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八条学園怪異譚

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第四十七話 洋館ではその十三

「ちょっとね」
「そうだな、あの博士はおそらく江戸時代生まれだ」
「普通ギネスに載るよね」
 それ位の長寿だというのだ。
「その辺り色々誤魔化してるみたいだけれど」
「少なくとも大日本帝国憲法が出来た頃には大学で教鞭を取っていた」
 やはりかなり昔である。
「政党政治よりも前だ」
「何か歴史だね」
「わし等の頃は現実だった」
 その頃に生きていたからだというのだ。
「明治もな」
「ううん、何か凄い話だね」
「凄くはない、あの頃は夏目漱石もまだ書いていなかった」
 漱石が作家として世に出るのは明治のかなり後になってのことだ、それまではイギリスに留学し教師等をして暮らしていた。
「森鴎外は書いていたがな」
「あと谷崎もだよね」
「北村透谷に坪内逍遥にな」
 こうした明治前半の作家や文学者の名前も出て来た。
「二葉亭四迷とな」
「やっぱり歴史だね」
「わし等の頃は流行作家だった」
 あくまで明治の頃はそうだったというのだ。
「よく読んだものだ、わしもな」
「ご先祖様も?」
「フランス、祖国の文学作品を日本誤訳にして紹介もしたものだ」
「専門じゃなかったんじゃなかったっけ、フランス文学とかは」
「しかししていたのだ」
 そうした仕事もしていたというのだ。
「かつてはな」
「そうだったんだ」
「しかし、一族がそのまま日本に定住するとはな」
「いい国だからだよ」
 ビクトルは微笑んでこう幽霊に答えた。
「日本はね」
「だからだな」
「だからご先祖様もここでずっと生きて今もいるんだよね」
 霊魂だけになった今もだというのだ。
「そうだよね」
「そうだ、何しろフランスの水はな」
 幽霊はまず水のことから話した。
「あれはどうもな」
「あっ、フランスのお水って確か」
「そうよ、実はね」
 愛実は幽霊のフランスの水についての言葉に声をあげその彼女に聖花が言う。
「硬水だから」
「日本のお水と比べてなのよね」
「あまりよくないのよ」
 石灰が入っている、欧州の多くの地域で水はそうなのだ。
「だからね」
「それで困るのよね」
「お水ってお料理に大事でしょ」
「悪いお水を使うとお料理自体が悪くなるわ」
 食堂の娘としてだ、愛実はこのことははっきりと言った。
「それだけでね」
「そうでしょ、パンだってね」
「お水が大事よね」
「若しお水が悪いと」
 その時はというのだ、聖花もまた。
「紅茶もパンもね」
「悪くなるわよね」
「だから日本のパンと欧州のパンはかなり違うみたいよ」
「ううん、そうなのね」
「紅茶やコーヒーもね」
 イギリス人がいつも飲む紅茶もだというのだ、使う水によってその味が全く違ってくるというのである。 
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