真・恋姫無双 矛盾の真実 最強の矛と無敵の盾
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反董卓の章
第11話 「……その時私は、盾二様についていけるのかな」
前書き
ふう、危うくたんぽぽ、出すの忘れるところでした(嘘)
―― 荀彧 side 汜水関 ――
劉表はバカなのかしら?
先陣が、防衛陣地を一日かけて築いていると知った時、私はそう思った。
何故攻撃側が防衛陣地など作るのか、その真意がわからなかった。
だから私は、先陣に密かに細作を放ち、その状況を確認させていた。
そして結果は……汜水関を囲む谷間を塞ぐように柵が建てられ、柵の外に出るには左右の崖の傍の、僅かな隙間のみという状況だった。
そして、そこには関羽や張飛といった豪傑の部隊が鎮座していたのだ。
(考えられることは……敵を釣りだした上で、柵の防御を使っての鶴翼、もしくは半包囲の偏月の陣――)
普通やるか? と思った。
攻撃側が防衛戦をするなどと。
敵が退ける状況で防衛陣地など……
(先陣に攻める気がない? 時間を浪費するだけの、消極的な策。バカなことを)
敵が関に篭もる以上、防衛する意味などない。
何を考えて陣地を作るのかと鼻で笑っていた。
そう――――さっきまでは。
「…………うそ、でしょ」
思わず呟く。
あの天の御遣いという、薄汚い黒く汚らわしい男が関へと一人舌鋒に向かったと思ったら、その後すぐに敵が討って出てきた。
ありえなかった。
何故、防御側が自陣に有利な場所を捨てて野戦をしようというのか。
敵は数十万もいて、野戦をして尚兵力があるというのか?
いいえ、それはない。
汜水関が如何に堅固であろうとも、そこに駐留できるのは最大でも十万程度。
東の関全体でならともかく、一つの関で十万を越える大軍を配置することの意味は無い。
私ならば……虎牢関と汜水関で兵を二分させて、汜水関の防衛をさせつつ罠を張り、その間に敵の陣容と兵力の詳細を調べさせる。
その上で、最後は汜水関を放棄させて罠にて打撃を与えておき、虎牢関で決戦させる。
だが、敵はたった三万で野戦を仕掛けてきた。
正直言えば、予想外。
まさか防御側が出てくるなど……
だが、劉表や劉備は……いいえ。
あの黒ずくめの男は、それを見越して陣地を作っていたとしたら。
最初から、防衛戦になるとまで読んでいたとしたら。
そんなこと、神でもなければ予測なんて――
「桂花? 聞いているの、桂花?」
「――――――」
「はあ……聞こえないのか、荀文若!」
「っ!? は、ハイッ!」
字を怒号で呼ばれ、ようやく振り返った私。
そこには華琳様、春蘭、秋蘭がいた。
わ、私は、華琳様が傍に居たというのに、気付きもしなかったというの……?
「これはどういうことかしら、桂花。貴方の意見が聞きたいのよ」
華琳様の言葉に、一瞬躊躇する。
認めるのか、男を。
――認めたくはない、認めたくはない、けど……
「……この作戦を考えたのは劉表なのか、劉備なのか。それとも……あの天の御遣いなのかはわかりません。ですけど……こんな、こんな策は、敵が討って出ることを知らなければ絶対立てられないはずです」
「……つまり、相手を関から出すことを念頭に置いて策が組まれていたということ? 随分前から協力者が居たということか……そういえば、劉備と董卓は仲が良かったわね」
華琳様の言葉に、私の頭が幾つもの状況を浮かび上がらせる。
劉備が連合を裏切っている――いや、劉表が共にいる以上、それはない。
いや、劉表も実は裏切っていたら――それもない、ならば最初から董卓につけばいいだけ。
連合内の情報と撹乱目的に参加――それもない、ならば先陣に立つ意味が無い。
あえて先陣になることで戦闘の長期化を狙った――これもない、ならば敵が討って出てきた意味が無い。
……そうか。
「劉備や劉表が先陣を自ら志願したのは、董卓側の仕込みじゃないことを連合に示すためだった……?」
「桂花?」
「……華琳様。私は最初、この先陣に劉備と劉表が志願したのは、敵との連携をするのではないかと思ったのです」
「さっきも言ったけど、劉備は董卓と仲が良かったわね」
「はい。ですが、防衛陣地を築いたことで、それは杞憂に終わりました。もし内応するなら、袁紹の本陣まで何もない方がよっぽど有利のはずです」
「……確かにそうね。一日も使って柵を拵えたのは、こちらの防御力を上げるため?」
「それ以上にこちらを信用させるためです。まさか裏切る人物が連合の有利になる防衛陣地など築きはしないでしょう」
「陣地を築いた上で裏切る……のも無意味ね。関があるのに連合側に柵を作る意味は無いわ」
ふと見れば、春蘭が馬鹿貌でこちらを見ている。
ああ……これはなにもわかってないわね。
まあ春蘭は放っておきましょう。
「つまり、陣地の構築は袁紹に疑心を疑わせないためであり、なおかつ敵が出てきた場合の防衛陣でもあったのです」
「……それがわからないわね。内応していないのであれば、どうして敵が討って出るとわかったのかしら?」
「………………最初にあの御遣いという男が、一人で関に向かいました。おそらく、そこで何らかの仕込みをしたのかと」
「そうね。罵声を浴びせたか、それとも出てこなければならない状況にでもしたのか……」
華琳様はよくわかってらっしゃる。
たしかにあの時に何かをしたのだ、あの男は。
でなければ説明がつかない。
「そして防衛陣地での防御戦。まさかね、まさか、と思うわね。攻撃側が守勢に回り、本来守備する側が守備する場所を捨てて攻撃している。私ならありえないわ」
「はい、ですが……現実に目の前で起こっていることです」
丸太で組んだ柵はかなり堅固だ。
それこそ衝車でもなければ、そう簡単には打ち崩せないだろう。
すでに関から出てきた攻撃部隊が、柵を挟んで劉表と劉備の軍と戦端を開いている。
だが、その状況に変化があった。
「華琳様」
「どうしたの、秋蘭」
「あちらを……崖に沿って、二つの部隊が動いています」
秋蘭の言葉に私も顔を上げる。
確かに左右の柵の隙間から出た二つの部隊が、それぞれ崖に沿った状態で関へ……
「まさか、攻撃を受け止めさせている間に予備兵力で関を落とすつもり?」
「おそらくは……しかし、関にも守備兵が残っているはずです」
「でしょうね……というか、片方の部隊の先頭。あれは……騎馬兵じゃない?」
華琳様の言葉に目を疑う。
確かに左側には、馬の姿がうっすらと見える。
関に対して騎馬など、なんの意味が……
「ん!? 華琳様、なにか変です。特に右側の兵は……速度が尋常じゃありません」
騎馬の居ない反対側の兵。
その走る速度がまるで馬よりも早い。
一体どういう鍛え方をしているのか。
そして関の土壁にまで到達した左右の部隊は、互いに中央へ……
どういうこと?
そこから関に取り付くんじゃ……
「関の大扉の前で交差して……そのまま反対側に抜けていく? 一体何を……」
その部隊は大扉へ攻撃するわけでもなく、横にすり抜けて……いえ。
何か投げている?
「石……か? なにか投げています」
「私には壺のようにも見えたけど……何かしら?」
この状況で関に対して投げるもの……
私なら……?
関を落とすのに効果的なものは……
そう思った時、春蘭がつぶやいた。
「やれやれ、こんな状況では私達が関を落とすこともできんな」
!?
まさか!?
「春蘭!? 今あなたなんて――」
私が叫んだその瞬間。
汜水関の大扉に、轟音と共に火柱が上がる。
「なっ!?」
「なに!?」
「うぉ!?」
華琳様たちが、突如上がった火柱に驚きの声を上げている。
事、ここに至ってようやく私は、この柵が十重二十重の意味を持つことに気づいた。
「や、やられた……」
「? 桂花?」
「か、華琳様……貴方がおっしゃられたこと、間違いではありませんでした。あの男……今のうちに殺すべきです」
「は?」
「あの男は、必ず華琳様の前に立ち塞がります。一体何手先を見ているのか。こんな、こんなの、ありえない……」
「ちょっと桂花! どういうことか説明なさい!」
華琳様の言葉に、私はカラカラになった唇をきつく噛む。
正直信じたくはなかった。
でも、間違いなく……あの男は、この戦場のすべてを支配している。
「……劉備と劉表、いえ、劉備だけに限って言います。先陣を志願したのは、董卓との繋がりを否定するため。そして最初に武功を得て、それを喧伝するためです」
「……それはわかるわ。劉備は義勇軍からの成り上がり。内政の評価は、多少内情を知る私達だから高いけれど、諸侯の中ではまだまだ侮っているものが大多数でしょうね」
「はい。それを一気に喧伝するために、劉表・劉焉との三国同盟を袁紹の前で明かしました。諸侯の眼の色も変わったと思います。そして先陣を志願し、見事に果たせば……」
「……戦に強く、刺史から州牧にたった一年で成り、そして三国同盟という謀りもこなせる……見るべきものならば、とんでもなく警戒するわね」
「はい、名実ともに一気に強大な陣営になったことを内外に示せます。これが戦略的な部分。」
「戦略……的??」
唸る華琳様の横で、秋蘭が声を上げる。
そうよ、秋蘭。
これは戦略、そして戦術的な意味があるのよ。
「戦術的には……先陣の手柄を他の諸侯に邪魔させないため。あの防御陣、そしてあの火計……あれは二重の意味があるのよ」
「!! そうか!」
華琳様が叫んで、前方の戦場を睨む。
さすがです、華琳様……お気づきになったようですね。
「そう……表向きは敵を釣りだしての防衛戦。火計は後続の守備兵の援軍を絶つという分断策。でも、違う。あれは……」
「……他の諸侯が、董卓軍に手出しできぬようにした。連合軍に対する分断策……」
「「 なっ!? 」」
華琳様の言葉に、春蘭も秋蘭も驚愕の声を上げる。
私も唸るような面持ちで、その戦場を見ている。
まさか……ここまでやるとは。
「劉備は……あの天の御遣いは、この戦場をあくまで先陣だけで倒すことを目的としています。劉備の名声のために……だから袁紹や袁術、孫策や我々には一切手を出して欲しくない。例え先陣が危なくなっても、しゃしゃり出てほしくはない。だから……」
「あの防衛陣地は文字通り、先陣以外の連合軍が前に出ないためのもの……そしてあの関の火計は、万が一にも抜け駆けして関を占領することを防ぐもの」
「相手の援軍を絶つのと、戦場を完全に操るために余計なものを入れないようにした。その上で、相手の攻撃側に包囲を印象づけ、孤立することでの士気の低下も見込んだ」
「………………」
「これで、あの関からの攻撃部隊は二択を迫られます。全滅するか、左右の崖への細道を突破して逃げるか……」
戦場は谷間を塞ぐように関があれども、崖上に登る道はわずかにある。
そこを強行突破すれば、犠牲は多くても抜け出せないこともない。
だが、それこそが逃げる者の心理を縛る。
「そうくれば、後はもう終わりです。混乱して士気の落ちた兵をまとめるために、将は必ず前線に立って鼓舞しながらの突破になるでしょう。であれば……」
「武将のいる場所が、相手にも筒抜けになる。そして――」
華琳様が呟いた、まさにその時。
柵の向こう――数万人の戦場に、ひときわ大きな歓声が湧いた。
そして、各地で銅鑼が規則正しい音色を響かせる。
「――相手の場所がわかれば、一騎当千の豪傑が、それを打ち取るのも容易い」
「……はい」
将が倒れれば、後は烏合の衆。
兵とはそんなものだ。
前方の防衛陣地から、各陣営に伝令兵が走るのが見える。
まもなくこちらにも報告が来るのだろう。
――汜水関は、落ちたのだ。
―― 袁紹 side ――
「……それで? 汜水関を落としたのはわかりましたわ。まあ、ご苦労様でしたと言っておきますわね」
「……あはは」
わたくしは、こめかみにぴくぴくと血管が浮き出るのを感じる。
正直、怒りを押さえていますわ、ええ!
抑えていますとも!
「ですが……何故、夜になってもあの関は燃えているんですの!?」
「ええっと……その。どうも、油をまき過ぎちゃったみたいで……」
わたくしの前で、汗をだらだらながしているのは劉備さんですわ。
その横では、劉表さんが目を閉じて無言のまま膝をついています。
全くこの方々は……
「関に対して火計をするなんて、突拍子もない事をするからですわ! どうしますの! これでは先に進めませんわ!」
「い、今消火させているから! も、燃えているのは大扉とその上だけで、関の内部の火事は近隣だけで、そっちはもう消し止めてあるから!」
どうやら劉備さんの兵が、梯子で関の土壁を越えて内部に侵入して、内側からも消火をしているらしい。
まったく……そんなことをするぐらいならば、火など使わなきゃいいですのに!
「わ・た・く・し・は! いつになったら進軍できるのか、と聞いていますのよ!?」
「あ、明日! 明日の昼にはちゃんと通れるようにするから! 消火は朝で終わるけど、火事の熱が冷めるまでは危険だからって、ご主人様が……」
「まったく! 明日の昼ですわね! それまでに消えていなかったら罰を与えますわよ!?」
「は、はいい!」
劉備さんが、ペコペコと頭を下げている。
まったく、これだから成り上がりの州牧は……
「あ、そ、それで袁紹さん。関の内部に守備兵はいなかったんだけど……糧食とか、資材とか。あと、結構金品があったんだけど」
「……へえ」
東の関としては、主要な関の一つでしたものね。
確かに糧食だけでなく、武器を購入するための金品などもあってもおかしくはないでしょう。
「それで、行軍の遅れが出たこともあるし、これらは一度袁紹さんに渡してから、迷惑をかけた諸侯に分配してもらおうかなって思うんだけど……」
「あら。それはそれは……まあ、そうですわね。鹵獲した補給品は、『総大将』たるわたくしが直々に検品するべきですわね!」
「う、うん……で、明日の昼には内部に入れそうだけど、どうします?」
「……でしたら、明日の昼からそれらをわたくし直々に調べますわ。その上で皆様に分配致しましょう。ですので、まあ……出発は明後日になりますわね」
そうですわね……気に入ったものがあればわたくしが預かり、あとの分配は斗詩さんにまかせればいいでしょう。
足止めされた分の糧食はそれで補えますし……
「じゃあそれでお願いしますね。みなさんもよろしいですか?」
劉備さんの言葉は、私の周りに居た他の諸侯に向けていますのね。
とはいえ、ここにいるのは美羽さんとその部下の軍師さん、それに華琳さんぐらいですけど。
「ふむ~麗羽が最初にいいものを全部手に入れてしまうのではないかや? ちゃんと目録にして見せてほしいのう」
「な、なに、をいいますか! わたくしがそんなケチな真似をすると思っていらっしゃるのかしら、美羽さん!?」
この小憎らしいお子様は……
あいっかわらず、むかつきますわね!
「我々は別に構わん。なんなら金品はいらんから、糧食だけはもらいたいな」
ほら、ごらんなさい。
あなたの部下の方がよっぽど謙虚じゃありませんか。
そういう方は、嫌いじゃありませんわね。
「私もどうでもいいわ。糧食を補填してくれるなら文句もない。金品に関してはいっそ、あなた方二人で分けたら?」
むっ……華琳さん。
「そ、そんなことはしませんわ! ちゃんと平等に分けますわよ! 論功行賞は、総大将の努めですわ! 配分もきちっとするに決まっているじゃありませんか!」
「そう。なら任せるわ。公孫賛もそれでいいのね?」
「お、おう……私はてっきり忘れられているのかと思ったよ」
あら、伯珪さん。
そういえば、いたのでしたわね。
すっかり忘れていましたわ。
「ではそういうことで。今回のことは大目に見ますわ。私に感謝してくださいましね、お~ほっほっほっ!」
「あ、あはは……あ、ありがとうございます」
劉備さんがペコッと頭を下げる。
その横に居た劉表さんは、ただ無言で頭を下げた。
まあ、劉備さんはともかく、劉表さんはわたくしを総大将に推してくださった恩もありますし、ここで返しておくと致しましょう。
「さて……次に我が連合に最後の合流者がきましてよ。皆さんにもご紹介いたしますわね……ええと、名前はなんでしたかしら?」
わたくしが横に目をやると、そこに佇んでいた小さな人影が拝礼した。
「はーい。西涼、馬騰の姪で姓は馬、名は岱、字は伯瞻だよ……です。馬騰の名代として連合に参加することになりました。皆様よろしくお願いします」
「馬騰さんは病で来られないとのことですわ。まあ、とりあえずは後曲で伯珪さんと同道していただきますわ。同じ騎馬隊ですし」
「御意ですー」
後は……まあこんなものですわね。
「では、明日の夜に鹵獲した糧食の配分を発表致しますから、それまでは待機をお願いしますわ。劉備さんは一刻も早く火を消す様、努力するように」
「は、はいー!」
「では、解散!」
―― 劉備 side ――
はうー……やっぱり怒られたよー
ご主人様から頭下げられて仕方なく来たけど……
まあ、しょうがないよね。
これも上に立つ者の義務だもん。
「劉表さん、すみませんでした。一緒に謝らせてしまい……」
「カッカッカ。別に構わん。儂の軍は、全く被害はないのじゃ。頭を下げるだけで、あの汜水関が落とせたならば安いものよ」
そう言って笑っている。
ううう……劉表さん、本当に良い人だなぁ。
なんでご主人様は『クソジジイ』なんて言うんだろ?
「まあ、あとであの小僧をからかって埋め合わせはしてもらうからの。嬢ちゃんは気にせんでよいのじゃ」
あ、あはは……
ご主人様、ご愁傷さまです。
「ではの。儂は自軍の様子を見てくる。必要があれば儂の軍でも消火させる故、いつでも声をかけるがよい」
「はい。ありがとうございます!」
そう言って劉表さんは自軍へと戻っていった。
ふう……
「劉備」
と、私を呼ぶ声に振り向く。
そこにいたのは……
「あ、曹操、さん」
「…………」
え?
なんだろ、私、睨まれてる?
「……今回の件、全部あの男の策かしら?」
「え?」
ギクッとした。
まるで私の心の中を覗きこもうとする厳しい目。
……まさか、バレてないよね?
「えっと……どういう、意味かな?」
「………………まあいいわ。虎牢関では出番がないわよ」
そう言って、肩で風を切るように去っていく。
ふええ……怖かったよう。
「やれやれ……乱世の梟雄と噂されるだけはある。凄まじい覇気だな」
あ、周喩さん。
いつの間に後ろに居たんですか?
「声をかけようとしたら、曹操に先を越されてしまった。まあ、言うことは私も同じだったのだがな」
え”!?
「ふふ……そう身構えるな。あなたに、ではない。北郷にという意味だ」
「あ、はい……え?」
ご主人様に?
なら直接言えばいいんじゃ……ああ、今忙しいか。
周喩さんとはいえ、今うちの陣に来られるとちょっと困るかも……
「ふふ……北郷に伝えてくれ。虎牢関では手柄はいただくとな。だが、我らはお主のように独り占めするほど強欲ではないから、遠慮なく頼る時は頼る。そう伝えておいてくれ」
「あ、はい。わかりました」
「ああ、そうだ。しばらくは、雪蓮をそちらに行かせないように縛っておく。さすがに戦闘直前まで他の陣にいたのは許せんのでな。だから安心してくれ」
「あ、あはは……ほどほどにしてあげてくださいね」
「善処する。ではな」
そう言って、こちらも肩で風を切るように去っていく。
ほんと、二人共絵になるなあ……
そして孫策さんは、ご愁傷さまです。
「さてと……私も陣に戻らなきゃ」
私が陣へと足を向けると――
「す、すいませんっ!」
「わっ!?」
私の目の前に、誰かの頭が横から飛び出てくる。
その薄茶の髪、そして馬の匂い。
あれ、この子……
「あ、あのあの、劉玄徳様ですよね!?」
「え、ええと……そうだけど。貴方、さっきの……」
「はい! たんぽぽは馬岱っていいます! 翠姉様を……馬超をごぞんじですよね?」
「ああ! 翠ちゃんの妹さん!?」
「いえ、従姉妹です! よかったぁ。りゅーびさんと逢えたぁ!」
元気ハツラツ。
まさにその言葉が似合う。
「あはは。翠ちゃんは元気してる?」
「姉様ですか? 元気すぎて牢に入れられています」
「へえ、牢に………………ええええっ!? な、なんで牢に!?」
翠ちゃん、なにやったの!?
「姉様、意固地で……どうしても董卓側につくんだーって言うんです。おばさまや皆に反対されても一人で飛び出そうとするから……」
「それで牢に……」
うーん……翠ちゃんなら、ありえそう。
結構、こうと決めたら動かない所あったしなぁ……
「だから、たんぽぽが名代として、連合に参加することになりましたー。といっても、千程度の騎馬隊ですけど……」
千、かあ……ちょっと戦力としては物足りないかなぁ。
白蓮ちゃんと同じで、騎馬は関への攻撃には向かないしねぇ。
「そっかぁ。翠ちゃんが来てくれたら色々助かったんだけど……しょうがないね」
「すいません、うちのバカ姉が……」
「あ、ううん。馬岱ちゃんが来てくれて嬉しいよ。前に翠ちゃんが自慢してたもん。これから楽しみだーって」
「あの姉様が!? あの脳筋な姉様が!?」
「……なにげにひどいね、馬岱ちゃん」
脳筋て……
「脳筋ですよ。涼州の皆の将来を全然考えてないんですもん。この時勢で董卓に着くのが如何に無謀だなんて、ちょっと考えればわかることなのに!」
「……翠ちゃんは義を重んじるもん。大恩ある董卓さんを裏切れなかったんじゃないかな」
「でも、りゅーびさまも、連合に参加していますよね?」
「……それは」
董卓さんを助けるため――
思わず口に出かかった言葉をこらえる。
あ、危ない危ない!
袁紹さんの大天幕近くでそんなこと言ったら……
「ば、馬岱ちゃん。うちの陣にこない? 翠ちゃんのこと、皆にも聞かせてほしいな」
「皆……あ! じゃあじゃあ、天の御遣いって男の人居ます!?」
「え? ご主人様? うん、いるけど……」
「やった! たんぽぽ、その人に会いたいんです! もー毎日毎日ノロケ聞かされて、どんな人なのかってずっと――」
ガシッ!
私は馬岱ちゃんの両腕を握った。
「ふえ? あ、あの、りゅーびさん!?」
「うふふ。馬岱ちゃ~ん。そのあたり詳しく、教えてほしいなぁ」
「あ、あの、あの……なんか、たんぽぽの腕、痛いんです、けど……?」
えー? そうかなー?
そんなに強く掴んでないよー?
それで、なにがどう『ノロケ』を言ったのかなぁ?
「さあ、逝こうかぁ。お白洲はこっちだよぉ?」
「あのあの! なんか言葉が違く聞こえるんですけど!?」
「さあさあ―――」
とはいえ、皆は今忙しいからなぁ……
愛紗ちゃんと鈴々ちゃんは消火しているし、星ちゃんは柵の取り壊しをしている。
朱里ちゃんと雛里ちゃんは、軍の被害をまとめているし。
ご主人様は……
―― 盾二 side ――
「消毒液! その酒だ! 傷口に吹きかけろ! 水で体内洗うんじゃないぞ! 食塩水を使え! 泥は確実に洗い流すんだ!」
俺は血管を縫合しながら、そう叫ぶ。
食塩水でよく洗い、鉗子を外して血が漏れ出ないことを確認して、表皮を縫合する。
「痛み止めの分量、間違うなよ! ヘタしたらショックで死ぬからな!」
「御遣い様、ショックて……」
「分量間違うとその衝撃で死ぬって意味だ! 目盛りの間違いだけはするなよ!」
「はい!」
俺は縫合した部位の処置を他のものに任せて、カルテ代わりの竹簡に症状を殴り書きする。
「傷が軽いやつには甘酒を飲ませろ! 但し、絶対に一気に飲ませるなよ。ちびちび飲むように厳命しろ! じゃないと死ぬってな!」
「は!」
よし、こいつはなんとかなったな。
「次! こいつは……っ! すまん、これは致命傷だ。気休めだが痛み止めを与えて、止血してそばに居てやれ」
「御遣い様!こいつ、俺の友人なんです! なんとかなりませんか!?」
荒い息で横たわる兵。
その傍に居た別の兵が、俺にすがりつく。
だが……
「……華佗ならともかく、俺じゃ無理だ。すまん……最後まで看取ってやれ。逝く時は、誰かに傍にいて欲しいはずだ」
「御遣い様……」
「すまん。俺にも救える命と救えない命がある。救える命を優先する…………恨んでくれていい」
「…………いえ。俺もダメだと思っていましたから……」
「……そばに居てやれ」
「はい……」
そこに居た兵が力なく、横になった友人の手を握る。
もう、後数分で旅立つだろう。
今の俺ではトドメを刺してやるしか出来ない。
だが、戦場ならばともかく、ここでは、な……
「……っ! 次だ! 出血は傷口より左の胸に近い部分でしばれ! 食塩水が足りないぞ! 追加どうした!」
「新しい物をお持ちしました! 瓶に分けてあります!」
「塩分量は絶対に間違うなよ! あと熱湯もだめだ! 扇いででも冷ませ!」
「水が足りなくなるかも――」
「馬の小便を使え! 洗い流したら、酒で再度洗えばいい! その間に劉表の所に伝令を出して水を分けるように頼め!」
ひとりでも多くの人の命を救う。
自己満足の極みでも……
今はそれしか出来ないのだから。
「次!」
―― 孔明 side ――
「……負傷者、五千二百四十三人。死傷者、千八百九十五人……あとは、治療所次第、かな」
「うん……朱里ちゃん、私達も手伝った方が――」
雛里ちゃんの言葉に、私は首を振る。
「私達は私達にしか出来ないことをやっているんだよ。今は盾二様に全部任せよう……そのために、無理やり明日まで時間を引き延ばしているんだし」
そう……負傷者を治療する時間。
たった一日だけど……その時間を作るために。
連合の進軍を止め、消火するという嘘をついてまで時間を作った。
『一人でも多く、梁州へ帰す』
そのためだけに。
「ここに輜重隊の治療専門の人だけ残して先に進めば……」
「ダメだよ、雛里ちゃん。それだと、重傷者は見捨てるしかなくなる。それがどうしても嫌だから……こんな茶番劇で、梁州の兵が倒れるのを防ぎたいから……」
「うん……盾二様は、偽善だっておっしゃったけど。例えそうでも……私、盾二様が誇らしい、よ」
「うん……私も。グスッ……」
誰でも死にたくはないでしょう。
でも、戦いをする以上、誰かは死んでいくんです。
でも、それを少しでも減らせるならば……
手の届く範囲だけでも救いたい。
私達は、その盾二様の言葉に、何も言えなかった。
『俺は俺の敵を殺すことを厭わない。だが、俺の味方は状況が許す限りは、どんなイカサマをしても助けたい。ラムディ爺さんのところで学んだ、俺だけのこだわりだ』
盾二様……優しすぎます。
それはいつか。盾二様自身を壊しそうで怖いぐらいに……
人が死ぬことを受け入れていても、どこかそれに抗おうとする。
それを弱いと思うのか……それとも強いと思うのか。
弱いと思うのは、諦めなのでしょうか?
強いと思うのは憧憬なのでしょうか?
「盾二様は……やっぱり天の御遣いだよね」
「うん……私もそう思うよ。だから……大好き」
戦士であり、軍師であり、指揮官である人。
強く、聡く、賢人でありながら、人情に厚く、涙もろく、懐が深い。
でも、だれよりも……強くて弱い人。
桃香様は……盾二様の本質を見抜いているんですね。
「……盾二様が居なかったら、私達はきっと桃香様に仕えていたよね」
「……うん。間違いないと……思う。あう……朱里ちゃんは、最初桃香様がいいっていっていたもんね」
「うん……でも、あそこまで本質を見抜ける人とは思ってなかったよ? まあ、人に対してだけなのが玉に瑕だけど……」
「くすっ……そうだね。でも、盾二様がいなかったら……それも美徳としていた、かも」
桃香様は人の善意を肯定する。
だから人は、桃香様と接しているうちに、その美しさに憧れを抱いて集ってくる。
それが桃香様の人徳。
それだけならおそらくは天下一といえる。
でも、人の世はそれだけじゃ収まらない。
汚れた部分を担う人がいる。
最初はそれを、私と雛里ちゃんで担当するはずだった。
でも、私たちの前に、それをやろうとしている人が居た。
それも……桃香様に負けない光を持ったままで。
同じく光に輝きながらも、私達よりも膨大な知識と実行力で桃香様を支えようとする。
その手を血に染めることも厭わずに。
そして……まるで私達を、導くように手を差し伸べてくれた。
だから私達は……その才能に嫉妬することも馬鹿らしく思い。
彼に……すべてを預けて、ともに歩むことを選んだ。
桃香様が誰よりも輝く天の陽の光ならば。
盾二様は……優しく輝き、私達を導く月の光。
だからこそ……その儚さに、不安になる。
その儚い光の弱さが、いつか盾二様を……
『ご主人様』を、悲しみの底に落とすのではないかと。
その時、彼の……誰にでもある、その裏側が溢れてくるのではないかと。
「……その時私は、盾二様についていけるのかな」
「? 朱里ちゃん……?」
雛里ちゃんが戸惑ったように私を見ている。
だけど私は答えない。
願わくば……盾二様の奥に潜むモノが出ませんように。
それはきっと……全てを終わりにさせるもの。
決してそれが目覚めませんように……
そう願うしか、今は術がないのだから。
後書き
実は黄巾後の拠点フェイズで、二人が月を見上げて涙したのがこの伏線……だなんて言ったりw
盾二くん、気を回し過ぎて、霞さん逃げたの確認しませんでしたの巻。
というか、敵陣の内側の情報をリアルタイムで知るなんて、シュミレーションゲームじゃないんだから……普通はわかりませんよねって話。
まあ、盾二は集結前はともかく、今はとにかくも時間を稼ぎたいんです。
何故か? それはとある人が目覚めればわかるかと。
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