深き者
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第三章
第三章
磯の匂いが車の中にも漂う。しかしだった。その匂いも何か寂しいもので。どうにもならない寂しい暗さがそこには強くあった。
「ここって一体」
「寒村と言うべきだが」
一応こう言う役だった。彼は相変わらず車のハンドルを握り続けている。
「しかしここは」
「何ていいますかね」
「今にも誰もいなくなってしまいそうな村だな」
役は首を傾げさせて述べた。
「そして何もなくなってしまってな」
「ですよね。こんな村に何があるんでしょうか」
「それはこれからわかることだ」
役は今はこう言うだけに留めた。
「今からな」
「じゃあとりあえずは車を止めますか」
「停める場所はあるか」
「それも見つけないといけないんですかね」
本郷もまたここで首を傾げさせることになったのだった。
「若しかして」
「あの、駐車場すらない村ですか」
「カナダにはそういう村もあるんだろうな」
この辺りは役もよく知らないことだった。何しろ彼にしてもカナダについて知っているかというとはじめてだから実感として何も知らないのである。
「よくわからないが」
「そりゃそうした村はアメリカにもありますけれどね」
本郷はアメリカになぞらえて考えてみた。
「けれど。ここまで寂れた村だとちょっと」
「とにかく何処かに停めよう」
結論としてはとにかくそれしかないのだった。何時までも車の中にいるわけにはいかない。それで何かを調べられるかというと無理だからだ。
「とりあえずはな」
「ですね。まずはそこからですね」
こう話してから車で村を回る。どの民家も寂れて開いている店は殆どない。海辺の港にある舟も今にも朽ち果てようとしているものばかりだ。村全体が廃墟と言っても差し支えのない程であった。
「あの、ここって」
「人も少ないなんてものじゃないしな」
「役場とかないんですかね」
「どうかな」
役は本郷の今の言葉にも首を捻った。
「ないのかもな」
「それだけ小さな村ってことですか?」
「カナダではこんなこともあるのかも知れないな」
またカナダだからだというのだった。車をゆっくりと動かしながら。
「若しかしてな」
「そうですか。若しかしてですか」
「広い国だ。幾つかの村を一まとめにしてな」
「それで一つの行政単位にしているんですかね」
「そうかも知れない。若しかしたら」
「若しかしたら?」
「教会もない可能性がある」
このことについても言う役だった。
「若しかしたらな」
「教会もですか」
「ここまで何もないとそう思えてくる」
役はまた言った。
「流石にそれはないと思うがな」
「そうですよね。カナダもキリスト教徒の国ですし」
ならば、ということだった。キリスト教国ならばそれこそどんな小さな村でもそこに人がいれば教会がある。そこまでキリスト教が浸透しているということなのだ。
「だったらやっぱり」
「とは思うが。しかし」
「ないですね」
本郷は大きな溜息を吐き出した。
「何一つとして。いや、本当に」
「どうしたものか」
役もここでまた首を傾げさせてしまった。
「探してもないとなると」
「あっ、あそこに」
ここで気付いたのだった。人がいたことに。そこにいたのは背の丸い、それでいて不気味に太った老人だった。頭は前から禿げ上がり目が大きく出ている。そして口がやけに尖り汚らしい腹が出ている。そんな老人だった。
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