魔狼の咆哮
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第三章その八
第三章その八
「いくら貴様の回復力が凄かろうと今すぐには無理だよな」
本郷が言った。その通りだった。
「行くぜ、容赦はしねえ」
右手を懐に入れ取り出す。拳の指と指の間にそれぞれ短刀を挟んでいた。
それを投げる。四本の短刀が一直線にアンリへ襲い掛かる。
だがそれをアンリは右手を一閃させ全て撃ち落した。右手だけでもそれだけの力はあった。
「人間が、馬鹿にするな。この程度の小刀で俺を倒せるものか」
口が大きく開いた。牙が不気味に光る。
「元々そんなつもりは無いさ。ただその短刀はちょいと特別でね」
「何?」
「白銀なんだよ。しかもうちの退魔の呪文が書かれているんだ」
床に落ちた短刀を見る。その白銀の刀身には独特の固い文字で何やら書き込まれていた。
「漢字か・・・・・・」
アンリはすぐにその文字を理解した。そしてその文字の持つ力を。
右手から白い煙が発せられる。容赦なくアンリの右手を溶かしていた。
「ふん、この程度」
アンリはひるまなかった。右手から氷を出した。
「小細工だけはやるようだな。だが所詮それまで」
氷を上へぽんと投げる。アンリの頭の上で無数に弾け飛び刃となってアンリの全身を覆った。
「飛び道具とはこうやるものだ」
右手を指を開いた状態で前に突き出すと宙を漂っていた無数の刃が二人に襲い掛かった。左右に跳びそれをかわすが全てよけきれるものではなかった。何本かがかすり突き刺さった。
「やってくれるな」
左手で突き刺さった氷を抜きつつ本郷はアンリを見据えつつ言った。右手で刀を構えたままである。氷が抜かれた傷口から血が湧き出る。役も同じだった。だが役は脚にそれを受けていた。それもかなりの重症だった。
「氷を使った術は俺の最も得意とするもの。こんなものはまだ序の口だ」
右手を下から上へ振り上げた。自分の背丈程もある巨大な氷柱が床に立ち本郷へ向けて地走りする。
「死ね」
本郷の後ろには役がいた。彼の脚の傷を見た本郷はかわすことを放棄した。
「ほう、仲間を庇うか」
それを見てアンリは笑った。一人始末したと確信した。
本郷は役の方を見た。そしてにやりと笑った。自信に満ちた笑みだった。
役も本郷に笑った。彼を信頼する笑みだった。そして懐から何かを取り出す。青く光る宝玉、いや石だった。
本郷は構えた。気を刀に集中させる。白銀の刃に紅の炎が宿ったように見えた。
「無駄なことを」
アンリはやはり笑った。やはり下等生物を嘲る笑いであった。
この時アンリは自らの傲慢さをどう感じたであろうか。おそらく何とも思っていなかっただろう。だからこそ罪無き少女達を楽しみながら犯し貪り喰ってきたのだ。しかしその驕り時として命取りになるのだ。
「うおおおおおおおおおおお!!」
本郷が吼えた。気が刀に満ちる。八相の構えを取った。
「喰らええええええええええ!!」
刀を振るった。赤い気が地走りで飛ぶ。そのままアンリが放った氷の柱へ突き進む。
気と氷がぶつかり合った。激しい衝撃と炸裂音が響く。
二つの柱が鬩ぎ合う。まるで剣と剣が鍔迫り合いするかの如き状況である。
アンリは動じなかった。自分の術が人間風情に破られるとは夢想だにしなかった。これで本郷と役を始末したと確信していた。その顔に必勝の笑みが浮かぶ。
本郷は気と氷の激突をしかと見守っていた。次の攻撃の用意を整えていた。
その後ろには役がいた。先程懐から取り出した石を脚の傷口に当てている。
気と氷はまだ鬩ぎ合っていた。どちらも譲らず柱が軋む音が響く。
氷にほんの僅かだがヒビが生じた。それはすぐに柱の全てへ伝わっていく。
アンリの氷の柱が割れた。割れて砕け散り床に飛び散った。青いサファイアの如き輝きが床に落ち溶けていく。
氷の柱を打ち砕いた気の柱が凄まじい速度で突進を始めた。一直線にアンリへ向けて突き進む。
アンリは何が起こったかわからなかった。自分の術が人間に破られるなどと思いもよらなかった。気が目の前に来ても状況を把握しきれていなかった。
気の柱がアンリを撃った。赤い光が部屋を照らす。それが部屋の中の無数の鏡に映し出される。
アンリは吹き飛ばされた。天を舞い床に叩きつけられる。鈍い音が響いた。背から落ち転げ一回転し胸からまた落ちた。
「ガハアアアアアアアアァァァァ・・・・・・・・・」
口から鮮血がこぼれ落ちる。牙が数本折れていた。全身を鈍い激痛が襲う。
右手だけで何とか立とうとする。だが立てない。胸に激しい痛みが走る。肋骨も何本か折れていた。
「最後だな。それだけの深手を負っては流石に動けはしまい」
上から声がする。見上げる。そこには緑の眼があった。その左手には銃がある。それはアンリの脳天に照準を定められていた。
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