アブソリュート・ブレース――絶対双剣
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episodeⅠ 始まりの日⑴
――高校生での一人暮らしとは如何なものか。
この生活を初めて一年近く経つというのに、未だに現状の生活環境に時折違和感を覚える俺は誰に問うでもなく、胸中でそんな疑問の言葉を思い浮かべた。それと同時に自分の集中力が切れている事も自覚した。余計な思考を巡らしているのが何よりの証拠だ。先ほどから定期考査準備のために進めるべき問題集の内容が欠片も頭に入ってこない。一か月ほど先に予定されている学期末考査である今回のテストで情けない点数を叩き出してしまうと、クリスマスや正月と楽しみな行事目白押しな冬休みを強制的補講フルコースという地獄へと塗り替えられてしまうので要注意なのだが、まぁさすがに赤点取るほど不真面目な生徒ではないし、元々今日一日勉強に集中できるなんて考えていなかったので問題はない。あるとすれば彼女のいない身としてはどの行事も男友達と悲しく楽しむしかない点か。
新品同然の――事実として購入してから一年しか使っていないのだが――勉強机から顔を上げ、俺は首を鳴らしながら背もたれに深く体重を預けた。照明の光が目を射る。
黙考することしばし――結論を導き出す。
「やはりこんな日に勉強は無理だ。飯だな」
前半と後半の繋がりがないように見えるかもしれないが、実はこの二つは『だからゆえに』で繋げても問題ないほど密接な関係を保持している。
なぜなら今日一日俺から勉強意欲を奪い去っている原因は昼食を早々に食べ終えた時間から始まるのだ。万事準備完了で望むべきだ。持て余した時間に朝食を取り終え、十分にエネルギーを消化し終えた体で待ちわびた――ゲームに興じる。
「うん……自分で言うのもあれだが、日曜の昼からゲームの為に準備万端とは色々駄目だな……」
これでは重度のネットゲーマーと大差ない。
問題集を本棚に押し込んだ俺は自室から出て、リビングへと向かった。正直日曜日だからと十時過ぎに起床してから朝食を補給した肉体は空腹を訴えていないのだが、よもやフルダイブ型のゲームに満腹状態でログインする訳にもいかない。
詳しいことを知らないせいで余計に怖いのだが、肉体への感覚――具体的には体性神経系が全てキャンセルされた状態だと排泄物などはどうなるのか? という深淵なる恐怖の疑問が脳裏に浮かぶ。
飯食べる前に確実に食欲を削ぐようなトピックスだと思うが、実に気になる。
あのゲームを無事に購入してから何度も繰り返してきたことだ。なぜならトイレに行きたいなどという欲求は腹に食料を溜めこめば必然と起こるものであり、そこに自身の欲求は関係ない。自分の意思でトイレに向かうのもある側面としては事実だが、それは自分で望んだ行動というより、カタストロフを防ぐためトイレに向かう選択肢が最良であるがゆえに消去法で選んでいると考えられる。それにこんな恐ろしいこと考えたくないが自分の意思でストッパーを掛けておくからトイレに行くまでの道中では安全が保障されている訳でもある。つまり心臓が鼓動を鳴らすのと同様にトレイに行きたくなるという衝動そのものが胃や腸などの消化器官が無意識化に行っている物だとするならば、逆に防衛線を張るための意思が欠如した状態は非常に危険と言わざるを得ないのでは――
「――ヤバい。早く飯食うぞ」
ベッドの上で倒れ込んだ状態でカタストロフを引き起こす自身の姿を想像してしまった俺は背筋を震わせ歩幅を広げた。片開きのドアを開け、ダイニングへ。
2DKのこの家は一人暮らしにはいささか……どころか無駄に広い。キッチンが必須なのは当然だとして、男の一人暮らしなら飯ぐらい自分の部屋で十分だ。二部屋を豪華に寝室と勉強部屋に分けているが、むしろ移動の手間があって面倒だと感じるほど。中学校まで狭い部屋で暮らしていたせいで貧乏性が強いのだろう。
ならこんな場所に住むなよ、と言われそうだが、誤解の無いように説明しておくと俺は一人暮らしを始めるに至る時、1Kの物件でいいと伝えたのだ。それがどう解釈されたのか、よりにもよって高級住宅のマンションの一室になったのだから当時の俺が部屋を直接訪れた際にあんぐり口を開けたのは言うまでもない。
「まあ、気持ちがわからない訳でもないけどな……」
俺は苦笑し、これまたこの家に相応しく、俺にはとても不釣り合いな高級冷蔵庫を開ける。狭い場所に置けて中には沢山の食材が入る、なんてありがちな謳い文句で宣伝されていた品らしいが、中にレトルト食品や冷凍食品、料理の経験が浅い男子が適当に料理するために買い揃えた少量の野菜や肉しか保管されていない状況は随分な宝の持ち腐れに感じる。最大容量の半分を超えた状況を拝んだことは一度もない。
一万人に選ばれためでたい日だ。久々に手料理するか。
本当は他の人間と同じように店に徹夜で並んで苦労したのではなく、あの人のコネで手に入れただけなのだがそんな真実はひねり潰し、俺は適当に食材を引っ張り出す。とはいえ、俺に作れる料理などカレーやシチューなどの調味料パッケージに作り方が記載されているものか、シンプル・イズ・ベストな野菜炒めやチャーハン程度。男の一人暮らしに大活躍の調味料が切れているため、必然的にメニューは後者二点に決定。
「よっしゃ、やりますか」
しばし、空しい男一人暮らしの家に呑気な鼻歌と油のはねる音が響いた。
「明日提出の宿題オッケー。友人との約束事も無し。夕飯の用意は適当に冷凍食品で済ますから問題なし。――トイレも行った。うん、完璧だ」
十分で調理、十分で完食。三十分かけて余念なくトイレやらの準備を終えた俺は寝室のベッド前に立っていた。指折り数えて懸念事項をクリアしてからベッドに膝を立てて、アイボリーのカーテンを閉め切る。十一月を迎えた今日この頃はどんよりとした雲が覆っているため、窓から日光が差すほどでもないが、部屋は暗くしておいた方がいいようなので素直に従う。ネットゲーム初心者の人間が無知に無謀な行動を取るものではなかろう。
上下長ジャージのラフな格好で仰向けに寝転がり、俺はつい数日前購入した《それ》を取り出した。
《ナーブギア》。
それこそが俺がこれから向かう剣で彩られた仮想世界、VRMMORPG――《ソードアート・オンライン》を動かすためのゲームハード。
見た目こそ流線型のどっしりとしたヘッドギアで、どこの兵隊の防弾ヘルメットだよと突っ込みたいが、これこそかの天才物理学者にして天才ゲームデザイナーの茅場晶彦が独自に作り出した現状存在する唯一の仮想世界を生み出す機械なのだ。ちょっと地元でも有名な進学校に通っている程度の俺が心配するなどおこがましいだろう。
それに見た目に文句を言う心配などない。これから向かう仮想世界は現実世界と隔離された場所であるのだから、現実世界の俺が無様にベッドでいびきをかいていようが、ナーブギアに固定されていようが関係ない。
「――よし、行くかぁ!」
ぱぁん、と頬を叩いた俺は高まる高揚を隠そうともせず叫んだ。
時計が正午間近になったのを確認し、ナーブギアを被る。リモコンで照明を切り、視界が黒一色で埋め尽くされる。俺はリラックスした態勢で全体重をベッドに預けた。
そして――
自分の人生を大きく変えたであろう、その言葉を紡いだ。
「リンクスタート!」
二〇二二年十一月六日、午後一時。
金崎颯斗、ログイン開始。
後書き
原作ヒロイン勢の中で僕っ子ことユウキをこよなく愛する作者の妄想が具現化したような小説――のはずなのに、何故かメインヒロインを出せずに一話を終えてしまいました。
あまり一話を長くしたくない人間のため、これからも一話の文字数はこの程度だと思います。ご了承を。
次回には早速ユウキを登場させようと思いますので、これからもこの作品とお付き合いお願いします。
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