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ダリア

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第七章

「この店の女将よ」
「何だよ、兄ちゃん結婚していたのか」
「それも知らなかったのか?」
「うん、忙しいのと不況がどうとか考えてばかりで」
「全く、何なんだ御前は」
 マルカーノに兄ちゃんと呼ばれた酒場の親父もやれやれといった顔で言ってきた。
「幾ら何でもそれはないだろう」
「それでもさ」
「そんなに忙しいのか」
「逆だよ、お客さんが以前より減ってさ」
 言うまでもなく不況の為だ、極東の何処かの島国の不況なぞ笑い飛ばせる位の不況に覆われているのが今のポルトガルだ。
「だからね」
「それでか」
「うん、それであれこれ考えてばかりで」
「後ろ向きじゃないですけれどね」
 このことはヒメネスが話す。
「まあ笑いながら愚痴ってましたけれど」
「けれど余裕はなかったね」
 このことを言うマルカーノだった。
「本当に」
「そんなことでどうするんだ」
 父は少し怒った感じで息子を叱責してきた。
「幾ら不況でもな」
「仕事のことだけになったらいけないっていうんだね」
「そうだ、せめて自分の誕生日や家族、昔からの付き合いの人のことは覚えていろ」
 これが父の言うことだった。
「まあそうだろうと思ってこの場を用意したんだ」
「そうだったんだ」
「そうだ、しかし御前」
 父は呆れた様な、心配する様な顔にもなった、そのうえで息子に対して心配する顔でこう言ったのだった。
「本当に想像がつかなかったんだな」
「うん、そうだけれど」
「それじゃあ駄目だ」
「駄目だって?」
「幾ら不況でもな」
 しかもかなり深刻なものだ、だがそれでもだというのだ。
「それにばかり心をとらわれて余裕をなくしたらな」
「いや、食べてはいられてるよ」
「そういうことじゃない」
 パンはあることは確かにいい、しかし父が今言うことはまた別のことだった。
「人はパンと水によって生きるとあるだろ」
「聖書だったね」
「そうだ、神様もそう仰ってるんだ」
 ここでこの言葉を出したのである。
「だからな」
「つまり。不況不況ばかり言ってそればかり考えて」
「店のこととかそういうことばかり考えていたな」
「実際のところね」
「それじゃあ何なんだ、食べられているだけでいい訳じゃないだろう」
「それが第一だけれどね」
 こう言いはする、しかしそれだけではないことはまさに聖書にある通りだ、そしてその話を聞いてからだった。
 マルカーノはふとだ、このことにも気付いたのだった。
「そういえば最近教会にも行ってないよ」
「不況でも神様を忘れていい筈ないだろう」
「不況ばかり考えてだね」
「そうだ、それじゃあ駄目だ」
 父の言葉は今は厳しい。
「もっとな」
「他のことも見て考えないと駄目なんだ」
「ああ、そうだ」
 まさにその通りだというのだ。
「もっとな」
「ううん、そうだね」
「自分の誕生日も忘れていたんだぞ」
 そこまでだ、彼は余裕をなくしていたというのだ。 
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