ソードアート・オンライン~黒の剣士と紅き死神~
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マザーズ・ロザリオ編
挿話集
ダンジョン・デート
前書き
800p突破(とかやってる間に900p突破)&お気に入り300人突破記念!
これからも宜しくお願いします!
2026年2月初頭。
アルヴヘイム・ウンディーネ領三日月湾沖に出現した小さな島。それは飾り気の無い人工の塔がポツンと建っているだけの島だった。新ダンジョンという事でウンディーネの情報屋プレイヤー5人パーティーが向かうも一階フロアで壊滅。
翌日、領主直属の精鋭3パーティーという過剰とも言える戦力が投入されたが、成果は挙げられずに撤退。
新たな上級ダンジョンとして指定されたその島の存在は瞬く間にアルヴヘイム中に響き渡った。
「――――♪」
「…………」
指が鼻歌に合わせてトントンと俺の頭を叩く。何の歌だか曲だかは分からないが、独特のリズムで弱い振動が脳天を突く。
別に痛いとか鬱陶しいわけではないが、今は勘弁して欲しかった。
央都アルン中央広場、東エリアに続く大通りのど真ん中。そこを俺はユウキを俗に言う肩車をしながら歩いていた。
男女が連れだっているのは別に珍しくない。アルンは観光都市でもあるため、カップルが他の中立都市や種族領都市より多いのは事実だ。中立都市によく見られる種族混成型のパーティーメンバーやコンビという線もあり得る。
例外として知り合いの《最強夫婦》がこういった事をしていると目を向けられる。これは妻の方は妖精郷においても屈指の美人で、片やその夫もデュエル大会で上位常連という猛者、という『いい意味で』の知名度が関係する。
しかし俺達の場合、ユウキは《絶剣》としてアクティブなプレイヤーに有名、そして紛うこと無き美少女だ。これもいい意味で知名度が高い。
対して俺はというと。
新生アインクラッド攻略組の大規模ギルドと因縁多数、PK専門プレイヤーと因縁多数、ついでに彼らのビンゴブック上位ランカー、etc。と、『悪い意味』で有名だ。
―閑話休題―
で、何が言いたいかというと。
「あの、ユウキさん。頼むから街中で肩車は勘弁して下さい」
「えー……。だってこの間アスナもキリトにやってもらってたよ?」
あの年中脳内お花畑夫婦め……。人前でやるなよ。今の俺の事だけど!
「ところでさ、レイ」
「……何だ?」
「新しいダンジョンがウンディーネ領沖にできたんだって、行こ!」
……なに無茶な事を可憐な声で仰っているのだろうかこの子は。
「ねぇってばー……ひゃん!?」
がし、と肩の上のユウキを掴んで持ち上げ、地面に下ろす。
さっきの奇声は状況から察するに……多分掴んだ場所が脇腹というユウキの防具の構造上、地肌が露出している部分―――つまり柔肌をがしっとやってしまった訳だ。
端的に言うと、紛うこと無きセクハラだ。だが、気にしない。
「それってアレだろ?ウンディーネの精鋭部隊が壊滅したとかいう上級ダンジョン」
「うん」
「あのな、ユウキ。純種族の精鋭部隊ってのは大体がアクティブプレイヤーの集団なんだ。最低でも古代級、事によると伝説級やそれらに準ずる最高級のプレイヤーメイドの武具で頭からつま先まで固めた上に戦闘訓練までしてるこの世界で最も実戦的な攻略集団なんだ。そいつらが尻尾巻いて逃げたダンジョンを「でもレイの方が強いでしょ?」あ、いや……」
周りの視線など少しも気にしないユウキはスルリと腕に絡み付いて来ると、笑顔で上目遣いという俺に対しての必殺武器で攻撃して来る。
この時点で俺の選択権は無くなった。
コアプレイヤー数十人が本気で挑み、あっけなく敗北したダンジョンにたった2人が思い付きで挑戦する。
ユウキ達が27層フロアボスをワンパーティーでクリアしたのも驚きだが、これに比べればまだ現実味がある。こちとら74層のボスを10人ちょい(攻撃に参加したのは実質4人)でクリアした経験があるぐらいだ。
(……まあいいけどさ)
ユウキがやりたいと言うなら付き合うまでだ。―――それに全く勝算が無い訳ではない。
アルンの東へ全速で飛び続けること数十分。途中でエンカウントしたMobやらPKやらをノンストップで突破しつつ、ウンディーネ領三日月湾沖の小島に到着した。
涙型をしたこの島には当のダンジョンである塔がポツンと鎮座しているだけで他のオフジェクトは一切無い。
しかし、それが逆に塔から発せられるある種の『妖気』をありありと感じさせている。
「ふうん?塔ダンジョンのクセに入り口に守護モンスターは居ないのか……それとも一回湧きだったのか?」
「一回だけだったんなら残念だったな~」
「……まあな」
主にワンドロップ品的な意味で、だが。
小さな島の周りには蒼穹の海―――思えばこのALOの海でも色々やったものだ……。などと前方を跳ねながら進んでいくユウキそっちのけで回想に浸っていると、唐突に視界端のクエストログが更新された。
クエスト名『龍皇の血塔』……各フロアのボスを突破し、最上階の教会に到達する。
ストーリー……かつてアルヴヘイムを創世した神々が打ち倒し、封印した龍皇《Massacre emperor》。
数千年の時の間に力を蓄えたこの龍は封印の要である《宝剣アスカロン》を取り込み、アルヴヘイムに進出し虐殺の限りを尽くそうとしている。龍皇が封印の残り香のある塔の内部に居て万全で無い内にこれを撃て!!
(……出たよ世界崩壊クエスト)
どうやらあのカーディナルさんはよっぽどこの世界を壊したいらしい。これは早いこと状況を外部に知らせたいが……この島から既にダンジョン扱いのせいか、メッセージを送ることが出来ない。一度出てクエスト破棄にでもなったらそれこそ一大事になることだってあるかもしれない(例えば俺達がラストチャンスだとか)。
「ユウキー。読んだか?」
「……これ、どこまで本当なの?」
「全部だよ。……責任重大だぞ?」
「……うん。頑張ろうね!!」
ユウキにパーティー勧誘の申請をし、視界端に新たなHPバーが出るのを確認すると2人は並んで歩き出した。
ウンディーネの精鋭部隊が壊滅した理由、入ってみれば容易に分かった。
「狭ぇ……」
プレートアーマーに身を包んだ重装騎士Mobの大剣を受け止め、押し返す。すかさずユウキが前へ躍り出て目も眩むような神速の連続攻撃を見舞う。
大ダメージを表す鮮血色のダメージエフェクトが冗談のように飛び散り、彼女の2倍はあろうかという巨体を四散させた。
「やった!」
「お疲れ」
攻略開始から30分、現在は第3階層。既にウンディーネ部隊の記録を突破しているが、これには当然ながら理由があった。
塔内部は複雑な迷路となっており、通路は人2人がやっと並べる程度で灯りも少ないため薄暗い。ダンジョンの特性なのかは分からないが索敵スキルの範囲も狭く、分岐点でいきなりMobとエンカウントすることもある。
これは常時暗視スキル持ちのインプには関係ない。
ウンディーネ部隊とて暗視スペル持ちはいただろうが、主に彼等が苦戦したのは狭い通路内で前衛となったタンクと後衛のダメージディーラーやメイジ等との連携が上手くいかなかったのだろう。
種族精鋭部隊のダメージディーラーと言えばランス隊や両手武器を持った剣士隊だが、そんな大層な武器を持ってゴツイタンクと華麗にスイッチとは行くまい。
元々このダンジョンは少数プレイを基本としている中小パーティー向けの上級ダンジョンとなっているようだ。俺のような身軽だがそこそこの防御スキルを持ったプレイヤーが前に立って攻撃を防ぎ、後衛の火力型のプレイヤーがダメージを与えていく手順を繰り返す―――というのがこのダンジョンのセオリーの筈だ。
だが、俺とユウキの戦闘は俺が相手の攻撃を防ぐと通常Mobは一度のディレイ、ボスもほんの数回繰り返すだけで倒す事ができる。一重にユウキの異常な強さが主な要因だ。だが、
(……う~む)
以前にも口にした事だが、ユウキの剣は素直過ぎる。ぶっちゃけ読みやすい。キリトやアスナがもう一度ユウキと戦えば勝てはしなくとも初戦よりはいい線まで行くに違いない。
戦闘は予想以上に余裕がある。
「ユウキ、ちょっといいか?」
「うん、何?」
振り下ろされた拳を《焔盾》が防ぐ。
4腕の7層ボスの腕の内、2本は切り落とされ、1本は今無力化された。最後の腕が俺に迫ってくる。
オートガード《焔鎧》が発動し、突破されながらも威力を大幅に減衰。
「ふんっ……!!」
ゲシッ、と蹴りで拳を受け止め、後方のユウキに指示を出す。
間髪入れず横を小さな影が駆け抜ける。ユウキは途中で床を蹴ってジャンプし、壁をウォールラン。ボスの後方に回り込むと、弱点である首筋に剣を一閃。
「グオォォォォォォ!?」
頭上に表示されていた三段HPバーの内、最後の半分以上残っていた物が一瞬にして消滅した。戦闘時間、3分。
「中々いいな」
「ホント!?」
先程の3層の戦闘後にユウキに言ったのは1つ―――『弱点を狙え』。その時ユウキは俺の本意を察する事無く、軽い調子で頷いた。
そして次に遭遇した3層ボスの所でハタ、と気付いたのだ。『何処が弱点なのか』、と。
探し方は簡単だ。Mobによって傾向は異なるが特徴は大別して3つ。
あえて堂々と誇示しているか、その部分をターゲットにしているプレイヤーに絶対に見せないように動き回っているか、もしくは最も強固に守っている場所の付近だ。
これもまた茅場の拘りなのだろうが、事細かに動作が設定されている。
―――と言えば簡単に聞こえるが、初見Mobの弱点を見破るのは意外な程難しい。当然の如くフェイクがあるし、何より狙いにくい位置にあるのが常だからだ。
それらの事を俺は一切ユウキに教えなかった。その意図は自覚による考え方の改革。外から全てを与えるのではなく、ユウキの中に埋まっている潜在能力、感性、直感を引き出すためにキッカケを与えるだけに過ぎない。
ユウキは恐るべき集中力を発揮し、短時間でそれらの技術を我が物にしようとしている。
「さ、次だ。行こう」
「うん!」
奥の重厚な扉が開いていき、階段が現れる。外から見た感覚では恐らく塔は10階層―――残り、3層だ。
「ね、レイ……」
「ん?」
階層を上がった先に迷路は無く、ひたすら長い螺旋階段が続いていた。とすると次に戦うのはこのダンジョンのラスボスだ。
俺としてはもう少しユウキに新しい感覚の経験を積んで欲しかったが、致し方ない。そんな事を考えていた時、ユウキが珍しく遠慮がちに声をかけてきた。
その彼女の一言は俺が全く予想していなかった言葉だった。
「あのね、ボク……メディキュボイドの、開発者の人のこと……知りたいな」
「…………っ!?」
「……螢は、知ってるよね」
恐らく、ユウキ――木綿季は知っているのだろう……それも一般に知られている開発者、神代凛子ではなく…………茅場晶彦の事を。彼が作った鋼鉄の城の事。そして―――
「話してくれないかな?……現実世界のその人の事、《ソードアート・オンライン》でのその人の事を……」
ある意味で自分を救ってくれた機械を設計した恩人。あるいは一万人の命を2年も囲い続けた狂人。自分は感謝をすればいいのか、恐れればいいのか。
何より―――悪魔の機械《ナーヴギア》の発展形である《メディキュボイド》に信頼はおけるのか……。
ユウキはこの戦いの中で自分を見直した時、同時に自分を取り巻く環境に思いを馳せていた。無知で無垢、余りに永き時を仮想世界で過ごした故に見逃していた《現実》を認識した途端、木綿季は尋常ではない恐怖に怯えてしまった。
これまで自分の周りにいた《スリーピング・ナイツ》の面々は『守るもの』、故にユウキは彼等のために強く在れた。
だが、水城螢や《レイ》は違う。彼は『守ってくれるもの』。
木綿季がユウキでいる間、ひた隠し続けている弱さも含めて全てを受け入れ、庇護してくれる存在。
―――ずっと心の奥で求めてきた彼女のため『だけ』に動いてくれる人。
螢はその事を自認していた。自分が木綿季にとってどれ程の存在になりつつあるかを……その期待に応える義務もまたある事を。
だからむしろ、茅場晶彦/ヒースクリフについて木綿季に話すのは水城螢/レイの義務だ。
「分かった。話すが触りだけで我慢してくれ。クエが終わったら、全て話すよ。いいか?」
「……うん」
―――そう、全ての始まりはあの日。
―――アーガスの《SAO開発チーム・スキル研究部門》に招聘された事から始まった。
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