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京に舞う鬼

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第一章


第一章

                  京に舞う鬼
 祇園祭が近付く夏の京都。この時期の京都は実に暑い。
 京都はよくいい街だと言われる。だがその夏と冬を褒める者は少ない。
 盆地であるこの街は気候の変遷が激しいのである。冬は凍える程寒く、そして夏はうだるように暑い。京都を彩る祇園が近付くにつれて暑さは増していくのである。
 その暑い京の夏の中でその事件は起きた。とある寺の庭においてだった。
 京は寺も多い。幾らあるのか見当もつかない。
 中には観光で大きな収入を得ている寺もある。その寺はその中の一つだった。何でも昔狐がこの寺にいて修行をしたらしい。それの後だというものがあちこちにあった。
 本当に狐がこの寺にいたのかどうかはわからない。だが実際にそうしたものは残っている。そしてそれを観光にしている。そうしてこの寺は収入を得ていた。
 この日も多くの観光客が訪れていた。見れば外国から来た者も多い。言うまでもないが京都は観光で生きている街である。だから外国人の観光客も多いのだ。
「こちらがかの有名な」
 あちこちでガイドの声が聞こえてくる。旅行会社のガイドだけでなく寺の僧侶達もガイドにあたっている。茶色い木造の建物の中に多くの観光客達が詰めている。そして寺の中のあちこちを見回っていた。
 左程大きな寺ではない。金閣寺や清水寺に比べるとかなり小さい。だがそんな寺でも観光客はかなりいた。そしてその狐所縁の品々を見ていたのである。
 その中の一人がふと寺の中庭を見た。寺に合わせたのか小さいが形は整っている。観光客の中の一人がそこを見た時であった。
「ガイドさんガイドさん」
 彼は外国から来た者であった。目は青く、髪は蜂蜜色だ。そして口髭を揺らしながら若い日本人のガイドに声をかけてきた
のである。
「何でしょうか」
 ガイドはそれに応えて庭にやって来た。スーツに身を包んだ若い男のガイドであった。あまりに暑いので上は半袖のカッターになっている。だがネクタイだけはきちんと締めている。
「あれですけど」
「あれ?」
 それにつられて庭の中を見る。
「あれは作り物ですか?」
 その観光客はわりかし流暢な日本語で彼に尋ねていた。以前にも日本にいたのだろうか少したどたどしいながらもはっきりとした言葉遣いであった。
「作り物とは」
 ガイドにはその客が何を言っているのかよくわからなかった。
「何のことですか?」
「あれですよ」
 観光客は庭のある場所を指差していた。
「あれは。作り物なんですか?」
「このお寺には作り物なんでないですよ」
 やはり彼にはこの観光客が何を言っているのかわからなかった。
「一体何を仰ってるんですか?」
「わからないですか?」
「!?」
 やはり彼には何が何なのかよくわからなかった。
「池の中に」
「池」
「浮かんでいるものですよ」
「それはお魚か何かでは?」
 そう言いながら彼も庭にある池へ目をやる。品のいいよく整った池である。如何にもといった感じの和風の池である。周りは白い石で飾られ、池の水も綺麗な青緑である。周りには夏らしくスイレンが咲いている。
 だが一つ妙なものがあった。その綺麗な青緑の池の水の中に黒いものが見えるのだ。
「あれは」
「そう、あれです」
 観光客は言った。
「あれは。何なのでしょう」
「はて」
 それが何か一見しただけでは彼にもわからなかった。
「何なのでしょうね」
「わかりますか?」
「ここからでは。あっ」
 丁度そこに寺のお坊さんが一人やってきた。
「いいところへ。あの」
「何でしょうか」
 お坊さんはそれを受けてガイドと観光客に顔を向けてきた。
「あのお池ですけど」
「池がどうかしましたか?」
 お坊さんはガイドの言葉に従い顔をその池へ向ける。
「何か黒いものが見えるんですけれど」
「黒いもの?」
「はい。それに」
「あっ」
 観光客がまた声をあげた。
「何かまた見えてきましたよ」
「!?」
 ガイドとお坊さんはそれを聞いてまた池を見た。見れば本当にまた別のものが見えてきた。白いものが黒いものの下に見えてきたのだ。
「何ですかね、あれは」
「さて」
 少し離れた場所からはわかりはしない。
「宜しければ見に行って頂けませんか」
「はい」
 この時は特に何も思うところはなかった。魚が死んだのか何かかと思った。黒いものは池の中の藻だろうかと軽く思っていた。しかしその予想は大きく裏切られることになった。
「やれやれ」
 お坊さんは庭を歩きながら内心ぼやいていた。
「後で供養をしないとな」
 その程度にしか思ってはいなかったのだ。まだ。しかし池の中を覗き込んでまずは我が目を疑った。
「えっ・・・・・・」
 池の中にあるものはそこにある筈のないものだったのだ。思わず目を剥いた。
「どうしたんですか?」
 寺の方からガイドが尋ねてきた。
「何だったんですか?」
「あ、あああ・・・・・・」
 お坊さんは声を震わしながら後ろに二歩三歩と下がりはじめた。
「う、うわああああ・・・・・・」
「!?」
「どうしたんだろう」
 そんなお坊さんの様子を見てガイドだけでなく観光客達も妙に思いはじめた。
「何かおかしいですね」
「ええ」
 彼等は口々にこう言った。そして声を震わせるお坊さんに尋ねた。
「お池に何があったんですか?」
「そんなに驚いて。鯉か亀でも死んでいたんですか?」
「こんなことが・・・・・・」
「こんなことって」
 彼等はそれを見て余計に不思議に思った。
「どうしたんですか、本当に」
「首が・・・・・・」
 そして尻餅をついた。
「首が」
「首!?」
 寺にいた者はさらに訳がわからなくなった。
「首がどうしたんですか!?」
「どうしたも何も」
 お坊さんは尻餅を着いた後で今度は池の中を指差していた。
「女の、女の子の・・・・・・」
「女の子!?」
「何かおかしいな」
「あ、あわわわわわ・・・・・・」
 腰を抜かしたままのお坊さんを見て寺にいるガイドや観光客達も不思議に思った。そして彼等も庭に入って来た。
「一体何が」
「あるんですか?」
 最初彼等は特に変に思うことはなかった。だがそれが大きな間違いだった。彼等も池の中にあるものを見てしまったのであった。
「一体何が」
「あるんだか」
 池の中を覗き込む。そこにそれがあった。
「・・・・・・・・・」
「そんな・・・・・・」
「こんなことが・・・・・・」
 流石に彼等も沈黙してしまった。池の中にあるもの、それは有り得ないものだったからである。
 それがゆっくりと浮かんできた。そしてそこにいた全ての者にその全てを見せたのであった。
 美しい少女がいた。だがそれは首だけである。美しい、黒髪の少女の首がそこに浮かんでいた。虚ろな目をして。池の中にその白い顔と黒く長い髪、そしてその虚ろな目を漂わせていたのであった。
「で、その首には血が一滴も残っていなかったと」
 京都市北区の住宅街の中にあるとある喫茶店の二階。様々なハーブティーがあることで評判のその店の二階にその探偵事務所はあった。有名なのは喫茶店の方であったがこの探偵事務所も有名と言えば有名であった。
 有名なのには理由があった。ここにる二人の探偵のせいである。
 
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