東方虚空伝
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第二章 [ 神 鳴 ]
二十一話 漆黒混じりて…
ルーミアが諏訪大社に来てから早二週間が過ぎた。
最初の内は本人や楓がギクシャクしていたが、二人の間を早希が絶妙に取り持った事で何時の間にか打ち解けていた。まぁ相変わらず僕には冷たいと言うか厳しいと言うかそんな感じだけど。
一緒に生活する内に意外な事がわかった。いや意外でも無かったかな。ルーミアは結構面倒見がいい。
楓に反撃されてる早希を助けたり、何だかんだ言って家事などもやっている。僕は目撃していないが、どうやら町の子供達の遊び相手などもしているらしい。
にとりが言っていた様に“素直じゃないイイ奴”だったみたいだ。
□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■
昼食の後、洗い物を片付け居間を覗いて見ると楓が裁縫をしていた。
「楓、今日は何を作ってるの?」
そう楓に声を掛け隣に腰を下ろす。
「あ、はい諏訪子様の服です。そろそろ夏用を、と思いまして」
実は諏訪子の服はほとんどが楓の作らしい。本人曰く「諏訪子様に似合う服を探すより自分で作った方がいい」との事。
まぁ実際、僕も紫の服を作ったりしているので楓の意見には大いに同意している。そんな事もあってか僕と楓は裁縫という共通の趣味で意気投合していた。
「そうだね、そろそろ用意しとかないとね」
「よかったら紫ちゃんの分も作っていいですか?」
「いいの?だったらお願いしようかな」
そんな風に話しに華を咲かせる。その後も取り留めの無い話題で盛り上がった。でも僕は楓が何かを聞きたそうにしている事に気付が付いた。
「それで楓は何が聞きたいのかな?」
僕の突然の問い掛けに一瞬戸惑いを見せたが意を決した様に、
「……近い内に戦は起きますか?」
目を逸らしながらそんな事を聞いてきた。
はっきり言ってしまえば始まっていないのが不思議な位だ。大和の国の支配地域は既に諏訪の国の目の前まで迫っていた。
攻めてこないのは単純に諏訪子を警戒している“だけ”。それ以外の理由は無いはずだ。たったそれだけの薄い壁。いつ砕かれてもおかしくは無い。
「起きるね。楓は戦は嫌い…じゃなくて怖い?」
僕の問いに楓は俯きながら答えた。
「当たり前じゃないですか。それ以上に諏訪子様が危険な目に遭うのが怖いです」
楓は縫いかけの服を握り締めながら表情に陰を落とす。恐怖なんて誰もが普通に抱く感情だ。神であってもそれは変わらない。変えられない。
「…戦を回避する事は出来ないのですか?」
楓はすがる様に僕を見ながら問いかけてくる。
「そんな事できる訳が…いや、出来るか」
僕の言葉が予想外だったのだろう、楓が驚き詰め寄ってきた。
「本当ですか!出来るんですか!」
「うん、よく考えれば簡単な事だったよ。無条件で降伏すればいいんだ」
戦をしたくなければ戦わなければいい。相手に抗わず受け渡してしまえばいいのだから。楓を見ると予想通り驚愕の表情を浮かべていた。
「そ…そんな事「諏訪子がする訳無い、よね」ッ!?」
自分が言おうとした事を僕に言われ楓は口を閉ざした。
「諏訪子は降伏なんかしない、それは楓の方がよく理解できるでしょ?僕よりずっと付き合いは長いだろうし」
楓は黙ったままだ。降伏をしないという事は戦は回避できないという事。つまり、
「だから楓の望みは叶わないよ」
「………」
俯き表情を隠す楓。今心の中で何を思っているのだろうか。
「…ちょっと出かけてくるね」
腰を上げ、楓を残し居間を後にする。襖を閉めて隠れていた人物に声をかける。
「ごめんね早希、後の事お願いできるかな?」
「しょうがないですー。楓様の事は私にお任せですー。あぁ代わりにお団子買ってきてくださいですー」
「了解。じゃぁお願い」
「はーい、いってらっしゃいませー」
楓の事を早希に任せ、町へと向かう事にした。
□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■
諏訪大社御用達の店、と言う訳じゃないけどこの店の団子は家の女子達には大人気だ。僕も大好きだが。餡子、草餅、みたらし、芋餅など多めに購入し店を出る。
さてともう少し時間を置いた方がいいよね。そう思い広場の方に足を向ける。
広場の所にはこの時間位になると寺小屋で勉強が終わった子供達がよく遊んでいる。紫は寺小屋には通わせていないけど、ここで僕と一緒に子供達と遊んだりもする。
広場の方からは子供達の喧騒が聞こえる。そしてそこを覗いてみると、
「ルーミアお姉ちゃん、綾取りしようよ」
「えー!鬼ごっこがいいよ!」
「お手玉ー」
「かくれんぼだって」
「はいはい、喧嘩しないの。まったくもう」
結構な人数にじゃれ付かれているルーミアがいた。いやいやみたいな事を言ってるけど口元が緩んでいるのを見逃さなかった。
そしてルーミアが視線を動かした時に広場の入り口に立つ僕と目が合う。それはもうバッチリ。
「な!!な、なんで…ここに…!!」
ルーミアはわなわなと震えながら僕を睨み付けてきた。
「やぁルーミア☆楽しそうだね!僕も仲間に入れてよ」
僕はニヤニヤ笑いながらルーミア達の所に向かう。
「あー!七枷様だー!」
子供達は僕に気付くとわらわらと寄って来た。口々に「遊んで!遊んで!」とせがんでくる子供の頭を撫でながらルーミアに声をかける。
「話には聞いてたけど中々人気者じゃないか『ルーミアお姉ちゃん』」
「ブチ殺すわよ!」
僕達には何時ものやり取りなのだが子供達は少し怯えてしまった。それを見てルーミアはバツの悪そうな顔をする。
「ごめんごめん、僕とルーミアは何時もこんな感じで痴話喧嘩?するんだ。本気で言ってるわけじゃないから怖がらなくていいよ」
僕がそう言うと子供達はほっとした様に表情を綻ばせる。
「なーんだびっくりした!ウチの父ちゃんと母ちゃんみたいなもんか!」
「…あんたの家は結構殺伐としてるのね」
子供の一人の発言にルーミアが呆れていた。
「あ!そうだ七枷様、お手玉してよ」
女の子がそう言いながら僕にお手玉を渡してくる。でもその渡されたお手玉の数を見てルーミアが僕に問いかけて来た。
「ちょっと何よその量は。30個はあるじゃない、どうするのよ?」
そう今僕の所には30個のお手玉がある。「まぁ見てなよ」と言う様にルーミアに視線を送り、その場に腰を下ろす。そして一つ、また一つとお手玉が中を舞った。
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無数のお手玉が規則正しい軌道を描く。その数ただ今68個。
ルーミアや子供達だけでなく、近くを通りかかった町の住人達も天高く舞うお手玉を見上げていた。
「おおー!新記録だー!すげー!」
「まだだ!まだいけるだろ!」
「わしも若い頃は…」
子供達の歓声に混じって大人達も感嘆の声を上げている。さてそろそろ終わりにしようかな。
「ルーミア、そこの籠を持ってきてくれる?」
「これ?ここに置けばいいの?」
「うんありがとう。それじゃ!」
お手玉の軌道を少しだけずらす。すると吸い込まれるようにお手玉は籠の中に納まっていく。最後の一個が籠に入った瞬間、広場に拍手の音が響き渡った。
「はい終了。どうルーミアやるもんでしょ」
「お手玉位で何言ってるんだか」
そんな事をいうルーミアは少しだけ笑っていた。
「それじゃ次は何をしようか?」
「鬼ごっこがいい!」
ずっと見ているだけっだったから動き回りたい子達が結構いたらしく次は鬼ごっこになった。じゃんけんの結果、最初の鬼はルーミア。
「なんて言うか適材適所?追われる方は緊張感がでていいよね」
僕のその発言を聞いたルーミアはおもむろに闇の大剣を呼び出し、その切っ先をこちらに向けてくる。
「そう、それじゃ全力で逃げなさい!お望み通り八つ裂きにしてあげるわ!」
「え?ちょっとルーミアさん、僕はそんなつ「10,9,8,7,6,……」ちょッ!!数えるの早い!」
その後は何というか…広場から飛び出して町の中をルーミアから逃げ続けるハメになった。
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「じゃぁねー!七枷様!ルーミアお姉ちゃん!」
日も暮れ始め、子供達は一人、また一人と自分の家へと帰っていく。僕達もそろそろ帰ろうか、と思った時に女の子が一人こっちに駆けて来る。
「ルーミアお姉ちゃん、えっとねこれあげる!」
女の子が渡してきたのは紅いリボン。
「わたしの宝物なの、ルーミアお姉ちゃんの目の色と一緒だから絶対に似合うよ!」
「えっと…」
ルーミアは困った顔で僕の方を見る。やれやれ。
「受け取ってあげなよ。そこで断るのはどうかと思うよ」
僕は少し意地の悪そうな顔でそう言う。こういう言い方をすればルーミアは断れないだろうし。まだ少し躊躇を見せたけどルーミアは女の子の手からリボンを受け取った。そしてそれを髪の左側に結び、
「…ありがとう、大事にするわね」
女の子の頭を撫でながらお礼をいった。満面の笑みを浮かべながら手を振り帰路についたその子を見送りながら、ルーミアは結んだリボンに手を伸ばす。
「…ふん、こんな物…」
独り言のように捻くれた言葉を吐いた。台詞とは裏腹にリボンに触れる手付きはとても優しかった。
□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■
「ちょっと早希!私のお団子食べたでしょ!」
「楓様、この世は所詮弱肉強食!強け!?きゅ、きゅるしいですー…」
月光に照らされた縁側で、いつもの様に楓に締め上げられている早希。
「まったくあんた達は、って紫!その草餅あたしが狙ってたのに!」
「知ーらない。早い者勝ちよ」
「あんた神でしょうが。しょうがないわね、はいこれ」
そう言ってルーミアは自分が持っていた草餅を諏訪子に渡した。
「ありがとルーミア!あんたいい奴だよ」
子供の様に嬉しそうに笑って草餅を食べる諏訪子。今日は夕食を軽くして皆で月見をしていた。まぁ女子連中は月(花)より団子の様だけど。
そんな姦しい皆を横目に僕は天壌に輝く満月を眺めた。どれ程の回数眺めたかも憶えていない。月の輝きは変わっていない。
僕自身も変わっていないと思う。変わったのは僕の周りか。生きてきた時間に比べれば瞬きに等しい時しか経っていないはずなのに。
「どうしたのお父様?」
僕の膝に来た紫がそう言いながら見上げてきた。僕の周りの一番の変化はこの子だったな。紫の頭を撫でながら心によぎった疑念に蓋をする。
「何でもないよ。ただ明日の朝食をどうしようかな?って思ってね」
「あ!それなら魚がいい」
諏訪子がそう言うと、
「それだと朝一番に釣りに行かないといけないわよ?」
とルーミア。
「朝一で釣りに行くと闇の妖怪に襲われたりして危ないんだよね」
「…あんた割と根に持つのね」
「えっ!あの時言ってた手強い魚って、もしかして…」
僕達三人にしか分からないネタに諏訪子達は首を捻った。それからまた取り留めない話題で女子達が姦しく騒ぐ。
なんだかんだで楽しい時間。掛け替え無いと思える空間。失いたくないと本気で願える繋がり。
さっき僕の中に生まれた疑念。月を見つめながら自問自答してみる。
何時か月に行けるとして、僕はどっちを選ぶのだろうか?応える声はない。当たり前だその何時か、自分で決めないといけないのだから。
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