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京に舞う鬼

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第十三章


第十三章

「今から銭湯に行くが。どうする?」
「俺は後で行きますよ」
 見れば彼はまだ食べていた。カップヌードルを啜っている。カレーヌードルのビッグである。
「一人事務所にいないとまずいでしょう?」
「そうだな。では帰ったら洗濯でもするか」
「はい。けれど何か所帯じみてますねえ」
「それも仕方ない。事件が終わるまでここに泊り込みだからな」
「やれやれ。早く事件が終わってアパートで一息といきたいもんですよ」
「全くだな。ではな」
「はい」
 役は銭湯に向かった。銭湯といってもスーパー銭湯でありかなり何でも揃っている。彼は水風呂とシャワーが好きなのだ。それに対して本郷はサウナもミルクやワインを入れた風変わりな風呂も露天風呂も好きであった。どちらかというと本郷の方が風呂好きであった。
 二人は交代で風呂に入るとクーラーをそのままにしてタオルケットを被ってソファーに寝た。事務所の隣では洗濯機が音を立てている。そのいささかやかましい音を聴きながら眠りに入った。二人目の犠牲者が出たその日はそれで終わりだった。
 翌朝になった。まずは本郷がゆっくりと身体を起こした。
「ふうう」
 身体を起こすと大きく背伸びする。シャツにトランクスといったラフな格好だった。
 見れば役はスーツの上を脱いだだけだった。どういうわけか彼が服を脱いだ姿は殆ど見たことがない。眠い目をこすりながらまずはテレビのリモコンを手に取る。そしてスイッチを入れる。
「昨日巨人は負けたかな」
 彼が一日の最初に考えるのはそれであった。関西人であり阪神ファンなのだ。その彼が巨人の負けを心から望んでいるのは自明の理であった。巨人が負けた方が日本にとって非常によいことなのである。巨人が優勝して景気がよくなるということは嘘である。そんなことは関係がないのだ。むしろ巨人が負けて喜ぶ人達の励みの方が素晴らしい。巨人は負けなければならないのだ。
 テレビをつけるとスポーツニュースがやっていた。幸せなことに巨人は負けていた。
「よし」
 本郷はそれを見て会心の笑みを浮かべる。身体中に元気がみなぎってくる。
「いいことだ。こうでなくちゃな」
 巨人の敗戦という喜ばしいニュースの後はサッカー等の話だ。だが彼はそれにはあまり興味がなかった。
 聞き流しながら新聞を取りに事務所を出る。そして建物の一階の自分達の事務所のポストから新聞を取り出す。当然読売新聞ではない。
 まだ完全に醒めていない目で新聞の一面を見ながら階段を昇る。一面は経済の話だ。正直彼にとっては興味のない話である。
 読み飛ばしながらスポーツ欄へ移る。事務所に戻るとテレビのニュースはスポーツから社会に移っていた。
「昨日、京都市において」
「昨日のあれか」
 本郷は女性のアナウンサーが報道する言葉を聞いてすぐに何のことかわかった。
「三条小橋で発見された死体は京都市在住の大学生」
「やはりな」
 そのニュースを陰鬱な気持ちで聞いた。わかっていたことだがテレビで聞くとなるとやはり嫌な気持ちになる。巨人が負けたという心地よいニュースは頭の中から消え事件のことで支配された。
「腹部を鋭い刃物で切り裂かれており」
「血がなかったってのは流石に報道しないな」
 ニュースを聞いて思った。
「警察は先の女子高生殺害事件との関連を踏まえて捜査を行っております」
「実は俺達がやってるんだがまあそれはいいな」
 そう呟きながらテーブルの上へ手をやる。そして朝食に買っていたパンを一つ手に取る。
「続きまして今朝入ったニュースですが」
 パンを手に取るとまた新しいニュースがはじまった。
「ふう」
 ここで役も目を覚ました。身体をゆっくりと起こす。
「あっ、起きました?」
「ああ。もう朝なんだな」
「ええ。まあこれを」
「済まないな」
 本郷からパンを一個受け取る。それを口に入れる。
 本郷はもう朝食を終えていた。食後の一服に煙草をふかしていた。
「今日は昨日の事故現場に行きますか?」
「そうだな」
 二人は向かい合ってその日を打ち合わせをはじめた。テレビには注目していなかった。
「今朝未明清水寺にて」
「清水寺!?」
「何か催しですかね」
「この時期あそこでは何も無かった筈だが」
「そうですよね。それじゃあ一体」
「発見された」
「発見された」
「何が!?」
 ここで役の携帯が鳴った。すぐに出る。
「はい」
「お早う」
「あっ、これは」
 電話の声は警部のものであった。
「遺体は」
「今テレビでもやってるがな」
「はい」
「京都市に住む女子高生の・・・・・・」
「ってまさか」
 テレビの放送と電話の話を同時に聞く本郷はまさかと思った。
「第三の犠牲者だ。すぐに現場に来てくれ」
「第三の、ですか」
「多分な。ではあっちでな」
 警部はすぐに電話を切った。二人にはテレビでの放送だけが残されていた。
「間違いないみたいですね」
「そうだな」
 二人はテレビの放送を見て頷き合った。そして清水寺に向かうことになった。
 清水寺は舞台で有名な場所である。この高い舞台から見る景色はあまりにも美しいことで知られている。だが今はその美しい景色も関係なかった。本郷と役は朝靄の中で清水の舞台に立っていた。
「よう、お早う」
「はい」
 警部の挨拶に応える。
「悪いな、朝早くから」
「いえ、これも仕事ですからね」
「それで被害者は」
 二人はそちらに注意を向けていた。他のことには考えを回してもいなかった。
「あそこだ」
 警部は舞台から見える木を指差した。見ればそこに一体の人形があった。
 白い椿をあしらった赤い絹の鮮やかな着物を着せられている。そして木にかけられている。それはまるで木の間に座る少女の様にも見えた。確かにそれは少女であった。だが生きてはいない。そうした意味でそれは人形であると言えた。
 人を人形にして着飾り、そして飾っていたのだ。清水の舞台に。赤と緑のあまりにも陰惨な美をそこに現わしていた。
「また悪趣味な真似をしてくれていますね」
「ああ」
 警部は本郷の忌々しげな言葉に応えた。
「被害者は女子高生だ」
「またですか」
 見れば髪が黒く長い美少女だ。これも同じだった。
 血に塗れた顔で本郷達を見ていた。だがそこに表情はなく動くこともない。それが彼女が既に死んでしまっていることを如実に現わしていた。
「やはり良家のお嬢さんだそうだ」
「またしても」
「そしてそれを飾りますか」
「最初は池で次は橋、そして今度は木だな」
「はい」
「これには何の法則もないか」
「とりあえずはそう考えられますね」
 本郷は被害者がかけられている木を見ながらそう述べた。
「さしあたっては。というところですが」
「そうだな」
「百人一首とかね。和歌にしてももうちょっと風流ってのがあるんですよ。これはそれとは別ですね」
「ただ。死体を飾るのを楽しんでいるだけなのか」
「首に吊るし、そして架け」
 本郷は次に三つの殺し方に言及した。
「共通点はどれも殺し方が和風なところですね。犯人が鬼ならそれも妥当でしょうけど」
「鬼か」
「はい」
 今度は役が答えた。
「間違いないです。これを御覧下さい」
「むっ」
 役は懐から一枚の札を取り出した。それは真っ黒に焦げていた。
「この札はね、魔物の妖気に反応するのです」
「魔物の」
「そう、言うならばリトマス紙です。そして鬼に対しては」
「黒くなるのか」
「ええ。特に力が強ければこうして焦げます」
「そうか。では今度の魔物はかなり手強いな」
「ここまできて全く手懸かりがありませんしね」
「殺し方はやけに趣向を凝らしてますけれどね。今度は着物まで着せて」
「ああ」
「とりあえず被害者を下ろしてあげましょう。ずっとここで晒されてちゃ可哀想です」
「そうだな。おい」
 警部はそれを受けて左右にいる制服の警官達に声をかけた。
 
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