悪霊と付き合って3年が経ったので結婚を考えてます
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1年目
秋
秋①〜焦がれて紅く~
元気に子供たちが登校する声と、小鳥の囀りに目を覚ます。
もう朝か……。
俺は寝起きがよい方ではないが、この日は目覚ましが鳴るより先に目が覚めた。
そんな日に限って今日は全くのオフ日。つまり、何も予定がない日だ。
……もう少し寝ていよう。
そんなことを思い、アラームをかけなおしもう一度布団に潜り込もうとする。そこで異変に気がついた。
……起きた時「彼女」が部屋にいなかった。
そのことにハッとして布団を跳ねのけすぐさまベッドから飛び起きる。
そして起き上がって冷静になると、そこで、またやってしまった、とばかりに頭をポリポリと掻いた。
「おい、さち。いるんだろ。」
えへへ、と言いながら壁の中から出てくる「彼女」。
あの一件以来、こうして身を隠しては俺をからかってくるようになっていた。
「彼女」曰く、ああして探してもらえたのが本当に嬉しかったから、らしい。
こちらとしては毎度毎度心臓に悪いためやめていただきたいのが山々なのだが…。
「あーあ。最近は引っかかってくれなくなったなぁ。最初やった時はあんなに慌てふためいてくれたのに。」
そう言いながら「彼女」は俺の方をニヤニヤしながら見つめてくる。
勘弁してくれ、と思いながらも、笑みがこぼれてしまう。
「そう言えば今日は何も予定ない日だったわよね?今日こそ約束守ってもらうからね!」
「はいはい…。わかりましたよ、お姫様…。」
俺は「彼女」がいなくなったあの日、一つの約束をしていたのだ。
あの時、彼女の腕の中でわんわん声を上げ泣いてしまっていたことに対して、涙が引いて冷静になってから急に恥ずかしくなり、誰にも言わないでくれ、と手を合わせて懇願していた。
―――んー……、ハンバーグ作ってくれるなら考えてあげなくもないな!
そんな、俺と「彼女」との間に“俺の涙への契約”が結ばれていたのだった。
やった!、と「彼女」は両手をパンっと鳴らして喜ぶと、ハンバーグ~、ハンバーグ~、肉汁たっぷりハンバーグ~、と即興の歌を歌いながらくるくると回ってみせた。
…意外に歌上手いんだな。
そんなことを頭の中に思い浮かべた後、さっそく料理の下準備に取りかかろうと台所へ足を向けた。
「もう作るの? まだ朝だよ?」
「ハンバーグってのは少し寝かせたほうが美味いんだよ。下味とよくなじんでくれるからな。」
「彼女」は、へぇー、とうなずきながらもどこか興味なさそうな様子を見せる。
こいつにとって、食べられればなんでも問題はないのだろうか。
そう思いながらも台所に立つ。そこであることに気付いた。
卵切らしてたんだっけ。
ハンバーグを作ることにおいて、繋ぎの卵は俺の中では必須。卵がなければ肉がボロボロとして食えたもんじゃない。
…ついでに他に切れかけてた生活用品も買い足そう。
そう思い、台所から部屋に戻ると、脱ぎ散らかした服の中から上着を掘り起こし、そのくしゃくしゃになった服の袖へ腕を通す。
「どこか出かけるの?」
「あぁ、ちょっと卵切らしててさ。駅前のスーパーまで行ってくるわ。」
そっか、そっか、と「彼女」は首を縦に振る。
俺は財布と携帯、鍵を持ったことを確認し、玄関へと向かった。
後ろから、シュークリームも買ってきてー!と言われたが、これは聞こえなかったことにしようと思う。
スーパーに着くと、そこには見慣れた相手の姿が見えた。それは、あまりにも不釣り合いで、こんなところで会うはずもないと思っていた意外な人物、主婦の群れに混ざり真剣な眼差しでジャガイモを選ぶ愛華の姿だった。
「愛華? どうしてこんなとこにいるんだ?」
その呼びかけに気付いた様子で、おぉ、と返事を返してくる。
「いやぁね、お袋に買い物頼まれちゃってさ。今日はあそこが特売だからー、ってうるせぇんだよ。たかだか何十円かの差でさ。」
娘使いの荒い親だよ、と顔をしかめ、ぶつくさ言いながらも商品をカゴへと入れていく。
「ほら、あたしバイク持ってるじゃん? それでよく駆り出されるんだよなぁ。」
「でも、断ればいいじゃないか。何かと用事でもつけてさ。」
「いや、そいつは無理な相談だ。いい食材は自分の目で見極めたいからな。あの母親に任せると傷んでるもの買ってきたりするから困るんだよ。料理作るこっちの身にもなれ、ってんだ。」
こいつも料理なんてするんだ、と意外に感じながら、俺は特売になった卵へと手を伸ばす。その時、愛華も同じものを手に取ろうとしたのか手が触れ合ってしまった。
その途端、愛華は急に手をひっこめる。
そんな愛華の様子を不思議に思いながら、俺はそのまま卵を自分のカゴに入れた。
「い、いやぁ、その卵に目をつけるとは、拓海もお目が高い!」
と、なぜか俺の卵を見ながら、愛華は上から目線。そんなにこの卵がよかったのか……
「普通に一番賞味期限が長いやつを取ろうとしただけなんだが…。どうしたんだ?」
「な、な、なんでもねぇよ」
そう言うと、愛華は腰に手をあてて“ふん!”と、向こうをむいてしまった。
……変なヤツだ。
「そ、そういえばさ、今日ティッシュペーパーも特売なんだよ! おひとりさま1個限りだからさ、ちょっと手伝ってくれねぇか?」
急にそれを思い出したかのように振り向きそう言うと俺に向かって手を合わせてくる。
俺は、はいはい、と、素っ気なく返事をし、俺と愛華は生活用品のコーナーを目指した。
無事卵も買い終わり、俺の手ではレジ袋独特のカサカサとした音が鳴り響く。一方、愛華の手には俺の荷物の2倍、いや、3倍近くあるであろう量の商品が握られていた。
「いやぁ、今日は助かったよ! 今度飯でも奢るわ!」
そう言いながら俺からティッシュを受け取ると、それを大事そうに抱きかかえた。
「大したことはしてないし、別にいいよ。それより、それだけの荷物持ってバイクなんて危なくないのか?」
平気、平気、と顔の前で手を横に振ると、ヘルメットを手に取り顔を覆った。
女の子が被るには少々、厳ついその形は、さながらレーサーのようだ。
「それじゃ、また明日スタジオでな!遅刻するなよ!」
そう言うと、バイクのエンジンを吹かし、けたたましい音と共に流星の如く走り去って行った。
ほんと、落ち着きのないやつだ…。
それでも、いつも愛華かからはどこか元気をもらっている気がする。
そんなことを考えていた時、目の前を強い風が通り抜けた。どこから来たのだろうか、その風に遊ばれひらひらと、小さな子供が手を振るかのように一枚の葉が目の前へと舞い降りた。
「もう、紅葉が舞っているのか。」
風は少し肌寒いながらも、空からの日差しは温かい。
地面から落ち葉を拾い上げ、太陽に透かしてみる。
その葉はそんな光に当てられて強く焦がされるかの如く、先ほどよりも紅く染まって見えた。
……少し遠回りして帰ってみよう。
そう思いながらその葉の柄をつかみ、くるくると回しながら帰路についた。
後書き
こんばんにちは。ぽんすです。
秋編突入しました。
秋編は前回に予告した通りに、息抜きとか、拓海の周りの人物について話していきたいと思ってます。
夏編みたいにドタバタするような物語ではありませんが、日常的な風景を楽しんでいただければ嬉しいな、って思います。
それでは、ご感想、ご指摘お待ちしています。
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