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京に舞う鬼

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第五章


第五章

「それで何もないとは言えないな」
「やっぱり」
「魔物も。他の街に比べて多い」
「鬼にしろ悪霊にしろですか」
 百鬼夜行も夜の街、夜の京都を練り歩いてきた。魔物達の百鬼夜行もあれば怨霊達の百鬼夜行もあった。京都の街は魔物を恐れた街であり様々な退魔の処置が施されていたがそれでもその跳梁跋扈は止まらなかったのだ。
 比叡山延暦寺と高野山金剛峰寺。魔物が出入りする東北と南西を護るこの二つの寺院の腐敗もそれと無縁ではなかった。内部には暗躍があり外には腐敗があった。この街はそれにより魔物が普通に出歩く街となったのである。京都の裏の世界は魔物の世界なのである。
「だから。楽な仕事なぞ来る筈もない」
「厄介なことですね」
「それが京都だ」
 役は突き放したようにして言った。
「ここにいる魔物は世界屈指の強力なものばかりだ。それはもうわかっていると思ったが」
「わからないふりをしたいんですよ。わかります?」
「わからないな」
 役はまた突き放した。
「それに収入もそちらの方がいいというのに」
「確かに報酬はいいですね」
 それは本郷も認めた。
「一仕事しただけで一千万単位はザラですから」
「ならわりがいいと思うが」
「これで命をかける心配さえなければ」
「それは贅沢というものだ。一回か二回やれば一年暮らしていける仕事は他にはない」
「まあね」
「だったら納得することだな。さもないと食べられなくなるどことか」
「あの世行き、ですか」
「あちらの世界にはまだ行きたくはないだろう?」
「生きたままなら別ですがね」
「では真面目に働くことだ。いいな」
「了解」
 彼等はそのまま真夜中まで資料を調べ続けた。そして次の日は被害者の学校に向かった。
「何ていいますかね」
 二人はその学校の校門の前にいた。本郷はその門から見える立派な校舎を見て言った。
「無駄に立派ですよね」
「そうかな」
「京都の学校は。いい校舎の学校が多いっていうか」
「そうでもないと思うが」
「けれどこんな立派な校舎の学校なんてそうはありませんよ」
 見ればかなり広い校庭の中に巨大な校舎がある。それは白く、美しく彩られ、その姿を朝日の中に映し出していた。
「これじゃあまるで大学じゃないですか」
「教育に力を入れている証拠だ。いいことだ」
「お金ってのはあるところにはありますからね」
「私達はそのお金には困っていない筈だが」
「まあそうですが。しかしまあ」
 その立派な校舎を見てもう一度声をあげる。
「綺麗なもんですよ。よっぽどの名門校なんでしょうね」
「話はそれだけか?では行くぞ」
「了解」
 何はともあれ学園の中へ入った。洒落たデザインのブレザーに身を包んだ男子生徒や可愛らしいミニの制服姿の女子生徒
達が二人の横を通り過ぎていく。
「懐かしいなあ」
 本郷はそんな学生達を見て目を細めた。
「俺も少し前まではこうして毎朝学校に通っていたんだったっけな」
「いい思い出だったみたいだな」
「成績は悪かったですけどね」
 二人は校庭を歩きながら話をしていた。
「大学にはスポーツ推薦で入りましたから」
「そういえばそうか」
「大学では成績はよかったですけれどね」
「大学では講義に出ているだけで単位はくれるからな」
「あっ、わかってましたか」
「それ位知っているさ。日本の大学のことはな」
「きついお言葉」
「だがそれは別に悪いことじゃない」
「はあ」
 この言葉は少し意外だった。ここでてっきり学生批判や大学批判をするのかと思ったからである。
「人間学ぶべきことは一つだけではない」
 役は言う。
「大学で学ぶこともまた一つではないのだ」
「そういうことですか」
「そうだ。だから別にそれは悪いことじゃない」
「成程」
「君にしろ大学で学んだことは多いだろう?」
「それで今こうやって探偵やってるわけですからね」
 本郷は少し上へ目線をやりながら述べた。
「剣道やら手裏剣やらやったおかげで」
「手裏剣か」
「意外ですか?」
「今やってる人間は少ないからな。それは大学で覚えたのか」
「他にも色々と覚えましたけどね」
「酒や煙草か?」
「いえ、それは高校の時に」
「そうか」 
 学校で話すべきことではないが役はそれには構わなかった。周りの学生達も彼等の話は聞いていない。
「体術もね。本格的に身に着けたのは大学からですし」
「そして魔と戦う力にも目覚めたのだな」
「そうですね。色々身体を苛めているうちに」
「魔物と戦う流儀は一つではない」
 役は述べた。
「身体を使ったものもある」
「俺はどっちかというと肉体派ですからね」
「そうだな。君はそれでいい」
「はい」
「私も私で流儀があるしな」
「ええ」
「それについては構わない。黒魔術でも白魔術でもな」
「魔物を倒せれば」
「そういうことだ。君にしろ体術だけではないしな」
「それだけでやっていける世界じゃないですしね」
「うむ」
「まあ俺も色々勉強してますからね、これでも」
「いいことだ。それだけ生きられる時間が長くなる」
「生きられる、ですか。嫌な言葉ですね」
「人は何時か死ぬ」
 役はクールに述べた。
「だったら畳の上で死にたいだろう」
「確かに」
「そういうことだ。では中に入ろう」
「はい」
 校舎の前に着いた。そしてその校舎の中に入る。
 校舎の中も綺麗であった。ただ校舎が綺麗なのではなく掃除も行き届いていた。
「ふむ」
 役はゴミ一つない廊下やシミがよく拭き取られた壁、透き通った窓等を見て声をあげた。
「いい学校だな」
「わかるんですか?」
「綺麗だからな」
「いえ、それさっき俺が言いましたけど」
「そういう意味じゃない」
「そうなんですか」
「わからないか。この綺麗な校舎の中が」
「ええと」
 そう言われた本郷はあらためて校舎を眺めた。
「ゴミ一つないですね」
「そういうことだ」
 役は言った。
「綺麗だな」
「俺の学校とは大違いですね」
「君の学生時代はかなりワイルドなものだったようだな」
「まあおしとやかじゃなかったですね」
「ふむ」
「こんな綺麗に掃除なんていていないですし。いい加減なものでしたよ」
「こうしたところに学校の品性が出るからな」
「それじゃあこの学校はかなり上品なんですね」
「そう思う。それでは行くか」
「はい」
 二人はそのまま校舎の中を進んでいった。そして学園の校長と話をすることになった。
「あの娘について、ですか」
 校長は穏やかな風貌の初老の紳士だった。特におかしなところは見られない。
「探偵さん達でしたよね」
「はい」
 本郷がそれに答えた。
「警察に捜査の協力を依頼されまして」
 実際には高額で解決を依頼されたのだがそれは言わない。
「それで来ました」
「左様ですか」
 校長はそこまで聞いてまずは頷いた。
「ここまでおいで頂いたことは有難いのですが」
「お話することはないと」
「申し訳ないですが」
 校長は本当に申し訳なさそうに述べた。そこから彼が少なくとも不誠実な人物ではないのはわかった。
「警察にお話した通りです。至って真面目でよい娘でした」
「そうですか」
「私共は何も。部活動も熱心でしたし」
「部活動!?」
「はい、華道部です」
 彼は言った。
 
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