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私立アインクラッド学園

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第二部 文化祭
  Asuna's episode 出会い

 
前書き
番外編ですー。 

 
「明日奈お嬢様!」

 ハウスキーパーの佐田明代が、駆け寄って叫んだ。結城明日奈は靴を履こうとする手を止め、40代前半の小柄な女性に向き直った。

「……お嬢様。本当に、行ってしまわれるのですか?」

 明日奈は口許に笑みを浮かべた後、サッと真顔になって訊き返す。

「……母さんは?」
「奥様は、お仕事でお出掛けになっております」

 明日奈は本日何度目かの溜め息を洩らした。

「……娘が全寮制の学校に行くっていうのに、入学式に来るどころか、見送ってもくれないのね」
「……はい?」
「いいえ、なんでもありません。お見送りありがとう、佐田さん」
「滅相もございません。入学式には出席できませんが、心の中で応援しております」

 母親にも、せめてこのくらいは言ってほしかった。入学式に出られないのは仕方ないけれど、頑張りなさい、の一言くらいあってもいいではないか。
 明日奈は再び溜め息を洩らす。

「……じゃあ、佐田さん。わたし、もう行きますね。今日までありがとうございました」
「ありがとう、だなんて……。お嬢様、お気をつけて行ってらっしゃいませ」

 涙ぐむ佐田に軽く手を振ると、明日奈は外へ一歩、踏み出した。





 入学式から、早3ヶ月。明日奈の成績は毎度トップだった。1年生ながら、生徒会副会長にも任命された。
 しかし、«剣»の実技だけは、いつも次席だった。
 首席が一体誰なのか、明日奈は知っている。
 隣のクラスの、桐ヶ谷和人という男。顔は知らない。遊んでばかりらしい彼なのに、5教科の成績までも━━明日奈に敵わずとも━━常に上位に位置する。死に物狂いで勉強し、1位を勝ち取っている明日奈にとっては、まさに天敵とも呼べる存在である。
 ━━あんな人に、1教科でも1位を取られてたまるものですか。
 明日奈は«剣»でも1位を取ってやるべく、毎日剣を振った。速く。もっと速く。あの人の剣のスピードは、こんなものではない。速く。速く。速く──。
 明日奈はかつて、こんなに動いたことはなかった。だんだん、体を支える力が弱くなってくる。

 ──あ……もう……少し……もう少しで……速く……

 明日奈の意識は、そこで途切れた。





 かすかに消毒液の香りがする。
 明日奈が眼を開けると、保健室のベッドの上にいた。

「あっ……目が覚めた?」

 保健室の女の先生が言う。
 ━━そうだ。わたしあの時、倒れて……。

「大丈夫? もう少し休んだ方がいいんじゃないかしら」
「いえ、それには及びません。……ところで、一体誰がわたしをここへ運んだんですか?」

 運んでくれた、という言い方はあえてしなかった。だって、明日奈は頼んでいないから。

「ええと、名前言って分かるかしら?」
「1年生ですか?」
「ええ、桐ヶ谷くんって子よ。彼、中庭で倒れてるあなたを見つけて……」

 ━━桐ヶ谷くん。
 そんな苗字は珍しいので、心当たりは1人しかいない。
 ━━桐ヶ谷。桐ヶ谷和人。
 天敵に倒れたところを見られるだなんて、恥晒しもいいところだ。明日奈は唇を噛むと、礼も言わずに黙って部屋を出ていった。





 昼休み。明日奈はお弁当を食べようと、1人で屋上へ向かった。クラスメートから「一緒に食べよう」と誘われたが、そんな気分ではなかったので断ったのだ。
 ここなら1人でいられると思った。しかし、かすかな寝息が聞こえる。辺りを見回すと、1人の少年が壁にもたれて寝ていた。幼い寝顔や体格から、恐らく明日奈と同じ1年生だ。
 名札はつけていない。しかし明日奈は、何故だかこの少年が誰なのか瞬時に解した。
 そこで、少年が目を覚ました。

「ムニャ……」

 ぱちりと眼が合う。
 しばらく眠そうに瞬きした少年が、突然バチッと眼を見開き、座ったままで音もなく後ずさった。
 数秒の間、二人は見つめ合っていた。先に口を開いたのは、意外にも明日奈だった。

「……あなたが桐ヶ谷和人?」
「は、はい」

 和人はこくこくと頷いた。
 ━━やっぱり。
 和人は何やら考え込み始めた。そして、なにかを思い出したようにパンと手を打つ。

「君、中庭で倒れてた結城明日奈さん?」
「……そうだけど」

 少しばかり不愉快に思った明日奈は、眉間に皺を寄せた。和人は言う。

「ちょっとしたおせっかいなんだけどさ、あの剣、アスナに合ってないと思うよ」

 ちょっとしたおせっかいどころか、大きなお世話である。
 確かに明日奈は、学園の倉庫にあった剣を適当に取って使った。しかし、この少年には関係のないことではないか。少年は続ける。

「おまえの使ってたやつは«片手直剣»。けど見たところ、おまえはスピード重視だろ? なら、もっと軽い剣の方が……」
「ねえ」
「は、はい?」

 じろっと和人を見る。

「その«おまえ»ってのやめてくれない?」
「へ? ……あ、ああ……じゃあ、えーと……«貴女»? ……«狂剣士様»?」

 «狂剣士»とは、最近明日奈が頂戴した異名である。
 最後の«狂剣士様»は、不本意にも作られた明日奈のファンクラブが発行する新聞で用いられているらしい呼称だ。何故和人がそこまで明日奈を知っているのか。明日奈がよほどの有名人ということだろうか。
 明日奈は和人を強く睨んでから、ぷいっと顔をそむけて言った。

「普通に«アスナ»でいいわよ。さっきそう呼んでたでしょ」
「りょ、了解」

 震え上がった和人は素直に頷き、慌てて話題を戻した。

「で、剣についてだけど……アスナには、«細剣(レイピア)»が合ってると思うんだ」
「……細剣?」
「うん。基本的にすっごい軽いやつで、名前通り細い剣」

 明日奈はしばし考えてから、思い切って言った。

「……でも、わたしにはどれがその«細剣»なのか、倉庫から探し出すなんてできないわ。手伝ってくれるのよね?」
「それには及ばないな。前に人から貰った使ってないやつがあるから、それやるよ。«細剣»って、重さ重視な俺にはまったく合わないんだよね」
「……へえ」

 明日奈は動揺を隠しながら、なるべく淡々とさせた声で言った。──同級生の男の子からなにかを受け取るのは、これが初めてだった。

「……き、桐ヶ谷……くん」

 明日奈がか細い声で呼ぶと、和人は服についた埃をはらいながら立ち上がった。

「……あ、ありがと」

 言うと、何故だか和人の顔が少し赤くなって見えた。
 ──熱でもあるのかしら?
 明日奈は首を傾げ、彼の額に手を当てた。しかし和人は即座に明日奈の手を押し退け、上ずった声で言う。

「な、なんだよいきなり!?」
「熱でもあるのかなって思って」
「な、なんで」
「だって、なんだか……顔、赤いわよ」

 和人は慌てたように右腕で顔を隠した。






 和人は親切にも、«細剣»の使い方を細かく──ダジャレではない──教えてくれた。
 «細剣»は«斬る»ことに長けている«片手直剣»とは違って、基本的にはフェンシングと同じ要領で«突く»ことに長けているのだという。和人の言った通り、«細剣»はすぐに明日奈に馴染んだ。
 明日奈は微笑みながら、和人に言った。

「大分コツが掴めてきたかも」
「そうだな。俺が越されるのもそう遠くないな」
「……なにそれ。今のわたしじゃ、君に敵わないっていうの?」
「いや、そういう意味じゃなくて! 剣のスピードと正確さは、俺負ける気しかしないし」
「ふふ、そう?」

 明日奈はくすっと笑った。

「ね、桐ヶ谷くん」
「ん?」
「君のこと、なんて呼べばいいかな?」
「え……いつも«桐ヶ谷»って呼んでるじゃないか」
「違う違う」

 明日奈はこほん、と小さく咳払いすると、ずいっと和人に詰め寄った。

「わ、わたしだけ«アスナ»なんて、なんだかおかしいじゃない。桐ヶ谷くんのことも、あだ名で呼ばせてもらいたいなって、そう言ってるの」

 あまりの必死さに、後半は声をあらげてしまった。
 我ながら苦しい言い訳だと思う。しかし、単に和人ともっと親しくなりたかったから──なんて、言えるはずもない。
 和人はぱちくりと瞬きすると、男子にしては華奢なおとがいに手をあて、悩み面で返事をした。

「……みんなには、«キリト»って呼ばれてるけど」
「……«キリト»?」
「うん。桐ヶ谷和人って名前を省略した、超絶安易なニックネーム」
「変わってるね」

 明日奈は頷き、意を決して言う。

「……じ、じゃあ、わたしもこれから、«キリト»って呼ぶね」
「お、おう」

 ━━キリト。
 最初は天敵だと思っていた和人との距離を、こうも縮めたいと思っている。これは一体どういうことか。明日奈は苦笑いを浮かべ、和人に貰った細剣の鍔を握りしめた。
 驚くことに、羽根のように軽い«ウインドフルーレ»という名のこの剣。剣なんて、使えればなんだっていい。そう思っていたけど、今は違う。わたしは、彼に貰ったこの剣を、ずっと大切にするんだ。

 しかし数ヵ月後、彼は言った。

「この剣は……もうだめだな」

 明日奈はしばらく、呆然と立ち尽くした。
 ようやく、強ばる唇を動かす。

「だ、だめって……どうして?」
「ここ、見てみろよ」

 和人が指差した先──レイピアの刃先を見る。使い込んだためか、もうボロボロだった。明日奈は、震える拳を押さえて言う。

「で、でも、研磨すれば大丈夫じゃない? あっ、わたしの友達にね、すっごく鍛冶の得意な女の子がいるの。その子に頼めば……」

 しかし和人は、黙って首を振る。明日奈の眼に、込み上げてくるものがあった。

「……なんで」

 明日奈の声は濡れていた。

「どうして……わ、わたし……」
「でも……さ。冷たい言い方になっちゃうけど……この剣、ウィンドフルーレは、初心者フェンサーが使うものなんだ。アスナの腕は大分上がってきてるし、今や学園トップクラスだって言っても過言ではないと思う。だからどの道、ずっとこの剣を使っていくのは難しいよ」

 明日奈の口から、我ながら弱々しい言葉が零れた。

「わたし……そんなの、嫌」

 スカートの膝の上で、右手を軽く握りしめる。

「……ずっと、剣なんてただの道具だと思ってた。自分の技と覚悟だけが、強さの全てだって思ってた。でも……あなたがくれたウィンドフルーレを初めて使った時……悔しいけど、感動したの。羽根みたいに軽くて、狙ったところに吸い込まれるみたいに当たって……。まるで、剣が自分の意思で、わたしを助けてくれてるみたいだった……」

 唇にほんのわずかな笑みが滲んだ。

「……この子がいてくれれば大丈夫、わたし、そう思った。ずっとこの子と一緒にいようって。たとえボロボロに刃先が零れても、絶対捨てたりしないって約束したんだ。……約束、したのに……」

 新たな涙が、かすかな音を立ててスカートに落ちた。
 和人の返答は、意外なものだった。

「……解るよ」
「え……」

 明日奈が伏せた顔を上げると、和人が真剣な顔つきで頷いた。

「解る。……って言うと、ちょっと偉そうかもしれないな。俺だって、たくさんの思い出が詰まった、ずっと一緒に過ごしてきた剣を簡単に捨てるなんて嫌だ。でもさ、剣の魂を一緒に連れていくことは可能だよ」
「剣……の、魂……?」
「そ。それまで使ってた剣をインゴットに戻して、新しい剣を鍛えるのに使うとかさ。それだったら、形は残らずとも、剣は……えっ」

 和人が言葉を中断したのは、恐らく──いや間違いなく、明日奈が彼の肩に頭を預けたからだ。

「ア、アスナ?」
「……ありがと、キリト」
「えっ……」

 和人の瞳を真っ直ぐに見つめ、言う。

「なんでもない。……わたし、友達に頼んでみる。この剣のインゴットで、新しい剣を作ってって」

 和人はにっと笑った。

「傑作を所望しろよ」
「もちろんだよ」

 明日奈もまた、にこっと笑みを浮かべた。





 ──2年後、明日奈は3年生になった。

「わあ……!」

 クラス表を見た明日奈は、思わず歓声を上げた。和人の方へ駆け寄る。

「やったね、キリト君! わたしたち、同じクラスだよー」
「お、おう。アスナがそんなにはしゃぐなんて、珍しいな」
「えっ……こほん。べ、別に君と同じクラスだったからって、わたしには何の得もありませんけどね」
「……さいですか」

 和人は唇を尖らせた。しばらく続いた沈黙を打ち破ったのは、和人の余計な言葉だった。

「……さっき、超嬉しそうに『やったね!』とか言ってたくせに」
「うるさいわね! い、意地悪言うキリト君は嫌いです」
「ほほう」

 にやりと笑い、明日奈の顔を覗き込んでくる。

「な、なによ……」
「つまりさ、意地悪言わない俺は嫌いじゃないと?」
「バッ、バカ言わないでよ!!」

 音高く和人の頬を叩いた。

 ━━この男のことは、やっぱり好きになれない!

 明日奈は、ぷいっとそらした顔を綻ばせた。 
 

 
後書き
サブタイトル考えんのメンドイ……

ええと、SAO(ソードアスナ・オンライン)じゃだめですk((
うん、女流剣士アスナ様が主役なオンライン小説ってだけの話。

ところでブログにアニメSAOの応援バナー載っけるにはどうすればいいの? 
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