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レンズ越しのセイレーン

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Mission
Last Mission アルケスティス
  (2) マンションフレール302号室 ② ~ マクスバード/リーゼ港 ①

 
前書き
 だけど、だけどだけどだけど――わ た し は 

 
 マンションフレールのエントランスに帰り着いた時、GHSの着信音が鳴った。ユティは電話に出つつ、エントランスのソファーに乱暴に腰を下ろした。

「ちょうどよかった。ユリウス。今こっちから連絡しようと思ってたところ」
『ルドガーは?』
「眠ってる。今までのストレスがピークに来たのね。ルドガー、ずっと『橋』にされるのは自分だと思ってたから」

 スピーカーの向こうから相手のGHSの筐体が軋む音がした。琴線に触れたらしい。

「シルフモドキでエルから手紙が来た。ルドガーへの謝罪状。自分がビズリーに協力して『カナンの地』に行くからルドガーは待っててくれって内容」

 朝早くにアルヴィンの家へ行ったのは何もアレを渡すためだけではない。エルとの唯一の連絡手段であるシルフモドキを先んじて受け取り、エルからの手紙を密かに握り潰すためだった。

『それをのうのうと見過ごすような面子じゃあるまい。今ルドガーの周りにいるのは、断界殻(シェル)を開いてリーゼ・マクシアとエレンピオスを統一したヒーロー連中だぞ。世界の瘴気汚染なんて許すと思うか』
「思わない。そして彼らは『魂の橋』以外の方法を見つけられなかった。ビズリーは今日、動く。ジュードたちにとって手近な『橋』候補は、ルドガーだけ。ユリウス・ウィル・クルスニク。この意味が分かるかしら」
『分かるさ。分かりすぎるくらいにな。――この電話が終わったら、アルフレドのアドレスをくれ』
「了解。じゃあ今日一日、待ちましょう。ビズリーが『魂の橋』を架けたのを察知次第、マクスバードのリーゼ海停に集合。いい?」
『ああ。それで構わない』
「じゃあ、さよなら。今日会えないことを願って」

 ユティは通話を切り、硬いソファーに頭を預けて瞑目した。
 ついにここまで漕ぎつけた。あと一押しで父の、そして愛する男たちの悲願が叶う。

(もう少しだよ。とーさま。もう少し……だけど。ユティは、)

 ユティはGHSを胸に押しつけ、閉じた瞼に隙間からの朝日を受けていた。




「…ガー、…ドガー」

 重い瞼を持ち上げる。薄暗い朝日と、それを遮る影がルドガーの目に入った。

「ユティ……」
「オハヨ。といってもお昼だけど。眠れた?」

 ああ、と答えた。久しぶりに熟睡した気がする。そういえばここのところ眠れなかったのだった。

「じゃあ行きましょう」
「…? どこへ」
「カナンの地」

 頭が冷水を被ったように冴え渡った。
 だが、ユティはそんなルドガーの内心を読んだように、昨夜と同じ笑みを湛え、ルドガーの頭を両手で優しく包んだ。

「ダイジョウブ。言ったでしょう? ワタシは約束を破らない」

 あなたを守ると、そう言われた。約束した。それを思い出し、ルドガーは俯いたまま首肯した。

 ベッドを出て、身繕いをする。その間、ユティは眠そうにこっくこっくと首を上下させていた。眠れたかをルドガーに尋ねたくせに、本人は夜更かししたらしい。

「ユティ。おい、ユティ」

 軽く肩を叩く。ユティは寝ぼけ眼でルドガーを見上げてきた。彼女は一度眼鏡を外すと、頭を振って、メガネをかけ直して立ち上がった。いつものユースティア・レイシィだ。


 二人(と一匹)で出発する前に、ルドガーは部屋全体を顧みた。

 部屋の片隅で静かに存在を主張する他人の荷物。増えたカップ。増えた椅子。様変わりした部屋。何もかもが。

(とうとうここまで来たんだな)

「どうか、した?」
「何でもない。行こう」

 ついにルドガーは、部屋を、出た。



 トリグラフ中央駅からマクスバードへ列車で行き、シャウルーザ越溝橋を渡って、リーゼ・マクシア側のマクスバードへ向かう。ルドガーもユティも無言で歩いた。ルルすら自分たちの緊張を察してか、鳴き声一つ上げなかった。

 ――マンションを出てルドガーが真っ先にしたことは、ジュードへの連絡だった。大事な話があるから集まりたい、と頼んで。するとジュードも、

『そう……あのさ、僕もルドガーに大事な用があるんだ。マクスバード/リーゼ港まで来てもらっていい? みんなもいるから』

 待ち合わせの時間はまだまだ先だが、先に着いて悪いことはないとユティに言われ、こうして向かっている。

 ルドガーは、ジュードたちと顔を合わせたら、真っ先に手を切ると宣言するつもりでいた。彼らが世界を救うならば、必ずルドガーかユリウスの命を奪いにくる。そして彼らが標的と定めるのは兄より自分のほうが可能性が高い。

(ごめん、ジュード。いくらお前でも俺の命はやれない。俺の命は俺のものだ。ヒトに好き勝手されるなんて許せないんだ)

 ――この時のルドガーは、心のどこかでまだ信じていた。ジュードたちは良心的な人間だ。ルドガーが本気で拒否すれば諦めてくれる。決して拳や刃を向けはすまいと。

 だが、それが逃避であったことを、ルドガーは思い知る。

 リーゼ港の埠頭で集まったカレラと対峙するように、今日まで音沙汰なかったユリウスが立っていた光景によって。 
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