皇太子殿下はご機嫌ななめ
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第32話 「燃える漢の赤いやつ」
前書き
幼年学校はもうだめかもしれない……。
第32話 「ダメ人間賛歌」
ラインハルト・フォン・ミューゼルだ。
はっきり言っておこう。
俺に女装趣味はない。
すべてはあの皇太子の陰謀だ。
みんな皇太子が悪いんだ。そうだ。そうに決まっているっ!!
「自覚のないラインハルト様のお言葉でした」
「キルヒアイスまで、そんな事を言うのか~」
どうしてみんな信じてくれないのか……。
わからない。わからないんだ。
それにしても最近、キルヒアイスが皮肉っぽくなったような気がする。
自分は被害を受けてないから、のん気にしているのだな。
それならば!!
「ラ、ラインハルト様……。ドレスを手にどうなされるおつもりです?」
「キルヒアイス。お前も着るんだぁ~っ!!」
「うわー。誰か助けてくださーい。ラインハルト様がご乱心をなされたー」
「お前も女装させてやるぅ~。一緒に恥を掻かせてやろうかぁ~」
部屋の外に逃げるキルヒアイスを追いかけた。
途中で幼年学校の同級生とすれ違う。
どいつもこいつも呆れたような目をしやがってぇー。
「キルヒアイスを捕まえるんだ。これを着せてやる」
そう言ってドレスを掲げると、同級生達が腕まくりして、よし任せろと言って協力してくれる。
ノリのいい連中だ。
ほどなくして捕まってしまうキルヒアイス。
ふふふ。さあ着ようか……。
捕まったキルヒアイスが泣きそうな目をしてる。
「お、お止め下さい。ラインハルト様」
「問答むよー」
ドレスを着せ、化粧まで施して部屋の外に突き出す。
外から聞こえる歓声。
ふふふ。これで君もぼくの仲間だ。
■フェザーン ブルーノ・フォン・シルヴァーベルヒ■
同盟側から、捕虜交換の返答があった。
ヨブ・トリューニヒトはまだ、フェザーンに到着していない。
にもかかわらず返答があった。
これをどう考えるべきか?
交渉はイゼルローンを通じてせよ。と言っても良かったが、同盟側の弁務官も交代した事だし、交渉の申し出を受けることにする。
しかし交渉をしているこの弁務官代理が、また無能だ。
帝国もそうだが、同盟の人材不足は深刻だな……。
「では、捕虜の受け渡しは、イゼルローン要塞で良いですな」
「フェザーンではいけませんか?」
こいつバカかっ。
何を好き好んで、フェザーンでやらねばならんのだ。
ましてや、双方合わせて百万人を越えるであろう捕虜を、乗せてくる輸送船。その大量の船をいったいどこに、停泊させておくつもりだ。
そして百万人をどこに置いておくつもりなんだ?
右から左に動かす訳には行かないんだぞ。
その点で言えば、イゼルローンにはその設備がある。
攻略戦が起こるたびに、増援艦隊が派遣され、その乗員を住まわせるだけの部屋もある。百万人を許容できるだけの、容量があるのだ。
「フェザーン中のホテルを借りる資金を、同盟側が負担してくれるのでしたら、それでも宜しいが。一体いくらぐらいになるか、見当も付きませんな」
「そ、そんな大金は……」
「でしたら、イゼルローンしかないでしょうな。その際には、部屋代を徴収しませんから、ご安心を」
「自治領主閣下は、ご冗談がお上手ですな」
慌てて追従を見せる弁務官代理。
本気で部屋代を取ってやろうか? 宰相閣下であれば、なんと言っただろうか?
意外と辛辣な物言いをされたかもしれん。
それとも……目の前で計算機片手に、部屋代を計算されただろうか?
実際に掛かる費用を、目の前に突きつけられて、ようやく理解するタイプだな。
仮に一ディナールとして、五十万人で五十万ディナール。
百なら五百万ディナール。とゼロがドンドン増えていく。
いったいそれだけの予算が、出てくるものなのか?
弁務官代理ともなろう者が、その程度の計算もできんのか……。
それとも帝国側が全額負担してくれるとでも、甘えているのか?
世の中、そこまで甘くない。
「とまあ、こんな事がありまして、捕虜の受け渡しはイゼルローンという事になりました」
「ま、妥当なところだな」
宰相閣下が画面の向こうで、呆れたような表情を浮かべている。
なんと言おうか、ごくごく当たり前と思えることが、分かっていないような連中だと、考えておられるのだろうか……。
一般常識が通じないとでも言おうか?
なにかがずれている。
妙な解釈をする。自分に都合が良い事ばかり考える。
虫の良い思考をしている。
それはまるで……バカな門閥貴族の連中と同じだ。
「フェザーンに来てみて、分かった事があります。腐っているのは帝国だけではありませんな」
「選挙のたびに、攻めてくるような連中がまともなはずはあるまい」
「民主共和制とは、いったいなんでしょうかね?」
「理想や理念は立派なんだが、運用するのは人間だからな。そうそううまく行かないもんだ。まあ人間なんか、そんなご立派なもんじゃねえし」
運用するのは人間だ、か。
まあ確かに、人間はそれほど大したものじゃない。
だらしないし、みっともないし、情けない。
「しかしだったらどうして、民主制なんてものができたのでしょうか?」
「そりゃあ~お前、他人には一方的に完璧さだとか、理想だとかを求めるからさ。てめえ自身のことは棚に上げ、他人には偉そうな物言いをしたがる。そんな人間が多いからだ」
「それが理由ですか?」
「ま、そんなもんだろ。選んでやった。票を入れてやった。だから自分には好き勝手に言う権利がある。そう勘違いしたがる奴も多い。多数決とか、衆知を集めるなんてものは、後付けの理想論だ」
「そんなもんですかねー」
「はるか昔から、人物がいない。とか戯言をほざいてきたもんだ。人物がいないなら、自分が立てよ。どいつもこいつも汚いとかほざくなら、てめえ一人でも綺麗に生きてみろって。現に帝国も同じだろ? 改革が必要だ。そう誰もが思ってきたが、実際にやったのは、片手であまるぐらいしかいねえ。ルドルフが悪いと言って動いたのは、アーレ・ハイネセンだろ。あいつが動いたから、同盟ができた。そいつがやらなくても、いずれ他の誰かがやったさ、とか、ほざく奴はただのバカだ。そんな奴の意見を聞いて、なんになる」
それは分かる気がする。
不平不満を漏らすのは、誰でもするが、実際に動くのはごくごく少数だ。
自分の理想を形にするのは、大変だ。
しかし他人の行動を貶すのは、簡単で楽だからな。
水は低きに流れる。楽な方に流される。
同盟の民衆が個人個人が、しっかりと考えて行動するより、政治家を貶す方が楽で、その結果自分の頭で考えようとも、行動しようともしなくなる。
民主共和制も専制君主制も本質は同じだ。
結局、上が考えて行動するしかない。
下の意見を汲み上げないのではなく。汲み上げるような意見がないのだ。
届かないのではなくて、届けようとはしないのだ。
自分の考えや意見をしっかりと考え、届ける。それができるのであれば、自分で動いた方が早い。自分が立った方が確実だ。
■宰相府 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム■
切れて真っ黒になった画面。
それを見ながら、ふと考える。
民主共和制と専制君主制。どちらが良いとも悪いとも言えない。
言う気もない。
俺はルドルフもアーレ・ハイネセンの事も嫌いじゃない。
もちろんラインハルトの事もだ。
なんだかんだ言っても、原作で実際に動いたのは、こいつらだからな。
理由はどうであれ、帝国を変えようと動いたのは、ラインハルトだった。
他の奴じゃない。
ラインハルトだ。
「考えてみれば、俺が改革に乗り出したのも……こういう持って生まれた性格のせいかもな」
あいつの行動を批判するのは、簡単だが。だったらお前が動けよと言いたくなる。
そう言いたくなる性格。
それが俺の原動力なのかもしれない。
あ~あ、俺もたいした奴じゃねえな。ま、自覚はしていたが。
「皇太子殿下っ」
「なんだ?」
ブラウンシュヴァイク公爵が、息を切らせて部屋に飛び込んできた。
いったい何事だ。
何か問題でも起きたのか?
「リッテンハイムがっ。ウィルヘルム・フォン・リッテンハイム候爵がぁー」
「何があったっ!!」
「専用機を買ってしまいました」
「はあ?」
「MSです。MS」
ちょっと待て。
リッテンハイム候が自分の専用機を、買っても良いじゃねえか?
別に問題はあるまい。
「一人だけ抜け駆けしやがって~許せん」
「なに言ってんだ? 欲しけりゃ卿も買えば良いじゃないか」
「殿下。ブラウンシュヴァイク公爵家にふさわしい機体は……」
「ちょ~っと、まったー」
ブラウンシュヴァイク公が騒いでいたかと思うと、リッテンハイム候爵が部屋に飛び込んでくるなり、叫びやがった。
まったくどいつもこいつも。
欲しけりゃ買えよ。
誰もダメとは言ってないだろ。
「おのれーリッテンハイム。一人だけ買いおってからに」
「ほほう。我がローゼン・○ールが羨ましいのかね。そうだろうそうだろう。あの機体は素晴らしいからな。スタイルといい、色合いといい。我がリッテンハイム候爵家にふさわしい」
そーかー?
あれ、そんなにいいかあー。
俺とは趣味のセンスが違うのだな。
ギ○ンが一番人気だしな。
ザ○が一番だろ?
おらがザ○は日本一。
いやいや違う。銀河一だ。
ところで、リッテンハイム候爵よ。
両手を広げて、天を仰ぐんじゃない。妙に芝居がかった動作だな。
門閥貴族特有だよな、こういうのってさ。
「あんな鍵爪のどこが良いのだ!!」
「あれはファンネルというのだ。自動追尾装置付きの浮遊砲台なのだよ」
頭痛くなってきた。
帝国を代表する二大貴族が、専用機の事で揉めるとは思ってもいなかった。
しかも開発局の連中、あれを本気で実用化するつもりなのかよ。
ファンネル。
意味ねぇー。
しかしながら、ブラウンシュヴァイク公爵。
ドリルと鍵爪は男の浪漫だぞ。
ハッ! いかん。おれも浪漫派に染まっている。
ぐぬぬ、なんてこったい。
「皇太子殿下っ。ぜひ、我がブラウンシュヴァイク公爵家に、ふさわしい機体を選んでくだされ」
「皇太子殿下のお知恵を頼るなど、卑怯だぞブラウンシュヴァイク公!!」
「ええい、だまれー。殿下ー」
もうなんて言ったらいいのか、サ○ビーでいいんじゃね。
あれ、逆襲のシャアにでてきた赤いやつ。
個人的にはブラウンシュヴァイク公には、ピ○ザムに乗って欲しかったんだが……。
そして「やらせはせん。やらせはせんぞ」と言って欲しい。
似合いそうだ。
ぽちぽちと端末を操作して、映像を出す。
画面に広がるサ○ビー。
「こいつはどうだ」
「おお、この存在感。そして重量感。肩の盾がいいですな。これにしますぞ」
はい決定。
ブラウンシュヴァイク家の専用機は、サ○ビーになりました。
何か疲れた。
■宰相府 クラリッサ・フォン・ベルヴァルト■
宰相閣下が机の上で、ぐったりとなされています。
先ほどまでのブラウンシュヴァイク公と、リッテンハイム候の騒動には、私も疲れてしまいました。専用機ぐらい自分で選ぶべきです。
「殿下、大丈夫?」
マルガレータ・フォン・ヘルクスハイマー様が、ぐったりしてる宰相閣下の頭を撫でた。
こんな幼い少女に慰められるほど、閣下のご様子は疲れ切っているように見えるのでしょう。
おかわいそうな閣下。
ただでさえ、お忙しいと言うのにっ。
瑣末な問題など、持ち込んでもらいたくない。
痛切にそう思います。
「殿下、コーヒーをお持ちしました。そして疲れたときは甘いものですよ」
そう言ってアンネローゼ様が、チョコレートケーキを持ってきました。
おお、これはっ。
プリンツレゲンテントルテ。
はるか大昔にバイエルンの摂政王子、プリンツ・ルイトボルトのために作り出されたというトルテ。一見華やかなのですが、意外とヘルシーな一品。
中々やりますね。
「ま、それほどでも~」
こういうところがなければ、アンネローゼ様は理想の寵姫なのですが……。
肉食系の性格が、全てを台無しにしています。
前に一度、アンネローゼ様とラインハルト様のお父上から、連絡が来た事があるのですよ。
開口一番。いきなり、アンネローゼは暴れてないかと、きました。
いったい家でどんな感じだったんですか?
あのせっぱ詰まったような物言いは、こちらも心配になるほどでした。
そこでアレクレア様とアンネローゼ様の関係をお話いたしますと……。
「ああ、もうだめだー」
絶望に青ざめた表情を浮かべ、絶叫されました。
その途端、通信が切れてしまいましたが、もしかして今頃、自殺しているんじゃないでしょうね?
いやですよ、そんなの。
一度調べさせておきましょう。
その方が良いです。きっと。ですが……。
「三角関係の物理的解決は、よそでやってくれ。ま、我が家じゃないからどうでもいいが……。育て方を間違えた。二人とも」
とはどういうことでしょうか?
ハッ、まさかラインハルトくんも、ですか。
似た者姉弟なのでしょうかぁ~っ!!
なんと恐ろしい。
後書き
キルヒアイスも巻き込まれてしまいました。
かわいそうなジーク。
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