京に舞う鬼
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第二十章
第二十章
二人は警部と別れて今度は嵯峨野の茶屋で貴子と会った。そして昨夜のことに関して話をはじめた。
三人は個室で話をしていた。貴子は本郷と役に正対している。座布団の上に正座して二人と対しているのである。
三人の前には緑茶ときな粉をまぶした団子が置かれている。茶はこの京で採れた最高の茶である。三人はそれを飲みながら話をしていた。
「昨夜のことですが」
まずは貴子が口を開いた。
「御疲れ様でした」
「何、いいですよ」
それに本郷が返す。
「俺達はこれが仕事ですから」
「全て私が原因だというのに」
「いえ、それは違います」
その言葉は役が否定した。
「御気遣いは」
「気遣いではありません。あの鬼は貴女のせいではないのです」
役は彼女を宥めるのでもなく、咎めるのでもない声でそう述べた。
「鬼は人の心の闇にもあるもの」
「闇にも」
「今の貴女は貴女の心の中の光の部分」
「光なのですか」
「言い換えると人の心なのです。あれは貴女から離れた鬼なのです」
「私から離れた」
「そうです」
そのうえでまた述べた。
「あれは貴女ではないのです」
「私ではなく」
「鬼です。貴女は鬼になると仰いましたね」
「ええ」
それは事実である。こくりと頷く。
「しかし人は鬼にはなれない」
役はさらに言った。
「人は人なのです。そもそもが鬼ではないのですよ」
「しかしあの影は」
「人の身体は器に過ぎません」
役は何かを言おうとした貴子にまた言った。
「一つの器の中に二つのものがあるのです」
「二つのものが」
「人と鬼が」
二つの心である。人の身体という器にそれが同時に存在しているのだ。役は貴子にそう語っていたのである。
「おわかりでしょうか」
そのうえでまた言う。
「あれは。正真正銘の鬼なのです。人である貴女ではない」
「左様ですか」
「そうです、ですから御気にやまれることはないのです」
「はあ」
「そして」
「そして?」
「あの鬼を止めるのには。やはり貴女の御力が必要なのです」
「私の身体という器に共にいたからこそ」
「そうです」
矛盾するようであるがしてはいない。器の中に共に存在していたから互いのことが通じるのである。人と鬼は決して相容れないものであるが同時に奥底では同じものでもあるのだから。
「宜しければ。御力をお貸し下さい」
「わかりました」
役のその言葉にあらためて頷いた。
「それでは早速」
「早速ですか」
「ええ」
応える貴子の顔はこれまでよりもさらに真摯なものであった。
「昨日の戦いで一つわかったことがあります」
「それは一体」
「考えです」
貴子は述べた。
「考えですか」
「そうです、鬼の考えが私にはわかったのです」
「そうだったのですか」
「鬼は元々私の中にいました」
彼女は言う。
「だから。私は鬼の考えがわかるのでしょう」
「ふむ」
「役さん、それってかなり大きいですよ」
本郷はそれを聞いて役に言った。
「あいつの考えがわかるんなら。先手を打つことだって出来ます」
「そうでもないとあの鬼には勝てそうにないしな」
それは役もわかっていた。
「勝つにはあまりにも手強い相手だ」
「ええ」
「考えが読めない限りはな」
「じゃあ決まりですね」
「いや」
しかし彼はそれには首を縦に振らなかった。
「そう言い切るにはまだ早いな」
「早いですか」
「そうだ。仮に竜華院さんが鬼の考えを読むとする」
「はい」
「それの伝達はどうするのだ?まさか竜華院さんに側にいてもらって口で直接教えてもらうのか?」
「それは」
「無理だろう。そんなことをすれば鬼にこちらの考えが読まれてしまう」
「ですね。じゃあどうすれば」
「実は方法がないわけではない」
本郷はここで言った。
「何だ、あるんですか」
「そうだ、術を使う」
彼はさらに言う。
「札を使ってな。伝心の札だ」
「伝心の」
「それぞれの身体にこの札を貼る」
懐から数枚の青い札を出してきた。本郷と貴子にそれを見せながら説明する。
「これで互いの心を伝え合うことができるのだ」
「じゃあそれを使えばいいじゃないですか」
「しかし」
だが役はここで難しい顔をした。
「この術には欠点が一つある」
「あっ、やっぱり」
本郷は役のもったいぶった様子からそれを悟っていた。
「それがありましたか」
「その欠点は伝えるのは心だけではないということだ」
「じゃあ何を伝えるんですか?」
「傷だ」
役は目を決して述べた。
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