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京に舞う鬼

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第十二章


第十二章

「いいか?」
「はい」
「お願いします」
 二人は頷いた。警部はそれを受けてそのシーツをゆっくりと取った。その下から白いものが出て来た。
 ここで灯りを点ける。暗い部屋の中に黄色い灯りが点く。そこにその白い遺体が映し出された。
 美しい女性だった。おそらく異性にもてただろう。楚々とした美貌と均整のとれた身体をしていた。
 ただし生きていたならば。今の彼女は無残な姿でそこに横たわる屍となっていた。目は閉じられ口も開くことはなかった。生きていたらどんな綺麗な声を発したか。どんな美しい目だったか。そう思うと残念なことであった。
「彼女が被害者ですね」
「そうだ」
 警部は暗い顔で応えた。
 その腹は橋で見た時と同じ様に縦に大きく切られていた。その周りは紅く染まっている。
「血はここだけだな」
「中には殆ど残っていないと」
「そうだ。ここから吸い取った」
 警部はここで遺体の喉を指し示した。
「だがな。証拠は残していない」
 無念そうに首を横に振って言った。
「何もな。綺麗に証拠は消している」
「それは当然ですね」
 それに対する役の言葉は醒めたものであった。
「人間が残す様な証拠は。残しはしませんよ」
「人ではないからか」
「はい。そこが重要なのです」
 役は遺体を見下ろしながら応えた。
「人には人の、鬼には鬼の証拠があるのです」
「何か。掴んでいるのか?」
「残念ながら。その鬼だったという証拠だけです」
 役は遺体を見たまま申し訳なさそうに首を横に振る。
「それ以外は何も」
「そうか」
「とりあえず先の被害者との共通点はありますね」
 そして今度は本郷が言った。
「共通点か」
「まず被害者の身元は結構似ていますよね」
「そうだな」
 これは警部も気付いていた。
「二人共いいところのお嬢さんだな」
「はい」
「そして習い事をしている。これも一緒か」
「それに付け加えてもう一つですね」
「もう一つ」
「容姿です」
 彼は強い声で一言こう言葉を出した。
「容姿」
「二人共黒髪ですね」
「うむ」
「そしてそれが長い。しかも整った顔立ちの美しい女性です」
「そこは非常に大きな手掛かりになるな」
「この三つが揃うのはそうそう、いや滅多にないことですよね」
「確かにな」
「つまり次の犯人の目標も断定できますよね」
「次のか」
「大体出て来ませんか?古い家や良家のお嬢さんで黒髪の美人、それに習い事をしている」
「限定されてくるか」
「といってもだ」
 しかしここで役が話に入って来た。
「何ですか?」
「確かに他の街ではそうだがここは京都だ」
「京都、ですか」
 本郷はそれを聞いて苦い顔を作った。
「古い家は結構ある。それに良家もな」
「そういう土地でしたね」
 只でさえ京都には百万の市民がいる。一口に言ってもかなり大きな街なのだ。歴史も伊達ではない。そうしたことが幾重にも重なってきているのだ。
「またそうした家は本当に習い事をよくする」
「ええ」
 これもだ。京都の風習であろうか。古い家の娘はお茶にお花に踊りと習い事を身に着けなくてはならにとされる。そうでないと他所様に出せないとまで言われるのだ。古い家、良家はそれで階級めいた閉鎖的な社会にもなっているのだ。ここもまた京都の独特の世界であった。
「多いぞ、それに黒髪のお嬢さんというのも」
「やはり多いですか」
 そしてそうした家は昔ながらの風俗を大事にする。髪を染めたり切ったりするのもやはり好まれないのだ。今はかなり違ってきているといってもそこは京都である。まだまだ保守的でそうしたことには厳しいのだ。
「多いな。少なくとも全てをカバー出来るものではない」
「そうですか」
「我々だけではとてもな。その間にまた犠牲者が出る」
「何か敵の方が動き易いんですね」
「我々は全てを守らなくてはならない」
 役はそれに応える形で言った。
「だが相手はその中の一つを狙って奪えばいい。どちらが有利か言うまでもないな」
「確かに」
「だがそれで諦める程私も諦めがいいわけではない」
「何かやるつもりですか?」
「とりあえず鬼の仕業であることはわかっている」
「ええ」
「とりあえずその三つの証拠も参考に調査を調べていくか」
 そして警部はこの三つの証拠についてまた言及した。
「この三つの証拠はかなり重要だな」
「はい」
 これは役も同意だった。
「それを生かすかどうかはこれから次第だが」
「っていうか生かさなくちゃ話にならないでしょ?もう二人も殺されているんですから」
「では頼むぞ」
「わかってますよ」
 本郷が応えた。二人はまた一つ重いものを抱え込むことになった。この仕事はこうして無限の見えはしない重いものを抱え込んでいくものなのであった。
 この日は事務所に帰って終わりだった。二人は事務所に泊まり込み休む。夕食はコンビニで買ったパンやジュース、それに御握り等であった。
「今日は質素ですね」
「仕方ないな」
 二人は御握りやパンを口に入れながら話をしていた。
「あまり時間がない。それでは食べるものも限られる」
「はい」
「そうした時に。やはりコンビニは便利だ」
「そこに行けば何でもありますからね」
「ああ。とりあえず私はこれを」
 役はサンドイッチにクリームパン、そして午後の紅茶であった。
「君は・・・・・・また多いな」
「食わないともちませんからね」
 本郷は一リットルのペットボトルの壮健美茶に御握り、チーズ蒸しパン、カツサンド、それにフランクフルトとカップヌードル、デザートにプリンであった。役のものの三倍程はあった。
「それでも食べ過ぎではないのか?太るぞ」
「生憎動いてますから」
「しかし私と同じ位だろう?」
「若いからいいんですよ。それよりも役さんこそそんな量で大丈夫なんですか?」
「ああ、まあな」
 役は素っ気無い返事を返した。返事を返すとサンドイッチを一口食べた。彼は野菜サンドである。
「今日はあまりお腹が空いていない」
「お昼もそうめんだったのに」
「あれで充分だ。どうも夏はな」
「食欲がないってわけですか」
「京都の夏は暑いからな」
 彼は食欲がないのを夏の暑さのせいにしてきた。所謂夏バテというやつである。
「この季節にはあまり食べたくはない」
「そんなの言っていたら捜査で身が持ちませんよ」
「まあそこは何とかするさ」
 彼はサンドイッチを食べ終えていた。
「だから安心してくれ」
「だといいですけれどね。まあ俺はいつも通り食っていきますよ」
「明日はもっと暑くなるそうだぞ」
「今日よりもですか」
 それを聞くと本郷も思わず嫌な顔を浮かべてしまった。
「そうだ。それもかなり蒸し暑いそうだ」
「うんざりしますね、また」
「だがそれでも捜査はある」
「ええ」
「明日からまたな。とりあえず今日はこれで終わるか」
 役はそう言うと立ち上がった。
 
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