戦国異伝

　だが、だ。彼はこう言うのだった。
「わしは城を出るぞ」
「なっ！？殿今何と」
「今何と仰いましたか」
　その言葉にはだ、家臣の誰もが驚いて声をあげた。
「城を出られるとは」
「この一乗谷をですか」
「そうじゃ、城を出てじゃ」
　そのうえでだというのだ。
「逃れるぞ、よいな」
「あの、最早勝敗は明らかです」
「まともな戦になりませぬ」
「それにこの一乗谷城を守るのは殿しかおられませぬ」
「最早宗滴殿は動けませぬ」
「それでは」
「言った筈だ、わしは逃げる」
　また言った義景だった、怯える顔だがそれでも意は固いといった顔だった。
「この城からな」
「ではこの城の守りはどうなるのですか」
「殿はこの朝倉家の棟梁ですぞ」
「しかもこの城は朝倉家の居城」
「この城を捨てては」
「よい、大叔父上さえ起きられればな」
　それでだというのだ。
「どうにかなるではないか」
「宗滴様は最早」
「起き上がれませぬが」
「今はな、ではここは御主達に任せる」
　あくまで逃げようと言う宗滴だった、そして実際に。
　義景は慌ただしく席を立った、そのうえでその場をそそくさと後にした、その有様を見届けた家臣達は呆然としたまま言った。
「まさかあれ程とは」
「殿のことは知っていたにしても」
「あまりにも」
「何と言うべきか」
　言葉がなかった、それでだった。
　彼等だけで顔を見合わせてだ、こう話した。
「どうすべきか、ここは」
「殿は逃げられるというのしのう」
「この城を守るか」
「一戦も交えずは武門の恥ぞ」
　こう話してだ、そしてだった。
　彼等は織田家が迫る中でこれからのことを考えていた、だがそれは最早誰かがどうにか出来るものではなかった。
　そしてその話を聞いてだ、床から起きられぬ宗滴はこう言った。
「そうか、殿はか」
「はい、既にでる」
「この城を出られました」
「奥方と跡継ぎ様も逃がされて」
「ご自身も」
「そうか、ではだ」
　それではとだ、ここで彼は床の中で言った。
「わしが戦おう」
「なっ、宗滴様がですか」
「そうされるのですか」
「わししかおらぬ」
　義景、主である彼がいないならばというのだ。
「こうなってはな、ではじゃ」
「はい、それでは」
「今より」
「皆頼む」
　こう他の者達に告げてからだった、その間も起き上がれない彼だった。
　しかし彼以外いないこともまた事実だった、それで病にある宗滴が何とか采配を執るのだった。
　だがそれではどうにもならなかった、それは兵達の動きに如実に出ていた。
　織田家の軍勢は遂に一乗谷城を囲んだ、その兵は十万を超える。
　その兵で早速攻めようとする、そこで防戦に赴く朝倉の兵を見て気付いた。