銀河英雄伝説 アンドロイド達が見た魔術師
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間話その一 あるフェザーン商人が見た景色
「ミッションを連絡します。
依頼主は銀河帝国企業連合、通称インペリアルユニオンからの無制限、最重要依頼です。
目標は自由惑星同盟最新鋭艦隊母艦ケストレルの撃沈。
このミッションに際して、支援艦隊及び十分なバックアップを依頼主は約束しています。
インペリアルユニオンは貴方の参加を……」
「聞かなくていいんですか?艦長?」
「聞くだけ無駄だろう。
何が悲しくて同盟最新鋭艦隊母艦に特攻をかけねばならんのだ?」
モニターに映し出されていた依頼に対してキャンセルを押して、ボリス・コーネフはあきれた声で呟く。
民間独立宇宙商船「ベリョースカ二世号」を中心に十隻の船団を擁するフェザーンの交易商人とて依頼を選ぶ自由は与えられているのだ。
それを指摘したマリネスク事務長も苦笑するしかない。
「何でも、この間の戦いで、多くの帝国貴族の坊ちゃんが戦死なさったとかで」
「ああ。
コーディネーターとドロイドの実験艦隊か。
実戦で結局惨敗して帝国貴族の家では葬式が頻発と。
理論と実戦は違うって事だろうな」
なお、生きて帰ったはずのシュターデン提督はオーディンに召還途中に自殺しているが責任を取らされた事は誰もが知っていた。
そして、傲慢たる帝国貴族は自らの息子の仇であるケストレル撃沈を、企業連からの依頼で傭兵や海賊にて片付けようとしている訳だが、これは二つの事実を端的にあらわしていた。
一つは帝国軍が現状ケストレルを撃沈する能力が無いという事。
アルレスハイム星域会戦、帝国内戦ことリッテンハイム戦役、先のヴァンフリート星域会戦によって、帝国軍は五万隻近い艦艇を失っていた。
人的被害まで入れたら七百万を越える損失である。
だからこそ、その傷を癒す為の時間を欲し、少人数で運営できると売り込んだシュターデン艦隊をイゼルローンに送り込んだのだが、結果はご覧の通り。
貴族内部がブラウンシュヴァイク公でおおよそ統一された事もあって、彼の私兵が帝国正規軍に組み込まれたが、それによってかえって錬度が下がる始末。
しばらくは本当に帝国軍は同盟領に侵攻などできる状況では無くなっていた。
そして、もう一つは、こんな依頼を誰も受けないぐらい海賊や傭兵勢力が消耗しきってしまっていたという事。
以前だったら、海賊や傭兵なんてならずものも多く訓練途中の艦隊母艦ぐらいならば襲える事ができたかもしれない。
だが、そんなならずもの達がリッテンハイム戦役によって軒並み一掃されてしまったのである。
ボリス・コーネフと彼の船団が拡大したのもこれが理由である。
同盟側と交易があり、海賊行為に手を出さなかった事で帝国内戦に加わらなかった独立商人達は、結果として圧倒的供給不足に陥った現状で身代を急速に膨らませたのである。
もちろん、それは同盟とのつながりのおかげというのはよく分かっているので、フェザーン内部は現在同盟派の春と化していたのである。
もちろん、悪がはびこるのが世の常だから、ならずもの達は少しずつ宇宙にまた広がろうとしていたが、そんなひよこどもに艦隊母艦なんて化け物の掃討などできる訳もなく。
そして、能力があるならずもので最も有望そうなのが、カストロプ公国などをはじめとしたリッテンハイム戦役の敗残者達というのだから依頼を受ける訳がない。
かくして、手当たり次第に依頼をばら撒いて、各所から嘲笑を浴びる羽目になっている。
「結局、この戦争どうなるんでしょうね?」
マリネスクがコーヒー片手になんとなしに呟く。
友愛党政権時における同盟の政治混乱につけ込んで始められた近年の帝国による同盟侵攻は、これによって完全に頓挫してしまっていた。
下手したら帝国の戦力回復には数年かかるかもしれず、また自然休戦になるのではという観測もあるにはあるのだった。
「どうだろうな。
同盟はともかく、帝国はもう一波乱あるかもしれんぞ」
「皇帝の寿命ですか」
リッテンハイム戦役によってルードヴィッヒ皇太子が薨御したのに、帝国内部の建て直しの混乱からか後継がまだ立てられていない。
そして、はやくもフェザーン商人達は、生き残ったブラウンシュヴァイク公とリヒテンラーデ候の争いを掴んでいたのである。
貴族内部がブラウンシュヴァイク公でおおよそ統一された事によって、第2次ティアマト会戦以降実力主義となった軍と利害関係が対立しだしたのである。
先に述べた私兵の帝国軍編入やコーディネーターによって管理されたシュターデン艦隊の編成などは、ブラウンシュヴァイク公の軍掌握の手段と見られており、現在の軍務尚書、統帥本部総長、宇宙艦隊司令長官と激しく対立したのである。
これに、帝国宰相であるリヒテンラーデ候が軍側についた事で宮廷内抗争にまで発展。
このままでは、内戦の建て直しどころか、更なる内戦が勃発しかねなかった。
「そうだ。
だからだろうが、同盟の方が軍備に力を入れてやがる。
あのケストレルなんてのが良い例さ」
この帝国内部の政治対立を同盟側も掴んでいるのに、イゼルローン回廊に移動要塞が置かれた事を奇貨として無人化の推奨による艦艇更新を一気に進めようとしていた。
その結果、旧型艦としてフェザーンにかなりの数の艦艇が有償譲渡されており、ボリス・コーネフの船団とてそのおこぼれをもらっているから文句は言える訳が無い。
実は、帝国内戦で敗れた連中のかなりの数が海賊化して同盟領内に逃れたので同盟領内の航路の治安が悪くなっていたのである。
その為、『ベリョースカ二世号』はフェザーン製の最新鋭巡航戦艦で、大型輸送船六隻には装甲がつけられ、同盟からの有償譲渡で手に入れた駆逐艦三隻によって構成されていた。
「とりあえず、まともな依頼の方を見てみませんか?船長」
「ああ。
もっとも、現在だと同盟一本なのがうれしいやら困るやら」
マリネスクに促されて、ボリス・コーネフがモニターを再度つける。
いくつか依頼を確認して、これかなと思う依頼を映し出す。
「ミッションを連絡します。
依頼主はマーキュリー資源開発。
ミッション概要は、惑星ウルヴァシーから惑星ハイネセンまでのレアメタル輸送です。
依頼主はこのミッションを重視しています。
成功すれば、貴方の評価は更に高くなるはずです。
良いお返事を期待していますね」
「ミッションを連絡します。
依頼主はアパチャー・サイエンス・テクノロジー。
ミッション概要は、当社製造アンドロイド、『瀟洒』1000体のフェザーンへの輸送です。
『瀟洒』シリーズは帝国内において需要が高く、また高価値商品なので海賊からの襲撃が予想されます。
なお、依頼主は護衛の為に支援艦艇の採用を認めています。
候補はこちらで揃えましたので、必要であれば採用してください。
このミッションは信頼ある方にしか配信されておりません。
連絡をお待ちしております」
モニターに移った依頼とそれを読み上げる合成声を聞きながら、マリネスクがコーヒーを飲みながら苦笑する。
そのマリネスクの苦笑の理由を知っているだけに、ボリス・コーネフの方は横を向いてしまう。
「信頼のある方ですか。
730年マフィア最後のお気に入りとお友達というのは強いですな」
「皮肉なもんだ。
子供時代の悪戯仲間が今や、同盟軍若手の有望株の一人と来たもんだ」
アパチャー・サイエンスとの取引はもちろん、原作を知っていた彼女達の引き上げでしかないが、彼ならば帝国内戦に深入りしないだろうという読みもあった。
その才能に対しての敬意が、先の同盟議会で表沙汰になったヤンを利用した取引な訳で、二人は見事に勘違いをする事になる。
賄賂に当たらないように同盟の法律を確認しつつ、ヤンにボリス・コーネフからの連絡が行くようになるのはこのあたりからである。
「その船長の悪戯仲間だったヤン中佐ですが、先のヴァンフリート星域会戦に参加して生還したそうですよ。
次は大佐じゃないですか?」
「可能性はあるかもしれないな。
コネを悪用するつもりは無いが、向こうが信頼してくれるのならば、それに対して誠意をもって返さんとな。
さてと、仕事に戻ろう。
フェザーンからウルヴァシーまで空荷はもったいないので何か積んでいこう。
市場をチェックしてくれ」
「わかりました。
ついでに、この二つの依頼の受諾メッセージ送っておきますよ」
「頼む」
マリネスクの予言は的中する。
帰還後の人事によってヤンは大佐に昇進し、戦艦セントルシア艦長として本格的に人を指揮する立場に立たされたのだから。
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