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銀河英雄伝説 アンドロイド達が見た魔術師

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ヴァンフリート星域会戦 その二

「ケストレル攻撃隊より入電。
 敵基地完全に撃破。
 二次攻撃隊の必要なし。
 繰り返す。
 第二次攻撃隊の必要なし。
 以上」

 ケストレル攻撃隊を中核とするアップルトン分艦隊の攻撃は、スパルタニアン数千機という数の暴力によって数時間後には跡形もなくなっていた。
 この為、陸戦隊を中心とする第二次攻撃隊は出撃を見送ら、救援にやってくるであろう敵の攻撃を待ち受ける事になる。

「艦長。
 敵さん来ますかね?」

 ラト副長のラオ少佐がヤンに尋ねたのは、敵の来寇予定と想定している三日目の事。
 ヤンは船長の机の上であぐらをかきながら、モニターをじっと眺めていた。

「来るかどうかで敵の見方が変わるさ。
 もっともやっかいなのは、敵が出てこない事だね」

「それはどうしてなんでしょうか?」

 緑髪の副官がヤンとラオ少佐の為に飲み物を持ってきて尋ねる。
 この間のアップデートで、退役したチャン・タオ軍曹の技術を得たとかで懐かしくも芳しい紅茶の香りがヤンの鼻をくすぐる。

「こちらが基本戦略を公表しているからさ。
 『イゼルローンの要塞に攻撃しない』とね。
 それならば、この基地は見殺しにできる」

 さらりとえげつない事を言ってのけているが、それは同時にこのあたりの施設は無人化および放棄しても構わない訳で。
 ヤンからすれば、もともとこんな施設を作る事がばかばかしく思えてしまう。

「イゼルローンにおいてある要塞は移動要塞だ。
 こっちが攻めてきたらアムリッツァまで下がって、帰った後にまた戻ればいいんだよ」

 移動要塞というげてものの厄介な所はここにある。
 足があるからやばければ逃げられるのだ。
 莫大な時間をかけるイゼルローン内の鬼ごっこになるのは見えていたからこそ、同盟軍はこの要塞の攻略をあきらめていたのである。

「あの移動要塞が前に、つまり同盟領に出てきたらどうします?」

 ラオ少佐の質問にヤンは苦笑して答えた。
 むしろ、楽しそうにという感じの方が近いのかもしれない。

「その時点であの要塞の価値が半減するね。
 あの要塞はイゼルローン回廊を塞ぐ事で戦略的価値を作り出している。
 そして、あのでかさだ。
 必要な物資は膨大なものになるだろうね」

「あ!」

 ヤンの言葉に緑髪の副官が気づく。
 我々は対移動要塞戦術をとっくの昔に完成させている事を。

「艦隊母艦ですね。
 あれを艦隊母艦と同じように考えればいいんですね」

「正解。
 私も一時『イゼルローン回廊を掌握してしまえば勝てる』なんて考えていたんだけどね。
 その選択は、同盟が帝国に対して国力が優位に立っていないと成り立たないんだよ。
 確実に決戦が発生し、数度にわたる決戦で人的経済的資源の消耗に耐え切れないと塞ぐのは不可能だ。
 敵の側に立って考えてごらん」

 もちろん、史実を知っていた緑髪の副官はイゼルローンを取ってしまったが為に同盟に何が起こったかよく知っていた。
 だからこそ、人形師は躊躇う事無く、建設途中のイゼルローン要塞を破壊してみせたのである。
 これによって帝国軍は同盟領内という先の見えない奥地で決戦を強要されて、ずるずると負けて人的・経済的資源を失っていったのだから。

「艦長。
 帝国にはまだいくつか要塞があったと思いますが、そいつらが出張ってきたらどうするんです?」

 ラオ少佐の質問にヤンは紅茶を飲み干した紙コップを置いて答えた。

「むしろ歓迎すべきことだ。
 拠点をつけて移動するしかないって事は、要するに長距離侵攻能力の途絶を意味するんだから。
 間違いなくその一戦、たぶん決戦になるだろうけど、それに勝てば帝国経済は再度崩壊してまた十数年ばかりの平和を堪能できると思うよ」

 オペレーターが急を告げたのはその時だった。

「司令部より入電!
 艦隊規模のワープアウト反応を確認!」

「第一種戦闘態勢発動!

 各艦に伝令」

「了解」

 ヤンの命令にオペレーターが答え、ラオ少佐が敬礼して予備指揮所に駆けてゆく。
 万一艦橋がやられても艦を運営する為の処置だ。

「ところで艦長。
 机ではなくて、椅子に座っていただけませんか?」

「こっちの方がおさまりがよくってね。
 ところで、敵の艦隊の指揮官は分かるかな?」

 繰り返される他愛の無いやりとりが心を落ち着ける。
 とはいえ、机に座る艦長というのはかっこ悪いので副官以下、艦橋の全員が椅子に座ってくれたらなぁと思っている事は公然の秘密となっている。

「変更が無ければ、シュターデン提督かと。
 無人艦隊理論を提唱して、イゼルローンに配属されたはずです」

 来寇する敵艦隊の人事情報が分からないほど同盟の諜報組織は衰えていない。
 特に、将官の配属先データは機密であるが、機密とは呼べない代物だったりする。
 具体的には、フェザーンのダミー会社を使って、帝国軍にこう尋ねたに過ぎない。

「さるお方から彼宛に荷物を届けたいのですが、どちらに送ればよろしいので?」

 もちろん、この手の荷物は軍が預かって軍内部の輸送部隊が運ぶのが筋だが、皇帝を頂点に貴族達が君臨する銀河帝国において『さるお方』を探る事は危険すぎるのだ。
 その為、荷物を預かった後の受取届でオーディンより何日後と分かれば、その周囲の基地や艦隊に当たりがつけられる。
 低優先度の将校などは、このダミー会社自身が届けるという杜撰ぶりで、物資移動と将兵移動によって帝国軍の動向はかなりの精度でフェザーンを利用しなくても確認できていた。
 で、話題のシュターデン提督自身はコーディネーターではないのだが、コーディネーターに人類の未来を見たらしく、それに関する論文などを発表している。
 なお、そのコーディネーター優先主義の大本は、

「人類は、優れたコーディネーターである帝国貴族によって管理運営されるべきである!」

 と、呼ばれる主張によって立脚・構成されているのだが、その大元がよりにもよって人形師が名前を変えてフェザーン経由で流したのを知っているのは緑髪の彼女たちだけ。
 話がそれたが、シュターデン提督の主張はドロイドを主体とする無人化の推奨とコーディネーターによる管理の省力化であり、基本人間を信用できない帝国貴族達からの支持によって実験を兼ねた艦隊が与えられたのである。
 
「だとしたら、馬鹿ですね。彼。
 この理論の危険性に気づいていないんでしょうか?」

「気づいても無視しているかもしれないよ。
 何しろ帝国貴族は人を信用していないからね。
 貴族の私兵ぐらいならば、彼の理論でも問題はないさ」

 この手の議論は既に同盟では結論が出ている話である。
 というか、考案した人形師自身がこの案を真っ先に否定したのだから、緑髪の副官の馬鹿発言に繋がっている。
 ヤンは緑髪の副官よりもう少し人間というものを知っていたから、馬鹿にするより同情を感じてしまったのだが。

「偵察隊。敵艦隊を確認!
 敵偵察隊と戦闘を開始しました!」

「偵察隊との戦闘データを回してくれ」

「モニターに出します」

 ヤンの指示でオペレーターが偵察隊の交戦データを映し出す。
 そこに映し出されていたのは、画一的な動きをする敵艦隊の姿だった。

「司令部より入電。
 全艦電子戦の準備をされたし」

「副長に連絡。
 サブシステムの立ち上げ準備を」

「了解」

 次々と情報が入り、それに対する指示を出していたヤンに副官が声をかける。
 確認の為だが、ヤンも指示が終わった後に副官の質問に答えた。

「艦長。
 艦長は『もっともやっかいなのは、敵が出てこない事』とおっしゃっていました。
 今回の敵の全力出撃を艦長はどう評価なさいますか?」

「そうだね。
 ただの馬鹿でないならば、『実験艦隊の功績を立てたい』あたりが妥当な線じゃないかな」

 その考察は的をついていた。


 戦いは、同盟軍12000隻、帝国軍15000隻によって始められた。
 数で優位にたっている帝国軍は中央・右翼・左翼の三つの集団を作り上方と下方にも艦を広げて同盟軍を包囲しようとする。
 一方の同盟軍は中央に艦隊母艦とシールド艦を集中配備し、敵の包囲攻撃に対する防御を固めながらゆっくりと後退する。

「撃て!」
「撃て!」

 双方ほぼ同時に砲撃が始まり、モニターに映る無数の蛍火の先で少なくない人命が消えてゆく。
 ヤンの配下の駆逐艦にも数隻の撃沈が報告されるが、ヤンは顔色を変える事無く指揮を続ける。
 ゆるやかな後退を続けること二日。
 変化は急激に、そして端的に現れる。

「辺部より敵の落伍艦多数存在」
「無視しろ。
 まだ砲撃を行っている艦を集中的に叩け」
「了解」

 艦隊戦というのは、ビームやミサイルを撃ち合うだけではない。
 センサーのジャミングや、コンピューターのダウンを狙った電子戦だって行われているのだ。
 帝国軍の落伍艦はこのウイルスにやられてダウンした艦である。
 アンドロイドとドロイドの違いは、スタンドアローン機能があるかどうかによって識別されている。
 ようするに、艦のメインコンピュータから命令されて動くのがドロイドであり、自立頭脳を持っているのがアンドロイドな訳だ。
 という事は、艦のメインコンピューターをウイルスなどでダウンさせると、ドロイドは使い物にならなくなる。
 ウイルス戦自体は今までの戦闘において数限りなく行われていたのだが、今回みたいな顕著な成果が出たのは、ヤンと副官が話した危険性である。
 コーディネーターはたしかに優秀だ。
 だが、少数のコーディネーターで艦の管理、戦闘指揮、電子戦など全て行える訳が無い。
 少数という事は、替えがきかないことを意味する。
 その結果疲労が蓄積し、戦闘後半部において一気に露呈したのだ。
 緑髪の彼女達が原作が近づくに連れて損害が急増するにも関わらず、艦の人員を半分残した理由がこれである。
 メインコンピューターがダウンしても手動のサブシステムで最低限の戦闘ができるぎりぎりの人数がこれだったのだ。
 落伍艦の数を考えれば、無人艦を集中管理している可能性すらある。
 そこを狙われて、更に落伍艦が増えてゆく。
 帝国軍が落伍艦を再起動して掌握する暇を与えないように、集中的にネットワークの中継艦を狙ってゆく。
 この単艦攻撃には単独行動が得意なケストレルのスパルタニアン隊が大いに役に立った。
 そして、コーディネーターでも勝てないと帝国軍の心を折る一撃が無慈悲に叩きつけられる。

「援軍です!
 第二艦隊が援軍に駆けつけてきました!
 全回線を使ってね第二艦隊から全艦に伝令!
『遅れてすまぬ。
 ディナーはまだ残っているか?』だそうです!!!」

 艦橋内であがる叫び声と舞うベレー帽。
 それとは対照的に、帝国軍は明らかに撤退に移っていた。
 それを見逃す同盟軍ではない。
 コーディネーターはたしかに優秀だ。
 だからこそ、数で押せばいい。
 こうして、シュターデン艦隊は二個艦隊の挟撃を受けて半分以上を失う大敗北を喫して、イゼルローンの要塞に逃げ込む羽目になった。
 その半分の損害のうち、3000隻近い無人の落伍艦を鹵獲した事をここに付け加えておく。
 
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