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アマガミという現実を楽しもう!

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第2話:アマガミは人生

夏の午後4時。

スイミングスクールに初めてやってきた女の子、七咲逢と俺は出会った。



「今日から一緒に泳ぐ七咲逢ちゃんです。皆さん、仲良くしてあげてください。」
「な、ななさきあいです。よろしくおねがいします。」




ジグソーパズルを完成させようにも、ピースが足りなくて悩んでいたところに、
ピースが振ってきたようだ。
全ての違和感やデジャブに対する疑問がこの瞬間払拭された。



塚原響に川田知子。そして七咲逢。
彼女らは、前世でプレイしたゲーム「アマガミ」「キミキス」の世界の登場人物に間違いない。



そうなると新たな疑問が俺の頭に浮かぶ。
・・・つまり、俺はゲームの世界に転生してしまったのか?
しかも、何故「アマガミ」や「キミキス」なんだ?
確かに前世では、休日にゲームのプレイして面白いと思ったし、
印象に残ったゲームではあるよ。
最近は、この人生を楽しむべく、「アマガミ」「キミキス」に関する記憶は
脳の奥底に眠ってはいたが。



そうなると、この現世が俺が見ている夢の可能性が再浮上してくるぞ。
そのうち、進学して学校法人で主に構成された都市で変な超能力を手に入れたり、
2000年くらいになってセカンドなんたらが起こったりすれば、
確実に俺の夢だな、うん。


うっ・・・、そうなると「今の人生が実は全て夢でした、テヘッ☆」説が有効になってくる。
過去の人生に戻ることを諦めて、この人生を楽しもうとする俺の意思が揺らいでくる。
元に戻れるかもしれないんだぞ?こんなところでブラブラしててもいいのかよ。
もうすぐ昇進して家族に国内旅行をプレゼントするつもりだったんだろ?
一生懸命に努力して掴んだ学歴や社会地位、そして当時のことが俺に声を掛けてくる。
急に前世の俺の親父とお袋、友人達や先輩や後輩の顔が浮かんでくる。
やべっ、何か胸の奥がうずく感じだ。目じりに何か溜まってくるのが分かる。
頭の中ぐちゃぐちゃで、のどがカラカラだ。
自問自問のループに気を取られ、自分の感情がコントロール出来ない。
俺は、どうしたらいいんだ。俺は・・・。


・・・なんだよ、肩を掴むなよ。こっちは今大切な考え事しているんだ。
言いたいことがあるなら、後にしてくれよ。
肩を叩かれた方に顔を向けてみる。響だ、俺の目(多分赤みがかかっている)をじっと見ている。
その眼は俺をしっかり映すほど大きく・・・って、うぉ!顔近い!
俺は思わず仰け反り、響もそんな俺にびっくりしたのだろうか、後ろに背を反らした。



「拓君、大丈夫?先生の話をちゃんと聞いてた?あなたと私でこの子の担当をするそうよ。」
「ふぇ?あ、ああ・・・」



何だ、響か。びっくりさせるな。
情けない声が出ちまったよ、はぁ~びっくりした。
瞼を押さえながら息を大きく吐く俺に、響は声を掛ける。
その声は、心配で溜まらないという想いが伝わってくるようであった。



「・・・泣いてたの?」
「な、泣いてなんかいないさ。」



目尻に溜まった涙を腕でこすって、響の顔をチラッと窺う。
響の顔は眉毛がハの字になって、困った表情を浮かべている。
私はどうしたらいいの、という心の声が聞こえてくる。


やれやれ、バレバレか。
こいつも知子同様、人のことを良く見てお節介を焼きたくなる人間なんだよな。
それなのに、自分の予想と反した事が起こると慌ててしまう慌てん坊さんだし。
響を困らせるわけにはいかないな。



「心配するな、ちょっと目にゴミが入っただけだ。」



俺は苦笑してそう言い、響の頭をポンッと手を置いた(年相応の少年のような笑顔を出すことは出来ない)。
響は目を閉じて、ホッと息を吐き出した。うん、これでコイツも落ち着いたかな。
俺も落ち着いたし、そこで不安そうにこちらを見ているあどけない女の子を
そろそろ安心させてあげないとね。


・・・そこのお前、精神年齢は四十路前のオッサンが何を・・・、と変な眼をするんじゃない。
決して俺はロリコンじゃないぞ。いいか、小さくて可愛いものに対しては保護欲が
発生することは父性と呼ばれるごく自然な現象であり、
俺のこの感情もそれに類するもので・・・
アーアーキコエナイキコエナイ(∩ ゜Д ゜)?こら、無視するな!



「七咲逢さん、でしょうか?」
「は、はい。ななさきあいです。」



俺の事務的な様子に対して、たどたどしくもしっかりした声で返す七咲。
いかんいかん、社会人時代の癖がまだ抜けていないようだ。反省しなければ。
その表情は新しい環境に対する緊張の色が現れているが、眼は俺と響の姿を映し、逸らすことはなかった。
七咲逢は後輩なのに主人公よりもしっかりした面倒見のいい後輩、という印象をプレイの際は受けていたけど、
この頃から七咲逢はしっかりしていたのか。
これはゲームに無い新しい発見だな。おっと、しっかりお兄さんをしないと。



「僕は遠野拓。こっちのお姉さんが塚原響。
プールのことで困った時に君を助けるお助けマンだと思ってくれてかまわないよ。
困ったことがあったら、何でも言ってね。」
「は、はい!とおのお兄さん、つかはらお姉さん、よろしくおねがいします!」



七咲の不安な顔が、邪気の無いあどけない笑顔に変わる。
子猫が気持ちよさそうにしている顔が下から目線で俺に襲い掛かる!
うっ、可愛い。こっちもついつい笑顔になってしまう。
俺のATフィールドが簡単に中和、あるいは融解!助けてよ、ミ○トさん!
こら!ロリコン乙、とか言うな!
これは父性から生じた感情だっての!


しかし、七咲のあどけない笑顔を見て、こうも思ったな。
この世界が例え夢でも、俺の目の前にいるゲームのキャラクターかもしれない
女の子のこの行動がパターン化されたプログラムの産物だとしても、
人間として感情を表し、動く七咲をそんなプログラムとしては扱えない。
そうなんだ、俺に動いている世界や人間をただの作成物だと判断する能力や
知識は何処にも無い。思い込みでこの世界にいては、この子のみならず、
今の俺の両親や知子、響にだって迷惑を掛け、傷つけてしまう。


そうだ、ここがいつか去る世界だとしても、俺はここを去るまでに
この世界を第二の人生だと思って生き抜こう。
最後はプログラムのバグとして消去されたり、前世の自分が覚醒するかもしれないが、
それまでは頑張ってみよう。



「こちらこそ、よろしく。七咲さん。」



俺はそう言い、まだ水に濡れていない七咲の頭を撫でた。
年少者の純粋なあどけなさに対する父性、を持って。
そんな俺を横の響と少し離れて練習に向かっている知子が見ている。



・・・おい、知子。何で少し膨れっ面なんだよ、お前は。
掴んでいるビート板を齧るな、何年生になったんだよ。



「別にぃ~」



世話焼きな俺の同級生は、俺達に背中を向けて、手に持っていた
キャップを頭に被ってゴーグルを着用し、スタート台からプールに飛び込んだ。
最近学んでいる競泳のスタートの飛び込みを真似た姿勢で、である。
知子の身体は、水面と平行に保ちながら放物線を描いた重力運動を行い、
水面へと落下した。パァン、という渇いた音と水しぶきを飛ばして。
「腹打ち」した知子は、お腹を擦りながら「いてて」と言って、こっちを向いた。
やれやれ、慣れない事をするから。俺は、軽く息を吐いた。


「七咲さん、プールや学校では落ち着いて行動しよう。」
「そうね。」


さて、こうして俺と響は七咲逢の担当になった訳であるが、
担当とは何ぞや、という疑問に対して答えていこう。
このスイミングスクールでは、
プールでの泳ぎに関してはコーチ(選手を育てる大人)や先生(泳げるようにする大人)が担当することになっているが、
それ以外のメンタル面や一般生活などは、同年代の子どもがサポートするようになっている。
これは、年上の人が年少者に対してお兄さんやお姉さんを責任を持ってできるように教育するシステムである。
水泳は、突き詰めれば自分の現在の記録と勝負することが本質の競技である。
そのため、自分の泳ぎ方、精神状態、肉体の様子などが勝負の要であり、これを改善するには
人の意見を聞くことや、他の人を見て振り返ることが大切であるらしい。
そこで、普段からお兄さん、お姉さんが出来ていれば、人の動態を把握することに慣れ、
故に同年代の間で意見交換や自分自身への気づき、がやりやすくなる、
ということが、俺が分析して得た私見である。
要は、「人の振り見て我が振り直せ」という事かな。












いずれにしても、七咲逢との出会いは俺に大きな影響を与えた。

一つは、俺が今こうして泳いでいる環境は実は第二の人生などでは無く、
ただの俺の幻想である可能性を感じ絶望を覚えたこと。

もう一つは、この世界を虚偽のものとしてではなく、紛れも無く現実であると認識し、
前向きに生きることを決心させたこと。






そんな出会いを迎えつつ、俺達の年月は次第に過ぎていった。





(次回へ続く) 
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