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魔狼の咆哮

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第一章その六


第一章その六

「厩舎に鍬を取りに行ったときでした。帰りが遅いので見に来た両親が見たのは娘の変わり果てた姿だったのです。今は血の拭き取られていますがこの厩舎一面に鮮血が飛び散っていたのです」
「・・・・・・・・・」
「少女は陵辱され腕と脚は喰いちぎられていました。親が見た時には既に無残な死体となっていたのです」
「親が見に行った時にはですか。えらく短時間ですね」
 藁草や厩舎の中を見回しながら本郷が言った。
「そんな短時間でそこまでやれるとは。何か道具でも使ったのですか?切り裂きジャックみたいに」
「いえ、爪と牙だけでです」
 警部は頭を振った。
「親が気付かなかったところを見るとその間女の子は何も叫ばなかったようですが。やはり喉を最初にやったのですか?」
 口に手を当て考え込みつつ役が尋ねた。
「そうみたいですね。喉に大きな噛み傷がありました。それが致命傷となり即死でした」
「とすると死体を犯しながら食ったのか。とんだ変態野郎だな」
 振り向くことなく厩舎を見回っていた本郷が履き捨てる様に言った。
「少女の御両親はどういう状況です?」
「かなり取り乱しています。娘の無残な姿を目の当たりにしたのですからな。今は病院に入院しています」
「でしょうね。さぞかしつらかったでしょう」
 役は表情こそ変えなかったがその声は沈痛で怒りを含んでいた。
「それにしても出入り口以外は入り込める隙の無い厩舎ですね。忍び込むにしても藁草に隠れるしかない。もしくは屋根の上から襲い掛かるか」
 本郷が屋根を見上げた。
「屋根の上、か。刺客がよく使う手だな」
「刺客か、将にその通りですね」
 役に警部が同意した。
「我々が前の村で遭遇した時も屋根の上に跳び上がって逃げましたからね。相当身のこなしが軽やかですね」
「殺しの手口から見ても相当訓練を受けたのではないかと言われています。普通の者では到底為しえない速さと鮮やかさですから」
「しかもかなり残忍な奴だ。これだけの事をわざわざ人の目に、親の目につく様にやるんだからな」
 本郷が戻って来た。
「野獣だけでなく切り裂きジャックにも似ていますね。ここまで鮮やかで惨たらしい殺し方は他にありません」
「伝えられている野獣も残忍な奴でしたが今度の奴はその上をいっています。速くなんとかしなければ更に怖ろしいことになります」
「ですね。一刻も早く見つけ出し倒さなければ」
 四人は厩舎を後にした。車に乗り次の村に向かった。
「はい」
 警部の携帯に電話がかかってきた。振動を止め電話に出る。
「あ、署長ですか。どうなされました?」
 電話の向こうの署長の声は何処か震えていた。その理由はすぐにわかった。
「え、本当ですか!?」
 警部の声が上ずった。警部の顔色が見る見るうちに青くなる。
 それを見る三人も何が起こったのかわかった。表情が暗くなる。
「・・・アラーニャ、行き先を変更だ。シャル村へ向かってくれ」
「・・・・・・はい」
 巡査長も沈んだ声で答えた。車は静かに行き先を変更する。
  シャル村も先の二つの村と同じく森に囲まれた静かな趣きの村だった。一面の麦畑が黄金色に輝いている。が今この村は悲嘆と恐怖に染められていた。
 時間は夕食時になっている。周りは段々夜の闇に包まれようとしており太陽は沈み明けの明星が姿を見せている。
 制服の警官達が右に左に動き回っている。蒼白になった村人達が立ち竦み家畜達もその動きを止めている。
 その中を四人は進んでいた。進むにつれ村人の姿は減り替わりに制服の警官が増えていった。
 現場のすぐ近くで一人の中年の女性がいた。蜂蜜色の髪をしたやや太めの女性だ。その身体をおもいっきり揺すってあらん限りの声で泣き叫んでいる。
「・・・被害者の親戚ですかね」
「・・・母親だよ」
 署長が出て来た。
「学校から帰ってから出て来ない娘を寝ているのだと思い起こしに来たら骸と成り果てた娘がベッドにいたんだ」
「家の中でですか」
「そうだ。家の中で殺された」
「・・・なんという奴だ」
 役も本郷も絶句した。その横で母親が夫に支えられている。その夫の目も泣いていた。
 家は一階建ての質素な家だった。木で建てられ中には装飾も過度な家具もなくつつましやかである。
 娘の部屋は奥にあった。そこには十人程の制服の警官と白衣を着た検死官が数人いた。
「ここですか」
 部屋には勉強用の机と椅子、本棚には何冊かの本があった。思春期の少女らしく恋愛物の小説や詩集が置かれている。どうやらなかなかの文学少女だったらしい。
 部屋の左隅にベッドがあった。大きめで頑丈な作りをしている。白いシーツが敷かれている。ただしそのシーツは鮮血で真っ赤に染まっていた。
 ベッドの上に少女は横たわっていた。歳は十六程であろうか。母親と同じ蜂蜜色の髪をショートにしたボーイッシュな少女であった。瞳は黒く顔立ちも中性的で整っている。黒いTシャツと青のジーンズを着ている。脚はジーンズの上からでもかなり長くすらりとしているのがわかる。ただし胴についていれば。
 両脚は根元から引き千切られていた。シャツはズタズタに裂かれ二つの小振りな乳房はどちらも喰われていた。禍々しい牙の痕が残っている。 首は半ばまで喰われておりほとんど胴から離れそうである。
 
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