ヒダン×ノ×アリア
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第9話 死闘の幕開け
前書き
管理局の問題児以上に遅れてしまい申し訳ありません。
先日この作品に関する感想を頂き、「これは書かなければ!」と思い書きました。
久しぶりなのですが、楽しんで頂ければ嬉しいです。
アリアの予測通り、クルトの闘いは、一方的な展開となっていた。
悠然と立っているクルトと、その前で無様に膝をつく一人の男。歳は三十半ばぐらいで、結構な小柄である。
男の名前はヨゼフ=イーハ。チェコ人である。
「はあ、はあ、はあ…」
ヨゼフは息を切らしながら忌々しげにクルトを睨む。
それを全く気にしていないクルトは、息を乱してないどころか、汗一つかいていない。それだけの実力差が二人の間にはあった。
「オッサン、もういいだろ。あんたじゃ俺には勝てない」
馬鹿にした風でもなく、ただ事実を淡々を述べるクルト。
それを聞いたヨゼフはニヤリと笑う。
「勝てないから諦めるなんて、余りにダサいと思わねえか?」
「………………」
「それに俺にはお前を最大限足止めするっつう大事な仕事があるんでな。だから引けねえのよ。―――死んでもな」
ヨゼフはそう言ってヨロヨロと立ち上がる。が、その足には力がほとんど入っていない。文字通りただ立っているだけだ。
それだけのダメージを、クルトは僅かな時間で与えていたのだ。
それでもクルトは少しだけ驚いていた。本来なら立つ事も出来ないレベルのダメージを与えた筈だった。しかしヨゼフは立ちあがった。
それはまさに任務に対する執念だ。
そしてそれ故に理解出来ない。
これ程強靭な精神力を持つ男がこんな事をする理由が。
「…理解出来ねえか?俺がよ」
顔に出ていたのか、クルトの考えている事を読み取り、ヨゼフはそう言った。
自身の感情が良く表情に出るという欠点を自覚しているクルトは、特に驚きはない。
「…そうだな。なんでオッサンみたいな奴がこんな事をってのは正直思う」
「随分と俺を買ってくれてるみたいだが…、俺はそこまで凄い奴じゃねえよ」
自嘲気味に笑うヨゼフ。
「俺が産まれたのはどっかの国の薄汚いスラムだった。そこで物心ついた時から盗みやら殺人やらを行い、気が付けば傭兵になっていた。そして―――」
「今は役立たずの足止め役か」
「くく、言ってくれるじゃねえか。だがまあ、お前の言う通りだ。クソみたいな人生を送ってきたツケが今更やってきたってわけだ。まさか、こんな糞餓鬼相手に払わされるとは思わなかったがな」
ヨゼフはスッと再び構えを取る。
今の会話である程度の体力を回復出来た為、再び臨戦態勢に入ったのだ。
(まあ、体力を回復しているのは分かってたから別に良いんだが。それより気になるのはアリアの方か。もし先に進んでて残りの奴等に接敵したらヤバいな)
そう考えたクルトも、今度こそ終わらせようと右足を一歩踏み出した。
「ふっ!!!」
瞬間、ヨゼフが突っ込んでくる。
一気に間合いを詰め、右拳を放つ。それをクルトは身体を半回転させ回避。そしてカウンターのタイミングでヨゼフの腹に膝蹴りを叩き込む。
「ぐふぅッ!」
口から胃液を吐き出し、くの字にからだを折り曲げる。
クルトはその場で飛び上がり、逆の足で、ヨゼフの頭を上から蹴った。
―――ドゴンッ!!
蹴りが後頭部に当たり、鈍い音を立てた後、ヨゼフの頭が地面に叩きつけられ凄まじい衝突音を鳴らす。
そして遂にヨゼフは動かなくなった。
「やっぱ攻撃力はアリアには及ばないか…」
そんな事を呟きながら、クルトはヨゼフの手足を手錠で縛る。
そしてヨゼフを通路の隅に転がして、先へ進む為走り出した。
(ちょっと時間掛かっちまったな…)
自分の戦闘内容に反省しながらクルトは急ぐのだった。
* * *
「「あ」」
クルトとアリアが合流したのは、クルトの闘いが終わってから暫くしてだった。
「ちょっと遅いわよ!何してたの!?」
クルトよりも早く終わったのであろうアリアが声を荒げる。
額に血管を浮き上がらせるアリアは非常に迫力があるが、クルトはそれをどこ吹く風といわんばかりに涼しげな顔で受け流す。
「そんなに怒るな。でも―――」
「???―――でも何よ?」
「いや、まさかお前がそんなに俺に会いたがってたとは知らなかった。と思ってな」
「ふぇ!?な、なななななに言ってんのよあんたは!?しょ、しょんなわけないりゃないりょよ!?」
「言えてないぞ」
「う、うるさいうるさいうるさーい!!」
からかわれ怒るアリアに、クルトは素早く近づき、彼女の頭に自分の手をのせた。
そして優しくアリアの頭を撫でる。
「まあでも、前会った時に比べてとんでもなく強くなったなお前」
無意識下で笑みを浮かべるクルトを顔をぽーっとした表情で見つめるアリア。そしてはっと自分が何をされているか気付いた瞬間彼女の顔は真っ赤に染まる。
バッとクルトの手を振り払い、ズザザ!という音が出そうな勢いで後ろに下がる。
「い、いきなり頭撫でるとか何なのあんた!?バカなの!?死ぬの!?」
そう言いながらも、アリアの表情はとてつもなく奇妙なものだ。
(ヘンテコな顔してんなあいつ)
それはクルトが疑問に思う程。
その表情を伝えるならば、嬉しさの余りニヤケそうになる自分の顔を必死に押し留め、その代わりに怒っているように取り繕うとしている。である。
(うぅ~!何よあいつ!反則よ反則!いきなり頭撫でるなんて…ッ!この天然ジゴロッ!ハーレム体質ッ!攻略王ッ!)
内心もクルトの罵倒を怠らないアリア。彼女らしいといえば彼女らしい。
が、そんな楽しげな空間も長くは続かない。
「ほう、様子を見に来れば、まさか二人でイチャついておるとは」
現れたのはヨーロッパ最強とすら言われる武偵、レズリー=ウィリス。
彼から無意識に漏れ出るオーラは、その評価を裏付けるに相応しい凄まじさだ。
「まさか黒幕が自分から出てくるとはな」
レズリーのオーラに冷や汗を流しながらも、クルトは好戦的な笑みを作った。
逆にアリアの表情は非常に硬い。
「ところでジジィ、お前の仲間の武偵はどこ行った?」
そう質問をしてみるが、クルトにはレズリーの返答がなにかなど分かっていた。それは、今現在彼が漂わせている強烈な死臭によって。
「くくく、お前さんなら分かるじゃろ?」
その言葉でクルトは確信する。
「…殺したのか」
「そうじゃ。念も満足に使えん奴等を仲間にしても無意味じゃからな」
「なら…、ならなんで仲間にした?」
「簡単じゃよ。カモフラージュじゃ。儂が目指すべき…“理想の世界”の為のな」
―――理想の世界。
その言葉にクルトは不快気にその顔を歪める。
アリアも理解不能といった表情だ。
「理想の世界?まさかジジィ、とうとうボケたか?」
「いや、儂はボケておらんよ」
「理想とかのたまう時点でボケてんだろうがッ」
「まあ、そう焦るでない。儂の理想の世界、それは必ずこの世の為になるものじゃ」
「そういう奴の世界は大抵碌なもんじゃないって決まってんだよ。大体ジジィ、お前は一体どんな世界を作るつもりだ?」
その問いに、レズリーはニヤリと口元を歪めた。
それが不気味に見え、クルトは無意識下に半歩下がる。
「それを教える訳にはいかん。じゃがそれじゃお主等も納得せんじゃろ。故に一つ、ゲームをせんか?」
「ゲーム?」
「そうじゃ。ルールは至って簡単。お主等が儂に両膝を着かせる事が出来たら勝ち、お主等が気絶、もしくは戦闘不能に陥ったら負けじゃ」
「へえ、そりゃ簡単なゲームだな。ところで一つ質問があるんだが」
「なんじゃ?」
「―――もしあんたを殺したら、その時ってどうなるんだ?」
レズリーは沈黙した。
それは彼にとって完全なる予想外の言葉。今まで…過去三十年近く自分以上の強者と出会った事等なかった彼にとっては、クルトのその言葉はとても新鮮だった。
だからだろうか、レズリーが、楽しそうに笑ってしまったのは。
「面白いぞクルト!儂が死ねば、その際もお主達の勝ちじゃ。儂の理想は潰える。―――まあ、じゃが…」
―――ブワッ!!
凄まじいオーラがレズリーから噴き出、辺り一体を埋め尽くす。
「―――貴様程度のヒヨッコに殺されるほど、儂は弱くはないぞ?」
「―――知ってるよクソジジィ…」
クルトは精一杯の虚勢。アリアは圧倒され、ゴクッと喉を小さく鳴らした。
ここから先は全力の殺し合いとなる。少なくともクルトとアリアにとっては生きるか死ぬかの大きな分かれ目だ。
「…アリア」
アリアにだけ聞こえる声量でクルトは言う。
「死ぬ気で行くぞ。―――生き残る為に」
「ふふ、当たり前じゃない。もし死んだら―――」
―――風穴空けるわよ?
二体一の死闘が今、幕を開ける。
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