」
「ズルイって・・・いや、分かったよ簪。これでいい?」
「・・・うん」
(・・・僕が笑顔護る必要ないかもね)
嬉しそうに微笑む簪と気恥ずかしさに顔を赤くするユウ。簪は今まで友達らしい友達がいなかったから、ユウと鈴の呼び捨てと言う行為を羨ましく思っていたようだ。しかし、男相手にそんな微笑みを向けるというのがどういう意味に取られるか、彼女は分かっているんだろうか?
前にユウが「簪の“友達”としての距離の取り方はちょっと行き過ぎてるような気がする」とぼやいていたのを思い出す。果たして彼女がああいった態度を取るのはユウが男女の意味で特別に思っているからか、それとも本人がその辺に考えが及ばないせいか・・・
「顔、赤い。熱がある?」
「いや、何でもないよ・・・大丈夫だから」
「・・・怪しい」
そう言うや否や、簪は自分の額とユウの額をコツンとくっつけた。唯でさえ顔を見るのが照れ臭かった簪の顔面が文字通り目と鼻の先まで迫る。自分の顔が映り込むほど透き通った瞳、空気に乗ってふわりと近づくシャンプーの香りがユウの羞恥を加速させ、顔がさらに熱を持つ。さっきは顔を近づけられて恥ずかしがっていたくせに自分が人にするのは然程抵抗がないようだ。
「ちょちょ、ちょっと簪!?」
「さっきの・・・仕返し。やっぱりユウ、熱がある」
「へ?いやこれは熱がある訳じゃなくてちょっと血流が良くなってるだけで・・・」
「何もしてないのに、血流が急によくなったりしない」
ずずいと迫る簪。ギプスのせいで思うように逃げられないユウ。勝敗は決しているも同然である。
簪の顔は至って真面目であり、悪戯心は微塵も感じられない。つまり、ユウが何故照れているのか、というか照れているという事実にも気づいていない。・・・そう言えば彼女は男性の免疫がないと聞いたことがある。つまり、ユウを男として見ていない、のかもしれない。
――鈍簪、そんな単語が脳裏をよぎったシャルであった。
後書き
エアコンのある生活。素晴らしいですね。
スパロボ生配信見てました。トップをねらえ!とかフルメタル・パニック!とかが参戦した上に今度も2部構成だそうで・・・果たしてどのような結末を迎えるのかプレイする前からワクワクが止まりませんね!
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