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とある碧空の暴風族(ストームライダー)

作者:七の名
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妹達
  Trick52_サバイバーズ・ギルド




美雪の襲撃事件から1週間が経過した。

その間、信乃と美雪の間には微妙な雰囲気が漂っていた。
美雪の愛の告白。そして信乃の過去(つみ)の告白。

そんな後では普通の雰囲気というのは無理というものだろう。
2人は傍から見れば告白の前と変わらずに抱きあった状態で過ごしていた。

ただ、信乃の告白からは美雪は黙ったまま信乃に抱きつき続けていた。


(気まずいな・・・)

生活リズムは1日目、2日目と変わらない。だが、美雪の状態を傍から見れば良くなっていると思う。

体の震えは止まっているので、恐怖状態が安定して精神の不調による大きな心配は無くなった。

だが信乃(かぞく)の重い罪を聞いた後だ。

(震えが出ない程落ち込んでいるのかな・・・・

 い、いや! 美雪ならもしかしてほんの少しだけでも受け入れてくれるかも・・

 でも、ここまで震えが無いと・・・・やっぱり拒否が強すぎて・・・どうしよう)

信乃は一人で勝手に負の思考ループに突入していた。(経過4日目)

それを表情と態度に一切出さないのは無駄に鍛えられたポーカーフェイスのおかげ?だ。


その一方、美雪は信乃が感じている通り、まったく体は震えていない。

そして信乃が懸念しているとは逆に、信乃の過去について直接悩んでいるわけではない。

美雪は別の理由で悩んでいた。だが、その悩みは恐怖に縛られる内容でも無く、
自分自身を追い込むような深い悩みでもない。

(どうしよう・・・・

 何て言ったらいいのかな? どう言ったら信乃は自分を責めなくなるのかな・・・)

信乃の罪について、美雪は全く恐怖を抱いていなかった。

話された内容は確かに罪の告白だ。

しかし信乃の状況を考えると、加害妄想が含まれている可能性が高い。

つまり、信乃が罪の意識に囚われ過ぎているのだ。

(やっぱり、『サバイバーズ・ギルド』だ・・・)

サバイバーズ・ギルト(Survivor's guilt)

サバイバーズ(生存者)・ギルト(罪悪感)

大きな事故や災害などの被害に遭い、数少なく生き残った人に発生する心理状況。

「あの事故で何もする事が出来なかった」
 「あの状況では見殺しにするしかなかった」
  「あの時に動けたら助けられたのに、命を見捨ててしまった」

    「なんで他の人ではなく、自分が助かってしまったのか、
      本当にそれで良かったのか・・・・」

美雪の予想は当たっていた。

信乃の心情状態、それは≪サイバーズ・ギルド≫と呼ばれるものだ。

美雪は医師として、薬剤師としてサバイバーズ・ギルトの症状を持った人の
治療を行ったことがあった。

そんな人たちと同じ雰囲気を信乃から感じていた。

(症状の幅はそこまで広くない。
 でも・・・根憑いている)

サバイバーズ・ギルトの症状としては「事象時のフラッシュバック」
「モチベーションの低下」などがある。

1ヵ月ほど信乃と生活をしていたが、このような症状は見当たらなかった。
だからこそ美雪は信乃の症状を『根憑いている』と考えていた。

罪悪感を感じて当然の日常。むしろ本人が罪悪感に気付いていない。

そこが信乃の怪我を多くするの原因の一つだった。

自分の命を顧みずに、学園都市の事件解決に向かう。
聞こえはいいが、生命が一番に守るべき自らの命を考えない事は異常である。

信乃はサバイバーズ・ギルトからくる、自分の命の軽さと他人の命の重さが
変わってしまっていた。

それにより怪我をしようとお構いなく行動し戦い続けていたのだ。

信乃本人も気づかないうちに。

(口先だけで「大丈夫だよ、自分を許していいんだよ」なんて言っても
 効果は無いよね・・・・どうしよう)


美雪も同じく、答えの出せずに4日が経っていた。


((どうしよう))

結局は似た者夫婦だったと言えるかもしれない。



そんな状態の中。

「信乃くん! 美雪くんを助ける方法が分かったよ!」

「え!?」(え!?)

正直、美雪の体調の事を忘れていた2人(美雪も含む)は寝耳に水に驚いた。

「な、何でこんなに早く治療方法がわかったんですか!?」

「丁度良い論文を見つけたんだよ。
 学生が書いたもので、恐怖に対して人の脳がどのように反応するかを
 まとめたものだ。この論文の内容はテスタメントにも応用されている。

 治療の準備用に学習装置(テスタメント)は用意した。
 あとは美雪くんの細かい調整が残っているだけだ。
 すぐにきてもらえるかね?」

「えっと・・」

(コクン)

信乃は数日間動きが無かった美雪を心配したが、すぐに胸元の美雪からは頷き、肯定が返ってきた。



カエル医者からの報告から30分後、美雪の頭には学習装置が乗せられて
眠っていた。

その横で信乃が座り、美雪の右手を握りしめて辛辣な顔で待っている。

「相変わらずの仲の良さだね」

「家族であれば当然ですよ」

カエル医者の言葉に信乃は恥ずかしがりもせずに答える。

ちなみに握っている信乃の左手と美雪の右手は、指を絡ませた恋人握りだ。

そして信乃の空いた右手は握り拳を作り、自分の眉間に添えられている。

何かを考え込むような、同時に神に祈るかのように見えた。

「・・・・・」

「やはり、不安かね?」

「・・・・正直言って不安ですね。

 あ、勘違いしないでくださいね。先生の腕が良い事はもちろん知ってますし
 信頼しています。

 でも・・・」

「私を信じてくれている気持ちと同じくらい、不安な要素があるってことだね」

「はい。美雪をこの状態にしたのが『時宮』ですから・・・」

時宮病院

表の世界、学園都市の一般人では知る人は皆無であるが
それ以外の世界では忌み嫌われる名前として知られている。

信乃も時宮については噂でしか聞いた事が無いが、それでも嫌悪するには十分な噂の無いようだった。

時宮の悪い噂。そして学園都市で最高の技術を持つ医者。

絶対値が高く相反する2つゆえに、美雪が治るかどうか不安に感じていた。

「大丈夫だよ」

「・・・・」

「何があっても絶対に治すよ」

「っ

 はい!」

忘れていた。この人は『冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)』
学園都市だけでなく世界レベルで最高の医者なのだ。

そして薬が効かない信乃の恩人でもあり、薬剤師である美雪の師匠。
公私にわたり信用のおける人だ。

「あと数分でテスタメントの処理が終了する。

 処理直後、大きな声を出したり急に抱きついたりして強すぎる刺激を与えないように
 注意してくれ。いくら夫婦だと言ってもね?」

「わかりました。あと、夫婦じゃないです」

操作機器に向かう背に言ったが、いつも通り相手にされなかった。


カエル医者の指示の通り、美雪が起きた後に出来るだけ刺激を与えないようにするため
握っていた手を離して、信乃自身も数歩離れる。

(・・・美雪のために握っていたつもりだったけど、俺のためでもあったんだな)

先程まで柔らかくて小さくて温かいものがあった手を見る。

多少残った不安が表れるかのように震えていた。


PiPiPiPiPi


「っ」

「どうやらテスタメントが終了したようだね。
 機器の反応を見る限りでは無事に成功しているようだ。
 
 信乃くん、落ち着いているね?」

カエル医者の問いに一度深呼吸をする。

「フーーーー。

 はい、大丈夫です」

「では、僕はテスタメントを外すから、きみはこのままここにいてくれ
 外して十数秒後に目を覚ますよ」

「はい」

スタスタと近付き、美雪の東部にある機器を外す。

そして機器を美雪の後ろに置いて、自分自身も機器に隠れるように立つ。
美雪が目を覚ました時に、一番に目に入るのは数メートル離れて立っている信乃。

信乃は表情に出さずとも呪いの掛かった眠り姫の目覚めを、今か今かと焦がれていた。

「・・・・ん」

瞼が震えて、少しずつ開かれていく。

半開きのまま前方を、焦点の合わないような目で見ていた。

(ッ! 失敗、したのか?)

目が見えない美雪は、瞼を開けないわけではなかった。

1週間前の時宮からの襲撃直後、目を開いて体中を震わせていた。

その目の焦点の合わないような動きを見て、信乃は強く拳を握った。
自分自身に爪が食い込むのも構わず強く。

(クソッ! クソッ!

 絶対に美雪を巻き込みたく無かったのに! それなのに俺は・・・)

音をたてず、信乃は苦情の表情を受けべていた。


「大丈夫、信乃? 辛そうだけど」

「えっ!?」

それは1週間ぶりに聞く、天使のソプラノ声、綺麗な声だった。

「・・・・バカヤロ、それはこっちのセリフだよ」

「男の子なのに泣いちゃダメだよ、信乃♪」

そう言っている美雪の目にも涙が浮かんでいた。

一歩ずつ、音をたてずに美雪へと近づく。

美雪もテスタメントの寝台から降りて立つ。

その目線は信乃の顔を、間違いなく向いていた。

50cmも無い位置で信乃が立ち止まり、美雪が信乃の顔を見上げる。

「ほ、本当に・・・治ったんだよ・・・な?」

「・・治ったよ」

美雪は信乃の胸へと顔を埋め、背中に手を回して精一杯に抱きついた。
とはいっても平均よりも力の弱い美雪が精一杯であっても、それは適度で心地よいだけである。

信乃も美雪の頭と背に手を置いて、その存在を確かめるように撫でた。

「おかえり、美雪」

「ん♪」



「僕のこと、忘れていないかね?」

一番の功績者であるカエル医者はただの空気と化していた。



つづく
 
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