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京に舞う鬼

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第二十三章


第二十三章

 別邸の中は貴子のいた屋敷とあまり変わらなかった。闇の中に花々が咲き誇り、かぐわしい香りを醸し出しているのがわかる。
「やっぱり色々な花があるみたいですね」
「どうやらな」
 二人はそのかぐわしい庭の中を進みながら話していた。
「庭自体は変わらないな」
「ですね」
「だが」
 明らかに違う点があった。
「いるぞ、中に」
「どうやら俺達が来ているってこともわかっているみたいですね」
 妖気が二人に纏わりついてきていた。その身体を絡め取ろうとしているかの様であった。
「この気の動きは」
「だろうな」
 それは役も感じていた。
「だが別にどうということはない」
「向こうも隠れる気はないみたいですね」
「その証拠にな」
 家の玄関を見据える。
「開けてある。来てくれと言わんばかりだ」
「むしろ来い、って感じですね」
「獲物をか」
「奴から見れば俺達は獲物以外の何でもないでしょう」
 不敵な笑みはそのままであった。
「その芸術の為に精々華麗に死んでもらう為の」
「御免こうむりたいものだな、そんな考えは」
「ところが相手はそうは思っちゃいませんよ」
「やれやれだな」
「まあ今更言っても仕方ないですし」
「そうだな」
 玄関の前まで来た。
「入るか」
「はい」
 開けられたままの玄関の門をくぐった。
「毎度」
 本郷が冗談めかして言った。それが合図となって二人は家に足を踏み入れたのであった。
 妖気はさらに強くなっていた。前に進むのも困難になるかと思える程であった。身体に纏わりつき、生き物の様に蠢いている。二人はその妖気をあえて意に介さず先に進む。そして広い和室に辿り着いたのであった。
 一体何畳あるであろうか。二十では利かない。四方を華麗に描かれた襖で囲い、中には何も置かれてはいない。天井は高く、鳥が自由に飛べる程であった。二人はその中に入ったのであった。
 薄暗い。だが目が慣れてきたのでそれは苦にはならない。二人はこの広間において鬼が来るのを待っていた。
 一言も発しない。ただ、鬼を待っている。それは妖気でわかった。妖気が次第に大きく、そして不気味になっていくのがわかるからである。
「よくぞ来おったな」
 何処からか鬼の声が聞こえてくる。
「昨夜の二人の男じゃな」
「ああ、そうさ」
 その言葉に本郷が答えた。
「鬼退治にな。来てやったぜ」
「はて、鬼退治とな」
 鬼はそれを聞いて嘲笑する声をあげた。
「それはまた面妖なことを申す」
「鬼は退治されるものだぜ」
「退治とは強き者が弱き者に対して行うもの」
 鬼はそう言ってまた嘲笑した。
「違うかのう」
「何だ?じゃあ俺達が退治出来ないっていうのかい」
「その通りじゃ」
 鬼はこう言葉を返した。
「昨夜のことで。わかっておる筈じゃが」
「たまたまこっちが絶不調だったんだよ」
「負けず嫌いはかえって我が身を滅ぼすぞよ」
「生憎ね、減らず口が趣味なんでな」
「左様か。では覚悟はよいのじゃな」
「覚悟も何も言ってるだろ、退治しに来てやったって」
「わかった。では」
 前の扉が不意に左右に開いた。そこからあの赤い着物を着た貴子、いや鬼が姿を現わした。白い足袋を履き、手には薙刀を持っている。目は赤く、禍々しく輝き、口からは牙が覗いている。完全に鬼の顔であった。
「相手をしてやろう。感謝するがいい」
「本郷君」
「ええ」
 本郷は役の声に応える。二人は札と刀を抜いてそれぞれ構えた。
「行くぜ、化け物」
「またその様なことを」
 化け物という言葉にその禍々しい目を細めた。
「わらわを捕まえて化け物とは」
「顔とかは関係ないんだよ」
「ほう」
「大事なのはやってることなんだ」
 本郷は左に動いた。役は右に。すすす、と摺り足で動く。
「手前は。やってることが完全に化け物のそれなんだよ」
「悲しいのう、わらわの美を理解せぬとは」
「理解するつもりはない」
 今度は役が言った。
「そしてしようとも思わない」
「無粋よの」
「人を殺めてまで達成しようとするものはもうそれだけで美ではない。魔道だ」
「魔道と言うか」
「そうだ。そして私達はその魔道を止める」
「覚悟しやがれ」
「ではわらわも見せてしんぜよう」
 その手がゆらりと動いた。
「美の極致をな。受けるがいい」
 手の中に花びらが沸き起こる。それは赤と白の椿の花びらであった。
「行くがいい、花達よ」
 鬼の声に応え花びらが舞う。そして本郷と役の周りを覆った。
「めくらましか!?」
「いや、違う」
 役にはわかった。
「この香りは」
「何か細工が・・・・・・クッ」
 懐から札を取り出した。赤い札であった。
「させん!」
 それを投げると炎となった。それで花びら達を燃やしていく。
「ほう、気付いたようじゃの」
 鬼は燃え散る花びら達を見て目を細めていた。
「その花には。毒を仕込んでおったのじゃ」
「へっ、随分とこすい真似してくれんじゃねえか」
『役さん』
 本郷は口と心では別の言葉を話していた。
『わかっている』
 役も心の中でそれに応える。
『竜華院さん』
『はい』
 本郷の返事に延暦寺の奥から返事が返ってきた。
『読めますか?』
『ええ』
『次は。どう来ますか?』
『棘です』
『棘』
『はい』
「さて」
 鬼は今度はその手に薔薇の茎を出してきた。
「わらわはこの花も好きでのう」
「それで俺達をやるってのかい」
「左様。受けるがいい」
『上です』
 貴子が言った。
『役さんの上です』
『了解です』
 役はそれを受けて動いた。上を見上げすぐにそこへ向けて発砲した。
 丁度発砲する直前に棘が振り下ろされようとしていた。だが役はそれを銀の銃弾で弾き返したのであった。
「ほう」
 鬼は自身の攻撃を防がれても余裕を見せていた。悠然と目を細める。
「やるではないか。今のをかわすとは」
「・・・・・・・・・」
 役はそれに一言も返さない。鬼に心を読まれるのを警戒しているのだ。
「さすれば次は」
 今度は本郷を見た。だがそれは一瞬であった。
『今度は本郷さんです』
『俺ですか』
『はい、爪です』
『爪』
『来ます、避けて下さい』
『死ねよやっ』
「チィッ!」 
 貴子の言葉通りであった。爪が来た。鬼が本郷に右手の指を一斉に向けるとそれが急に伸び本郷を刺し貫こうとしてきたのである。本郷はそれを跳躍でかわした。
「今度は爪かよ!」
「わらわの武器は花だけではない」
 鬼は跳んだ本郷に対して言った。
「全てのものが武器なのじゃ」
「へっ」
『また来ます』
『またですか』
『はい、着地の瞬間を狙っています』
 本郷は跳躍したままの状態で貴子と話をしていた。跳んでいる僅かな間でも心の中の会話は続く。一瞬の刹那の間に勝利を掴む為に。彼は貴子の言葉を聞いていた。
『今度の攻撃は』
『地走りです』
『地走り』
『また花を使った攻撃です、一旦天井へ』
『了解』
 本郷は空中で反転した。そして天井を蹴る。
「何とっ!」
 鬼は今まさに床に何かを放ったところであった。ついさっきまで本郷が着地する筈の場所に巨大な蠅取草がその禍々しい顎を拡げていた。それで本郷を喰らうつもりであったのだ。
 
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