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京に舞う鬼

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第二章


第二章

 一人は本郷忠。今ソファーに座って応対している若い男である。黒く濃い髪と眉を持った精悍な顔立ちの男だ。全体的に筋肉質で武道をやっているのでは、と思わせる気配があった。白いシャツに青いジーンズといったラフな出で立ちであった。
「その通りなんだ」
 彼の目の前にいるのはスーツ姿の中年の男であった。サラリーマンの様な外見だがその目だけはやけに鋭かった。
「一滴もね」
「妙な話ですね」
 本郷はそれを聞いてこう感想を述べた。
「首だけなのに血が一滴もないなんて」
「それについてはどう思うかね」
「吸われたんじゃないですか?」
 そして素っ気無くこう応えた。
「首は切られてたんですよね」
「うん」
 スーツ姿の中年の男はそれに頷く。
「ばっさりとね。鋭利な刃物で切られたらしい」
「ばっさりと」
「そうさ。日本刀かそんなもので切られたようだ」
「そして血が一滴もなかった」
「おかしいとは思わないかね」
「問題はその血の行方ですよね」
 本郷は言った。
「何処に行ったのか」
「君はどうなったと思うかね?」
「さてね」
 だがその問いには肩をすくめてとぼけてみせる。
「血のソーセージという感じではないですね」
「そんなものがあるのか」
「モンゴルにはありますよ」
「初耳だな、そんな話は」
「おやおや」
「まあいい。とにかく君はその血は尋常ではない方法で消えたと思うのだね」
「一滴も残ってなかったんですよね」
「そうだ」
 彼はまた答えた。
「一滴もだ。実に不思議だ」
「全くです」
「そしてそのうえで本題に入ろう」
 彼は態度をあらためてこう言ってきた。
「本郷君」
「はい」
 スーツの男は態度をあらためたが本郷は相変わらずの軽い態度であった。
「それで君に頼みたいことがある」
「何でしょうか」
 彼は相変わらずの軽い調子でそれに返した。
「この事件の解決に協力してもらいたい」
「仕事の依頼ですか?」
「それ以外にどう聞こえるんだね?」
 男は逆にそう問い返してきた。
「それ以外に聞こえるのなら私にはもう何も言うことはないが」
「わかってますよ、前園警部」
 本郷は笑ってその中年の男の階級と氏名を呼んだ。
「どうやら普通の人間の起こした事件じゃないんですね」
「おそらくはな」
「それで俺達の事務所に来たと。わかりました」
「引き受けてくれるか」
「俺の方は構いませんけれどね。丁度今は仕事は一件もないですし」
「では」
「ところが俺一人では決められないんですよ」
 彼は笑ってこう答えた。
「俺はここの所長じゃありませんから」
「では彼に連絡を取ってくれるか」
「その必要はありませんよ」
「どうしてだね?」
「役さんなら下にいますから、この時間はいつも」
「下・・・・・・ああ、あそこか」
 そのハーブティーの有名な喫茶店のことである。警部にもすぐにわかった。
「そういえば彼は紅茶が好きだったね」
「紅茶だけじゃありませんけどね」
 本郷はそれに応えて言った。
「美味しいものには目がないんですよ」
「所謂グルメか」
「俺も味には五月蝿いですよ」
「それはどうかね」
 だが警部は役に対しては懐疑的であった。
「そりゃどういう意味ですか」
「君はとてもそうは見えないからね」
「嫌だなあ、そんなこと言うと」
 あからさまに顔を不服そうにさせてきた。
「俺はこう見えても食べることには五月蝿いんですよ」
「それは量の方じゃないのかい?」
「うっ」
 言葉が詰まった。反論出来ないのは彼自身が最もよくわかっていた。今までの言葉はほんのはったりであったのだ。
「味と量は違うよ。特にこの京都ではね」
「そもそも一見さんお断りとか俺の性に合いませんから」
 言い訳になっていた。
「違いますか?」
「つまり味には五月蝿くないということを認めるんだね」
「まあ」
 ここまできたら不承不承ながら認めるしかなかった。本郷は憮然とした顔で頷いた。
「仕方ないですね」
「また口が減らないな」
「嫌々ってやつですよ」
「そこまでして認めたくないものなのかい?別にどうということはないと思うが」
「京都じゃそうじゃないんでしょう?」
 本郷はこう返した。
「料理の一品一品は少なくて高価、けれど素材には手間隙かけて味は絶品」
「まあそうだけれどね」
 それが京都の料理とされる。少なくとも関西の他の府県とは料理に関する考えがかなり異なっている。とりわけ大阪のそれとは全く違ったものとなっている。
 しかも同じ京都府でも所謂ここ京都と舞鶴等ではまた違う。とかく京都は他の街とは違う異質な街なのである。それが京都なのだ。
「けれど君達みたいな若さじゃそうした店は行くこともないんじゃないのか?」
「一見さんですからね、俺はいつも」
 ふてくされた声でこう述べる。
「こんなジーンズなんか履いてちゃ入れない店ばかりで」
「まあスーツでも一見さんは同じなんだけれどね」
「嫌なことですよ。けれど役さんと一緒だと違うんですよね」
「ほう」
「殆ど顔パスです。楽に入れるんですよ」
「それは何よりじゃないか」
「けれどねえ」
 だがそれでも彼は不満を顔に見せていた。
「何て言うか」
「まだ不満があるようだね」
「そうですよ。だってやっと入れたと思ったら」
「うん」
「ちょびっとですよ、料理が」
「だからそうしたものなんだって」
 警部はまた言った。
「ここは京都なんだから。大阪じゃないんだよ」
「ああやだやだ」
 溜息混じりに言う。
「美味いものをこうどかっと食いたいですよ、安くね」
「京都でそれは無理だね」
「ちぇっ」
「また何を話しているんだい?」
 ここで事務所に三人目の男の声が聞こえてきた。
「おお、来たか」
「警部さんですか」
 その三人目の声は警部の声を聞いてこう述べた。
「またどうして」
「詳しいことは本郷君にもう話してあるよ」
「左様ですか」
 声は事務所の入口にやって来ていた。そして気配が事務所の中に入って来た。
「どうも」
「お邪魔しているよ」
 若い男が入って来る。警部は彼に挨拶をした。
 茶色の髪を中央で分けた若い男であった。顔は面長で細く切れ長の目をしている。紺色のスーツと青いカッター、そして群青が地の青とのストライブのネクタイを締めている。彼が役清明、この事務所にいるもう一人の探偵である。
「御久し振りですね」
「ああ、君も元気そうだね」
「本郷君、警部さんが来ていたのか」
「ええ、それで今依頼を受けていました」
「依頼」
 それを聞いた役の顔が少し動いた。
「若しかするとそれは」
「ほう、君は察しがついたか」
「あの少女の首の事件ですね」
「そうだ。この前の寺でのな」
 警部は役にこう語った。
 
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