空を駆ける姫御子
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第六話 ~花言葉 ~Language of flowers~ -初花-【暁 Ver】
前書き
第六話の『暁』移転版。三部構成の前編。ちょっと短い。
────── アスナはきっと。あたし達には見えないものが見えているんだ
「なのはは、どう思う?」
「うぅん……映像を見る限りは、御堂君が廃ビルへ攻撃したに過ぎないんだけど……」
「多分、違うよね」
「御堂君の表情を見る限りはね……攻撃を失敗したとも判断出来るけど。……フェイトちゃん、この時のアスナの動きは?」
「えっと、見て。彼が刀を振り下ろす少し前に動き出してる。空中にいる彼の真下をそのまま通過して、駆け上がって」
「そのまま、御堂君の背後をとったんだよね。ビックリしたよ、これ。ほら、カンフー映画に出てくるようなシーン……狭い路地の両壁を交互に蹴りながら上に上ってくやつ」
「そのままだもんね」
なのはとフェイトはシャーリーの城であるメンテナンスルームに於いて御堂とアスナの模擬戦データを検証していた。アスナの勝利となった模擬戦だが、御堂が敗北する決定的な隙となった原因が二人を悩ませていたのだ。二人が知る限り御堂は、こんなケアレスミスをするような男ではなかった。
「どんな時でも自信に溢れているような人だったけど……」
「思い返してみれば、動きが少しおかしかったような気もする。なのはは何か知ってる?」
フェイトに問われたが、思い当たる節がない彼女は力なく首を振るしかなかった。はやてと同様、二人とも御堂とは中学に上がる少し前からの付き合いではあるが、特別な感情を抱いていたわけでもないし、それほど頻繁に遊んでいたわけでもなかったのだ。人の機微には聡いなのはではあったが、御堂の心情を察することなど出来るはずもなかった。
「二人とも遅くまでお疲れさんやな。ほい、差し入れ」
暗く成りかけた雰囲気を吹飛ばすように現れたのは、はやてであった。手に持っているトレイにはサンドイッチなどの軽食が載せられている。彼女の後ろにはシグナムが同じようにトレイを抱えているが、載っているのはホットコーヒーだった。真夏ではあるが空調が効いているメンテナンスルームでは、こちらの方がいいだろうという配慮だった。
「はやて、ありがとう」
「ちょうどお腹が空いてた所なんだ。シグナムさん、ありがとうございます」
はやてとシグナムは手近な椅子を引き寄せると腰を下ろす。はやては、二人が見ていた端末のスクリーンへと視線を走らせた。
「あぁ、それやな。二人とも、あの時のあれを調べてたんやろ?」
「それとか、あれじゃわからないよ」
「フェイトちゃんは相変わらず細かいなぁ。今に禿げるで」
「禿げないよ」
二人のやり取りを聞いていたなのはは、忍び笑いをしている。ここ数日、あの『三人』を見ていると既視感を覚えていたが、彼女は思い至ったのだ。……似ているのだ、あの『三人』は。自分達と。
「……うるせぇ、だまれハゲ」
「禿げてないよ。アスナは昔から何かにつけて禿げって言うよね」
「……若いうちから、そんな髪のいろしてたらハゲるにきまってる」
「地毛だって言ってんだろ」
「二人とも五月蠅いっ」
「……おこられた」
「え。なに、お前が悪いみたいなその顔。殴りたい」
御堂の失踪事件から皆が徐々に立ち直り始め、そろそろアスナが六課の愛玩動物のような扱いを受けつつあるのをフォローするか、スルーしようか。それをあたしが悩み始めていた今日この頃。あたし達は、そろそろ『今日』が『昨日』へとジョブチェンジしようかという時間まで貴重な余暇を楽しんでいた。
訓練校にいた頃もこうして部屋に集まっては雑談に花を咲かせていた。だからと言ってあたしの部屋で騒ぐのはいただけない。六課の女子職員寮は作りも確りとしているが万が一と言う事もある。そうなった場合、アイナさんに叱られるのは勘弁して欲しい。とばっちりはご免なのだ。その時。リスが餌に齧り付いているような仕草でクッキーを頬張っているアスナを見てあることを思い出した。
「アスナ? 中庭でなんか始めたって聞いたけど」
「……花壇をつくって、花をうえた」
「花?」
「……すずらんな。花ことばは『幸福の訪れ』、『幸福の再来』、『純血』、『純愛』」
珍しく饒舌なアスナに驚いた。誰の影響なのかはわからないが、確かにアスナは花が好きだった。あの頃も教官の許可を取って何かしら植えていたのを思い出した。だが、花言葉まで詳しいのは知らなかった。
「花言葉って聞いた事あるけど、何の意味があるんだっけ?」
「……花ことばは、花のなまえに対して意味を持たせること」
素直に感心した。それにしても……花の名前に意味、ね。残念ながら花に詳しくもないし、それほど興味はなかった。今もこんな時間にお茶菓子を食い散らかしているスバルは完全に食い気だ。
「ま、頑張んなさい」
彼女は糸の切れた人形のように頷くと、再びクッキーを咀嚼する作業に戻った。
あたしがそろそろお開きにしたほうが良いかと思った時。控えめな三回のノック音が響く。こんな時間に来客はないだろうし、まさか騒いでいた苦情だろうかと考えた。急いで立ち上がりドアのロックを解除するとフェイトさんがひょこりと、顔を覗かせた。彼女は三人揃っていたのに少々驚いた様子ではあったが、すぐに気を取り直したようで用件を口にする。
「あ、スバルもアスナもここにいたんだね。良かった。はやてが呼んでるの。こんな遅い時間に申し訳ないんだけど……」
フェイトさんは本当に申し訳なさそうに形の良い眉をハの字にした。
「八神部隊長が? あたしたち三人をですか?」
あたしとスバルが顔を見合わせる。
「私も詳しくは知らないんだ。なのはと一緒に調べ物をしていたんだけど、はやてのところに911分隊の人が来てて……三人に至急、聞きたい事があるんだって」
直ぐに思い出すことは出来なかったが、片っ端から記憶の引き出しを開けてみて漸く思い出した。『911分隊』。今から数年前にスバルの姉であるギンガさんが所属している『108部隊』から分かれた文字通りの分隊だ。
『108部隊』の人手不足を解消するために殺人、営利誘拐、強盗、強姦などの凶悪事件を専門に取り扱う部隊だったはず。だが、わからない。そんなところの職員が、何故あたし達のところへ……そこまで考えた時、スバルも同じ事を考えたのか、揃ってアスナを見る。
「……なにみてんだ」
あたしとスバルは機嫌を損ねてしまったお姫様を宥めつつ、フェイト隊長に先導されるように部隊長室へと足を運んだ。……ほんの少しの疑問と不安を残しながら。
部隊長室であたしたちを迎えたのは、幾分険しい表情を浮かべている八神部隊長と、如何にも現場叩き上げといった感じの厳つい男性と、線の細い男性の二人。厳つい男性はあたし達の姿を確認すると意外にも……と言っては失礼だが、人懐っこい笑顔を浮かべて挨拶をした。
「いや、すまねぇな。こんな時間に呼び出しちまって。俺は911分隊、リチャード・エヴァットだ。階級は三等陸佐。んで、こいつが……」
「同じく911分隊、サイト・スギタです。階級は二等陸尉」
あたし達もそれぞれ自己紹介した。アスナに関しては何も言わないどころか帰ろうとする始末だったので、あたしが紹介したが。八神部隊長に促されるまま、彼らとあたしたちは来客用のソファへと腰掛けた。スバルは緊張しているのか、落ち着かない様子だ。アスナはスギタ二等陸尉と名乗った男性を少しだけ長く見つめていたが、興味を無くしたように普段の茫洋とした視線に戻していた。そんなあたし達を見ながらエヴァット三等陸佐は少しだけ逡巡した後、こう切り出した。
『ベルンハルト・メッツェルダー』。階級は一等陸佐。42歳。本局勤め。クラナガン某所にて銃……所謂、火薬式の質量兵器にて8発の弾丸を撃ち込まれ、更に大型のナイフで数カ所を刺され死亡。死因は出血性ショック死。
「とまぁ、こんな感じですな。遺体が発見されたのが、今から三日前だ」
銃……質量兵器か。管理局が質量兵器を撲滅すると宣言してから幾星霜。確かに一発撃ち込めば国がなくなってしまうような兵器は根絶されたかのように思える。だが、銃のような小型の火器は犯罪に使用される頻度こそ少ないものの未だに残っている。……麻薬と同じでそれを必要とする人間がいる限り、世界から排除するのは難しいのかも知れない。その為の努力を惜しむつもりはないけど。
しかし益々、わからない。あたし達が呼び出された理由が。あたしの疑問にエヴァット三等陸佐は、幾分言いづらそうな態度で口を開いた。
「……『Heavens Door』って聞いた事はないか?」
聞いた事は──── ない。なんだろうか。エヴァット三等陸佐は、益々言いづらそうな態度でいたが、やがて意を決したようにあたし達へと説明する。
「セックスドラッグだ。詳しいことは言えないが、違法研究所で生み出されたものなんだが……。ドラッグと言っても正体はナノマシンでな。男には効果は無く、女に投与すると……性的興奮状態に陥る。快感も数倍になり……正に『天国への扉』ってわけだ」
「……先輩。言葉には気をつけて下さい。局員と言っても女性なんですから」
ここまで黙って話を聞いていたスギタ二等陸尉が、エヴァット三等陸佐を咎めた。それを聞いた彼は悪い悪いとでも言うように手のひらを振る。
「それでな。遺品の整理をしていた家族が大量のアンプルを発見してな。管理局に届けたんだ。んで、ヤツの家を調べたら……ヤツの端末から十数人の女のデータが出てきた。ヤツの被害にあった、若しくは……これからあう予定と思われる女のデータが」
……もの凄く嫌な予感がするのは気のせいだろうか。
「その中に……嬢ちゃん達のデータもあってな」
やっぱりか。
「至近距離から8発の鉛玉。しかもわざと頭や心臓を外している節があってな。俺らは怨恨の線で追ってる。Heavens Doorを使われて無理矢理……被害にあった女の可能性は十分にある。んで、嬢ちゃん達に話しを」
「言葉には気をつけた方がええで」
驚いた。今まで一言も口を挟まず聞いていた八神部隊長が口を開いたかと思えば、地の底から聞こえてくるような声を発した。普段の柔らかい雰囲気は消え失せ、エヴァット三等陸佐を鋭く睨み付けている。911分隊の二人も最初は驚いたようだが、エヴァット三等陸佐も負けじと八神部隊長を睨み返していた。その時、険悪な雰囲気を払拭するようにスギタ二等陸尉が言葉を発する。
「八神二等陸佐。お怒りになるのはごもっともです。ですが、僕も先輩も最初から彼女たちを疑っているわけではありません。どうかご理解下さい。酷い殺され方でしたので……先輩も気が立ってるんです、腐っても身内ですから。本当に正気の沙汰とは思えませんよ……抜いて見てみたいですね」
「はぁ?」
……何を? 全員に注目され、スギタ二等陸尉は恥ずかしそうに頬を人差し指で掻いた。
「あ~、いや、脳を……」
「どうしたんだ? 普段、言葉はきっちり使うように俺に説教してるじゃねぇか。わかりにくいぞ? 頭の中を見てみてぇでいいじゃねぇか」
「仰るとおりですね、ハイ。と、とにかくですね。そう言う事ですので、ご勘弁下さい。僕達も仕事なので……」
そう言って彼は、スギタ二等陸尉は八神部隊長へ頭を垂れた。
「いや、こちらこそ、ごめんなさい」
「……なんだよ、スギタ。俺が悪い流れか?」
八神部隊長は俯いてしまっているし、エヴァット三等陸佐は憤然としている。流石に雰囲気が悪い。スギタ二等陸尉の仲裁もあまり意味がなかったようだ。あたしがどうしたものかと考えていると、アスナが再びスギタ二等陸尉を見ているのに気が付いた。
「あの、僕に何か?」
アスナの視線に気付いた彼がアスナへと問いかけるが、アスナは何も答えない。アスナは少しだけ、首を傾げるような仕草をすると視線を彼から外し、再び壁の染みを数えてるかのような視線へと戻っていった。長い付き合いになるが時々、何を考えているのか本当にわからないことがある。……いや、正直に言おう。怖くなることがある。それが何なのか、その時のあたしはまだわからなかった。
その後、エヴァット三等陸佐から簡単に三日前の所在や行動を聞かれ、デバイスに記録されている行動記録のデータを提出しても構わないと提案したところ必要ないと言われた。スギタ二等陸尉の言ったとおり本気で疑っていたわけではないようだ。無罪放免となり、あたし達が部屋へ戻ろうとした時に、スギタ二等陸尉が思い出したようにあたしたちへと声を掛けた。
「花……ですか?」
「うん、そう。遺体の周りに大量の花びらが落ちていてね。『アザミ』と言う種類の花だとはわかったんだけど……何故そんなことをしたのかわからなくて。出来れば君たちの意見を聞きたいんだ」
そんな事を言われても……そして、あたしは部屋でアスナとした会話を思い出す。
「……花言葉」
「ん?……なるほど、そうか。花言葉か。先輩?」
彼が意見を求めるようにエヴァット三等陸佐に問いかけると彼は困惑気味に笑う。
「いや、花言葉は知ってるが……ドラマや小説じゃあるまいし、現実にそんな事をするやつはいねぇだろう。大体、自分で手がかりを残してどうすんだ」
実に正論だと思う。だが、現場に花びらが大量に残っていたのは事実なんだ。それを『偶然』、『意味はない』と断じてしまうのは早計のような気がする。私はダメ元でアスナに問いかけた。
「わかる?」
アスナは視線だけをあたしに向けた後、こう言った。
「……アザミの花ことば『権威』、『独立』、『満足』。そして────」
あたし達は寮へと無言で歩を進めていた。スギタ二等陸尉はあたし達にお礼を言ってくれたが、エヴァット三等陸佐はそれほど重要視はしていないが、軽視もしていない……そんな感じだった。
──── 『復讐』
怨恨……なのかな、やっぱり。それにしても復讐、か。やな感じだ。
「随分遅くなっちゃったね。明日の早朝訓練が辛いかも」
スバルの言う通りだ。だけど、今日に関しては早く寝ていたとしても、叩き起こされていたであろう事実に思い至ると溜息を吐いた。気が付くとアスナは何故か一人だけ歩を止めて、案山子のように立ち尽くしていた。何事かと振り返りながら尋ねても、彼女はなんでもないと首を振ったきりで再び歩き出す。そして。アスナが、あたし達を追い抜く際にぽつりと呟いた言葉を。あたしは、確かに聞いたのだった。
──── 何が言いたかったの?
アスナはそのまま足のある幽霊のような足取りで自分の部屋を目指していった。……何が言いたかったって、それは──── 待て。誰のなに対しての言葉なの? 遠ざかっていく華奢な背中を見つめる。恐らく聞いたところで、まともな答えは返ってこないだろう。
そんなアスナに少しだけ寂しさを感じる。それにしても……部隊長室を出てから何かが頭の隅に引っかかっている。なんだろう? この違和感は。……止めた。あたしは探偵じゃない。そんなものは行く先々で事件を呼び込む探偵擬きにでも任せるわ。ふと月明かりに照らされた街路樹の先を見ると、アスナが早く来いとばかりに立ち止まり、あたし達を見ていた。
今は取りあえず、朝のしごきに備えて寝ることにしよう。無表情で立っているアスナの姿を見ながら、スバルと共に苦笑浮かべて走り出していた。
──── このとき感じた疑問と違和感を振り払うように。
~花言葉 ~Language of flowers~ -初花- 了
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