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皇太子殿下はご機嫌ななめ

作者:maple
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第39話 「帝国のグランドデザイン」

 
前書き
前に書いたと思いますが、時代小説のネタのために男性用の着物の着付けを調べていましたら、資料の少なさに愕然としました。
着付けというと女性物ばかりなんですね……。 

 
 第39話 「松明式典」

 ホワン・ルイだ。
 皇太子にしてやられた。
 和平交渉そのものを、戦略に組み込まれてしまったのだ。
 それもこれも私達の認識が甘かった所為だろう。
 戦争を始めるのはたやすい。
 続けるのも……。
 しかし、どういう形で戦争を終わらせるのか、真剣に考えていたのは皇太子だけだった。
 我々は甘かった。
 終わらせなければと考えていたが、終わらせ方を考えてこなかった。
 そこを突かれてしまった。
 迂闊としか言いようが無い。

 ■アレックス・キャゼルヌ■

 帝国宰相は一種の怪物だ。
 自分の心の中にある理想の王を演じきろうとするのは、並の人間にできることではない。
 そしてその役を、実にうまく演じている。
 民衆の理想といっても過言ではないほどに……。
 皇太子を戦場で倒すなど、不可能だ。
 まず出てこない。
 そしてオーディンまで攻め込んでいくのも無理だ。

「帝国製の映画というのは、実につまらない。よくもまあ、あれほど教育性にのみ、特化できるものだと思う。娯楽では同盟に負けているな」
「とはいえ、同盟も最近ではワンパターンと化していて、つまらなくなってきました」
「日常的に戦争があるのに、戦争物など、見たくも無いだろうに。なぜそれが分からないのか?」
「娯楽を政治利用しようとしているんですよ、きっと」
「あっけらかんと、明るく楽しめるものの方が良いと思うのだがなー。作れといっても中々作りやがらない」

 皇太子とアッテンボローが映画の話をしている。
 それにしても皇太子が、明るい映画を作れと命じているのには、驚かされる。娯楽ぐらいは明るいものの方が良いと思う。か、同感だ。

「むしろオペラ関係者の方が乗ってきているぞ。この間、帝国でカルメンが演じられた」
「カルメンですか?」
「ドロドロだろう」
「ドロドロですね」
「やりたいネタがたくさんあるらしい。結構なことだ」

 皇太子が快活に笑う。
 暗さを感じさせない笑みだ。対照的なのが、リッテンハイム候だった。
 私はもっとこう、華麗で重厚な方が好みだと呟いている。

「卿は好みが固いぞ。娯楽ぐらい頭を空っぽにして、楽しめ」

 厳しいのは現実だけで十分だ。
 そう皇太子は言う。その意見にも賛成してしまう自分がいる。
 ヤンやアッテンボローも、皇太子と同意見らしい。
 そして帝国の民衆達も、皇太子の考えに賛成しているのだろう。
 今まででは考えられない状況だ。
 皇太子を見ているだけでも、帝国の未来は明るい。
 そう思ってしまう。
 翻って同盟はどうだ?
 未来は明るいと思えるか?

 ■ジョアン・レベロ■

「うまく皇太子にしてやられたな」

 ホワンがチッと舌打ちをした。
 テーブルに肘をつき、頬杖をついている。少し傾けた首。髪が頬にかぶさっていた。
 だがそれを気にした風もなく。なにやら考え込んでいる。

「しかし侵攻の意志は無いと明言したぞ」
「それを信用しているのか?」
「している。少なくともあの皇太子は、そんなところで嘘は言わんだろう。あれはそういう男だ」
「なるほど。……それはわたしも同意見だ」

 それは明言した言葉か、それとも皇太子の人物に対してなのか?

「なにを考えているんだ?」
「戦争の終わらせ方」
「終わらせ方?」
「あの皇太子は、戦後を考えている。この戦争が終わったあとの事を考え、それに沿って手を打っている」
「戦後か……」

 私には見えてこない戦後が、すでに見えているのか?
 そしてそのために手を打つ。
 一歩も二歩も先を行っている。
 恐ろしい男だ。

「だけど交渉の糸口は見えてきた。わたし達は戦争を止めることを提案していた。しかしそれだけではだめだったんだ。戦後どうするのか、それを提案しなくてはいけなかった」
「それが終わらせ方か……」
「そう、戦後帝国と同盟はどういう関係になろうとしているのか? そこを提案できないのであれば、あの皇太子は統一した方が良いと考えている」

 そうだな。どういう風になるのか分からないのであれば、自分で決められる方が良い。それがたとえ統一という形になっても。あの皇太子ならそう考えるだろう。

「あの皇太子は帝国を、どういう形に持っていこうと、考えているのだろうか?」
「立憲君主制」
「なに?」
「権威の象徴としての皇帝。そして権威と政治と経済の分離。一点集中型のシングルコアではなくて、トリプルコア。戦後帝国は三つの頭を持つようになる」

 ここまでは読めた。そう言ってホワンが頭を掻き毟る。
 あの皇太子、皇帝を帝国の重石代わりに使う気だ。とも言う。

「どういう事だ?」
「問題が起こったときは、皇帝という権威をもって是正する。しかし普段は政治にも経済にも関与しない。貴族と平民の議会の決議を持って帝国を運営する。これが帝国のグランドデザインだろう」
「なるほど政府の上位に位置はしているが、皇帝親政ではなくて、議会制を取り入れるつもりなのか? そして政府や経済の暴走を、強権を持って止める事の出来る存在。それが皇帝か……」
「あの皇太子ならば、それができる。そして暴君が現れたときは、議会で止めろと言っているんだ」
「よく読めたな」
「皇太子の動きを思い返していたら、気づいた。貴族院議会とか、平民の代表を選んだところとかな。統治者としての貴族。意見を述べる場を与えられた平民の代表者。軍関係に対する態度。帝国宰相ではあっても、帝国軍三長官を兼任していない。フェザーンもそうだ。その意味をもっと考えるべきだった」
「えっ?」
「権力を自分一人に、集中させていないんだ!! まったくよく考えているよ、あの皇太子。自分が死んだ後の事まで考えている。国家百年の計だ。本気でそんな事を考え、実践するとは、本物の専制君主の本領発揮だな」

 ホワンがため息をついた。
 聞いているこちらの方が、気が滅入ってくるような深いため息だった。
 あの皇太子は言外に見せていた。銀河帝国皇太子という権威で、ここまで動けると。
 支持率に一喜一憂し、選挙のたびにおろおろする政治家とは根本的に違う。
 専制君主というあり方。それを体現しているのが皇太子だ。
 貴族と平民と軍の支持も持っている。その上で帝国全土を見渡して、決断しなければならない。
 今後銀河帝国の皇帝は、いまの皇太子と同じ態度で、動く事になるか……。

 ■松明式典 ウルリッヒ・ケスラー■

 照明が落とされたイゼルローンの港。
 式壇の上に宰相閣下が立っておられる。スポットライトを浴び、お姿が浮かび上がる。本式の儀礼服にマントを纏う。いっそ華やかとも思えるほどだ。口調の悪さで、ついつい忘れてしまいがちだが、黙って立っていれば顔立ちは整っているのだから、人目を引く。
 各艦隊に沿って迎えに来た兵士達が松明を持って整列している。
 指揮者台の上のメックリンガーが、指揮棒を振った。
“ワルキューレは汝の勇気を愛す”が流れ出す。

「点火」

 宰相閣下が落ち着いた口調で指示された。
 その途端に、松明に火が灯される。まるで火の回廊が作り出されたような印象を持った。
 ゆらめく炎の回廊。
 影もゆらめく。
 帰還兵が乗り込む艦艇にまで続く道。道は炎によって導かれている。

「さあ諸君。故郷へ帰ろう」

 宰相閣下の言葉とともに、帰還兵達が歩き出す。
 総旗艦のタラップの最上段に、宇宙艦隊司令長官のミュッケンベルガー元帥が松明を持って、立っていた。

「よく帰ってきてくれた」

 最初の帰還兵が通り過ぎる際、元帥が低い声で呟くように言った。
 はっとした顔で振り向いた兵は元帥を見たが、元帥は厳めしい表情を浮かべているだけで、自分の聞いた声が本当だったのか、幻聴だったのか判断できずにいるようだ。
 ただ自分に続いて艦に入った者達も、驚いたような表情を浮かべていたために、その言葉が他の者にも聞こえた事を知ったらしい。
 厳めしい表情を崩さない元帥。
 たった一言。
 短い言葉ではあったが、そこに全てが込められていた。
 帝国軍宇宙艦隊は、帰還兵を受け入れる。
 今までのように排斥する事は無い。差別も無い。
 司令長官がそれを宣言したに等しい。

「何をしている。胸を張りたまえ。諸君が恥じ入る必要など、どこにもあるまい」

 ヴィルヘルミナの中で、リッテンハイム候の声が響き渡る。
 スクリーンに映し出される侯爵の姿に、兵士達は再び驚かされた。
 門閥貴族の雄が歓迎の意志を見せたのだ。
 銀河帝国皇太子・帝国宰相ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム。
 帝国軍宇宙艦隊司令長官グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー元帥。
 門閥貴族の雄ウィルヘルム・フォン・リッテンハイム候爵。
 皇太子も軍も貴族も帰還兵を受け入れている。
 今までの帝国ではありえなかった事だ。
 皇太子の言った、
『少しはマシな帝国になったと』

 という言葉は真実だ。
 帝国が変わったことを、帰還兵達はこの時初めて知った。今まではどこか半信半疑であった事が、事実として受け止められたのだ。
 私こと、ウルリッヒ・ケスラーはこの場に居合わせたことを、一生忘れないだろう。

「さあ諸君。我々とともに新しい帝国を作っていこう!!」

 宰相閣下の言葉が聞こえた。
 その途端に歓声が響き渡った。
 彼らはよき帝国臣民になるだろう。
 松明の行進が続く。音楽隊も奏でながら歩き出す。
 一番最後に宰相閣下が総旗艦ヴィルヘルミナのタラップに足を掛けた。
 窓にへばりつくように兵士達が、宰相閣下の姿を見つめている。

「あれが俺たちの皇太子殿下だ。次期皇帝陛下だぞ」

 誰かが呟いた。その声に煽られ、

「ジークライヒ!!」
「ジーククローヌプリンツ!!」

 帰還兵のみならず、艦隊、イゼルローンに駐留している兵士達からさえ、歓声が沸き起こる。

 ■ジョアン・レベロ■

 皇太子が帰還兵を連れて、オーディンへ帰っていった。
 歓声の声がいまだ耳に残っているようだ。

「皇太子の人気は凄いな……」
「彼は正統な皇太子だ。その皇太子が、改革を唱え、実行している。支持しない理由がない」
「そうだな。我々ですら、彼を支持している。このまま和平が成立すればいい、と」

 思わず呟いた言葉に、ホワンが反応する。
 本当に彼を支持しているんだ。銀河の平和のためにも。

「さて、我々も急いで本国に帰らねば。呆けている場合じゃない」
「お、おい」
「今回の皇太子の明言を公表しなくてならない」

 ホワンが急いで同盟の艦隊へと戻っていった。
 息を切らせて追いつくと、ホワンが涼しげな笑みを浮かべて、何事かを再び考え込んでいる。

「どうしたんだ?」
「あの皇太子は侵攻の意志はないと明言したんだ。その事を公表する。主戦派を抑えるために」
「確かにそうだが……」
「だから公表するんだ。公表する事に意味がある」
「公表する事に意味がある?」
「あの皇太子は、銀河で一番注目されている人物だ。そして改革の主導者で、その皇太子は自らの言葉を無視できない。やっぱり侵攻しますとは言えないんだ」
「うん?」
「そんな事を言えば、改革もやっぱりやめます、と言い出すだろうと思われるからな。あれは自らの手足を縛りつけたようなものだ。だから公表する」
「皇太子の動きを牽制するのか?」
「そうだ。そのとおり。牽制する」

 ■総旗艦ヴィルヘルミナ リッテンハイム候■

「宜しかったのですか?」
「何がだ?」
「侵攻の意志はないと明言されたことです」
「構わん。侵攻の意志はない。だが攻めてくれば、これを迎え撃つ」
「攻めてきますか?」
「来るさ。そして今頃、俺の言葉を公表しようとしているだろうな。公表した上で攻めてこさせる。自ら滅びたいと言わせてやろう」

 皇太子殿下が軽く笑う。
 あいかわらず怖いお方だ。
 同盟が気の毒に思えてきた。

「失礼致します」

 ケスラー中佐とメックリンガー少将が揃って部屋に入ってきた。
 二人とも高揚がまだ冷めていないようだ。

「よっ、二人ともよくやった。ご苦労だったな」
「はっ。光栄であります!」

 皇太子殿下の言葉に恐縮している。
 とはいえ、ケスラーはスパイのチェックをしていたし、メックリンガーは指揮者という大役を果たした。二人ともよくやったと言うべきだろう。

「メックリンガー少将。卿は芸術関係に強いそうだが、わたしはその方面には疎くてな。今後も卿の見識に頼る事になると思うが、よろしく頼むぞ」
「光栄であります」

 見事な敬礼だ。
 畏敬の念が伝わってくる。

「ケスラー中佐。帰還兵の様子はどうだ?」
「はっ。見違えたように規律正しくなっております」
「そうか」
「帝国軍人として、恥ずかしくないようにせねばと、思っているようです」
「それは結構な事だ。ミュッケンベルガーはどう思っているのだろうな」
「元帥は苦笑を漏らしておりました」
「まあ元帥らしい。帰還兵は帝国軍人である。それにふさわしい扱いをする様に」
「はっ!!」

 二人が部屋から出て行ったあと、皇太子殿下がぽつりと漏らす。

「帰還兵が帝国軍人として恥ずかしくないようにか、期待して良さそうだな」
「その通りですな」

 皇太子殿下の遣り様がうまくいったみたいですが、殿下は考え込んでおられています。
 いったい何を考えておられるのか?
 帝国全土を考えねばならない立場というものは、中々難しいようで……。
 皇太子でなく良かったと思う事もしばしばだ。
 この様なときはつくづくそう思う。
 それでも皇太子殿下には考えてもらわねばならない。
 むずかしいですが……。
 期待していますぞ、殿下。 
 

 
後書き
ちょっと吐き出し。
百合根巾着を食べたのだれだー。
家に帰ったら無くなってた。 
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