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魔狼の咆哮

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第三章その七


第三章その七

「鏡と分け身の術を兼ね合わせたか。考えたな」
「俺は天才だ。貴様の様に何不自由なく暮らしてきた者とは違う」
「何不自由なく、か」
 その言葉にカレーは皮肉な笑みを浮かべた。
「自分だけが辛酸を嘗めてきたと思うな。どの者もこの世に生きている限り苦しみも経験する。その様な戯言を言うのは自分に自信が無く世をすねている愚か者だ」
「俺を愚か者だと・・・・・・!?」
 アンリの眼が怒りで燃え始めた。
「そしてその様な愚か者は最後に負ける。自分の負の心に押し潰されてな」
「貴様・・・・・・!!」
 アンリが剣を大きく振り被った。そしてカレーの頭上へ向けて振り下ろした。
 カレーはそれをかわした。横に滑りつつ横手投げの要領で剣を投げ付けた。
 だがアンリはそれをかわした。カレーを嘲りの表情で見る。しかしカレーの顔は必勝の笑みでアンリを見やっていた。
 剣はそのまま回転しつつ飛んでいる。その向こうには大鏡があった。
 そこで剣はカーブした。先程アンリが出てきた五枚の鏡のうち一枚に迫る。
 剣が鏡を打ち砕いた。破片が無数の輝きを放ち舞い落ちる。そしてそのままの速さと威力で次の鏡も打ち砕く。
 次々と大鏡を打ち砕いていく。十枚程砕き剣は地に落ちた。
「がはあああ・・・・・・・・・っ!!」
 鏡から出てきた五人のアンリ達がもがき苦しみはじめた。地に伏し爪で床をかきむしっている。
「これは・・・・・・!?」
 カレー以外の五人はきょとんとしている。それまで猛威を振るっていた彼等が急に苦しみだしたのだから。
「魔術のもとを壊したんだよ」
 カレーは微笑んで言った。アンリが憎悪と憤怒の表情で彼を見る。
「鏡にかけた術ならばそのもとの鏡を壊せばいいからね。そうすれば術は効果をなくす」
 その言葉通り五人のアンリ達の姿が急激に薄くなっていく。
「魔術に溺れる者は魔術で滅びる。負の心を持つ者は負の心により滅びる」
 カレーはアンリに向き直った。
「最後だな、アンリ。今こそ滅びる時だ!」
 その言葉を受けたアンリの顔が見る見る変化していく。それまでの自身に満ちた顔が憤怒と憎悪で醜く歪んでいく。
「おのれ、よくも・・・・・・」
「貴様が殺してきた罪無き少女達の無念、今こそ晴らす時だ」
 炎の剣を出す。構えようとしたその時だ。
「いえ、カレーさんそれは俺達にやらせて下さい」
「一族同士殺し合うのはよくないですよ」
 本郷と役だった。隙の無い動きでカレーの前に進み出た。
「それにこれは俺達の仕事だし」
「化け物退治はね」
「・・・・・・・・・」
 それに対しカレーは何か思うところがあった。やはり一族の事は自分でけりをつけたかった。だがそれは同族同士の忌まわしい争いとなる。人狼は狼がそうであるように人狼同士争うことはタブーなのであった。否それは狼よりも厳格な不文律でありかって野獣を放置したのもそれが為であった。結果として多くの犠牲者を出し国王の刺客に倒されるまで何もしないばかりか捜査まで妨害したのだ。
「わかりました、御二人にお任せ致しましょう」
 カレーは引いた。二人はそこまで理解して言っているのだと知っていたからだ。
「有り難うございます」
「後は我々にお任せ下さい」
 二人は刀と銃を構えた。それを見てアンリはせせら笑った。
「ふん、唯の人間共が俺を倒すだと」
 さっきまでの憤怒と憎悪で歪んだ顔はなかった。自分より下等な生物に対する侮蔑と嘲りをたたえた笑いがあった。どちらにしろ醜悪な顔だった。
「どのみちシラノの奴の次は貴様等の予定だったがな。順番が変わっただけか」
「さて、それはどうかな」
 アンリの嘲笑に対し本郷はぴしゃりと返した。
「人間には貴様みたいに牙や爪はないけどな」
 構えを取り直した。
「あまりその人間をなめるとろくな結果にならないぜ」
 構えに力が入る。全身を赤く激しい炎の様な気が覆っていく。
「そう、中には爪や牙を持つ人間もいる」
 役の目が光った。そしてその色が変わっていく。
「邪な者を討つ為に」
 眼は黒から緑になっていた。人のものより猫のものに近い眼だった。
「その眼は・・・・・・」
 アンリはその眼を持つ者を一人知っていた。古よりこの世のあらゆる場所にその姿を現わす者、全てが謎に包まれた男を。
「貴様が・・・何故・・・・・・」
 それには答えず銃を放った。アンリは咄嗟にそれをかわした。
 だが役の眼に気を取られ動作が遅れた。銃弾が右手の甲を撃った。
「グウウウウウ・・・・・・」
 銀の弾であった。人狼にとっては劇薬に等しいものである。アンリは呻いた。
「今度は俺が行くぜ」
 本郷が突進した。刀を左から右へ横一文字に切り出す。
 痛みに堪えつつアンリはそれを後ろに跳びかわした。
 後ろに着地すると同時に前へ跳び左の爪を振り下ろす。そこへ役が再び銃弾を放つ。
 銃弾がアンリの左肘を撃った。骨が砕ける音がし鮮血が飛び散る。その血は人間と同じ赤い色だった。
「これで左腕は使えないな」
 役は表情を全く変えることなく言った。
「き、貴様・・・・・・」
 痛みと役に対する怒りで顔が歪む。左手を上げようとするが肘から下が奇妙な方向に落ち動かない。
 
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