魔道戦記リリカルなのはANSUR~Last codE~
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Epos4八神家の日常~knight's Training~
†††Sideシャマル†††
私たち“闇の書”がはやてちゃんを主として1週間目の今日。この世界での一般常識をはやてちゃん、そしてはやてちゃんの弟分というルシリオン――ルシル君に教わった。だからもう1人でお買い物も出来るわ。
此度の主、八神はやて。かつて私たちを家族として迎え入れてくれたオーディンさんと同じ、私たちを家族として迎え入れてくれた女の子。
原因不明の麻痺で車椅子生活を余儀なくされている。しかもご両親とはすでに死別。それなのにそんな自分を不幸とは思わず、いつも温かな笑顔をしていて。とても心の優しい、幼さを感じさせない強い意思を持っている。
「うん。美味しいよ、シャマル。お味噌汁は完璧やな。な、ルシル君?」
「ああ、すごく美味しい」
「ありがとうございます♪」
シグナム達も文句なく、はやてちゃんと協力して作った朝ご飯を食べてくれているし。これも、オーディンさんが私に和食を教えてくれたから。まるで私たちがこの世界に転生することを知っていたような。本当に不思議よね。
私の作った卵焼きを食べてるルシル君を眺める。オーディンさんと同じ、“エグリゴリ”の救済を存在意義とした、生きた戦闘兵器だと語った少年。オーディンさんもソレとだという話を聴いて、私はショックを受けた。でも、心のどこかでオーディンさんが私たちと同じ存在だということに嬉しく、今まで以上の親近感を抱いたのもまた事実だった。
「どうしたシャマル? 俺の顔に何か付いてるか・・・?」
口の周りを触れるルシル君に「ううん。何でもないの」誤魔化すように笑みを作ってそう答えて、私も食事に集中する。と、「むぅ」シグナムが呻いた。そのあまりにも深刻そうな表情に「何か料理に問題でもあった?」訊いてみる。シグナムがいま食べているのは焼き鮭。焼いたのは私だけど。一切れ口に含んでモグモグ。うん、問題なし。焼き加減はどれも悪くはないはず。
「いや。なんだ。少々体が鈍り始めたようでな」
「そういやここに来てから運動してねぇよなお前。つうかあたしら全員だけど」
「これまでとは違い、此度は戦が無いから当然と言えば当然かもしれんが」
ヴィータちゃんもシグナムに同意した。運動らしい運動と言えば家事だけよね。今回の転生はオーディンさんの頃とは全然違う。この世界・地球には魔法文明がなく戦うことがない。オーディンさんとは家族であり戦友っていう関係を持てた。
でもはやてちゃんが主である限りその関係は無い。けどそれも悪くないって思う。それを聴いたはやてちゃんが「だからと言って戦わせたくないし、そもそも相手居らへんしなぁ」ちょっと困り気味。はやてちゃんが困らない、何か良い解決方法は無いかしら。
「そういやルシル、お前は普段はどうしてんだ? 腕が鈍っちゃエグ――ぅぶっ?」
ヴィータちゃんの口を塞ぐルシル君。そして思念通話で『エグリゴリのことははやてに話さないでくれ、今は・・・』私たちにそう告げた。それに私は『判ったわ』と、シグナム達もそれぞれ了承を示した。ルシル君のそんな態度にちょっと不満そうな顔をしているはやてちゃんは、小さく溜息を吐いて苦笑いで「いつか話してな、ルシル君」不問とした。ルシル君が「ごめ――」謝りきる前に、「いつまであたしの口、塞いでんだ」ヴィータちゃんが頭を振って、ルシル君の手を振り払った。
「まったく。思念通話で止めりゃあいいのに。で、さっきの話の続きだ」
「腕が鈍らない方法、かぁ。俺は特に何もしてないな。でも、うん。必要かもしれないな、そろそろ」
そう言ってルシル君は手の平にある物を出現させた。それは見覚えのある指環。私たち守護騎士はその誕生をも知っている。
「シグナム達もデバイス持っているんだよな?」
「ああ」「おう」「持っているわ」
ルシル君の質問に答えていると、「デバイスって何なん?」はやてちゃんが小首を傾げてそんな質問を私たちに投げかけた。ルシル君が「実際に見てもらおうか、みんな」とデバイスの起動を行うことを言外に伝えてきたから、私とシグナムとヴィータちゃんは首に提げているアクセサリーを首から外す。
「レヴァンティン」
「グラーフアイゼン」
「クラールヴィント」
それぞれデバイスを起動させていく。私の両手の人差し指と中指に指環――“クラールヴィント”を。シグナムは右手に片刃剣――“レヴァンティン”を。ヴィータちゃんも右手に柄の長い鉄槌――“グラーフアイゼン”を。
「エヴェストルム」
そしてルシル君の左手には、何百年ぶりに見る大槍――“エヴェストルム”が。けどルシル君の身長に合わせてあるのか短くなってる。はやてちゃんは「おおっ。デバイスって武器のことやったんやなぁ。けど、ちょう物騒やなぁ、ルシル君とシグナムの」驚きと、そして完全な武器である2人のデバイスにはちょっと腰が引けていた。
「武器の形状をしているものの、魔導師や、俺やシグナムたち騎士が使う魔法の発動を手助けしてくれる杖でもあるんだ。まぁ、確かにこれで直接攻撃とかもするけど。非殺傷って設定すれば、打撲傷で済んだりもするから」
今は失きベルカではそう言ったモノは無かったけど、現代では当たり前なモノ。それを聴いたはやてちゃんは「そうなんか。やっぱり不思議やなぁ」と感心。
「にしても。エヴェストルムを見んのも久しぶりだな。あたしら、ソイツが造られた日のこと知ってんぜ。・・・なあ、オーディンから受け継がれてきたのか、それ?」
「エヴェストルムの起源はオーディンからだったのか。・・・確かに歴代のセインテストに受け継がれてきたんだよ、コレ」
「ふ~ん。やっぱお前やオーディン以外にもセインテストは居たんだな。で? デバイスを起動してどうすんだ?」
ヴィータちゃんが“グラーフアイゼン”を肩に担いでルシル君に問うと、「決まってる。模擬戦だ」“エヴェストルム”の穂先をシグナムに向けた。するとシグナムは「面白い。オーディンと同じだと言うのなら・・・、変身しろ、ルシリオン」興奮しているのが目に見えて判る程に頬を紅潮させちゃってる。
そして自分に向けられてる“エヴェストルム”の穂先に“レヴァンティン”をカツンと当てる。決闘受諾の礼儀のようなものだ。すぐにでも始まってしまう空気の中、パンパンと手を叩く音が。はやてちゃんだった。ちょっとお怒り気味かも。
「はいはい。ちょう待ち。まだ朝ご飯残ってるよ。あと、家の中ではやっぱり危ないから起動せんといてな」
「「「「はい」」」」
今は大人しくデバイスを待機形態に戻して、朝ご飯の続き。一刻も早くルシル君と模擬戦をしたいのかそわそわしているシグナムには苦笑いが漏れちゃうわ。そうして朝ご飯も終わり、シグナムは早足で食器類を流し台に運んで「ルシリオンっ。早速――・・・」お茶を飲んで一服してるルシル君を引っ張っていこうとしたけど・・・。
「アカンよ、シグナム。ご飯食べてすぐに激しい運動するんは。とりあえず30分はお休みや」
「え? しかし・・・」
「アーカーン♪ 最低30分は休むようにな。ルシル君も。それでええな?」
「ああ、判ってるよ。そう言うわけだからシグナム。模擬戦は最低でも30分後・・・、家事が片付いてからな」
「・・・はい・・・」
しょんぼり返事するシグナムを見て「ぷっ。あはは! マジで落ち込んでんじゃんシグナム!」ヴィータちゃんが大笑い。すぐにでも剣を交えたかったようだし。しょうがないわよね。そしてシグナムは、「お洗濯して来ます」今日の当番がお洗濯だからはやてちゃんにそう告げて、トボトボと洗濯機のある洗面所の方へ向かって行った。食器洗いの当番であるヴィータちゃんとルシル君、そしてお掃除当番である私とはやてちゃん、ザフィーラがそんなシグナムを見送る。
「う~ん・・・。シグナムってそんなに戦うことが好きなんやろか?」
はやてちゃんが姿の見えなくなったシグナムの方を見てそんな疑問を漏らした。それに真っ先に答えたのが、ルシル君の隣で踏み台に乗って食器を洗ってる「あたしらん中じゃ一番じゃないかなぁ・・・」ヴィータちゃん。私も「それには賛成」と続く。守護騎士の中で一番戦闘好き、と言うよりかは「体を動かすのが好きなのよね、シグナム」かしらね。
「体を動かす・・・か。むぅ。スポーツとかどうやろなぁ・・・。」
「適当にレヴァンティンでも振らせておけば大丈夫だってはやて」
「んんー。そうは言うてもやなぁ~」
もう。シグナムったら。はやてちゃんに変な悩みことを与えちゃって。
「ま。家事が一段落したら相手をしてみるから。シグナムの運動不足についてはそれから考えよう、はやて」
「う~ん。そうやな」
そう言うわけでシグナムの為にも家事を早々に片付けることにした。そして家事を片付け終えた今、庭で対峙しているシグナムと、大人の姿に変身しているルシル君をリビングから眺める。そんな中、2人の模擬戦が終わらないとお洗濯ものを干せないわ。なんて私は別のことを考える。
「オーディンと同じ姿をしたお前とこうして対峙していると心が躍るぞ、ルシリオン」
「そこまで期待されるのも困るんだけど・・・」
静かにテンションを上げるシグナムと、そんなシグナムに気圧されてテンションが下がるルシル君。言い出しっぺはルシル君だから、頑張ってね。
「レヴァンティン・・・!」
「・・・エヴェストルム」
2人はデバイスを起動して、ルシル君だけが見慣れた衣服、オーディンさんが着ていた真っ黒な騎士甲冑姿に変身していた。ルシル君は私服姿のままであるシグナムに「シグナムも騎士甲冑に変身した方がよくないか」そう言うけど。
「残念ながら持っていない」
そう。私たちは騎士甲冑を持っていない。転生するたびに主に賜らなければならない。シグナムは「このままで構わん。お前の腕を信じる」って真っ直ぐルシル君を見詰めた。ルシル君を信じる、か。“エヴェストルム”を間違ってもシグナムに直撃させないって。
「・・・判った。せいぜい気を張らせてもらうよ」
そして2人は朝ご飯の時みたく穂先と剣先をカツンと打ち合わせた。私の隣に居るはやてちゃんは「怪我せぇへんやろか、2人とも・・・?」ハラハラしていて。私は「その時は私が治します♪」安心させる為に笑顔で応じた。
「シグナムも暴走しないと思うし、ルシルの奴もたぶん・・・。だから大丈夫だよ、はやて」
ヴィータちゃんも安心させる為に笑顔を作った。そんな私たちの思いを余所にテラスの2人はデバイスを構えてからピクリとも動かなくなった。はやてちゃんが「なんかあったんやろか?」って不安そうに漏らす。
「タイミングを計ってるんだよ、はやて。・・・『シャマル、ザフィーラ。ルシルの奴・・・』
ヴィータちゃんが思念通話を送ってきた。ザフィーラは『うむ』と一言。私は『ルシル君の言う通りね』と返す。
――生まれつき圧倒的な魔力を有し、様々な戦闘技術を持ち、幾多もの魔法を覚え、特殊な能力を与えられた――
オーディンさんと同じ構え。その隙の無さもまた同じ。だからシグナムは攻めあぐねているみたい。ジリジリと摺り足で2人は動き、間合いを測ってる。緊張感が私たちを覆い包む中、ごくり、とはやてちゃんが息を呑んだ。
庭の2人には絶対に聞こえないような小さな音。でも、「っ!」2人は短く息を吸って突進、息を吐くと同時それぞれデバイスを振るった。そして勢いよく衝突。ガキィィン!とものすごい金属音が響いて、「ひゃうっ」はやてちゃんがビクッと肩を跳ねさせた。2人はそのまま魔法を一切使わない純粋な技の応酬を始めたのだけど・・・。
「ちょ、待っ――アカンっ! 音、大きすぎや! それに火花が!」
はやてちゃんは大慌て。確かにこの静かで平和な町中であんな派手な金属の衝突音がすれば、ちょっとご近所さん迷惑かも。
「おい、お前ら! やめだっ、やめっ!」
「シグナムっ、ルシル君っ、止まって!」
「待て、シグナム。ルシリオンも、だ」
一度距離を開けたのを機会にヴィータちゃんとザフィーラが2人の間に割って入る。シグナムが「突然なんだ?」って不満そうに“レヴァンティン”を下ろした。ルシル君は、はやてちゃんの声が聞こえていたのか、「確かにデバイスの打ち合いはまずいな」って“エヴェストルム”を指環に戻して、大人形態の変身魔法を解除した。シグナムもそれに倣って“レヴァンティン”を待機形態に戻した。
「あんな、シグナム。ゴメンなんやけど模擬戦をやめてもらってもええかな?」
「あ、・・・はい。判りました・・・」
目に見えて落ち込んでいるシグナムを見たルシル君は「はやて。デバイス以外の打ち合いならダメか?」って別の手段を考えているみたいで、そう確認した。
「えっと。あんま派手な、そんでご近所さんに怪しまれへんようなやつやったらなんとか・・・」
「そっか。んー。・・・よしっ。シグナム。今日、俺の買い物に付き合ってくれ」
ルシル君からそう誘われたシグナムは「よろしいでしょうか、主はやて?」とはやてちゃんに確認を取った。
「うん。ええよ。わたしらも一緒に行くから。シグナム。洗濯物を干したら出掛けるよ」
というわけで、今回はルシル君の提案で都市部へお出かけすることになった。もちろん家事を終えてから、ね。行き先は「ちょっと大型のスポーツショップまでね」ということ。そして先日お買い物したデパートとは違う、大きな建物へとやって来た。
自動扉を潜ってエントランスの壁に設けられた各階層の案内板を並んで見るルシル君(大人版)とシグナムを、私たちは新たに入って来るお客さんの邪魔にならない向かい側の壁際から眺める。そんな中、次々入って来るお客さんが2人をチラチラ見てヒソヒソ囁きながら店内へ入って行く。けど悪口じゃなくて・・・。綺麗、だとか、お似合い、だとか、2人の外見を褒めるものばかり。
「やっぱ2人とも美人さんやでなぁ~。わたしももし他人やったらあんな事言うてたと思うわ~」
はやてちゃんは2人を眺めながら誇らしげにそう言った。確かにあの後姿を見ればお似合いの恋人にも見えなくもないかしら。なんか面白くないけど。そして「待たせてごめん。行こうか」ルシル君がそう言って店内へ入って行くから私たちも後を追って店内へ入る。
「まずはスポーツウェアからだな」
ルシル君が衣類コーナーに向かって行く。そこは体を動かすことに適した服が売っている場所で、「上と下、あとシューズもまとめて買っていこう。良ければみんなもどうぞ」ルシル君は私たちの分まで買ってくれると言ってくれた。
そこで気になるのは「あの、お代金は・・・?」私ははやてちゃんを見る。チラッと値札を見たけど、結構なお値段。バラつきはあるけど、ルシル君が見ているのは質が良いのか高い。はやてちゃんが何かを言う前にルシル君が「もちろん俺持ちだから♪」ズボンのポケットから長い革財布を取り出した。
「じゃあ遠慮なしで良いな」
「ちょっとヴィータちゃん!」
ヴィータちゃんもルシル君に続いて靴の方を見に行っちゃった。どうしようかとルシル君たちをキョロキョロ見ていると、はやてちゃんが「わたしは見ての通り運動できひんから、みんなだけでお言葉に甘えたらええよ」私とシグナムを見て笑顔を浮かべてくれた。
「ザフィーラ。少し荷物が増えるけどいいか・・・?」
「構わん。我にはそれしか出来ぬからな」
今までずっと黙っていたザフィーラがすまなさそうにしてるルシル君に簡潔に答えた。
「では。遠慮せずに私も選ばせてもらおうか。ふむ。やはりデザインより機能性だな」
「私は可愛い物がいいなぁ♪ 模擬戦もしないし」
私たちもルシル君やヴィータちゃんに倣って自分好みの運動着を見繕っていく。可愛くて、でも動き易くて、あと出来るだけ安い物を、っと。シグナムと一緒に試着を何度も繰り返して、上は長袖・半袖、下は裾長と裾短(シグナムはピッチリ肌に張り付くスパッツという物も追加)をそれぞれ数着ずつ、それにシューズも購入。ヴィータちゃんは靴だけを購入。
「あの、ごめんなさい、ルシル君。お金たくさん使わせちゃって」
先日と同じ位置で歩く私たち。私の隣に居るルシル君に謝る。でも「俺も欲しかったし、現状じゃ使い道のない財産だ。みんなの為に使えるなら嬉しいことだよ」って微笑んで返してくれた。
「そう言やさ。あたしらの騎士甲冑ってどうすんだ? もうこのまま無しで行くのか?」
次のお店に向かうためにエレベーターに乗っているとヴィータちゃんがシグナムと私にそう訊いてきた。まずは『降りてからね。他の人が居るし』って応じて、目的の3階に到着してエレベーターを降りてから「騎士甲冑が無いってどうゆうことなん・・・?」はやてちゃんから質問。
「えっと。私たち守護騎士はそれぞれ武装――デバイスを持っていますけど、騎士甲冑は起動した都度、その主から賜らないといけないのです」
「はい。騎士甲冑の生成に必要な魔力は我々持ちですので、主はやては我々の騎士甲冑のデザインをイメージしてくだされば、あとは我々が生成します」
私とシグナムがそう答えると「それは責任重大やなぁ。でもソレって戦うためのもんやろ?」ってはやてちゃんはルシル君を一度だけ見てから不安そうに返してきた。
「騎士甲冑を持ったからと言ってすぐに戦闘に直結しなくていいよ、はやて。戦闘はせずとも騎士甲冑は有った方が良いと俺は思う」
「う、うん。じゃあ・・・みんなに似合う騎士甲冑、考えてみるな」
「「「はい」」」「うんっ」
はやてちゃんの考える騎士甲冑はどのようなものなるのか、今からすっごく楽しみ。そうして私たちは目的のお店を目指して歩く。と、「あっ。おい、ルシル。アレなんだ?」ヴィータちゃんがとあるお店を指さした。
「アレってグラーフアイゼン・・・?」
開かれているお店だから内部がよく見える。展示されている物の中にヴィータちゃんの武装、“グラーフアイゼン”に似通った物が在った。
「あぁ、アレか。ゲートボール、またはリレーションのスティックだよ」
「「ゲートボール?」」
ヴィータちゃんと一緒に訊き返す。
「アレで打ち合っちゃいけねぇのか? 完全にあたしのアイゼンと形が似てんだけど」
「残念。アレはボールを打つためのスポーツ用品だ。武器じゃないからな。・・・やってみるか?」
ヴィータちゃんは興味を持っちゃったのか「面白いのかよ?」なんて訊き返す。
「おいで。やってみよう。はやて、少しヴィータを借りるよ」
ルシル君はヴィータちゃんを連れてゲートボールの用具店の側に設けられている練習場らしきコートに向かって行った。ルシル君はヴィータちゃんにルールを説明しながら貸し出されているスティックでボールを打った。
そしてボールは床に立てられてるゲートに通した。2つ目、3つ目、最後にコートの中心に立ってる杭、ゴールポストに当てて終わり。続けてヴィータちゃんが。でも、力加減を失敗してボールがなんと私たちの方へ向かって高速で飛来してきた。
「主はやて・・・!」
はやてちゃんに直撃コースだったボールをシグナムが取った。ヴィータちゃんがスティックを放り投げて「はやて! ごめん!」蒼い顔して駆け寄って来て、「おっとっと」ルシル君は慌ててスティックを掴み取った。
「大丈夫やよ、ヴィータ。シグナムがキャッチしてくれたからな」
「ヴィータ。手加減というものを知れ」
「うぅ。返す言葉がねぇ・・・」
落ち込むヴィータちゃんの頭を撫でるはやてちゃんは「まぁまぁ。こうして無事やったんやから」ひたすら笑顔を浮かべるだけ。
「まさか全力打撃とは恐れ入った。で、どうするヴィータ? まだやってみるか?」
「いんや、もういいや。今はお前らの買い物を済ませちまおう」
こうしてヴィータちゃんのゲートボール初体験は終わった。でもお店から離れる時もチラッと横目で見ていたから、まだ興味は尽きていないみたい。
ゲートボール用具店から奥へ向かい、そしてルシル君の目的であるお店に着いた。そこは「剣道具店・・・?」シグナムが掛けられた看板を読んだ。ルシル君に続いて私たちも入る。そこは妙な鎧のような物や、木で出来た刀や槍が壁に掛けられてるお店だった。
「デバイスのような金属での打ち合いは派手で大きな音がする。下手をすれば警察沙汰だ。けど竹刀や木刀を使えば、ご近所さんに見られても問題ない」
右手に竹刀、左手に木刀を持ってシグナムに見せて、「持ってみてくれ」って手渡した。まず竹刀を受け取ったシグナムは小さく振って「軽いな」と、今度は木刀を持って振るった。
「もう少し重いのでも構わん。ルシリオン。見繕ってくれ」
「判った。本気の打ち合いとなれば木刀に使われる材質も限られてくるんだ。本赤樫か白樫。で、もっと重いのでいいと言うのなら――」
木刀談義に入ったルシル君とシグナム。シグナムは次々と木刀をルシル君から受け取って、納得のいくまで振るって自分に合う物を探していった。
「・・・ふむ。これが最もしっくりとくる。ルシリオン。私はこれに決めた」
「そうか。俺も決めた。一応、同じ物を2本買っていこう」
「すまん、感謝する。あと・・・鞘も頼めるか?」
「鞘か。プラスチック製でいいかな?」
「打ち合いに耐えられるか?」
「無理だな。じゃあ木製の鞘も一緒に買っていこう」
「重ね重ね恩に着る」
ようやく決まったみたい。まさか20分も木刀選びをするなんて。どれも一緒に思えるけど、あの2人にしか解らないものがあるのかも。ズキン。あぁ、またこの気持ち。シグナムが「羨ましい・・・」ポツリと漏らしてしまった。木刀を入れる袋や手入れするために必要な道具を買って「お待たせ」ルシル君とシグナムは戻って来た。
「お待たせして申し訳ありません、主はやて」
「んっ。納得のいく物があって良かったな」
「はい」
本日の予定はこれにて終了ね。それからお家に帰ってお昼ご飯、快晴だったからもう乾いていたお洗濯物を取り込んで。そして。
「心待ちにしていたぞ、ルシリオン・・・!」
運動着に着替えて木刀と鞘を持ったシグナムと、
「お手柔らかに頼むよ、シグナム・・・」
こちらも運動着に着替えて木刀を両手に持ってるルシル君。2人は庭で対峙する。リビングでお洗濯ものを畳みながら眺める。
「「いざ!」」
朝のように同時に突進して、同時に木刀を振るって、攻防を繰り返し始めた。ルシル君は二刀流でシグナムを翻弄。シグナムも負けじと鞘で防御、木刀の連撃でルシル君を押し始める。
「うん。これくらいの音やったら問題あらへんな。万が一見られても剣道の練習に見えるし。シグナムも嬉しそうやし。めでたしめでたし、やな♪」
嬉しそうにしているはやてちゃんに「そうですね」同意しながらルシル君のお洋服を畳む。お庭から聞こえてくる木と木がぶつかり合う音が続く。と、そんな時、ガシャァァン!と窓ガラスが割れた音が2階のお部屋からした。遅れてカランと木材が床に落ちた音。
お庭の方を見ると、身動き1つしていないルシル君とシグナムが居た。シグナムは大きく木刀を横薙ぎに払った体勢のまま硬直。ルシル君は無理やり腕を振り上げられたって感じで、右手には木刀が無い。ということは・・・・
そんな2人が固い動きでこちらを見て、私たちと目を合わせた。はやてちゃんが「やってしもたな2人とも」って苦笑すると、目に見えて2人は青褪めちゃった。
「ごめん、はやてっ!」「申し訳ありません、主はやて!」
窓ガラスが割れたのは私とシグナムのお部屋だった。償いとして(むしろ当然)ガラス片をお掃除した2人は今、呼んだガラス屋さんが来るまでの間(ちなみに窓ガラスの修理代はルシル君持ち)、私たちの前で土下座して全力の謝罪をしてる。
「えっと――」
「お前ら、馬鹿っ、もっと気を付けろっ!」
「「面目ない」」
「あのな――」
「ったく。もし木刀が飛んできたのがリビングだったらどうするつもりだったんだ!? はやてが怪我してたかもしれねぇんだぞっ!」
「「返す言葉も無い」」
『ヴィータちゃんも今日のお店で同じことしてたわよね』
『うむ。そうだな。己のことは棚に上げているな』
ザフィーラだけと思念通話でそうは話す。
「その――」
「守る側のあたしらが、傷つける側になっちまっていいのかよっ!」
だ・か・ら、ヴィータちゃんも同じようなことしちゃったのよ?
「「申し訳ない」」
「あの――」
「嬉しいのはあたしだって判るぞ、シグナム。オーディンみてぇに強いようだからな、ルシルの奴。だからって自分のことだけを考えて全力バトルってぇのはダメなんじゃねぇのか?」
「その通りだ」
「ちょっ――」
「ルシルも、だ。シグナムに乗せられてさ」
「すみませんでした」
「あとは――」
「ちょうストップ! ヴィータ、ストップや! さっきからわたしが話せてへん!」
「あ」
はやてちゃんがヴィータちゃんと2人の間に割って入った。もうちょっと早くヴィータちゃんを止めるべきだったかしら私? はやてちゃんは尚も土下座をやめていない2人に体を向けて、土下座をやめるように言って2人が体を起こしたのを確認。
「ルシル君」
「はい」
「シグナム」
「はい」
「わたしは怒ってへんよ。怪我も無い。窓も直る。だからそこまで気にせぇへんでええ。ほら、立って」
全てを許すはやてちゃんの笑顔。それでようやく2人は立ち上って、改めて謝った。
「なあ、ルシル。今さらなんだけどさ。結界張った方が良かったんじゃね?」
ヴィータちゃんが今回のような事が起きないようにそう提案した。確かにそれなら多少の無茶は出来る。だけど「でもなぁ・・・」ルシル君はどこか渋っているようで。
『いま俺たちが居る世界は第97管理外世界、地球。この意味、解る?』
ルシル君からそんな思念通話。管理外世界。時空管理局って言う組織が付けた識別名。魔法を知り、扱う人たちが住まう世界が、不干渉を貫かないといけないと取り決めたもの。ということは大きな魔法を使うことで管理局に私たちのことを知られると、不法滞在とか魔法使用とかで捕まっちゃうってことなのね。それに、“闇の書”の一部として、重罪人とされちゃったり。
「『でもま。庭限定で小規模結界くらいなら問題ないかな』はやて。2度と家に被害は出さないって約束するから、その、結界を張らせてもらいたいんだ。これからはその中でやるから・・・」
でもルシル君はそんなことを言ってはやてちゃんにシグナムとの模擬戦をこれからも行うことに対して承認してもらおうとした。もう。それなら初めからそうしてくれていれば窓を割らずに済んだのに。
「ん。ええよ。わたしもシグナムから楽しみを奪いたくないしな。とゆうか木刀とかいろいろ買って今さらアカンなんて言えへんし」
「主はやて。・・・ありがとうございます。・・・ルシリオン。では早速・・・!」
パッと表情を輝かせたシグナム。そんなシグナムに私たち守護騎士は、
「自重しなさい」「「自重しろ」」
溜め息交じりにそうツッコむのでした。
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