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銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~

作者:鳥永隆史
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表彰式



『戦術シミュレート大会――勝者アレス・マクワイルド』
 名乗りがあがり、喜びに沸くアレスチームのメンバー。
 そんな中で一人、歩きだすアレスの前に立ちふさがった。
 銀髪をなびかせて、氷のように表情を変えないライナだ。

 敵チームであり、その無表情さから周囲が一瞬ざわめいた。
 アレスが怪訝に眉をひそめる。
 と。
「おめでとうございます――マクワイルド先輩」
 祝いの言葉とともに差し出されたのは、缶コーヒーだ。

 アレスは苦笑し、それを受け取った。
 ひやりと冷たいコーヒーに、アレスが笑う。
「ありがとう。フェアラート候補生――だが、こんなところにいていいのか?」
「あそこに混ざりたいとは思いませんね」

 ライナが一瞥した先は、悲鳴のようにテイスティアを攻め立てているフォークだ。
 テイスティアの策、行動、艦隊運動。
 それら全てがやり玉にあげられ、なぜいうことを聞かなかったのかと怒鳴る。
 それに対して二学年は知らぬふりをして、三学年は一緒になってフォークの言葉に同意し、一緒にテイスティアを口撃していた。

 敗者にしてはあまりにも見苦しい姿だ。
 いかに筺体付近は教官も観客も見ていないとはいえ、勝者であるアレスチームの人間はそれを見ている。
 説教をするならば二人だけの時にすればいい。
 だが、フォークにとっては見せつける事こそが目的なのだろう。

 なるほどとアレスが呟くが、助けようとはせずに、コーヒーを口にする。
 理不尽な説教など世の常だ。
 いちいち誰かに助けてもらう軍人など、必要がない。
 それにと、テイスティアが視線に気づいて、こちらに視線を向けた。
 その顔はフォークの言葉など聞いていないように、満足げで、小さく舌を出す。

 成長した――それは先ほどの戦いで、アレスはよく分かった。
 今更敵の慰めなど無用のものでしかないだろう。
 コーヒーを前に出せば、慰めの変わりに小さく動かして、口に含んだ。
 相変わらず、コーヒーは苦く。
「混ざりたいものではないだろうが、先輩をフォローするのは後輩の役目だぞ?」

「ええ。では、私も言ってまいります――アレス先輩と違い、説教は苦手なのですが」
 言葉に目を丸くしたアレスに、ライナは柔らかく微笑んだ。
「冗談です。御機嫌よう」
 そう呟いて、敗戦者の輪の中に向かうライナの背に、アレスは苦く笑う。

 全然冗談に聞こえないなと。

 + + +  

「そもそも最初の時点で、何故貴様は動かなかった。私やフェアラート候補生は敵を打破する目前であった」
「それは難しいと思慮いたします」
「な……に?」
 テイスティアに向いていた怒りの形相そのままにして、振り向いた先にはライナ・フェアラートの姿があった。

 厳しい視線を向けられても、ライナは微動だにしない。
「単に戦術的な戦いであれば、相手のセラン・サミュールは四学年でもトップレベル。それも同数であれば、容易に相手を崩すことは難しいかと」
「ふざけるな。私や貴様も相手を崩すことはできていた。こいつだけが」
「私が崩すことができたのは、グリーンヒル候補生がまだ戦術に慣れていなかったからです。フォーク総司令官が相手を崩せたのは、敵の艦数差かと思慮いたします」

「そんなものは考慮に値しない。現実に出来るものがいて、こいつはできなかった。戦闘とは結果が全てなのだ」
「では、負けた原因は総司令官であるあなたにあると言うことですね」
「貴様っ!」
 叫んで拳を振り下ろしたフォークを一瞥して、ライナは隣でにやにやと笑いを浮かべていた、三学年のケビン・ウィリアムを見る。

「笑っていますが。原因の一端はあなたにもあるのですよ。最後にテイスティア先輩が突撃をされた際に、あなたは何をされていたのです」
「……なっ」
「何をされていたのです?」
 突然の言葉に驚いたウィリアムに、ライナは言葉を続けた。
 青い相貌が集中して、戸惑ったように、口を開く。

「それは艦隊を集めて、敵の包囲から艦隊を守っていた」
「それで勝てると御思いですか?」
「勝つことはできない。そもそも最初の時点で本来なら包囲される予定はなかった」
「端的に申し上げて、低脳の集まりですか」
 一拍の呼吸をおいて、ライナは言葉を繰り返した。
「全て予定通りにことが進むと御思いですか。むしろ、戦略や戦術というものは予定通りに進まなかった場合にどうするか必要になると思慮いたします。思った通りにことが進むのであれば、そもそも考える必要などありません」

「私を誰だと思っている!」
 叫んだ言葉は、ライナの隣から。
 その厳しい言葉と視線にさらされていたウィリアムは、ほっとしたようにフォークを見た。
「総司令官です。即ち、全責任を取る立場ということです」
「ふざけるな。敗北した時の責任はテイスティアにあると、私は言った」

「お耳が遠いのですか。総司令官はあなたです、例え口でどういったところで、責任はあなたにあるのです。お忘れなきよう」
「くっ――」
 怒鳴りかけて、フォークが顔を押さえた。
 片目を押さえながら、奥歯を噛み締める。
 その突然の変化にも、ライナの表情は変化しない。

 押さえた方とは逆の目で、睨みつけ、しばらく何かを考えていた。
しかし、言葉には出さず、フォークは踵を返した。
 同時にウィリアムもライナに対して、憎しみをこめて、睨む。
 そこに今までの爽やかさなどはない。

「覚えておけ」
「ええ。とても、忘れられそうにはありませんね」
 ライナの言葉に黒々とした怒りの表情を浮かべれば、ウィリアムもフォークの後ろに続いた。
 そんな背に、実に冷ややかに、冷やかに。

「御機嫌よう、先輩方」

 + + +

 フォークと三学年の主席が怒りを浮かべながら、出ていくのが見えた。
 遠く離れた場所からでは声は聞こえなかったが、とても穏やかに終わったとは思えない。
 相手を宥めるのではなく、徹底的に論破する。
 優秀ではあるが、おそらくは表には出てこれないだろう。

 原作で名前すらも聞かなかった理由が、アレスには理解が出来た。
 もう少し落ち着いてくれるといいのだけれど。
 そう思っていれば、テイスティアが実に困ったような顔をしてこちらを見ている。
 何とかしてくれと、頼る。

 そこは変わらないテイスティアの姿にアレスは笑い、無視をした。
 自らのチームの方を見れば、相手の強さやこれまでの戦いの話に花を咲かせている。
 一様に嬉しそうな姿に、微笑めば、こちらの視線に気づいたフレデリカが振り返った。
「おめでとうございます。マクワイルド先輩」
「ああ、ありがとう。君たちの力だ」

「でも、良かったです」
 小さく笑う姿に、どこかほっとした様子が混じっている。
「何が?」
「アレス先輩に初めて敗北をつける事にならなくて」

「今回は四連覇もかかってましたしね」
 同意するようにサミュールが頷けば、周囲も口々にほっとして息を漏らした。
「別に気にする事はないけどな」
「こっちが気にするんですよ」
 どことなく恨みがましく見られれば、アレスは苦笑する。

 しかし、別段無敗や四連覇にこだわったことはない。
 戦術シミュレートで強くても、実戦で勝てるわけでもない。
 それに――実際は三年前に敗北しているしな。
 困ったように髪をかけば、アレスは目を見開いた。

「しまった」
 呟かれた言葉に、何かあったのかとざわめいた。
 何かあったのだろうかと、慎重にサミュールが問いかける。
「どうかしましたか、先輩?」
「かけてない」

「は……?」
「今回、自分のチームに賭けるの忘れていた。負けを取り返すチャンスが!」
 言葉に周囲が顔を見合わせた。
 そして、盛大に笑い声をあげる。
「笑い事じゃねぇぞ」

 肩を落としながら、アレス・マクワイルドは大きく息を吐いた。
 せめて、フェーガンにおごってもらわなければ、割に合わないと。
 アレス・マクワイルド――士官学校戦術シミュレート大会無敗。

 しかし、戦術シミュカルチョの成績は負け越しであった。

 + + + 

 表彰式の準備が終わり、アレス達が表彰会場に姿を見せたのは、決勝戦終了から一時間後のことであった。
 仰々しい様子にアレスのチームメイトは緊張した面持ちだ。
 椅子が並びつけられ、他の学生たちは既に揃っていた。
 案内された最前列。

 そこに通されながら、アレスは怪訝とした面持ちで周囲を見た。
 やけに大げさだなと。
「どうかしましたか、先輩」
「ああ。何かやけに大層な式典だなと思ってね」
「大層――そうですか?」

「少なくとも、今までの表彰式はこんなに飾ってはなかった」
 渋い顔をしながら、アレスは過去の表彰会場を思い出す。
「それに教官たちもあんなに緊張はしてなかったな」
「といいますと」
「普通とは違う――なんだ、統合作戦本部長でも呼んだか」

「やめてくださいよ。ただでも緊張するのに」
 その疑問はすぐに解けることになった。
 アレス達が席に通されて、すぐに学校長を初めとして偉い方が姿を見せたのだ。
 一人一人、式の進行役が名前を呼び、そして。

『本日の来賓――ヨブ・トリューニヒト国防委員です』
 最後に呼ばれた名前に、アレスは渋い顔を通り越して、頭を押さえた。

 + + +  

 名前を呼ばれて案内される人間は、壮年の舞台俳優のような男であった。
 周囲に笑顔を振りまけば、一つ一つの動作が演じられた役者のようだ。
 いや、ヤン曰く実際に演じているのだろう。
 国防委員として。

 そうするのは構わないが、点数稼ぎに使われるのは面白くはない。
「なんで、今年から国防委員まで出席するのですか」
「学校長が代わったからな」
 アレスの囁きに、隣でサミュールが不思議そうにアレスを見た。

 確かに今年の頭から更に学校長は代わっている。
 しかし、それと今回の国防委員にどのような関係があるのだろうかと。
「トリューニヒト議員と学校長がお知り合いなのですか」
「そんな話は聞いたことはないな」

 想像を膨らませたフレデリカの言葉に、アレスは否定をする。
 大方、上の点数稼ぎで使われたのだろうな。
 声にはださず、アレスは小さく息を吐いた。
 それまで戦術シミュレート大会は、あくまで学校の行事の一環であった。

 そのため存在こそは知っていても、公にされる事は少ない。
 ましてや、議員の来訪などあり得ない。
 だが、学校長が点数稼ぎの一つとして上に報告すれば別だ。
 人材育成のための効果的な施策と報告し、そこに国防委員のマスコミ向けの良い広告材料であると飛び付いた。

 既にシトレ学校長も、スレイヤー教頭もいない現状であれば、過去の経緯など知っている人物がいるはずもない。かくして、戦術シミュレート大会は宣伝材料となって、ヨブ・トリューニヒトのような甘い蜜を求める人間に狙われることになる。
 そう考えれば、フォークがあまりにも有利であった原因も理解できた。

 学校としても単なる一士官よりも、学年主席が――それもライナやウィリアムのような顔の良い人間が賞状を受け取った方が宣伝になると考えたとしても、不思議ではない。
 いわば出来試合のようなものだ。
「先輩――」
 少し長く考えていたようだ。

 既にヨブ・トリューニヒトの姿は壇上にあって、優勝者の名前が呼ばれている。
 代表として立ち上がれば、静かに壇上のトリューニヒトの前に立つ。
 背の高い男であった。
 アレスよりも一回り大きく、上から見下ろされる結果となった。
 形ばかりの読み上げが終わり、賞状を受け取れば、手が差し出される。

 片手に賞状を持ったままに、手を握れば、逆の手が肩に回された。
「素晴らしい戦いを見せてもらった。まさに諸君らがいれば、自由惑星同盟は銀河帝国に負けることはないと、私はそう確信する」
 熱のこもった声で語りかけられれば、肩を二度叩かれた。
 誇らしげに語る様子に、アレスは礼を言いながら、なるほどと理解した。

 初めてあったが、ヤンが不満に思う理由がわかったように思う。
 熱意ある言葉をかけながら、そこに彼自身の言葉はない。
 ただカメラ受けを――正確に言えば、同盟の市民受けをする言葉を伝えているだけだ。おそらくは市民の意見が逆を向けば、彼は平気で同じ口で逆の意見を語るだろう。ちょうど、銀河帝国に従った原作のように。

 彼自身の目的は権力を手中にすると、単純明快な理由だ。
 そのために同盟の市民に従う言葉を口にする。
 逆に言えば――これが今の同盟市民の言葉ということなのだろうな。
 吐き出し掛けたため息を飲み込んで、トリューニヒトに肩を叩かれながら、笑顔で礼を言った。

 ヤンが嫌っていたのは、単純にトリューニヒト個人だけではなかったのだろう。
 もちろん自我を表に出さず、飾り付けられた言葉だけを口にする異質さに恐怖した点もあったのであろうが、何より彼の姿勢が全て同盟市民に向けられているということを理解することが嫌だったのだ。

 彼が語る言葉。
 彼の偽善。
 そして、主戦論。
 それら全ては、即ち同盟市民の望みを現している。
 もし反戦派が主流となれば、彼はこの口で平然と戦争の無残さを口にしただろう。
 同盟市民がそこまで愚かであると理解したくない。

 その想いが、単に彼だけを嫌う理由となったのではないかと思う。
 ……人間がそこまで賢いわけではないと思うけどな。
 形だけの表彰が終わって、握手を終えれば、アレスはゆっくりと壇上から降りていった。
 別段トリューニヒトに恨みはない。

 ヤンのように嫌悪を感じたわけでもない。
 ただ、壇上の下で一度振り返って、アレスはトリューニヒトをもう一度見る。
 思いだすのは、彼の言葉だ。
 銀河帝国に負けることはないか……戦争を命じるお前ら議員が、なぜ他人事なんだよ。

 アレスの仕事は戦争を行うことだ。
 決して、戦争を始める事ではない。
 単純な話、共和主義であれば戦争を命令するのは政治家であって、さらに言えば同盟市民である。戦争をするなと言われれば、軍人は戦争をすることなどできない。しかし、彼は――そして、おそらくは多くの同盟市民は戦争を始めているのは軍人であり、終わらせるのも軍人の仕事であると考えている。

 彼の言葉を、主戦論を、アレスはヤンのように否定はしない。
 だが――他人事であると考えるのであれば、いずれ自分のことであると、戦場に引きずってでも理解させてやる。

 ゆっくりと唇をあげれば、アレスは席へと戻っていった。

 
 

 
後書き
なぜ今日か。
すみません、明日は更新できそうにないのです 
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