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空を駆ける姫御子

作者:島津弥七
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第十三話 ~彼女たちのお話 -ティアナ・ランスターの章-【暁 Ver】

 
前書き
『暁』移転版の第十三話(ブログ版では十四話)。今更ですが、姫御子は原作沿いで進みます。……あくまで基本的にはですが。 

 


────── これが、今のあたしだ。




「なぜ、俺がそんな事をしなきゃならないんだ」

 とある場所の、とある一室。デスクが数席あるだけの殺風景な一室に、男二人が向かい合って座っていた。管理局内部で発生した事件を専門に捜査する──── 内部調査室。場合によっては、他の部署と連携することもあるが、その任務の性質上、それは希であった。何しろ正式な人数や所属している局員に関しても非公開なのだ。部隊の場所自体も定期的に変わるという徹底ぶりだった。部屋が殺風景なのは、その所為である。

 若い男に問われた──── 恐らく上司なのであろう男が呆れたように答える。

「あのな、おまえは事あるごとに『何で俺が』だの、『面倒』だの言うがな。こんなことを今更言うまでもないと思うが、仕事だからだ」

 正論故に、若い男は黙るしかない。

「『やれやれ』だの、『……ったく』だの『しょうがねぇな……』だのも多いが、それは口癖か何かか? ……まぁ、いい。こんなことは言いたかないが、おまえが食ってく為の金はどっから出てるんだ? ウチ(管理局)からだろうが。それは、ミッドチルダに住んでいる人達が納めた税金でもある。仕事なんだよ、わかるか? 食ってく為には仕事をしなきゃならん、当たり前だな?」

「……いつから行けばいいんだ」

「明後日だ。レジアスの依頼ってのが、業腹だが無下に断るわけにもいかん」

「……わかった」

 若い男は不満を隠すこともなく呟くように告げると、部屋を後にした。上司は若い男が消えていった扉を見つめ嘆息する。悪い人間ではないのだが、自分は()()だと考えているような発言が多く、上司は若い男を持て余し気味であった。一匹狼などと言う言葉はあるが、現実ではあり得ないのだ。野生の狼でさえ群れで行動するというのに。一計を案じていたところへ舞い込んできたのが、レジアス中将からの依頼だった。

──── 機動六課の内情を探って欲しい

 渡りに船とばかりに依頼を受けた。要するに──── 厄介払いである。こうして機動六課に爆弾を抱えた傍迷惑な男が赴任してくる事が、決定してしまった。





 物音一つしない静寂に包まれた部屋に──── ペンを走らせる音だけが響いていた。ここミッドチルダでは些か古風な学習スタイルではあるが、何かをこつこつと積み上げていくような感覚が彼女の性に合っていた。スカイブルーの簡素な寝間着(パジャマ)に身を包み、デスクに齧り付いている姿はいかにも受験を控えた女子学生という風情ではあるが、彼女は歴とした管理局員である。

 デスクの上にある時計に視線を走らせる。彼女は時刻を確認すると、ペン先の反対側で顎を突きながら暫し考えていたが、やがてペンをノートの上へ放り投げると、息を吐きながら椅子の背もたれへ身を預けた。橙色の暖かな色合いをした髪がふわりと揺れる。お気に入りのマグカップへと手を伸ばし中身を(すす)ったが、温くなってしまっていて非常に不味い。然程珈琲を嗜む方ではなかったが、紅茶より頭が冴えるような気がした。勿論それが気のせいだという事はわかってはいるが、気分の問題だ。

 渋さしか感じられない不味い珈琲を飲んだ所為なのか、昼間の不愉快な出来事が思い出された。その時の彼女は正に、不味い珈琲を飲んだような顔をしていただろう。原因は──── そう、六課に出向してきたあの男だ。





「タカムラ君、もう一度言うてくれるか?」

「だから……俺にも教導をやらせろ。どれほどの訓練をしているかは知らんが、俺に任せれば確実に新人どもを強くしてやる」

 午前中の訓練終了間際に八神はやては、久しぶりに新人達の様子を見る為に訓練場へ足を運んだ。その時、一緒についてきたエイジ・タカムラから言われた発言に、思考が停止する事態になる。はやては困ったように高町なのはを見ると、彼女は人好きのする笑顔を浮かべてはいたが、目は完全に笑ってはいなかった。許可など出そうものなら被害を受けるのは、自分である。自ら火中の栗を拾う趣味はない。

「あんなぁ、タカムラ君。……他の部署から出向してきたばかりの人間に『はい、お願いします』言うて、教導なんかまかせられるわけないやろ?」

 当たり前の話である。教導官としての資格を所持している高町なのは。それ以外にもシグナムとヴィータ。そして執務官としての忙しい仕事の合間を縫って、フェイトが新人達の面倒を見ている。これ以上はないであろうという規格外のメンバーが揃っているのだ。更に新人達が熟している訓練メニューは高町なのはが、それこそ寝る間も惜しみ一人一人の実力、癖、性格などを考慮し組み上げたものなのだ。新人達の事をよく知らない人間に引っかき回されたくないというのが本音であろう。

 百歩譲って、教導をするにしても、今まで熟してきた訓練内容やメニューの摺り合わせが必要であるし、何より高町なのはを初めとする他の人間とのコミュニケーションが不可欠だ。しかし、この男──── エイジ・タカムラという人間にはその能力が欠如していた。

「人間の歴史を顧みても平和を守る為には多少の犠牲は付きものだ」

 エリオとキャロの座学に於いて、ミッドチルダの成り立ちや歴史を学習していた時の彼の発言である。この発言に八神はやては頭を抱え、シグナムは激怒した。

 発言の内容が正当か不当かの話ではない。例え正しくとも、それは決して管理局員が口にしてはいけないことなのだ。『平和の為には多少の犠牲は止む無し』その考え方は──── テロリストと何ら変わらないという事を彼は気付いていなかった。結果的にそんな人間に教導を任せられるわけもなく。八神はやての一存により彼の身勝手な提案は黙殺される事になった。

「タカムラ君や。どうしても彼女達に教導したいんなら、先ずは信頼やと思うわ」





 彼女は思い出したくもない事を思い出してしまい、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。かといって珈琲に八つ当たりするわけにもいかず、勉強を再開しようかと考えた時、ドアをノックする控えめな音が彼女の鼓膜を揺らした。こんな時間に誰だろうと訝しく思ったが、こんな時間であるからこそ尋ねてくる人間は限られる。半ばそれを予想しながらドアを開けるとそこにいたのは──── いつものように微妙に視線を合わせず、バランスの取れた弥次郎兵衛(やじろべえ)のようにぽつりと立っている──── 桐生アスナだった。

 熊のキャラクターが其処彼処にプリントされた桜色の寝間着を着込み、左手にはナプキンが掛けられたトレイを持っている。元々、彼女は寝間着を着るような人間ではなかったが、下着一枚で寮内を徘徊する為に寮母であるアイナにやんわりと怒られた経緯がある。それ以来寝間着を着るようにはしたが、買ってきた寝間着は悉くティアナやスバルに微妙な表情をされた為に些か不満そうであった。だが今着ている物はキャロやエリオに可愛らしいと言われたので機嫌を持ち直していた。

「どうしたの? こんな時間に」

「……潤いを届け」

「帰ってくれる?」

 彼女の脳裏に悪夢が蘇る。

「……頑張ってるティアナにお夜食を持ってきました。おたべ」

「ナイス、愛してるわアスナ。ちょうど小腹が空いてきたところだったの、どうぞ」

 こうして彼女──── ティアナ・ランスターは真夜中の訪問者を部屋へ招き入れた。食欲を刺激される香りと共に。





 桐生アスナはテーブルへトレイを置くと物珍しげに部屋を見渡す。彼女の部屋へ入るのは勿論初めてではないが、自分の部屋が殺風景なだけに女性らしい部屋というのはやはり新鮮だった。ティアナはそんな彼女を横目で見ながら『あすな』と書かれたマグカップを取り出し紅茶を淹れる。彼女は珈琲が飲めない為だ。そして、ふと思い出したように彼女へと尋ねる。

「そう言えばスバルは? 今日訓練が終わってから見てないけど」

 アスナはデスクの上にあるノートを蟻の行列を見るのと変わらない瞳で見つめながら答える。

「……おなか出して寝てたから」

 ティアナはまさか落書きでもしたのかと思ったが、返ってきた答えは予想に反して──── と言うよりも『桐生アスナ』という少女の事を考えれば、ある意味予想通りではあった。

「……へそに黒ごまを詰めてやった」

 酷い話である。訓練校時代に教官の鼻の穴へダンゴムシを詰めた時も思ったが、良識人を自認しているティアナにはどうやったらそんな発想が出てくるのか、さっぱり理解出来なかった。彼女と出会った当初は本気で悩んだものだが、ある日()()に気がついてからは、好きにさせている。彼女がたった一人で暗闇の中にぽつりと立っていた頃。そんな悪戯をする事はなかった。それは、つまり────

──── ティアナ

 彼女独特の──── 静謐(せいひつ)な声に引き戻される。呟きのような声量である筈なのに。その声はいつでも、どんな時でも。ティアナの耳へ届けられた。

「……どうかした?」

「ううん。何でもないわ」

 明日の朝。恐らく面白い事になるであろう、もう一人の親友へ心の中で合掌しつつ紅茶を運んでいく。因みに翌朝ティアナの予想通り、『あたしのへそにゴマがっ』と言う、とある少女の叫び声が寮内へ響き渡る事になるが、へそにゴマがあるのは別段おかしい話ではないので、誰も気に留める事はなかった。

「……むずかしい?」

 アスナの言葉は主語がない事が多く、慣れていないと聞き返してしまうが、ティアナは特に気にした風もなく答える。

「そりゃぁね。執務官試験はまだまだ先だし、キャリアもないけど、やっておくに越したことはないから」

 そう言いながらアスナが持ってきた夜食であるサンドイッチを口へ運ぶ。パンは表裏きっちり焼いてあり夜中に食べることを考慮して、具材は野菜を中心に使っているようだ。彼女達と出会い、以前のような妄執じみた『執務官』への固執はなくなったが、ティアナにとって一つの目標であることに変わりはない。

 ティアナ・ランスターは十にも届かぬ幼き頃に、唯一の肉親であると同時に心の支えである兄を次元犯罪者に殺害された。そんな状態の時に追い打ちを掛けたのが、自分の利にしか興味のない愚かな大人である。彼らは葬儀の最中であるにも拘わらず、ティアナの兄を非難したのだ。幼い精神が崩壊してもおかしくない苦痛を立て続けに受けた彼女の『脳』は何をしたのか──── 『()り替え』である。兄の目標であった執務官をティアナの目標であるかのように掏り替える事により生きる糧を与え、自我の崩壊を防いだのである。要するに──── 勘違いなのだ。

 何かに取り憑かれているように執務官を目指していた理由も、これなら納得である。彼女は──── ()()しなければならなかったのだから。だが、それも。ティアナ・ランスターの精神が肉体と共に成長し、彼女の『脳』が問題ないと判断した為か、それとも別の理由によるものなのかはわからないが。自称『頑固なお節介焼き』と、『歩くトラブル製造器』の巻き起こす喧噪と優しさによりティアナ・ランスターはある日突然。至極あっさりと、()()に気付くことになる。しかし、彼女は執務官という目標を変えることはなかった。目標を変えずに考え方を少し変えるだけで、彼女の精神は──── 見違えるほどに成長を遂げた。怪我の功名とは正にこの事である。

 ティアナは親指に付いたBLTサンドのソースを少しばかり妖艶な仕草で舐め上げると、サンドイッチを両手で持ちながら齧歯類のように齧り付いているアスナに癒やされつつ、マグカップを手に取り口を付ける。いつかのお茶会のような本格的なものではないが、これはこれで悪くないと感じていた。

「アスナは六課が解散した後、どうするの?」

 質問自体に意味はない。ただ、今まで聞いたことはなかったなと思い至っただけである。アスナはティアナに視線を向けることなく蚊の鳴くような声で答えた。

「……いちゃいちゃする」

「あぁ、そうですか、コンチクショウ」

 聞くんじゃなかったと後悔しながらも話に花が咲いていく。昔話。訓練校時代のどたばた。担当教官は意外と面白い人物だったこと。他校の生徒を蚊トンボの如く叩き落とし、伝説を作ってしまった恥ずかしい話。今の話。フェイトの天然は面白いので、放置決定。八神はやての独特な言葉は『カンサイベン』と言うらしく、高貴な身分の者しか話すことは出来ないという嘘くさい話。エリオとスバルの胃袋(ブラックホール)に関しての考察。諦めずに手を伸ばし続けていれば──── いつか飛べるかも知れないということ。

 どれもこれも他愛のない話ではあるが、『魔法』などという力を使うとは言っても、彼女たちは特殊でも特別でもないのだ。少々失礼な話をしたところで咎める者などいない。彼女たちを見ているのは精々──── 夜空の月ぐらいのものだ。こうして優しい光に見守られながら彼女たちの夜は更けていった。それにしても……嵐の前の静けさとは、よく言ったものである。





 桐生アスナが、その少女と出会ったのは全くの偶然であった。日課となりつつあるザフィーラとの散歩の途中。アイスクリームの屋台でソフトクリームを買い、公園のベンチでのんびりと食べるのが、最近のお気に入りであった。いつものように食べている途中でコーンの底へ齧り付こうとするのを、ザフィーラに袖を引っ張られ止められていた時──── その少女は現れた。

 歳は十二、三であろうか。背はそれほど高くはなく、ブルネット(焦げ茶)の髪を三つ編みにしている。幼さが残る顔に大きな眼鏡をかけ、何より幼い印象とは不釣り合いなほど大きな胸が、白いブラウスを押し上げていた。

 少女はアスナが座っているベンチの隣へ陣取ると、何も言わずにじっと見つめている。いや、正確には──── ソフトクリームを。アスナがソフトクリームを隠すように反対側へ体を向けると、目の前に少女の顔があった。思わず仰け反る。ソフトクリームと少女の顔を交互に見つめ、ダイエットを決意したティアナのような思いでソフトクリームを差し出す。少女は少しだけ迷った様子を見せていたが、顔を綻ばせながら受け取ると、美味しそうに食べ始めた。まるで──── 久しぶりかのように。

 アスナが他の人間と関わるのは希である。アスナはまるで友達が出来たばかりの童女のような心持ちで、少女にまた会えるかを尋ねた。だが、少女から返ってきたのは困惑の音色だった。

「ごめんね、おねえさんが嫌だとかじゃないの。私と友達になるときっと迷惑になるから。ソフトクリームありがと。とっても美味しかった。え? 私の名前は────」

 桐生アスナは帰路の途中、つい先ほど出会った少女の事を考えていた。自分で言うのは何であるが、面白い少女だった。だが、そんな事よりも──── 全てを諦めてしまった老人のような目がアスナには気に入らなかった。そして自分と友人になると迷惑になるというのはどういう意味なのか。帰ったら親友に相談してみよう。彼女──── ティアナ・ランスターという少女は、このような場合とても頼りになるのだから。





「やれやれ……。訓練終了後とは言え、犬とのんびり散歩とはな。随分と余裕があるんだな、六課は」

 八神はやてはそれがいつもの慣れた作業であるかのようにデスクの引き出しから、シャマルお手製の胃薬を取り出した。水がなくても飲めるタイプで、はやては無造作にそれを口へ放り込むと、親の敵のようにボリボリと噛み砕いた。最近本当に草臥(くたびれ)た中間管理職のようになってきた自分にへこみつつ、『潤いが欲しい』などと考えていると、桐生アスナが()()小瓶を手にしながら、はやてをじっと見ている。はやてが無言で首を振ると、アスナはつまらなそうにソファへと座り込んだ。

「アスナ。ゲームの途中で、突然立ち上がらないでよ。C4へ水中魚雷」

「……はずれ。Cの2へHarpoon(対艦ミサイル)

Fumble(はずれ)。あんた性懲りもなくまた持ち出してきたの、それ。A3へデコイ設置」

「……今度のは如何(いかが)わしくない。『てぃろふぃなーれ』って叫ぶだけ。Bの4へ音響魚雷」

「後で没収ね、それ。Fumble。……ねぇ、アスナ? ちゃんと自己申告してる? ズルして動かしてない?」

「……ズルしてない。ティアナでも許さない。訴えますよ?」

 ティアナはそれを聞くとアスナが座っているソファの後ろに陣取っていた彼女へと視線を走らせる。小さな彼女は桜色の髪を小さく揺らしながら苦笑すると、胸の前で控えめに両腕を交差させた。アスナはティアナの視線に気付くと、ゆっくりと後ろへ振り返り──── そのまま凍り付いた。

「で? 誰を許さなくて、誰を訴えるの?」

「……そんな事は言ってません」

 すまし顔でしれっと答えるアスナを見ながら、はやては彼女と初めて会った時のことを思い出していた。ちらりとタカムラを見ると──── 額に青筋を浮かべていた。仕方ないだろう。冒頭の発言は明らかにアスナへ向けたものであるが、当の本人は全く気付いていない上、ボードゲームに興じているのだから。

「……桐生アスナと言う人間は目上の者に対する礼儀がなっていないようだな」

 ティアナの頭には目くそ鼻くそを笑うと言う慣用句が浮かんだが、今はアスナから話を聞く方が先だと考えた。そう、アスナがティアナに相談したいことがあると言ったのだ。アスナは六課に来てから確実に変化してきているのをティアナは感じ取っていた。しかも、良い方向にだ。

「それじゃ、聞かせてくれる? あなたが会った女の子のこと」

 アスナは辿々しくも話し始めた。公園で会った生きることに疲れたような目をした少女との出会いを。アスナが一通り話し終えると、ティアナが口を開く前にタカムラが割り込んできた。その瞳には侮蔑の色が浮かんでいる。

「おまえ、今『アナ・アスキス』と言ったか? チッ、なぜ()()の妹の名を知っている」

 アスナは一気に不機嫌になる。彼女自身、ティアナからよく礼儀がどうこうと注意されているが、この男から『おまえ』呼ばわりされる筋合いはない。この男の方こそなぜ、彼女の名前を知っているのか、アスナは気になった。アスナの心情を知ってか知らずか、タカムラは皮肉気に言葉を続けた。

「おまえから聞いた身体的特徴も、俺が知っているものと一致している。恐らく本人で間違いないだろう。だが、あまり気分が良くなる話じゃないぞ? それでも良ければ聞かせてやる」





 ティアナは情報を整理していた。アスナから告げられた公園で会った少女の名前。その名に対してのタカムラの反応。()()()()()()()、ぺらぺらと喋る事件の概要と登場人物。どうも、タカムラという男は口が軽いようであった。それらが全てティアナの中で一本に繋がっていく。整理してみると、それほど複雑な話ではない。一人の魔導師が功を焦り暴走した挙げ句、死亡。その所為で内部調査室が内偵していた全てが、水泡に帰した。そして──── その内偵していたある『組織』の報復により彼の同僚が犠牲となる。話としてはこれだけだ。だが、ティアナは内心驚いていた。少女の境遇が自分と恐ろしいほどに似通っていたからだ。

「タカムラさんの同僚が亡くなった責任は誰が取ったんですか?」

「責任だと? そんなものは暴走したヤツに全てある。俺たちの所為じゃない。暴走した挙げ句に死んだのも自業自得だ」

 ティアナはそれだけで全てを理解し、且つ十分だった。要するに──── 全ての責任を死者へ転嫁したというわけだ。死人に口無しとはよく言ったものである。全てを台無しにされたこの男の気持ちは、わからないでもない。だが、あまりにも理屈が子供じみている。

 ティアナはタカムラに関する考察を打ち切ると、思考を切り替えた。先ずは知ることなのだから。ティアナは八神はやてへ、事情を説明する。タカムラの言った通りならば、事件の概要程度は調べられるはずだ。それが不可能であったとしても、必ずある筈だ──── 暴走した魔導師の在職記録が。はやてに快諾されたティアナはスバルとアスナを伴って部隊長室を足早に退出していった。

 これは完全に蛇足ではあるが。ティアナ達が退出した後、タカムラが絶句してしまうようなある事実が、はやての口から告げられることになる。

「あんなぁ、タカムラ君。おたくら(内部調査室)で扱った事件を他でぺらぺら話したらあかんで。個人名まで出してからに……守秘義務違反な。タカムラ君の上司に報告しておくわ」

 内部調査室はその特性上、内部規定が非常に厳しい。プライベートさえも著しく制限される。それは彼ら自身が()()()のを防ぐ為である。自分が関わった任務の概要や個人を特定出来る情報を、違う部署の人間に明かすなど言語道断だ。それを知っていて、敢えて止めなかった彼女達も人が悪いが、同情の余地はない。非常に哀れではあるが、エイジ・タカムラは一週間の謹慎処分と相成った。





 ティアナ達は事件を調べるものの極秘事項となっている為か、該当するデータを発見することは出来なかった。だが、件の管理局員のデータは残されていた。残されていたのは、名前や住所などといったパーソナルデータと彼が殉職した日付だけの寂しいものであった。

 データにあった住所をコピーすると、隊舎を飛び出した。両親は既に他界しており、妹と二人暮らしであったことが判明したからだ。ティアナは、そんなところまで似なくて良いのにと、半ば呆れながらも目的地へと急行した。

 住所を頼りに辿り着いたのは、古びた小さなマンションだった。彼女達を驚かせたのは、目的である部屋の玄関や壁に彼を中傷する落書きがされていた。事件自体のデータは秘匿されているが、人の口に門は立てられないと言うことなのだろう。或いは、タカムラのように外で不用意にも話してしまった人間が、他にもいたのかも知れない。

 ティアナ達の呼びかけに恐る恐る玄関から顔を出した少女──── アナ・アスキスは公園で会ったアスナを見つけて大いに驚いた。そして彼女達が管理局である事と、場合によっては保護する用意もしてある事を伝えると、人目を憚らずに泣き始めた。無理もない。今まで誰も少女に手を差し伸べなかったのだから。

 泣き止んだ少女から事情を聞けば、やはり保護する必要性が出てきた。だが、ティアナ達は少女をどうするか悩む事になる。誹謗や中傷と言うものは根が深いもので、第三者が下手に手を出すと、悪化する可能性を秘めている。かと言って、管轄が違うからと今更他の部署へ丸投げするわけにもいかなかった。関わるからには責任を持って最後まで。但し、手に負えない時は遠慮無く頼ること。日頃から三人を鍛え上げている先輩達からの言葉でもある。

 様々な案が出たが、どれも何かに欠けるような気がして決断が出来ないでいた。だが、そんな時。普段無口な彼女が、良い事を思いついたとばかりに、口を開いた。結局それが、アナ・アスキスという少女の人生を決める事に──── 正確には、桐生アスナと出会った時に、彼女の人生が変わった事になる。





 数日後には、その古びたマンションから少女の姿は消えていた。まだ、小さな手と小さな体に兄との思い出が詰まった大きな荷物を抱えながら、然る大きな屋敷を訪れたのだ。この日から更に数日後。少女から『お嬢様』などと言われ、新しい友達が出来たと思った無口な彼女が、口をへの字にする事になる。

 スバル・ナカジマは、親友であるティアナ・ランスターへ問うた。少女──── アナ・アスキスに関わったのは、アスナの為なのか、それとも同情したからなのか、と。それを聞いたティアナは、同情したからだと答えた。何も間違ってはいないと言わんばかりに胸を張りながら。同情であろうが、義務感であろうが、その人が幸せに笑っているのであれば、法に触れない手段で何でもやってやると。地球でティアナが思ったそのままを、スバルに伝えた。それが────

──── 今のティアナ・ランスターの信念であると。






 ~彼女たちのお話 -ティアナ・ランスターの章- 了
 
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