空を駆ける姫御子
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第三話 ~アスナが勧誘されるお話 前編【暁 Ver】
前書き
『暁』移転版の第三話。アスナのバリアジャケットは『ゼイラム 2』が元ネタ。
────── 彼女、空を『駆ける』んですよ。……本当に自由に。
時空管理局 古代遺物管理部 機動課六番目の部隊。通称──── 『機動六課』
『ロストロギア』がらみの危険な任務や『レリック』の回収を専門とした実働部隊。その部隊長室において彼女──── 『八神はやて』二等陸佐は一人の少女の資料に目を通していた。
機動六課が設立されてから早二週間。設立の『真の目的』はおおっぴらに話すわけにはいかない為に殆ど身内で固める結果になってしまったが、彼女は概ね満足していた。それに……将来が楽しみな新人が四人も入ってくれた。
そんな彼女がなぜ今更──── しかもすでに『除隊』している人間に興味を持ったのか。それは今から三日前に、二人の新人と昼食を共にしたときだった。
「む。座る場所があらへん」
八神はやてはいつものように山のような書類と格闘し、少し遅めの昼食を摂る為に食堂へ足を運んだ。食堂とは言ってもシンプルで機能的な丸テーブルが幾つも設置され、大きな窓から差し込む日差しと相まって品の良いオープンカフェのような佇まいだった。
カウンターで目的の料理を注文し、いざ座ろうとしたところ席が一杯で座る場所がない。六課の食堂はかなり広いスペースを誇っているが、今日はいつにも増して空席が見当たらなかったのだ。トレイを持ったまま暫し立ち尽くしていたが、埒があかないと考えたのか鳶色したショートヘアを揺らしながら、部隊長室へ向かおうとしたところ一人の少女に声をかけられた。
スバル・ナカジマ──── 訓練校を卒業後に陸士三八六部隊に於いて災害救助を担当していたところをはやてがスカウトした新人だ。いつも元気で、前向きで。彼女たち新人組──── 『フォワードチーム』のムードメーカー的な存在でもあった。感情が先走る傾向があるために『猪』のような印象を受けるが、実際は訓練校での成績もトップクラスの才媛でもあり、気遣いが出来る器量もあるので緩衝材としての役割も担っていた。……今は脳天気な顔をして手を振っているが。その姿に少し苦笑しながらスバルへと近づいた。
「ありがとうな。助かったわ」
「いえいえ」
スバルの横を見ると同じ部隊で災害救助に就いていたもう一人の少女がいた。彼女もスバル同様、はやてがスカウトした新人の一人だ。幼い面影を残しながらもどこか達観した大人のような雰囲気を漂わせているが、夕焼け色した髪を左右で結わえている姿は年相応にも見えた。
ティアナ・ランスター──── 訓練校を首席で卒業し指揮能力も非常に高く、フォワードの中では年齢が一番上な事もあって『お姉さん』的役割を担っている。本人は否定しているが。スバルの話によれば、以前まで何かに取り憑かれたように『執務官』を目指していたが、現在はそれほど固執してはいないらしい。
「ごめんなぁ。相席ええ?」
ティアナは微笑みながら「かまいませんよ」と返した。なんとなく話題作りの為に、むりやり若い女の子とコミュニケーションを取ろうとしている中間管理職(実際にはやては六課の課長でもあるが)のおっさんのような気分を味わいながら、思うだけではなくそれを告げると彼女たちは声を上げて笑った。
はやては自分で言うのも何だが、こんなところが自分の長所だと思っている。組織の中にいる以上、上下関係は必要ではあるが、階級や役職が上だからと言ってあまりにも他人行儀なのは寂しい。はやてにとって六課のメンバーは仲間であり『家族』という認識だった。今思えばこれが──── どこにでも有り触れた『偶然』が。運命という名の歯車が、噛み合わさる瞬間であった。
「変わった子?」
雑談に花が咲き、ティアナとスバルの訓練校時代に話が及ぶと、ティアナの口から『変わった子がいた』と聞かされた。訓練校を卒業すると同時に、なんの躊躇もなく辞めてしまったらしい。
「どう変わってたん?」
『彼女』の兄曰く、『軽めの社会不適合者』。訓練校始まって以来の問題児。自分からは殆どコミュニケーションをとらず、あまり表情が変わらない上に無口。自分より年上の人間や教官にさえ敬語を使わず、自分が納得できない教導は絶対にやろうとしなかったと言う。
「でも、ティアの言う事はちゃんと聞いたよね」
「それは、アンタもでしょ」
ティアナに指摘されたスバルは、短く切り揃えられた青い髪を僅かに揺らしながら肩を竦める。彼女たちの言う事は聞いたらしいが、この手のタイプはやたらとプライドが高い人間に多い。
「そないな子がよく卒業できたなぁ」
「ただの問題児でしたら退学でしたでしょうね。『魔力』は持ってましたけど、『リンカーコア』がありませんでしたし。彼女の体自体が魔力を生成する器官だとか、何とか。……入学の際もそれが原因で一悶着あったようです」
はやては特に驚きはしなかった。ここ『ミッドチルダ』では『リンカーコアが無ければ魔法は使えない』というのが一般論であり常識だが、彼女は第97管理外世界『地球』の出身だ。地球での常識は持ち合わせているし、世の中には不思議な事がたくさんあるとも思っている。だからなのか、リンカーコアが無くとも魔力を持っている人間がいても不思議ではないと考えていた。……それでもミッドチルダでは珍しいということには変わりはないが。
「彼女、稀少技能持ちなんです」
「あぁ、『特例措置』かぁ」
ミッドチルダでは魔法に分類されない能力を稀少技能と呼び、その名の通り稀少さ故にその能力を持っている者は、話に出てきた彼女ように訓練校などの入学規制が緩和されたり、昇級試験などの際に優遇される。はやて自身も恩恵を受けた一人だ。
ティアナは「そんな事を抜きにしても」と語る。自分たちもそして訓練校の仲間や教官も含めてみんな彼女の事が大好きだった。誤解されやすいが、感情を表に出すのが苦手で人見知り。他人の目を全く気にしないから、あられもない格好でウロウロしているのを私とスバルで慌てて保護したり、お兄さんとの連絡を毎日欠かさず、それを揶揄うと顔を真っ赤にして。そして───── あり得ないほど強かった。
途中だった食事にも手をつけず、何かを考え込んでいるような仕草をしている自分の上司を見ながら、ティアナは内心で舌打ちをした。些か『喋りすぎた』か、と。彼女が、訓練校卒業後に辞めていった理由もティアナは何となくではあるが察していた。彼女の『兄の力になりたい』という思いは、既に達成されている。管理局に居続けるメリットはない。ティアナは悪い予感しかしなかった。取り敢えず内心で、目の前にいる可愛らしい上司が強引な手段に出ないことを祈ったが──── その願いは虚しくも裏切られることになり、ティアナはこの時の自分を全力で張り倒したい衝動に駆られる事になる。
訓練校時代に変わり者として名を馳せていた彼女は、その比類なき強さ故に天才とも呼ばれていた。馬鹿を言うなとあたしは思う。恐らく、スバルも同じ気持ちだろう。確かに彼女は、天才の類いなのかも知れない。元々、身体能力もずば抜けて高かったと聞いている。だけど、彼女は才能の上に胡坐をかいてなどいない。彼女の体には目立つ物はないが、数多の傷が確認出来る。手の皮膚は硬くなってまるで男性の手のようだった。そんな手を一人きりになると少しだけ残念そうに見ていることなど──── 誰も知らないだろう。
あたしとスバルは六課に来てから日は浅い。目の前にいる上司の人となりは好ましいと思うが、時として強引な手段を使う人であるという噂だ。六課の設立自体が『そう』だと聞いているし、一部隊を知り合いで固めてしまうなんて普通は出来ないはずだ。現に、なのはさんとフェイトさんは出向扱いで六課に来ている形だ。実験部隊という側面はあるだろうけど……いけない、思考が逸れてきた。要は強硬な手段に訴えて彼女を引き込む可能性も否定できないと言うわけだ。
久しぶりに懐かしい娘の話が出た。ちょっと怖い感じだった頃のティアとあたしは、もっと『怖い』娘と出会ったんだ。それが彼女だった。数え切れないくらいのトラブルを巻き起こしたし、あたしもティアも巻き込まれた。うん、だけどそれが楽しかった。ティアもきっとそう。絶対に否定するだろうけど。紆余曲折あって、あたし達三人に『もう一人』加わって……横道に逸れながら卒業まで四人と真っ直ぐ走り抜けた。その御陰で頑なだったティアは少しだけ丸くなったし、あたしはもっと自分の『身体』が好きになれた。彼女にはきっと──── 人を変える力があるんだ。
卒業と同時に辞めてしまったのは、ビックリした。もしかしたらもう一度、一緒に戦えるのかな。八神部隊長を見てると引き込みたい感じだけど。
食事を終えて二人と別れた八神はやては部隊長室へ戻る道すがら二人から聞いた彼女の事を考えていた。
『……そんなに気になるのでしたら資料を取り寄せてみてはどうですか? そうです、北部第四陸士訓練校です。はい、そうですね。あたし達の担当教官宛でいいと思います。教官の名前は、ヨハン・ゲヌイト。彼女の名前は、アスナです──── アスナ・桐生』
八神はやては部隊長室に戻ると、待ちきれないとばかりに自身の端末を立ち上げた。端末から軽やかな電子音が鳴ると、展開されたスクリーンへ『アスナ・桐生』の訓練校時代の資料が表示される。添付されている画像データの第一印象は『美少女』。白い肌と瞳の色が左右違うのも神秘的な印象だった。だが、どの画像データを見ても表情が均一で微妙に視線を合わせていないのが少々気にはなったが、ティアナの『変わり者』という発言を思い出して特に気にするべきではないと判断した──── この判断が後に甘かった事を知るのはもう少し先である。視線をパーソナルデータへと移す。
「身長164cm、B84、W57、H85……ティアナやスバルもそうやけど、15歳でこれかいな。神様は不公平やなぁ。血液型は、B型か」
女性としては長身だろう。少なくとも、なのはよりは高い。フェイトと変わらないだろうか。八神はやても決してスタイルが悪いわけではないのだが、六課メンバーはモデルのような容姿の持ち主が多い。八神はやては少々背が低いのが悩みの種で、密かに背の高い女性を羨ましく感じていた。彼女は何となく悲しい気分になりながら資料を読み進めていく。彼女はすでに除隊している為に辞めた時点のデータではあるが、八神はやてには十分だった。
「陸戦A……ティアナとスバルよりもワンランク上やな。魔法体系は近代ベルカ式で……あ、『騎士』で登録してるんやね。戦闘スタイルは『我流』の近接格闘術。ほんまスバルと似とるな。スバルはシューティングアーツやけど。特記事項? なんやろ」
シグナムから一人言が多くなりましたねと指摘されたことがあるが、その通りだと苦笑しながら資料を更に読み進めていく。
『1.完全魔法無効化能力』
彼女の意思に拘わらずありとあらゆる魔法事象を『魔力素』へと分解する。常時展開型であり、シールド系の魔法やバリアジャケットすら意味はない。当然、バインド系の魔法も彼女を拘束するには至らない。万能であるように思えるが、唯一の欠点は味方の魔法でさえも無効化してしまう点だろう。
*Sランクレベル(推定)の魔法攻撃を無力化した事例あり』
「……凄いな」
多くの『魔導師』、特にミッドチルダ式の魔導師にとっては殆どの攻撃手段を封じられる事になる。
『2.魔力素固定化能力』
彼女は空気中にある『魔力素』を『固定化』出来る。(固定化した箇所は判別不可)これにより固定化した箇所を足場とし、空戦魔導師を相手に戦闘が可能。(戦闘中、固定化した部分を『掴んで』急激に方向転換したり、直角に駆け上がったりしている事例も確認されている)魔導師は空気中の魔力素をリンカーコアに取り込み『魔力』に変換した後に使用するが、彼女は魔力素を『魔力素』のまま使用出来るとも言える。非常に稀有な能力だと考察する。
「……スバルのウイングロードと、ちょう違うなぁ。あれ?」
『3.詳細不明』
模擬戦に於いて幾度か彼女に攻撃しようとした訓練生が『意図したところとは別の場所』へ攻撃してしまう事象を確認している。(該当する訓練生に事情を聞いても『避けられた』という認識だった)彼女は一歩も動いておらず、魔法の発動も検知されていない。精神操作系の能力だと思われるが、彼女の返答が要領を得ない為に詳細は不明である。
どの能力も稀少技能として分類するには首を捻らざるを得ないが、便宜上分類する。我々が知り得ない『未知の力』と言えるかも知れない。以上が、アスナ・桐生に関する報告である。
PS.八神二等陸佐殿
これは訓練校にて、彼女たちを担当した教官という立場ではなく、一個人としての願いです。彼女は少々癖のある人間ではありますが、『人』として正しくもあります。周囲から誤解を受けることが多々あると思いますが、もし彼女が六課に入ることがあるのであれば──── 宜しくお願い致します。彼女に必要なのは『理解者』なのです。誠に勝手な願いではありますが。
北部第四陸士訓練校 戦技教導官 ヨハン・ゲヌイト
はやては大きく息を吐き出す。
──── 教官も含めてみんな彼女の事が大好きだった
顔が自然と笑みになっていくのを、はやては感じていた。彼女はとんでもない逸材と──── 六課にとってなくてはならない人材を同時に見つけたのかも知れなかった。資料には画像データとは別に動画データも添付されていた。
士官学校の生徒と行われた交流戦の動画データのようだ。はやては少し渋い顔をした。魔法が一般的であるミッドチルダでは魔法を使えない人間を見下す人間が少なからずいる。そして士官学校の生徒も、自分達のように『空戦適正』が無い……つまり空を飛べない陸士達を見下す傾向があった。結果として、お世辞にも仲がよいとは言えず。それをどうにかする為の交流戦ではあったが、両者の溝を埋める事は難しかった。
空に三人の空戦魔導師が浮いている。まだ生徒とはいえ交流戦に出てくるのだ。ランクもそれなりに高いはずだ。それに……空も飛べない魔導師に自分たちが負けるはずが無いとでも思っているだろう、一様に楽観的な笑みを浮かべ雑談までしている余裕ぶりであった。そこへ──── 彼らが浮いている空へ見えない階段を登って来るように一人の少女が現れた。非常に高度なパントマイムを見ているようだ。
そして少女は彼らと同じ高度まで登ると立ち止まる。見た目は彼らと同じように空に浮いている。だが、彼らは驚きを隠せないようだ。それはそうだろう。何かしらの魔法を使うわけでもなく、かと言ってスバルの『ウイングロード』のようなものでもない。本当に散歩にでも行くような足取りで、『歩きながら』登ってきたのだから。
背の中程まで伸ばされた橙色をした髪が風に揺れている。はやての目を一層引いたのは彼女のバリアジャケットだ。青を基調とした体にフィットしたインナー。恐らくこれが、バリアジャケットなのだろう。その体の上から空に浮かぶ雲のように白いプロテクターが、身体の各部を守るように展開されていて足下は白いブーツで固めていた。左腰に下げられたシースには大型のナイフが納められているようだ。そして頭部にはアイマスクのようなゴーグルをしており解析などに特化した物なのだろうと推察する。
六課メンバーのバリアジャケットは良くも悪くもデザインに凝ったものが多かった。彼女自らがデザインした『騎士甲冑』は単に彼女の趣味ではあるが、一般市民に対して不用意に威圧感を与えないという点を考えれば、六課メンバーのバリアジャケットは合格点と言えよう。
それに比べ彼女のバリアジャケットは、SFなどに出てくる『戦闘用スーツ』を彷彿とさせた。そのデザインに加え、顔の上部を覆っているゴーグルの所為で表情が窺えない為に威圧感がある。近接格闘に特化していることが容易に想像出来るほどだ。更に訓練校時代には既に高度なデバイスを所持していた事になる。はやてが彼女のデバイスとバリアジャケットの考察をしていると、戦闘開始の合図が響き渡った。
合図と同時に件の少女が弾丸のようなスピードで一番前にいた男の懐に入り、アッパー気味の右拳を腹部へ打ち込む。はやてにはいつ動き出したのかもわからかったが──── あんなものを腹部へ打ち込まれた方は堪らないだろう。口元を抑えながら、くの字に折れ曲がった男の背中側へ彼女は一瞬で回り込んだかと思うと、組んだ両手をハンマーのように容赦なく背中へ打ち下ろした。男はそのまま錐揉みしながら地上へと叩きつけられ、ぴくりとも動かなくなる。はやてがあまりの苛烈さに冷や汗をかいていると、彼女は既に動き出していた。
驚愕したのは残りの二人だ。既に笑みを浮かべる余裕すらなくなっている。一人は少女から距離をとるために後退し、もう一人は持てる限りの魔力弾を生成すると同時に、少女を攻撃する。だが、当たらない。驚異的なスピードで空を縦横無尽に駆け回る少女に一発も擦りはしない。一人目と同じように男の懐へ入ろうとする少女を『障壁』で防ごうとするが──── そんなものは関係ないとばかりに、その場でくるりと回転しながら蹴りを男の顎へと叩き込む。為す術もなく墜ちていく男を確認しようともせずに少女は残りの一人を狩る為に自らを砲弾と化した。
距離をとっていた男は二人目が撃墜されている間に収束魔法を撃つためのチャージを完了させていた。そして自分へと突っ込んでくる少女へ躊躇なく砲撃を撃ち込む。放たれた砲撃の奔流へと少女は飲み込まれ、男は自分の勝利を確信するように笑った。だが──── 渾身の魔力を込めたであろう砲撃が、少女の手前で。全てが。幻のように──── かき消されていた。
──── 完全魔法無効化能力
男は驚愕に顔を染めたが、最早闘う術などない。すべての魔力を使い果たした男は目の前から消えた少女を必死に探していた。その時には既に男の背後に少女はいて──── 男が振り返ろうとする前に、右腕を鞭のように彼女は振るった。手刀は寸分違わず首へと吸い込まれ意識を刈り取る。男が完全に振り返っていたのなら、少女の唇が嗤いの形になっていたのが見えたはずだ。飛ぶことに疲れた鳥のように男は地上へと墜ちていく。勝者は大空に悠々と佇む──── 翼のない鳥だった。
彼女が最後の一人を撃墜した瞬間に、陸士訓練校の校舎と応援していた生徒達から大歓声が上がった。空から『歩いて』戻ってきた少女は生徒達からもみくちゃにされている。端末のスピーカーから聞き覚えのある声が聞こえた。
『こ、こらっ。アンタたち、どっから涌いてきたのよ! 離れなさい!』
『……なんかのお祭りですか?』
『ある意味ね』
『あんた達、道を空けなさいってば。教官! 何とかして下さい!』
『知らん。偶には良いだろう』
『……ゲヌイトのおっちゃんは、事なかれ主義だからな?』
『桐生候補生……後で教官室へ来い』
『……あれー』
『あんたはいつも一言多いのよ。……おまえら全員帰れ!』
『ティア、あれ見て。ビデオカメラ、記録してるよ』
『え、嘘』
『……いえーい』
『あぁ、もう……』
モニターの中から聞こえてくる彼女たちの喧噪を聞きながら、はやては笑っていた。圧倒的だった。実戦経験が少なく未熟だったとは言え、『空を飛べる』というアドバンテージを生かす間もなく三人の空戦魔導師が瞬く間に撃墜された。空を『駆ける』のも魔法が『キャンセル』されるのも、この目でしかと見た。あの戦闘力はベルカ式の『騎士』でも手こずるだろう。
善は急げだ。訓練校卒業後は実家に戻っていると聞いている。連絡を取ってこちらへ──── いや、だめだ。呼びつけるのは礼儀を欠くだろう。連絡後に、こちらから出向くのが筋だ。辞めたからにはそれなりの理由があるのだと思う。無理強いはしたくはないが、少しでもその気になってくれたら。そうだ、あの『二人』も連れて行けば、説得も楽になるかもしれない。などとあの『二人』が聞いていたら間違いなく渋い顔をするような事を考えながら、はやては決意する。
「よし。行動開始や」
そう言って彼女は風のように部隊長室から訓練場へと飛び出していった。『運命』という名の『偶然』に導かれ、二つの歯車が出会い──── そして様々な歯車と出会い噛み合うまで──── あと僅かである。
~アスナが勧誘されるお話 前編 了
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