魔狼の咆哮
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第三章その六
第三章その六
「それは出来ないな。月は我等が力の源」
部屋の奥から声がした。あの男の声だった。
「月がある限り俺は決して滅びぬ。偉大なる祖先フェンリル狼の力を司る月がこの世にある限りは」
部屋の向こう側、一行と対峙する場所に白い人型が浮かび上がった。それは最初は輪郭だけであったがやがてはっきりと人の身体を持つようになった。
長く黒い髪、白い中性的な顔立ち、鳶色の眼、鞭の様な長身、アンリその人であった。
「よくぞここまで来た、下賤な人共よ」
口の片端を歪めて笑う。冷酷で残忍な笑みだった。カレーは彼と同族であるが人狼になれぬ者は彼にとって同族ではないらしい。
「その褒美として俺が宴の相手を務めよう。今日のメインイベントだ。ゆっくりと楽しむがいい」
「そりゃあどうも。有り難いことだな」
まず本郷が口を開いた。
「俺はこういった宴会には縁がなくてね。精々楽しませてくれよ」
「安心しろ。貴様等全てこの俺自ら地獄へ送ってやる。ゆっくりとな」
眼に殺戮の光が宿った。
「ゆっくりと、ね。しかし」
巡査長が問うた。
「あんた一人で我々を相手にするつもりか?またえらい自信だな」
「カレーさんに腕を切り落とされたばかりだというのに」
役の言葉に眉を動かした。だが今度は感情を高ぶらせなかった。
「誰が一人と言った」
不敵に笑った。
「何!?」
「鏡を見ろ」
右手で部屋の大鏡を指し示した。そこにはそれまでと変わらぬ赤い月が映し出されていた。
いや、月だけではなかった。十七の大鏡のうちアンリの前の五つには月の他に別のものも映っていた。
それはそこにいるはずのないアンリの姿だった。鏡の向こうで一行を眺め残忍な笑みを浮かべていた。
「何・・・・・・」
「フフフフフ」
対峙するアンリも鏡の中のアンリも笑っていた。鏡の中から聞こえる筈の無い笑い声が聞こえてきた。不可思議な六重唱だった。
鏡の中のアンリの右手が一斉に挙がった。前に出す。するとまるで水面から出てきたように鏡面に波紋を起こしつつ右手が鏡から出てきた。
右手が鏡の縁を掴む。次に左手が出てきた。右手と同じく鏡の縁を掴む。
ゆっくりと五人のアンリが鑑から出てきた。本郷達の方へ顔を向け陰惨な笑みを浮かべている。
「これは・・・・・・・・・」
「かかったな。これこそ俺の罠よ」
部屋の奥に立つアンリが言った。
「ここは鏡の間。鏡は異なる世界へ繋がる異界への門。姿形は同じでも全く異なる世界へのな」
アンリは続けた。白い右手に毛が生えだしている。それは鏡から出てきた五人も同じであった。
「俺は鏡に魔術をかけたのよ。自分の分身を宿らせる術をな」
口が大きく裂けはじめる。歯が牙に変わっていく。
「門は二つの世界の狭間。狭間で使われし魔術は普通の魔術より強い」
黒魔道師達が十字路で魔方陣を開くのもこれによる。
「それにより普通ならば本体の劣化コピーに過ぎない分身の力を高めたのか」
カレーの言葉に答える。
「そうだ、この五人の俺は俺と同じ力と魔力を備えている」
耳が尖る。爪が伸びる。
「人狼の力を持つ俺がそれぞれ貴様等の相手をしてやる。光栄に思うがいい」
舌が伸び眼が赤く変わる。顔げ変形し黒い毛に覆われる。
「行くぞ」
一人が左手を、他の五人が右手を横に振る。手の平から炎の柱が噴き出る。柱はすぐに剣に変化した。
六人のアンリが一斉に跳んだ。高い部屋の天井に届かんばかりに跳躍した。
上空で炎の剣を放つ。紅蓮の剣が回転しつつ一行に襲い掛かる。
一行はそれを六方に散開してかわした。かわしつつそれぞれの得物を手にとる。
得物を手にし構えをとる六人の前に六人のアンリが来た。それぞれ一対一で睨み合う。
宴が始まった。六人のアンリは皆炎の剣を本郷達はそれぞれの得物を手に闘いが始まった。
アンリが炎の剣を振るう。剣は火の粉を撒き散らしつつ襲い掛かる。
それを本郷は日本刀で、カレーは氷の刃で受ける。他の四人はかわしつつ銃や鉄拳で攻撃を仕掛ける。
刀を持つ二人はほぼ互角に勝負を進めていた。だが接近戦の武器を持たない四人は苦戦を強いられていた。
「どうした、自慢の銃は飾りか」
「くっ・・・・・・・・・」
アンリの一人が役を挑発する。アンリの攻撃の熾烈さと素早さの前に照準を定められないのだ。
それは警部と中尉も同じだった。銀の銃弾を持っていても当てることは出来なかったのだ。
特に巡査長は苦労していた。懐に飛び込めず自慢の空手や柔道の技を使えなかった。
「まずは貴様から屠ってやろうか」
「うっ・・・・・・・・・」
歯噛みする。だが劣勢は変わらなかった。
カレーは本当のアンリと対峙していた。炎と氷が激しく交差し豪奢な部屋を二つの色で照らし出す。
「貴様は本当の俺が殺してやる」
「出来るか、貴様に」
二人は激しく斬り合う。二つの刃が打ち合い火の粉と氷の結晶が舞い落ちる。
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