亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)
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第九十九話 終焉の地
帝国暦 486年 10月13日 第一特設艦隊旗艦 ハトホル ヨッフェン・フォン・レムシャイド
「では貴族連合軍を編成すると?」
『うむ、そちらに送りだす』
ブラウンシュバイク公が頷いた。
「しかしそれは……」
『そういう形で淘汰するしかない。そう考えている』
私が黙り込むとブラウンシュバイク公が言葉を続けた。
『改革は急務だ、そして反対する貴族達は多すぎる、しかも軍は再建途上で使う事は出来ぬ。それらを考えれば貴族達はそちらに送りだして始末してもらうほかないという結論になる、そうであろう』
「……」
その通りだ、言葉が出ない。
ブラウンシュバイク公の言う事は分かる。現状を考えればそれしかないだろう。改革を行うには力が要る、しかし軍が再建途上で有る以上、政府には十分な力が無いのだ。となれば帝国政府に代わって誰かに貴族達を始末してもらうしかない、それが自由惑星同盟軍というわけだ……。
部屋の空気がのしかかるかのように重くなった。第一特設艦隊旗艦ハトホルに用意された私の部屋。VIP用の部屋なのだという、机やテーブルの他にソファーも有る。今この部屋には私の他には誰も居ない、スクリーンに映るブラウンシュバイク公が居るだけだ。にもかかわらず何故こんなにも空気が重いのか……。
「兵力はどの程度になるのでしょう?」
『参加者は結構な数になるようだ。十万隻は超えるだろうな、十五万隻に達するかもしれん。何と言っても武勲を上げればエリザベート、サビーネの婿になれるかもしれんと貴族達は張り切っている。慾の皮の突っ張った奴らだ、そうは思わんか?』
「なんと、御息女を餌、いや利用されるのですか?」
『餌にするくらいしか役に立たん』
そっけない、そして露骨すぎる言い方だ。
「総司令官はどなたに?」
『さて誰になるかな、ブルクハウゼン侯爵かジンデフィンゲン伯爵か……。まあ誰でも良いな』
気の無い返事だった。ブラウンシュバイク公にとっては誰が率いるかはどうでもよい事なのだろう。
『いずれ出兵の詳細が決まれば連絡する。だがその前にトリューニヒト国防委員長達にこちらの考えを伝えて欲しい』
「邪魔だから潰して欲しいと?」
『そうだ。それと和平を諦めないで欲しいと』
「いささか虫が良すぎますな」
私の返答にブラウンシュバイク公が憮然とした。
『分かっている、そこを頼む』
「……」
『あの連中が居たのでは改革も和平も進まぬのだ。同盟の和平派にとっても邪魔な筈だ』
「……確かにそれは有るかもしれません。なんとか交渉して見ます」
『うむ、頼む』
通信が切れた途端溜息が出た。さてどうする? 厄介な問題だ、先ずはヴァレンシュタインと話すべきか……。
部屋にヴァレンシュタインを呼ぶと五分ほどでミハマ中佐とともに現れた。ヴァレンシュタインは何時も通りの平静な表情だがミハマ中佐は多少緊張している。
「済まぬな、忙しいであろうに呼び立ててしまった。だが艦橋では話せぬ事なのでな、こちらへ」
ソファーに座る事を進めると
「いえ、構いませんよ。後四日ほどでハイネセンに着きます。私が艦橋に四六時中張り付く必要性は有りません」
と答えながら座った。
「実は今ブラウンシュバイク公と話していたのだが帝国では厄介な事になっているようだ」
「厄介ですか」
ミハマ中佐の表情が曇ったがヴァレンシュタインの表情は少しも変わらない。なんとも可愛げがないというか遣り辛いというか……。
「貴族達が軍事行動を起こそうとしているらしい」
「内乱ですか?」
「いや、同盟に攻め込もうとしているようだ。勝利を得る事によって武威を振りかざし改革を廃止させようとしている。不満を抱く平民達を戦果によって威圧しようとしているようだ」
ミハマ中佐が驚いている。そんな彼女を見てヴァレンシュタインが楽しそうに笑い出した。
「中佐、騙されてはいけません。貴族達が、なんて言っていますがそういう風にし向けたんです。そうでしょう、レムシャイド伯」
ミハマ中佐が益々驚いて私とヴァレンシュタインの顔を交互に見た。ヴァレンシュタインは笑うのを止めない。
「今の帝国軍は再建途上ですからね、邪魔な貴族は私達に殺させる事で無力化しようとしている。まあ強かというか非情というか、ブラウンシュバイク公もやりますね、リヒテンラーデ侯に負けてはいません」
「……その辺にしてくれんか」
「お気に障りましたか、でも褒めているんですよ」
げんなりした。ミハマ中佐が溜息を吐いた。
「そちらの本心を言えば帝国としては邪魔な貴族達を同盟に始末して貰いたい、そういう事ですね?」
ヴァレンシュタインが念を押してきた。ニコニコしている。
「まあ、そうだ」
「ハイネセンに連絡しては如何です?」
「卿はどう思うのだ?」
「基本的に賛成ですよ、説得には協力します」
とりあえず第一関門は突破か、良い兆候なのだろうか、そう思いつつハイネセンのトリューニヒト国防委員長に連絡を取った。
『何用ですかな、レムシャイド伯爵。ヴァレンシュタイン中将、君もか。ん、そちらに居る女性は?』
「ミハマ中佐、私の副官です」
ミハマ中佐が頭を下げるとトリューニヒト国防委員長が頷いた。特に驚いた様な表情は無い、彼もミハマ中佐の事は知っているようだ。
『それで?』
ヴァレンシュタインは何も言わない、帝国政府の案件だ、私から言えという事だろう。今度は言葉を飾らずに話す事にした。
「実は貴族達が同盟に向けて出兵します。兵力は十万隻を超え十五万隻に近いと思います。政府がそういう風にし向けました。彼らは和平を結ぶにも改革を行うにも邪魔です。その始末を同盟軍にお願いしたい、ブラウンシュバイク公はそのように考えています。本来なら帝国軍が行うべき事です。しかし残念ですが帝国軍にはその力が無いのです」
トリューニヒト国防委員長が息を吐いた。
『随分と虫の良い依頼ですな。和平を結びたければ連中を始末しろ、そう仰るのですか』
「虫の良い願いだというのは分かっております。しかしくどいようですが我々が和平を結びこの宇宙から戦争を無くすには彼らの存在は邪魔です。帝国はルドルフ大帝の負の遺産を切り捨てたい、そう考えているのです」
トリューニヒト国防委員長が唸り声を上げた。
『しかし貴族達が攻めてくれば主戦派を勢い付かせる事になりかねん。……ヴァレンシュタイン中将、君はどう思うかね?』
「例のレベロ財政委員長が請け負った調査依頼ですが結果は如何なのでしょう?」
『あれか、事実だったようだな』
はて? と思った。二人とも私には分からない話をしている。ミハマ中佐も不思議そうな表情だ。いやトリューニヒト国防委員長も訝しげな表情をしている。ここで問われるのは想定外だったか。
「となると、後は送り主と本当の受取人の繋がりを暴くだけだと思いますが……」
『それはそうだが……、何を言いたいのかね?』
「貴族達にはフェザーン回廊経由で同盟に攻め込ませてはどうかと思うのです……」
『フェザーン経由で? ……なるほど、そういう事か……』
トリューニヒト国防委員長が唸り声を上げている。
「帝国も同盟も全部纏めて邪魔な連中を潰しましょう。一気に仕上げにかかるべきですよ」
『……分かった、他の連中にも話してみよう。レムシャイド伯、我々の正式回答にはもう少し時間を頂きたい』
「分かりました、ところで今の話だと攻め口はフェザーン回廊の方が宜しいのかな?」
『多分、そうなるでしょうがそれも含めて回答します』
「分かりました、良い返事をお待ちしておりますぞ」
トリューニヒト国防委員長が頷いた。
『ヴァレンシュタイン中将、済まないが後で連絡する』
「分かりました、お待ちしています」
通信が切れてスクリーンが真っ暗になった。ヴァレンシュタインに視線を向けると彼が肩を竦めた。
「ま、なんとかなりますよ」
「そのようだな」
「但し、始末料は頂きますよ、レムシャイド伯」
含み笑いをしている。嫌な予感がした。
「あまり高額にはしないでくれ」
ヴァレンシュタインが声を上げて笑い出した。
「けちけちしないでください。貴族達を始末すればその財産だけで帝国の財政は改善します。平民達の鬱憤も解消する、帝国の抱える問題の半分くらいは解決したも同然ですよ、そうでしょう?」
「……まあそうかもしれん」
「おまけに自分の手は汚さない」
「……」
溜息が出た、私だけじゃない、ミハマ中佐もだ。悪魔と取引するのはこんな感じかもしれない……。
宇宙歴 795年 10月13日 第一特設艦隊旗艦 ハトホル エーリッヒ・ヴァレンシュタイン
レムシャイド伯に呼ばれた三時間後、俺は自室でトリューニヒト、レベロ、ホアンの悪徳政治家、それプラス嘘吐き軍人のシトレと話し合っていた。俺は性格的にこいつらと仲が良いわけではないんだが、仕事だからな。宇宙の平和のためにやむなく悪党共と協力している。
『トリューニヒトから話しは聞いた。貴族達をフェザーンに攻め込ませる事でボルテックをサンフォード議長に泣き付かせようという事か……』
「まあそんなところです」
俺の言葉にレベロがウーンと声を上げた。
『上手く行くかな、皆心配しているのだ。一つ間違うと主戦派を勢いづかせるだけだろう』
今度はホアンだ。
「上手く行かせるんです。向こうは本気ですよ、一千万人以上切り捨てる覚悟をしています。虫のいい願いかもしれませんが何処かであの連中は無力化しなければならないのも事実なんです。同盟領に攻め込んでくれるのなら大助かりですよ」
皆渋い顔だ。ノリの悪い奴は嫌われるぞ。
「貴族達が同盟に攻め込もうとしていると同盟側に正式に伝わった時点で最高評議会で同盟領内で迎撃すると宣言してください。その上で貴族達をフェザーンに攻め込ませるんです。サンフォード議長はなんとかフェザーンを救おうとするでしょうが兵の運用は軍に一任という事で突っぱねてください」
『……』
「ボルテックはサンフォード議長が当てにならないとなればトリューニヒト国防委員長に接触する筈です。何とか助けてくれと泣きついて来る。そこでボルテックにサンフォード議長を切らせるんです。助けて欲しければサンフォード失脚の材料を提供しろと言うのですよ。それを利用してサンフォード議長を失脚させる、そして政権を取る!」
四人が唸っている。“なるほど”、“上手く行くかも”等と言っている。
『実際には貴族達がフェザーンに攻め込む前に帝国領へ踏み込んでの迎撃戦という事かね?』
「いえ、フェザーンは一度貴族達に占領させます」
シトレと俺の遣り取りに他の三人が、いやシトレを含めて四人が驚いた様な表情を見せた。
『正気かね、君は』
レベロが俺を非難した。
「正気です、その方が勝ち易いですからね」
『しかし』
言い募ろうとするレベロを遮った。
「レベロ委員長、貴族連合なんて烏合の衆ですよ、軍規なんて欠片も有りません。フェザーンを占領したら連中遣りたい放題でしょうね。略奪、暴行、殺人、破壊、フェザーンは無法地帯になります。フェザーン人は大勢死ぬでしょうが心配はいりません。来年はそれを補う子供が沢山生まれます、父親は不明ですが」
四人の顔が引き攣っている。
「もしかするとフェザーンでは貴族達とフェザーン人の間で抗争が起きるかもしれません。結構ですね、大いに結構です。こちらは連中に気付かれる事無く近付く事が出来ますしフェザーンには我々は解放軍だと宣伝出来ます。歓迎されるでしょう、真実を知るまでは」
『君は、正気かね』
声が震えていた。その言葉は二度目だぞ、レベロ。
「正気です、一度フェザーンを根本から叩き潰さなければなりません。何故なら今のフェザーンは地球教が創ったフェザーンだからです」
『……』
「帝国を見れば分かるでしょう、彼らはルドルフの負の遺産を切り捨てようとしている。一千万人以上殺す事で新しい帝国を創ろうとしているんです。それがどれほど苦しくて痛みを伴う事か……。しかしフェザーンは違う」
『……』
「フェザーンは変わろうとしていません、自分達が繁栄している所為で危機感が全く無いんです。危険ですよ、このままでは地球教はフェザーンで生き残りかねない」
四人が沈黙した、唸り声さえ上げない。
『……だから潰すというのかね』
「その通りです、シトレ元帥。彼らが自らの意思で変わろうとしない以上、我々が潰すしかない。一度叩き潰して彼らに自分達の手で新しい国家を創らせるんです。そうでなければフェザーンは普通の国家になりません」
地球教とは無関係の人間が何人、いや何万と死ぬだろう。怨め、憎め、罵れ、だが俺は退くつもりは無い。ここまで来た以上、中途半端に終わらせる事は出来ない。貴族達がルドルフの負の遺産なら地球教と連中が作ったフェザーンは人類の負の遺産に等しい。切り捨て、叩き潰さなければならない……。
フェザーン劫掠、だな。貴族達にとっては人生最大のそして最後の楽しみだろう。その思い出を持って地獄に行け、俺は親切な男なのだ、あの世で退屈しないように思い出を作らせてやる。そして精々派手に楽しめ、その事がフェザーンを崩壊させるだろう、フェザーンは貴族と地球教の終焉の地となる……。俺はお前達の最後の饗宴を楽しく拝見させてもらう、それがどれほど醜悪で有ろうとも……。
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