思い出は共に
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第三章
「巻き込まれては危ないからな」
「お爺さんはいいんだね」
「ここが私の眠る場所だからな」
それでだというのだ。
「私はこれでいい」
「そうなの」
「そう、これでいい」
こう言うのだった。
「もうな」
「じゃあ僕はこれで帰るね」
ヘライトクレスもイアソンのその言葉に頷いた、そしてだった。
彼に一礼してからその前を後にした、イアソンはずっとそこに座り込んでいる。
そしてだ、彼は静かに呟きだした。
「ヘラクレス」
この猛々しい英雄の名を。
「オルフェウス」
竪琴を奏でる英雄を。
「テーセウス」
ミノタウロスを倒したアテネの英雄を。
「カストル」
「ポルックス」
双子の英雄達も。
「アスクレピオス」
医術の天才の名も。そして他にも。
英雄達の名を呟いていきそのうえで、最後に自分の名を呟いた。
「イアソン」
自分の名を呟いてだ、そうして。
微笑みだ、こう言ったのだった。
「私達はずっと一緒だ、これからも」
この言葉と共にだった、船は崩れ落ち。
イアソンはその中に消えた、後には崩れ落ちた船だけがあった。ヘライトクレスが翌日そこに行くともうfその瓦礫の山があるだけだった。
彼はこのことを彼の村の長老に伝えた、すると長老はイアソンと同じ目になってこう彼に話した。
「そうか、もうな」
「もうって?」
「あの人も行かれたのだ」
「そのイアソンって人?」
「そうだ、最後の方だった」
こうヘライトクレスに言うのだった。
「もうな」
「最後の人っていうと」
「あの船に乗ったな」
長老はその遠いものを見る顔で話していく。
「最後の生き残りなんだよ」
「そうだったんだ」
「そしてその人もな」
「死んだんだ」
「眠りについたんだよ」
長老はヘライトクレスの言葉をこう訂正させた。
「そうなったんだよ」
「そうなんだ」
「もう遠い昔のことになったな」
長老はその遠いものを見る目で語っていく、そこにはイアソンと同じく悲しいものが宿ったままだった、そのうえで出していく言葉達だった。
「あの船のことが」
「よくわからないけれどあの人は眠りについたんだね」
「どんなお顔だった?」
長老はヘライトクレスにイアソンの顔のことをここで尋ねた。
「一体」
「うん、かなり痩せて疲れている感じだったけれど」
老いと病のせいだ、だがそれでもだというのだ。
「悲しそうでも穏やかだったよ」
「澄み切っていたんだな」
「うん、そんなお顔だったよ」
「だったらいい、あの人がそうして眠られたならな」
それならというのだ。
「もうそれでな」
「船の瓦礫を片付けないといけないね」
「それはいい」
長老はヘライトクレスの今の言葉はいいとした。
「別にな」
「いいの?」
「次にあそこに行けばわかる」
岸辺、船が捨てて置かれていたそこにだというのだ。
「御前にもな」
「そうなんだ」
「そうだ、何もかもが静かな眠りについたことがな」
ヘライトクレスは長老のその悲しみの中にある祈りも含んだ静かな言葉を聞いた、そして彼が次の日にその岸辺に行くと。
船の瓦礫は消え去ってしまっていた、海の波に連れて行かれたらしい、イアソンの亡骸も。
彼はその何もなくなってしまった岸辺を見て長老の言葉を理解した、もうそこには何もなく静けさだけがそこにあった、その中で理解したのだ。
思い出はそこに 完
2013・7・26
ページ上へ戻る