箱庭に流れる旋律
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歌い手、約束する
「随分と派手にやったようじゃの、おんしら」
「「はい。迷惑をかけてスイマセンでした」」
二人は、連行されてきた謁見の間で、素直に頭を下げた。
うん、ちゃんと謝る先に謝ったし、もう僕から言うことはないかな。
「黒ウサギはともかく・・・小僧、貴様はどうしたのだ?やけに素直だな?」
「それについては、聞かないでください・・・」
「ああ。今の俺達には、他の選択肢がないんだ・・・」
二人はそう言いながら僕のほうを見てくる。
ああ、そう言うことか。
「一応言っておくと、もうちゃんと謝ったんだから、僕からは何もないよ?」
「「・・・よかった・・・」」
二人は一気に脱力し、逆廻君は服装をいつもの形に戻した。
「ふん!ノーネームの」
「でさ、一応二人も反省してるみたいだし、今回の件は大目に、とまでは言わなくても軽めに見てくれないかな?」
まあ、せっかく上手く行ってるところを邪魔されたくもないので、マンドラさんの言葉は遮らせてもらおう。
あくまでも、“サラマンドラ”の頭首はサンドラちゃんなんだから、彼の意見は必要ないし。
サンドラちゃんは僕の考えたことを察してくれたのか、マンドラさんが何か言う前に立ち上がって黒ウサギさんと逆廻君に声をかけてくれた。
「“箱庭の貴族”とその盟友の方。此度は“火龍誕生祭”に足を運んでいただきありがとうございます。貴方達が破壊した建造物の一件ですが、白夜叉様のご厚意で修繕してくださいました。天歌奏さんのおかげで負傷者はありませんでしたし、今回の祭典ではお世話になっておりますので、この件に関して私からは不問とさせていただきます」
「ありがとう、サンドラちゃん」
すぐ横でマンドラさんが舌打ちしてるけど、そういった行為は品格を疑われますよ?
「白夜叉さんも、ありがとうございます。僕が切り刻んじゃったせいで一から作り直すことになっちゃったみたいですし・・・」
「別に構わんよ。むしろ、あの剣が実際に機能することがわかって、上は喜んでおったしのう」
あれ、実際に機能するかわからなかったんですか・・・?
「それに、今回小僧達に協力を要請したのは私だ。この件については、報酬の前払いとでも考えてくれ」
ああ、そんな形で彼らはこっちに来たのか。どんな内容なのかな?
「さて・・・お前はどうしてここにいるんだ?」
考え事をしていたら、逆廻君が後ろからそういってきた。
急に後ろに立たないで・・・驚くから・・・
「いつもと変わらない、僕宛の依頼。ほら、今までにも何回か有ったでしょ?」
「ああ、“奇跡の歌い手”としての依頼か。なら、リリはその手伝いか?」
「うん、一人ならいいって言われたから、リリちゃんに頼んだんだ。ところで、逆廻君と黒ウサギさん、それにジン君はどうしてこっちに?そんなお金はなかったよね?」
それに、他の二人も来てるのかな?問題児が三人集結してたら、かなり大変なことになりそうだけど。
「まあ、白夜叉からの依頼だ。まだ内容は聞いてないけどな」
「そこはちゃんと確認しておこうよ・・・」
「うちは魔王と戦うことをアピールしてるコミュニティだ。どんな依頼でも引き受けないと」
「そのように気安く呼ぶな、名無しの小僧!!!」
話の途中でマンドラさんがそういっているのが聞こえ、そちらを見たら逆廻君が足の裏でジン君に向かってきていた剣を受け止めていた。
あれ?いつの間に移動したの?
それと、マンドラさんは・・・まあ、少し怒らせすぎたのもあるのかな?反省。
「・・・おい、知り合いの挨拶にしちゃ穏やかじゃねえぜ。止める気なかっただろ」
「当たり前だ!サンドラは北側の階層支配者になったのだぞ!誕生祭に“名無し”風情を招き入れ、恩情をかけ、さらになれなれしく接するだと!それでは“サラマンドラ”の威厳に関わるだろうが、この“名無し”のクズが!」
でも、ここまで言われるいわれはないかな?
「ま、マンドラ兄様!彼らはかつての“サラマンドラ”の盟友!こちらから一方的に盟約を切り、それでもなお依頼をしている身!そのような態度をとっては、我らの礼節に反する!」
「礼節よりも誇りだ!大体、今回の依頼に関しても私は反対だったのだ!“音楽シリーズ”のギフト所有者が名無しにいるなど、とても信じられなかったのだ!」
「だから、“サウザンドアイズ”のほうから保障してもらってるんだけど・・・」
これは、白夜叉さんがやってくれたことだ。
まあ、“音楽シリーズ”はかなり有名だそうで、“ノーネーム”に音楽シリーズの、それも“歌い手”のギフト所持者がいるとは信じてもらえないそうだ。
「これマンドラ、いい加減に下がれ。それに、奏とリリもだ。明日も早いのだろう?」
「え?明日はとくには・・・」
そこで、白夜叉さんの視線がリリちゃんに行ってるのに気付いた。
ああ、そう言うことか。
「ええ、そうですね。じゃあ行こうか、リリちゃん」
「あ、はい。分かりました」
まあ、こんなグチャグチャした状況にリリちゃんがいるのは教育上よくないだろう。
それに、今はまだ大丈夫でもすぐに子供が起きているのはつらい時間になる。
お風呂とかを済ませて、リリちゃんだけでも先に寝てもらおう。
「あ、サンドラちゃん。お風呂っていただいても?」
「はい。来賓用のものを使ってください。誰か!お二人の案内を!」
サンドラちゃんの呼びかけで、すぐに“サラマンドラ”の人が来て案内をしてくれた。
二人の荷物は全部“空間倉庫”にしまってあるので、このまま入っても問題ないだろう。
「じゃあ、入ろうか?」
「はい!」
まずはお風呂に入って疲れを取ることにしよう。
依頼とかの話は、またリリちゃんが寝てからにでも皆に聞けばいいし。
♪♪♪
「じゃあ、流すよ~」
「は~い!」
で、僕はリリちゃんの頭とか尻尾とかを洗っていた。
リリちゃんが背中を洗ってくれたので、そのお返しだ。
「じゃあ、湯船に入ろうか?」
「ですね。ありがとうございました」
「良いよ、気にしなくて。リリちゃんに背中も洗ってもらったし」
それに、本音を言えば一度この尻尾に触ってみたかったのだ。
ふわふわしていて、とても手触りがよかった。
「ふう・・・こっちにも、湯船があるお風呂があるんだねぇ」
「はい。依頼をする人がどの文化出身の人かは分からないので、大きなコミュニティではこのようなお風呂は準備されているそうです」
なるほどね~。そういった気配りもできてこそ、一流のコミュニティ、ということか。
「ところで、いくつか質問をしても良いですか?」
「うん、どうぞ」
「じゃあ・・・奏さんは、今の“ノーネーム”の状況をどう思いますか?」
・・・?
「えっと・・・どういうこと?」
「スイマセン、分かりづらくて・・・その、何か不満はありませんか、と・・・」
不満。不満ねえ・・・
「奏さんだけじゃなく、十六夜様に飛鳥様、耀様は別の世界から来たお方ですし、そちらの世界に何か未練があるんじゃないかと・・・」
「大丈夫、それはないから」
まあ、これについては間違いない。
「そうなんですか?」
「うん。もといた世界じゃ、ギフトを持ってる人なんていなかったからね。そのせいで苦労することも多かったんだ」
見世物として利用する人はまだいい。向こうもこっちを利用して利益を得て、こっちも向こうを利用してお金を貰い、毎日の生活を可能にしていたんだ。
でも、僕のこのギフトを科学的に解明しようと、僕を解剖しようとする科学者、僕を神聖視して追いかけてくる怖すぎるファン・・・うん、思い出しただけでも向こうに居たくなくなる。
「うん、思い出したくもないことばっかりだったから、元の世界に未練はないよ」
「そうですか・・・じゃあ、コミュニティには?」
ふむ・・・
「それもないかな。音楽シリーズの知名度だと、他のコミュニティに入ってたらどんな扱いをされてたことか分かったもんじゃない・・・」
そう考えると、“ノーネーム”は僕からすればかなりの優良物件だったのだろう。
こんな言い方をしたくはないが、あれだけ切羽詰っている以上、コミュニティから離れていくような扱いはされない。
「じゃあ、どこかに行っちゃうようなことは・・・」
「ないよ。今のところ、僕がしたいことは“ノーネーム”の復興の手伝いと“音楽シリーズ”のギフト保持者を探すことだから」
「そう、ですか・・・よかったです」
リリちゃんは心底ほっとしたような顔をする。
「で、あの問題児三人組も引き受けたことを途中で投げ出すようなことはないから、あの三人もコミュニティから離れていくようなことはないよ」
「信頼しているんですね」
「これだけの間一緒に暮らしてれば、信頼は生まれるものだよ。もちろん、リリちゃん達との間にもね」
そう言いながら、僕はリリちゃんの頭を撫でる。
「はい・・・また、コミュニティから人がいなくなるようなことは、ないんですね?」
「うん、ない。約束するよ、“ノーネーム”から、離れていかないって」
そのあと、しばらくしてから僕らはお風呂から上がり、サラマンドラが振舞ってくれた食事を食べ、部屋に戻った。
しばらくするとリリちゃんが寝たので、布団をかぶせてから僕はサウザンドアイズの支店に向かうことにした。
逆廻君達が引き受けた依頼について、しっかりと聞いておかないとね。
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